力が欲しかった
何時か見た騎士の様な力が
皆の前に出て戦える
皆を護れる力が

絶対的な力を持つ魔剣という存在
魔者を味方につける契約者とも戦えるだけの力
それだけで良かったのかもしれない

だけど、僕はそれ以上に寂しかったのかもしれない
英雄願望は誰に理解される事も無く、ずっと心の奥底にしまっておかなければならない状況が
独りぼっちの―――状況が
だから魔剣ではなく、魔者と共に戦う誓約者になりたかった
だから魔剣を触媒として使い、魔者を降ろす事を考えた

親に知られる事無く、
正規のルートを踏まず、
魔剣の力を使って絶大な格を保有する魔者を、
僕は呼びたかった

だけど、やはりそれは…
最初から英雄になんてなれないのだと、
目の前で力が暴走するのを見ながら、
僕は膝を突いて絶望した

あぁ、だけど…

身体の中に流れ込んでくる“力”は―――
確かに僕の心を満たしてくれたのだと、
僕は満足し、
“僕”という意識を

―――失った―――

























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


It snows in summer.
―夏に降る雪―
#4 氷獄迷界(コキュートス)-U




















 ゴガンッ!!

 盛大な破砕音と共に舗装された街路に魔獣の身体が叩きつけられる。
 ヤヨイの演算によって身体能力が更に加速したクラウンの、剣を持たない左手甲での裏拳を受けて地面へと叩きつけられたのだ。
 歯牙は折れ飛び眼窩からは血の涙が流されたその魔獣の姿は、確実に生命活動を停止させている。
 これはクラウンが用いた自己干渉式・身体能力加速(サイス・アクセラレイト)に当て嵌める筈の影響係数をヤヨイが再設定、及び演算しただけであるが、確実に先程よりも数十%は身体能力が加速していた。

 そう、魔者の真髄はここにある。

 上位存在である彼らは“魔術的法則上に生きる者”と呼ばれる様に、ヒトよりも魔術式という概念に精通し、そしてこの世界に顕現させている肉体でさえ高密度の【魔素(マナ)】で形成している。
 “生き物”であるが、それと同時に“魔術”である彼らは、まさに魔術の申し子だろう。
 その“魔術の申し子”が編んだ術式が、本来の魔術よりも威力を増すのは必然。
 使用魔力はそのままに、性能が激増している。

「ふっ!!」

 呼気を短く吐くと同時に、再び両手で漆黒色の剣を握ると前から迫ってきた三頭の魔獣を真横に両断する。
 狼型の魔獣は、顎の上下中間から分かたれて吹き飛び、一体は民家の窓に突っ込み派手な音を立てて消え、二頭は壁面に叩きつけられ真紅のペンキをぶちまけた。
 瞬間的に薙いだ剣閃の数は二。初戟で突出していた一頭を斬り、返す刃で二頭を斬ったのだ。
 血に濡れた漆黒の刃は赤の色を宙に引いて再び消える。

「っ!!」

 空に舞ったクラウンは民家の上に居る魔獣を斬り飛ばすとそのまま着地し、包囲網を抜ける様に民家の屋根を伝って走り出す。
 魔獣達はそれに気付くと、一斉に白い地面を蹴って街路を屋根を跳ぶ様にしてクラウンの追跡を開始した。

『数が多いぞ。どうするクラウン』

 刃を握るクラウンの頭に、音声ではない“念”の声が響く。
 剣に宿った状態のヤヨイが話しかけてきたのだ。
 屋根の上を疾走するクラウンは、口の端を吊り上げて笑うと一瞬だけ背後を振り返って後続達の数を確認する。

『一気に吹き飛ばすのがベストなんだけどなぁ』

 ヤヨイの念に対して、クラウンも頭の中だけで言葉を紡ぐ。“接続”しているので音声で会話しない方法が可能なのだ。呼吸を乱す事無く行われる会話は酷く滑らかで、まるで庭先でお茶を飲みながら会話するかのようによどみが無い。
 それに加えて、大群に追われているというのにクラウンは笑っている。
 いや、違う。
 クラウンは嘲っていた。
 無能に自分達を追跡してくる者達を。

『場所が場所だ。住宅街で広範囲の術式を使うわけにも行くまい。広い場所を探せ。それでケリをつけるぞ』
『ああ、元よりそのつもりだ―――』
「――ぜっ!!」

 ズンッ!!

 雪の中から飛び出してきた一撃を体勢を低くする事で躱し、その体勢のままで身を捻ったクラウンは体中のバネを利用して強烈な薙ぎ払いを相手にお見舞いする。

 斬ッ!!

 漆黒の刃は一瞬たりとも肉体の中で停滞する事無く通り抜ける。
 後に残るのは鋭利な切断面と一瞬後に噴出した血液のシャワー。
 肉体から斬り離された魔獣の首、その瞳は既に走り出すクラウンの背を捉えていた。
 迅い。
 何でも無い様にこなされたカウンターは的確に魔獣の首を払い、一撃で行動不能に陥れている。
 的確な殺害術。
 この酷く凶悪な技術、そして高い戦闘センスがあってこそ、この数百に及ぶ数の魔獣に追われながもクラウンは笑っていられるのだ。
 逃げ、跳び、飛び出してきた魔獣を瞬殺しながら、クラウンは住宅地から外れてゆく。
 誰も居ないだろう場所を目指して。
 町の中に居る全ての魔獣を殺す事は出来ないだろうが、それでもかなりの数を減らす事は出来るだろう。
 クラウンとヤヨイには、それを行使するだけの精神力と、術式演算能力を保有している。

