身を裂く吹雪
襲い来る牙の群れ
そこは彼らの領域
死臭漂う別世界

























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


It snows in summer.
―夏に降る雪―
#3 氷獄迷界(コキュートス)-T




















 便利な物が発展する。
 それは何時の時代も同じだろう。
 火打石が、時代を経れば着火術式や着火装置になるのと同じ原理だ。
 それは移動手段にも言えるだろう。

 カエルミア大陸横断線――魔石列車プラネテス

 旧言語体系の中から“放浪者”の名を冠したこの列車は、魔石を原動力として動き、大陸を縦横無尽に走っている。まぁ、原種賛成主義国と否定派主義国の間には走ってないのだが…。
 そんな大陸横断線に乗り、ルルカラルスからヴァナーギーエンへと南下する列車に揺られる事数時間、途中の一番エルセナの町に近い停車駅から、今度はローカル線に乗り換える。
 エルセナは山間部にある町だが、近年の葡萄の名産地としての功績は高く、終点としてローカル駅の最後を彩っていた。

 ガタンゴトンッ、と単調なリズムを刻む列車内で、クラウンはアイマスクをして眠りこけ、その向かい側ではヤヨイもゆったり首をこっくりこっくり舟を漕いでいる。
 旅は今のところ不穏な空気は一切無い。
 今回は何事も無く終わるのだろう、とクラウンもヤヨイもそう考えている。
 車窓から見えるのは長閑な風景。畑や小麦畑、果樹園がある田舎しかローカル線に乗り換えてから見ていない。何処も危機感を感じさせる物は無いのだ。

『次はー、リーゼイティに止まります。お降りの方は、忘れ物にご注意下さい…リーゼイティの次は終点、エルセナに止まります』

 終点一つ前の駅に止まる放送が流れ、クラウン達の一つ後ろの席に座っていた乗客が荷物を持って乗降口に去って行く。
 クラウン達の周囲は空席が目立つ物の、終点であるエルセナの名産やら観光を目的にしているのだろう。皆立ち上がる気配を見せない。
 そして少しの間の停車時間が終了すると、再び列車は走り出した。
 再び単調なリズムを刻む列車。
 やがて長閑な風景を抜けると、エルセナに入る為のトンネルの闇の中に列車は突入する。
 今まで外を覗いていた子供達が、トンネルの中に入ってしまった事で残念そうな声を上げながら再び席に戻ってゆく。つまらないーい、と声を上げる兄弟に、母だろう人物は「もう少しで着くから我慢なさい」と、苦笑しながら注意していた。
 何処もゆったりとした旅の風景だった。
 が、

 ぎ、キイィィィ――――ッ!!!!!

 突然の急ブレーキが車内を揺らし、慣性の法則に従って乗客達が前の席に飛ぶ。
 それは先頭車両を前に見据える形で座るクラウンも例外では無かった。

「ぬあっ!?」

 アイマスクをしたままに状態が浮き上がり、頭から向かいの席に座るヤヨイ目掛けて吹き飛ぶ。
 突っ込む先はヤヨイの胸。

「もふぁっ!? な、何だ!?」
「…先ずは妾の胸に顔を埋めるのを止めてから、そのアイマスクを取って確認しろ」

 急ブレーキによって悲鳴が走る車内で、ヤヨイが冷静に己の胸に顔を埋めたクラウンに忠告する。
 クラウンは「ああ、何だ、この柔いのはヤヨイの胸かぁべふあっ!?」と語尾を引き摺りならが元の席に顎をかち上げられた状態で着席。何ともここだけはシュールだ。

「あ、顎を打ち上げんでくれっ…」
「普通にふざけるからじゃよ、クラウン。それより何があったのかのう?」
「ぬぅ、相棒を殴っておいてその冷静な態度が悲しいが…今は置いとこう。ま、落盤でもあったと考えるのが普通じゃないか?」

