手紙が我らを世界から踏み外させる
悪い気はしない
そうだ、
それが力を持つ存在の意義なのだから

























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


It snows in summer.
―夏に降る雪―
#2 非日常への誘い




















「ありがとうございましたー」

 カランコロン、というカウベルののんびりした音と共に、店内に居た最後のお客が去っていく。
 それを笑顔で見送ると、んー、っとクラウンが背を伸ばして息を吐き出す。

 これがクラウンのもう一つの日常、薬屋の店主としての顔だ。
 普段はこうして薬屋の店主として、薬剤の精製や完成した薬品を売っている。
 勿論、薬剤を売り捌く為の免許も持っている。無免許ではない。
 薬学を修め、資格を取り、【 薬学系錬金術師 】の称号を得たバースフェリア店の店主。それが普段のクラウンなのだ。
 だったら何故、ギルドからの仕事を請けるのかという疑問が残るが――唯単にお金が無いからである。薬を売り捌く時、勿論その薬を作る為には原材料を仕入れなければならない。ここまでは未だ良い。リスクとリターンを考え、仕入れの金を抑え、売る時の金額を上げる事で利潤を生み出す訳だが…ここにもう一つ問題が生じる。
 ライバル店の存在だ。
 実は客を奪われてるのだ、このバースフェリア店。
 それも結構前から。
 どうしてそんなバースフェリア店が潰れないかと言えば、それでも品を買ってくれるお客さんが居るという事と、潰れない様にクラウンが他に金を稼いでいるからだ。
 何だかんだでクラウンの店は潰されない。
 クラウンの作る薬剤は良質で、一度使うと結構リピーターを確保出来る程度には優れている。
 そしてヤヨイの存在だ。
 最高の美人・ヤヨイ。彼女目当てで来る客すら居る。
 それが“普通な薬屋”が今も普通に経営している強みとなっている。
 しかしそれでも、街一番の品揃えを自負する店には負けている。それが現状だった。

「んー…そろそろ昼だな…」

 背を伸ばしたままに、クラウンは店内に掛かっている時計を見上げる。
 時刻は丁度昼時。昼食の時間帯だ。
 クラウンはそのまま少しだけ思考すると、カウンターから出て店の前へ移動し、店の看板を「開店中」から「閉店中」の状態へと変える。一時閉店。ランチタイムというやつだ。

「さて…ヤヨイが帰ってくる前に昼飯でも作るかね」

 一つ、クラウンはのんびりと呟くと、再び店内に戻ろうと店の扉に手を掛け――

「郵便だぜ? クラウン」

―――クラウンは視線を背後、そして上空へと向けた。

「ギルス?」

 見上げた先には背中から生える漆黒色の羽をはためかし、宙にホバリングする青年の姿。
 彼はこの世界でかつて戦争の火種となった存在。その一つ。蔑称では亜人と、ここ―――彼らを許容する代表国・ルルカラルスでは異種や原種と呼ばれる存在。そんな中でも背中に羽を持ち、自由に空を飛ぶ事が許された種族・バードの青年だ。
 ルルカラルスでは、普通にこういった特徴ある者達が暮らしている。彼、ギルスは己の飛行能力を生かしてルルカラルス中央都市コーラルを、文字通り飛び回る郵便配達人だった。そんな事や、ヤヨイに一時期一目惚れしてクラウンに突っかかる等の諸般の事情から、それなりにクラウンとは話す仲だ。

「郵便、ねぇ…お前から貰う手紙が俺を災いに誘う確率は現在のところ80%をマークしてるんだが…そこんとこについての感想は?」
「そんなジンクスは知らん、さっさと受け取れ貧乏薬屋」

 ぴっ、と投げられる手紙。
 郵便配達人にあるまじき行いだ、とクラウンは胸中で呟きながら、正確に飛来した手紙をキャッチする。

「で? 何の手紙だ?」
「…つーか、さっさと次の配達先に行けよ」
「いいじゃんよ。内容を教える位」

 そこで「まぁいいか」と呟いてしまうのは自分が諦めているからか、それとも優しいからか?
 強引グマイウェイを突っ走るギルスに嘆息しながら、クラウンは渡された手紙を見る。

「…ん?」

 手紙を覗き込んで、気付く。
 裏面には鮮明に描かれた魔術式。映像投影型の魔方陣が記されている。
 そこで天を振り仰いだ。
 あー来たよ。来ちゃったよ? 本当に、不幸の手紙がっ!