 と、クラウンが車窓に手を掛けて外を覗こうとする。
 が、少し窓を開け、クラウンを違和感が襲った。

「―――何だ…?」

 ヤヨイも気付く。
 クラウンの手元、少しだけ開けられた窓から入ってくる物に。

「冷たい、空気?」

 クラウンは一瞬躊躇したが、思い切って窓を開け放つ。
 ひゅ、と首元を撫でる冷たい空気に悪寒を覚えながら、クラウンは先頭車両の方を見て、

「…はっ?」

 絶句。

「どうした、クラウン」
「雪だ」
「ん?」
「トンネルの外、雪が積もってる…」

 今の季節は夏だ。
 乗客も殆どは夏を過ごす為に薄着をし、クラウンも防刃繊維で編まれた黒い半袖を着ているだけのラフな格好だった。例外はヤヨイの様な上位存在だけだ。
 そんな夏真っ盛りの季節である筈の場所で、外は雪が降りしきっている。
 列車は雪に塞がれた線路に乗り上げない為に急停止したのだろう。
 エルセナは別に大陸内で別の季節を感じられる場所ではない。
 だったらこの異常事態は何だろうか?
 頭を働かせ、現在の情報を整理する。
 トンネルの先は真夏の雪世界。
 この異常の原因は何だ?
 まさか、今回運搬する筈だった魔剣が引き起こした事態?
 いや、とクラウンが思考に否定を加える。
 魔剣は凶悪なまでの力を有しているが、外の景色を見るだけ数時間吹雪かないと積もらない様な雪を広範囲に降らせるとなると、それに見合った莫大な力が必要になる。それ以前に、“雪を降らせるだけ”という事をする意味が理解出来ない。
 つまり、直接的には魔剣は関係していない、と予測する事が出来る。
 だが、

「一番“らしい”答えは、魔剣だ…」

 夏に雪が降るという異常事態。
 それを再現させるなら、確かに魔剣の力が一番しっくりと来る。
 誰かが魔剣を使用してこの雪を降らせている、という事は無いかもしれないが…魔剣を魔術の触媒として使用したなら話は別だ。規模は分からないが、雪を降らせる事は可能だろう。

『えー、お客様に連絡致します。現在状況を確認する為、エルセナに確認を入れていますが反応が返ってこない状況です。お客様は列車の外に出ようとせず、席にお座りになってお待ち下さい』
「と、言っておるが、どうするクラウン?」

 嫌な事にはとことん好かれるらしい、と一種の諦めを感じ取っていた矢先にヤヨイから声を掛けられる。
 この異常事態での先の行動はどうするか? 決まってる。

「依頼優先。途中下車だよ、畜生め…」
「ほんに、お主はついてないのう…」
「言うなよ、無性に泣きたくなる…」

 クラウンは荷物を置く棚に置いてあった鞄を降ろすと、その中から漆黒色のコートを引き摺りだした。これは一種の“鎧”だ。コート自体は防刃防弾の繊維で編みこまれ、また高度な防御術式を組み込み、高い対魔術性能と対物理性能を備えている。
 その防御力は下手な金属製の鎧を着込むよりも高い。
 軽くて高い防御能力。勿論それだけに高い。
 専門の職人がオーダーメイドで作ってくれるのだが、能力が増せば増すだけ法外な値段が請求される。これもそんな法外な値段を請求された一着だ。
 術式装甲、または結界装甲と呼ばれるコートを纏うと、立てかけてあった剣の鞘を引っつかんで席から離れる。
 後ろにヤヨイを連れて、先頭車両に向かって歩いてゆく。
 窓から出ても良かったが、それだと後から色々と言われる事も考えられた。それを考慮して、先に車掌から許可を取っておこうという算段だ。
 真夏の中に黒いコートを纏って歩く男と、巫女の装束を纏った女性。
 車内を歩くだけでヒソヒソと小さな声で話が飛び交う。

「はぁ…」

 視線とヒソヒソ声に晒されながら、やっと先頭車両に辿り着いた。
 何と言うか、ここまでで既に疲れた。
 これから一面の雪世界に突入するかと思うと、更に気分が沈む。
 魔石からエネルギーを取り出す為の動力室への扉を叩こうとして――横にある乗降口の扉が開いている事に気付く。
 クラウンは外に誰か出たのか、と思い、雪世界に近いトンネルの終わりへと足を踏み出した。

「さむっ…」
「異常じゃな…気温は確実に氷点下を下回っておるぞ…」

 雪が混じる冷たい風を身に受けながら、ヤヨイは目線を細めて呟く。
 クラウンとヤヨイが見据える先には、一面の銀世界。
 今の季節から約30℃以上熱を奪った世界が展開されている。
 今現在の暦から4ヶ月も経てば見れる景色ではあるが、はっきりと言って今は見たくない情景だ。
 そんな二人が見る先で、雪の世界に人影が揺らめいた。
 どうやら車両から出た者だろう。溜息と共に吹雪く世界から出現したのは、クラウンと同じ様に結界装甲だろう衣を纏い、鞘に納められた剣を持った青年だ。
 青年はとぼとぼと歩きながら、やがて顔を上げて佇むクラウン達に気付く。

「あ、お客さん――って感じじゃ…無いですね」
「まぁ、夏に貴方と同じ様にコートを着込んでるんだ。大体の予想はつくでしょう?」
「ギルドの方、ですか?」
「えぇ、ちょっと町の方で依頼があったんですよ」

 そこまで言って「しかし、トンネルの外が雪景色だとはね…」と、苦笑しながら話した。それに相手も困ったように笑う。

「私は鉄道機構に勤める事象操作騎士(ウィザード・ナイト)ですが、こんな事態は初めてですよ…」

 事象を操作する騎士――ウィザード・ナイト。
 一般的に魔術を駆使し、戦う力を持った者の総称だ。
 クラウンの前に立つ彼は、列車を魔獣の襲撃から護る為に居る騎士の一人なのだろう。それで現在彼が纏う装備が理解出来る。

「私の契約者の属性では、溶かす事も防ぐ事も出来ませんからね…どうしようも無いですよ…」

 ははは、と力なく笑う青年。
 しかし、それでも戦いには慣れている、というのがクラウンには伺えた。
 相手に自分と契約している魔者の属性を不用意にばらさないのは、何時如何なる時に属性の相克現象を利用して襲われるか分からない者達の最低限の防衛線である。
 それを理解しているなら、それなりに長い時間を鉄道機構の警備等に費やしている事を窺い知る事が出来る。

「この先は―――」
「途切れる事無く一面の銀世界ですよ…多分、町まで続いてるんじゃないでしょうか…」

 銀世界というのもおこがましい、視界を覆う白濁した風が覆う世界。
 それが町まで続いている。

「ここからだと、町までの距離は分かりますか?」
「大体5Km程度だと思いますけど…まさか、」
「依頼ですからね…もしかしたら、この原因が今回の依頼と関係しているかもしれないので…」

 そこまで告げて、クラウンは歩き出す。
 青年はクラウンの様子に苦笑した。

「…ギルドの依頼、と言うなら私は止めません。何を言っても無駄、でしょう?」
「―――まぁ、めっちゃ止まって動き出すまで不貞寝でもしたい処ですけどね…友達からの依頼なんですよね、これ」
「そうですか…」
「嫌になりますけどね」

 そうして横を通り過ぎる。

「どうか頑張って下さい」
「途中下車二名、って伝えといて下さい。それでは」
「ええ」

 背に声を受けて雪原の中へと飛び込んでゆく。
 見渡す先は白濁の世界。
 レールが走るだろう雪に白く染まる木々の合間を、クラウンとヤヨイは歩き出した。





* * *






「ヤヨイ、そろそろ“中”に入ってろ…何かヤバイ気がする」

 二十分ほど歩いた頃だろうか、雪に埋もれたレールの上を歩きながら、クラウンは周囲の景色を伺っていた。
 回りにはちらほらと民家が見え始め、家屋からは灯を見る事が出来た。
 この現象について少し訊いて見ようか、と思うが――その矢先にクラウンが異変を感知する。