「この逆ブルーバード症候群(シンドローム)めが」

 恨みの念を乗せ、取り敢えず身近な元凶を睨み上げる。
 しかし、そんな心模様とは裏腹に、ギルスは愉快そうに表情を笑みの形に変えていた。
 非常に腹立たしい事だが、このバードが運んでくる手紙が不幸の手紙である確率が更に上がった。今度からこいつが手渡す手紙は本当に不幸の手紙だと断定して受け取った方がいいのかもしれない、と思う。

「ん? ん〜? 当たり? 当たっちゃったのクラウン?」
「黙れアホ」
「やーいやーい、エロー」
「エロ!? 関係ねえだろうそれ! つーかエロいのは俺ではなくヤヨ――」
「………」
「………ふっ」

 目線を上空斜め45度で逸らし、相手を鼻で笑う。
 無言で去って行くギルス。その目元には光る物が流れているのを確認出来た。
 莫迦め、最後の最後でカウンターで倒れるとは。詰めを誤ったな。
 ギルスの心の傷。主にヤヨイ関係で勝利を掴む事が出来たので一先ずは良しとすると、クラウンは手紙を持って店内へと引っ込む。
 ギルスはこれから街の中にある大公園の中で泣くのだろう。大の大人が悔し涙を流す光景は非常に鬱陶しい物がある。
 先ほどの言葉で、ギルスがヤヨイにベタ惚れだった頃の事を思い出す。
 主にギルスの心を抉った破壊の呪文は『純潔』『捧げた』『クラウンに』『夜は妾から』、だ。これらの呪文が彼のハートをブレイクし、白い灰にまで追いやった言葉である。付け加えるなら、普段表情の薄いヤヨイが頬を染める姿は強烈な一撃だったと言える。

「アレはなぁ…っと、忘れてた忘れてた…」

 過去の情景を頭を振る事で追いやると、クラウンは再び手紙を見遣る。

―――ギルド協会本社より

 その文字を見て、大きく溜息を吐き出す。
 久方ぶりだが、本当に“疲れる”案件が回されて来たのだと、そう悟る。
 クラウンの脳裏に映るのは、ギルドの本社に勤める己の友人の姿だ。
 きっと、この手紙の差出人だろう人物。むしろそれしか考えられない。

「友達だが…こればっかしは毎回堪える…」

 クラウンはギルドの中での公式的なランクはB相当であると判断されている。これは問題解決能力や、仕事の斡旋回数。またはその間隔やら成功率等で判断され、ギルド協会の方で実績を集計して、ギルドに登録した人物に相応しいランクを与えられた物だ。
 Dランクから始まるギルド制度は、回数をこなす毎にC、B、A…と上がっていく訳だが、そこに戦闘能力は関係無い。いや、普通であればランクと共に戦闘経験を積み、その力が上がっていく訳なのだが――何事にも例外というのは存在する。
 別に仕事と共に力を付けていく必要は無い。最初から力を持っていても関係ないのだ。
 詰まるところ、クラウンはギルドに入る以前より高い戦闘能力を持っている。
 しかもそれがギルド本社、依頼斡旋部に席を置いている友人に知られているから大変だ。
 彼は秘密厳守、高いレベルの戦闘が想定された場合等、そういった込み入った事情が重なった時に、友人であり実力があるクラウンに対して秘密裏に特別な依頼を送ってくる。
 入る金額は大きい。
 それこそ昨日行った下水調査なんて物は比べ物にならない額が入る事がある。場合によっては下水調査の報奨金として出された額に0が二つくっ付く事もある位だ。
 しかし、それだけにリスクが高い。
 クラウンの一番新しい特殊依頼の記憶では、『輸送中にロストした旧時代の魔剣を回収』という名目で、一千匹の魔獣に囲まれる事態に陥った事すらある程、命の危険性がうなぎ登りに上昇する。
 結果としては、まぁ、魔剣を回収する事が出来たのだが――色々と運が悪い事が重なったと言えるだろう。
 本来、魔剣は凶悪な力を持つ代償に、伝説級の魔石と高度な魔力と術式が組み込まれている為に、発せられる“臭い”に魔獣が寄ってくるのだ。それ故に、本来であれば封印機能を持つ鞘やケースが存在するのだが――回収した魔剣には鞘が無く、剥き出しになった刀身からは凶悪な魔力臭が放たれていた。それはまるで最上級のステーキ肉を背負って走るかの様な最悪な事態。後から後から追ってくる魔獣を斬っては捨て斬っては捨て…結局は事故現場から数キロ離れるまで全力疾走しながら敵と切り結んだのだ。最近では一番最悪な記憶である。
 過去を振り返ってみて、自分はよく生きてられるとクラウンは思う。