「索敵魔術を使って探知したのか?」
「いや…空気が寒さとは別にぴりぴりしてる…」

 クラウンが感じる、一種の感。
 それは狩場を連想させる様な、独特の雰囲気。
 ギルドの仕事等で何度も感じた、相手から殺意を向けられた時の感覚だった。
 ヤヨイはその感覚に疑いを抱くでもなく、歩みを止めたクラウンに近付き――

「分かった。“中”に入っていよう」

 そう言って、ヤヨイの身体は青白い粒子となって消えた。
 消えたヤヨイが移動する先は―――クラウンの持つ剣の中。

―――術式端末(ミスティック・デバイス)

 そう呼ばれる術式兵装の中だ。
 儀式によって降臨した魔者は、単独で力を発揮出来ない状態になっている。それは上位世界の存在が、不用意に下位世界に影響を与えないため、世界の壁を越える際に制限されているのだと聞く。
 魔者の力を引き出す事が出来るのは契約した者のみ。
 だが、何も命令を出して使わせる訳では無い。
 魔者は契約相手から魔力を吸い出して、代理として魔術式を高速演算する。だが、戦闘中手を繋ぎながら戦う馬鹿は居ないだろう。
 故に、魔者を術式兵装に宿らせて戦わせるという方法が考え出された。
 これは別に鎧等でも良いのだが、魔力が一番強く通うのは生物の魂を表す内面――粘膜の次に、神経が張り巡らされる掌なのである。口元を覆って粘膜に接触させた状態のマスク等も考案されたが、魔者が編んだ魔術式を使用する際にも【起動詞】を紡がなければならないので、その案は廃止されている。
 その為、魔者の触媒となる物は武器が一般的になった。
 一般的に術式兵装は魔力伝達性が優れる魔法銀(ミスリル)等を鍛って製造される。
 クラウンが持つ銀色の剣も、勿論それで作られている。
 それ以上の魔力伝達性を誇る鉱物を使った物は一気に値段が跳ね上がるので、価格的にも世界的に一番売れている一般的な術式端末だ。

「魔力伝達に遅延はあるか?」
『多少古くなっておるが…全て許容範囲内じゃ。しかし、そろそろ買い替えを考えた方がよいかもしれんぞ?』
「ミスリル製が一番安い、って言ってもねぇ…赤字経済の我が家じゃどれもこれも大打撃だけどな」
『今回の報酬で買い換えたら良かろう? 買ってしまえば当分は持つしの』

 そうだな、と笑って、再びクラウンは歩き出した。
 取り敢えず、最寄の民家へと近付いて行く。
 レールから外れ、雪に中ほどまで埋没した柵を乗り越える。そこは農場だったのだろうか? 広い範囲の雪原が広がり、それを囲う様に柵が並んでいる。視線を移動させれば、牛舎だろう物が見て取れた。
 クラウンは一度目を細めると、民家の方に近付き軽く扉をノックした。
 程なくして、中から返事が返ってくる。
 ガチャ、と音がして錠が外され、中からは若い男が訝しそうな顔を覗かせた。当たり前か、こんな真夏に狂ったように吹雪く中を歩いているのだ、怪しく思わない筈が無い。

「すみません、少し尋ねても良いでしょうか?」
「はぁ、まぁ…構いませんが…」
「私は先ほど町の外からやってきたのですが…何が起きたのか分かりませんか?」
「なっ、あんた! この異常を調査に来てくれたのか!?」

 クラウンの言葉に一転、男は救い主でも見つけたかのように目を輝かせた。
 無理も無い、か。
 そこで再び苦笑を堪えると、クラウンは口を開く。

「正確にはギルドの依頼でこの町に来ただけです。しかし、もしかしたらその依頼と、この異常が発生している原因が重なっている可能性があるので、それを調べています」
「そ、そうか…」

 落胆が微妙に混ざった表情。
 別にこの町を助けに来た訳じゃ無い。

―――俺は依頼を果たしに来ただけだ。

 それだけ。
 それだけだ。別に、知らないヒト達がどうなろうが知った事じゃない。
 だが、眼前でヒトが殺されそうなら自分は助けるだろう。
 そう、今回もそれに近い。
 理不尽な理由で死ぬヒトを見たくないのだ、自分は。

「…依頼のついでに、この原因も探っていますから」

 お人好し、とも取れるだろう。
 だが、悪い気はしない。
 これは既に自分で認めた“自分”だ。
 昔に、認めた自分の性格だ。

「そ、そうですか…」
「それで? 何か知っている事はありませんか?」

 思考を切り替え質問を行う。
 そこで一瞬だけ男は思案する素振りをみせる。

「何か知ってるんですか?」
「いや…今日の昼前には雪が降り始めたんだけど―――その後だったかな…魔獣の声かな、あれは…何処から来たのかは分かんないけど、町の方へ段々近付いてるみたいだったよ」

 何だったのかな、と首を傾げる男を前にして、クラウンは溜息を吐き出したい衝動に駆られた。
 想定内で先ず間違いなく最悪の事態が発生している。
 魔剣が抜かれたのだ、きっと。そして魔獣を呼び寄せる程に長い時間を外気に晒させた。
 町という空間は、一種の生活空間という結界領域だ。
 獣は狩りをする時、己のテリトリーに踏み込んできた者を狩る。
 故に、魔獣という物は大きな町になるだけ近付かないのだが―――そこを侵してでも魔獣は入ってきたのだ。群れを成し、最上の“餌”を手に入れる為に。
 町の中で抜かれたまま放置されてからかなりの時間が経っていると考える事が出来るが、事態が何処まで進んでいるのか分からない。早く進むのが先決だろう。

「…分かりました。ありがとうございます」
「えっ、あー…いや、お役に立てたなら…」

 扉から離れて、背を向け歩き出す。
 背中に「頑張って下さい」と、気のせいだと思ってしまう程の小さな声が聞こえた気がした。
 正直に嬉しいが―――事態はあまり嬉しくない方向に動いている。
 本当に、毎度毎度本社から直接下る依頼は厄介な事ばかり押し付けてくる。

「はぁ…500万、もしかしたら割りに合わないかもなぁ…」

 再びレールの上まで戻ってくると、クラウンは力無く呟きながら町の方向を見据える。
 吹雪で全く見えません。

「さて…急ぐか…」

 小さく呟き、クラウンだけで術式を演算し始める。
 人間が己だけで使用出来る術式なら、別にヤヨイの手を借りなくても良いから。
 染み付いた記憶から構成を引き摺り出して演算し、影響を弾き出す。

「【過ぎ去り行く景色】」

―――自己干渉式・身体能力加速(サイス・アクセラレイト)

 起動詞によって術式を発動させ、その影響下に入る。
 基礎的な身体能力を加速させる為の術式だが、使い勝手が良く、術式も簡単な為に多用する。発動中は常に魔力が吸い上げられているが、燃費も良いので持続時間も長く取る事が出来る。
 前を見て、クラウンが雪面を蹴った。
 タンッ、と軽快に雪面を蹴る足は多少ながら雪によって足を取られて入るが、先程よりも格段に速い。
 そこまで町から離れている訳では無かったのだろう。直ぐに森は途切れ、家の数が増す。
 が、町に近付けば近付くだけ、クラウンが肌で感じる殺気は強い物になっていた。
 その事実に、走りながらクラウンは舌打ちした。
 どれ程の魔獣が町に入り込んでいるか分からない。
 魔獣の数によっては、町一つが地図から消える事すらありえる。

 走り出して10分と言った処か。まばらだった家が明確に数を増した。
 だが―――怖気が走る。

「………」

 町に入れたという安堵は無い。
 崩れた街並みはまさに地獄を表している。
 転がる骸は無残にも食い散らかされ、先程の農場の主がいかに幸運かを物語っていた。
 雪化粧を施された、今はもう凍り付いた骸は白く横たわっており、生々しい血色の彩りは雪に隠されてしまっているが―――漂う生々しい臭いは消えていない。
 死体が眠っているだろう雪の盛り上がりと、まだ雪化粧を施されただけの死体がまばらに見渡せる世界全てに存在していた。