「しっかし…手紙か…別に電話でも良い筈なんだが…」

 ちらりと、カウンター内に設置された黒電話を見る。
 ここ数日全く掛かってこないし掛けてない黒電話だ。
 もしかして電話等では話せない重要な仕事を依頼されるのだろうか…?

「さて、今度はどんな依頼なのかねぇ…?」

 半ば投げやりに、その手紙の裏面――映像投影の魔術式に手を翳した。
 神経を接続する。それは擬似的な術式神経。魔力で描かれた物だ。
 組み込まれた術式精神障壁(ミスティクズ・ファイアーウォール)と接触し、“本人”であるという証――ギルド登録番号や魔力――を術式に組み込んで展開。やがて映像投影型魔方陣が起動する。

『久しぶりだな、クラウン』

 空中に投影されたのはヒトの形。
 黒い髪に銀のフレームの眼鏡を掛け、その奥にある怜悧な視線を緩和している冷たい美貌の主。それが送り主にしてクラウンの友人

―――アズイル・ゼット

『俺がお前に手紙を出した、という事はその意味を既に理解していると思う』

 その言葉に自分の予想が完全に当たっていた事を悟り、今更ながらクラウンはもう一度だけ溜息を吐き出す。
 後、願う事は己に当てられる案件が、あんまり痛い事が無くて苦労しなくて難しくない事を祈るだけだ。むしろそれが全てか。

『さて、用件だが』
「………」
『ルルカラルス南部にある小さな町、エルセナに出向いて貰いたい』

 エルセナ、という町の名前を聞き思い出す事がある。
 数日前にヤヨイが各地の観光地を掲載した雑誌を読んでいたのを思い出したのだ。エルセナは山間に囲まれて直接南にあるヴァナーギーエンに道は繋がっていない町であるが、高品質の葡萄園が存在しており、毎年良い出来のワインが造られる場所らしい。
 ヤヨイが通販でも何でも良いから買ってくれとせがんで来たので記憶している。
 そんな町が一体何だと言うのだろうか?

『魔剣所有者が、出来るだけ我々ギルド協会と、巡礼教団ヴァナディアによって把握されているのは分かると思う』

 それは分かる。
 先ほどクラウンが思い出した過去の辛い思い出の中にもあったが、魔剣やら概念武装の類は、鞘から引き抜かれた状態で強い魔力臭を発生させる。鞘とワンセットなら、それこそ最高の武装にもなり、害無き美術品にもなる。しかし、それは鞘が失われた時、魔獣を寄せ集める“餌”となるのだ。
 それ故に、ギルド協会は騒動の火種、又はいざと言う時の兵器のありかを把握する為。ヴァナディアは持ち主の危険性、及び“扱う者”か“飾る者”かを判断し、危険度を正確に知る為に把握している。

『どうやら町の中でもかなりの有力者であるダム・ウォーゼン氏が、魔剣を手放すらしい。つまりは競売にかける、という事だ。クラウンにはその魔剣をギルド協会本社が存在するトルストイまで運搬して欲しい。後、氏にはこの手紙を手渡せば、私の声が届くようにしてある』
「拒否権は無いんだろうなぁ…」
『拒否した場合だが、クラウン。貸した金、店の建設費用を返済するか、それともギルド本社直属に戻るなら許可しよう』