「くっ…」

 半ば予想していた事とは言え、流石にこれだけの殺戮を目の当たりにするとキツイ。
 今まで体験してきた仕事のお陰か吐き気を覚える程ではないにしても、やはり気分が悪くなる。
 だが、ここで立ち止まっている訳にもいかなかった。

「―――――数が、多いな…」

 吹雪の中に灯る濁った紅。
 前に、家屋の屋根に、雪の下から―――ぞろぞろ、ぞろぞろと集まってくる。新たな餌が到着したんだと言わんばかりの勢いで。
 濁った紅色の瞳は、まるで価値を品定めしているかのようにクラウンを見つめている。
 クラウンを囲もうとする魔獣の数は、既に今現在で50を楽に超えてなお増え続けていた。
 一体どれだけの数がこの町を襲撃したのだろうか?
 そう考えると、町の住人達の不幸に黙祷を捧げると同時、普段の行いはそこまで悪くない筈なんだが…と、思ってしまう。

『現実逃避も程々にせいよ?』
「したくもなる現実が無けりゃしないさね」

 精神状態は生憎とヤヨイに筒抜けらしい。
 溜息を吐き出し、既に抜き放っていた銀色の剣を、腰を落とした状態で横に構えた。
 それだけで一斉に魔獣が殺気を強めた。
 牙を剥いてクラウンを威嚇し、飛び掛る隙を窺っている。
 正面で唸る、狼の姿をした白い毛皮の魔獣が見せる口元は、何処かで血肉を貪って来たのだろうか、赤黒く濡れている。
 貪ったのだろう。
 何の躊躇いも無く。
 瘴気に当てられ魔獣化した、その獰猛な力を存分に発揮して。
 魂と心を失った肉の塊に、仮初の魂を吹き込まれて動く憐れな本能の暴走体。
 生きる資格を既に剥奪されたにも関わらず動く、この世の摂理から外れた亡者達。
 在るべき筈ではない者―――ならば、どうすれば最善か?

『決まっておろう? その存在は悉く――』
「――塵に還そう。肉は大地に、魂は世界の根源に」
『そうじゃ。準備は良いな?』
「何時でもオーケー」
『ならば叫べ、妾を遣う者よ』

 相棒の言葉に苦笑し、

「行こうか、何処までも果て無く…」

 剣に、己の―――魂を重ねた。

「―――宵よ来たれ(アクセス)!!」

 握る銀色の剣を介して、ヤヨイとクラウンの魂が重なる。
 接続された魔力伝達回路を通ってクラウンの魔力が循環する。
 瞬間、クラウンの周囲を物理的ではない、魔力の突風が吹き荒れた。

「抜剣!!」

 銀の色が変換される。
 その形が生まれ変わる。
 それは魔者の形。
 魂の形状。
 白く雪が世界を埋め尽くす中で、黒一色に染まった剣に先程までの銀の剣の原型は既に無い。艶すら無い闇色の剣は、一切の光を反射せず、深い深い光すらも逃がさない影であった。
 それは昼に浮かぶ影。
 全くと言っていいほど違う筈なのに、それは何処か孤独な月の様に見えた。
 刀身の長さは変わらず、柄が長くなり、柄尻には黒い十字の紋章が飾られている。
 それはクラウン・バースフェリアのみが振るう事を許された、魔者ヤヨイ・カーディナルの刃。
 月夜の属性を内包した月精、ヤヨイ・カーディナル・【ルナ】が宿りし誓約魔剣(デュエット・レイゼ)

 銘―――夜宵(シンス・ミーディナス)

 瞬間的に吹き荒れた魔力の風。
 時間にすれば刹那。
 爆風の如き突風に魔獣達が瞬いた時、そこには黒い衣を纏い、黒い剣を携えた騎士が佇んでいた。
 既に数匹の魔獣の首を刎ねた姿で。

「来い。俺がお前らを―――葬滅してやる」

 雪が吹き荒れる中、魔獣達が一斉に踊りかかる。
 真夏の中に形成された極寒の中、黒い影は走り出した。



#3-end






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