 がっくし。
 退路を塞がれた。

『報酬は500万WM。…では、健闘を祈る――クラウン』

 無責任に横暴な一言を残し、その映像は途切れた。
 だが、まぁ、今回の件は今までの物に比べれば幾分か楽そうだ。
 いきなりテロリストを潰せやら、ロストした魔剣を回収してこいだという話ではない。
 “運搬”――そう、それだけで良いのだ。
 それで500万は破格。美味しい話だろう。

『あぁ、それと、』
「…ん?」

 再生が終了した筈の映像投影型魔方陣から再び声が流れ始めた。どうやらまだ何か言う事があるらしい。
 何かの重要な注意事項でも言い忘れたのだろうか? と、内心首を傾げるが。

『電話代位払っておけ。商売やるなら連絡方法位確立していろ、阿呆』
「えぇっ!? 電話切れてたの!?」

 電話代払う払わない云々以前に、先ず電話が通話出来ない状況だと言う事にすら気付かなかった。
 成る程。だからここ数日全くと言って良いほど何処からも連絡が来なかったのか。
 電話が通話不能になってから、どれだけの日時を放置したのか判らないが――気付けたのは良かった。
 後でお金を持っていこう、と考えながら再び手紙を眺めた。
 もう言葉も映像も流れない。今度こそ終了したらしい。
 そして溜息を吐き出し、先程まで考えていた事に思考を戻した。
 悪くは無い。
 アズイルも、依頼で嘘を教える真似は決してしない。ならば、予想外の事が起きなければ、本当に運搬だけで良い、という事だ。

「まぁ、今までに比べたら悪い話じゃない、よな?」

 誰も居ない虚空に質問を投げかける。と、

「何がじゃ? クラウン」

 何時の間に帰って来たのだろう、背後にはヤヨイが不思議そうな顔をして立っていた。
 クラウンはそれに驚くでもなく、手元にある手紙をヒラヒラと揺らして見せた。
 そこでヤヨイは眉を顰める。
 流石相棒。久しぶりに直接仕事が回ってきた事を一瞬で悟った。長い付き合いだけはある。

「3、4ヶ月ぶり位か…アズイルから直接依頼が飛び込んでくるのは?」
「だな。前の依頼からは確かにその位になる」
「ふむ…それで? どんな依頼を果たす事になった?」
「依頼を受けるのは決定事項なんだな…」

 そこで少しだけクラウンが苦笑する。
 それに対してヤヨイも困った様に笑った。

「“友達”…であろう? 妾よりもよっぽど長い付き合いの。それに、お主は究極的な処で友人知人は見捨てられぬ男じゃからのぅ」

 本当に、とヤヨイは笑う。困ったように、しかし自分の契約者を誇る様に。
 クラウンは「参ったね」と小さく呟くと、再び視線をヤヨイへと向けた。

「今回はアズイルからの依頼だから、もしもの事があるかもしれない。だから、」
「解っておるよ。妾もついて行く。魔者と主は二人で一人。それでこそ“最強の刃”足りえる」

 衣を纏いし、紅い瞳を持つ人外――ヤヨイ。
 その人外の力を操り、莫大な力を引き出す存在――クラウン。
 それは過去、様々な呼び名を与えられてきた。
 魔術師。
 精霊使い。
 異端者。
 ハイ・ウィザード。

 そして―――誓約者(リンカー)

 魔者という上位存在と契約した、力を振るう存在。
 彼らは二つの存在が同時に在ってこそ、最強の力を扱える者達。

「今回もヤバイ時は頼むよ、ヤヨイ」
「あぁ、十分にその役割は果たそう」

 互いに笑い、店の奥に入って行く。
 日常と非日常の境目を越える瞬間。
 店主は事象を操る騎士へと成る。




「あ、そういや電話切れてたみたいだな」
「ふむ。そういえば通知が来てたのぅ」
「………」



#2-end






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