「あった!」

 最後の民家の屋根を蹴ってクラウンは宙を舞うと、軟らかな雪に着地し、刹那の間も開けずにその場所へ向かって走り出した。
 背後からは魔獣達の荒い息遣い。
 追い詰めたと、そう思考しながらクラウンを囲い始める魔獣の群れ。
 クラウンの包囲を始める魔獣達は、一定の距離を取りながら“狩り”の合図を待っている。未だ、そこら辺には動物だった頃の習慣が根付いているのだろう。そして、それが効率良く相手を喰らうのに適した方法だと理解している。
 だが、動物から魔獣となり、食欲を満たそうとする本能が先行してしまっている為か、魔獣達は気付いていない。
 いや、気付かなくても可笑しくは無い、か。
 クラウンには殺気が無いのだ。本来放たれる筈の殺意が。
 意図的に消された殺意は、クラウンを只追うべき獲物と認識させ、魔獣達を錯覚させた。
 魔獣達がクラウンを追い込んだのではない。
 クラウンが誘き寄せたのだ。

「馬鹿め…」

 口の端を歪めて嗤うクラウンに、魔獣達が一歩分だけ包囲網を狭くする。
 前後左右、四方八方からジリジリと迫ってくる群れは、やがて一定の距離で一時的に立ち止まり、

「大追跡、ご苦労だった」

 一斉に飛び掛った。

―――愚か。

 クラウンとヤヨイが胸中で呟いた言葉が重なる。
 包囲に絶大な自信を持つからこそ襲ってきた魔獣達の猛攻を前に、もう一度だけクラウンは口の端を歪めて嗤い、高く高く跳躍した。
 魔獣達が一斉攻撃から一時的にだが逃れた獲物を視線で追う。
 高い。
 身体能力を加速したクラウンが跳んだ距離は、垂直にして7・8メートルは下らない。
 魔獣達は再び獲物が落ちてくるのを待つ。
 喉を噛み千切り、血を啜り、肉を喰らい、骨をしゃぶり、魂を吸収するのを夢想して。
 視線の先、そこで魔獣達の顔を見下ろしながら、クラウンは誓約魔剣(デュエット・レイゼ)を振り上げた。
 まるでそれは―――指揮者の様な―――




「【 月の荒野は果てなく深寂にして、儚く。生者亡き否定の世界 】」




 その指揮者の頭上で、瞬間、式が空間上に展開される。
 膨大な演算式はしかし、ヤヨイにとっては瞬く間に計算し終えた単純な破壊の為の式。
 クラウンが宙で振り上げた剣の先――空を舐める様に広がった魔術式は刹那で幻想の様に消え、

「鈍いぜ? 死ね」
『うすのろめ。散れ』

 雪世界の空に、幾千の星が生まれた。

―――広範囲殲滅術式・月燐・塵星月神楽(ルナ・シンフォニック・レイド)

 幾千の星は眩い宝石の如き光を放つが、それ一つ一つが殺戮の為の純然な破壊の塊。
 僅か3センチばかりの大きさに秘められた破壊は、まさに星の欠片――隕石が降り注ぐが如く死を撒き散らす。
 魔獣達がその魔術式に驚愕、次いで恐怖を感じ逃げようとするが既に遅い。
 群れの中に一つの星が落ちる。
 胴体を撃ち抜かれた魔獣は、更に地面で炸裂した爆裂に巻き込まれ、貫かれ千切れ飛んだ上半身と下半身が原型を失い、肉片と化して辺りへと降り注ぐ。しかし、それに構う魔獣は居なかった。
 雪の空に光の尾を引いて流れた星は破壊を撒き散らし、生き残りが出ない様に平等に均等に殺戮をばら撒いて行く。
 光は流れ、地上に這う生物を悉く討ち貫く。足を貫かれ、腹を貫かれ、内蔵を貫通され、脊髄を損傷し、脳髄を破壊され、地面に着弾した光が弾ける爆発に身体を吹き飛ばされる。動かぬ骸にすら、その光は流れ落ちた。
 それは虐殺、それは殺戮、まさに殲滅。
 雪の大地を抉って作り上げられるクレーターは、雪に隠されてしまった大地すらも抉って捲り上がらせ大小様々なクレーターを作り上げる。
 “仲間外れ”が居ない様に、生者亡き真空という死界に等しく全ての魂を導く様に、破壊は行われた。
 時間にしてみれば僅か数秒の出来事。
 しかし、クラウンが音も無く着地した先に見る世界に立っている生物は存在しない。
 大地は吹き飛び、魔獣は爆発に飲まれ、広場を囲っていた木々はなぎ倒されて吹き飛んでいる。

 そこは月の荒野。そこは下界の生物が住む事無き果ての大地。

「………」

 クラウン一人を狩る為に集まった群れは、一匹残らず吹き飛んだ。
 クラウンはその光景に一度目を瞑る。

「葬滅、完了」

 小さく囁かれた言葉は黙祷の様に辺りへと響いた。
 魂無き彼らには無用だろう。
 しかし、命を葬った者として、最低限の礼儀をクラウンは果たす。
 数秒の祈りを捧げると、漆黒色の剣を握ったままに、クラウンは雪降る世界を再び歩き始めた。





* * *






 町の中は閑散としていた。
 殆どの魔獣がクラウンによって葬られたからか、その様相が一層深まった様に感じる。
 壊れていない家屋の方が圧倒的に多いが、しかし中にヒトが居ない為か、本当に町ごと廃墟と化してしまった様に感じられる。
 しかし、だ。町の中を歩き回っている内に気付いた事が一つあった。

「雪に隠された物もあるだろうから正確な数は判らないけど…それにしたって死体の数は少な過ぎる…何処かに避難してるのか?」

 その可能性はありえる。
 幾ら魔獣が襲ってくるとは言え、それなりの規模を持った町だ。戦う力を持った者も、町が大きくなれば大きくなるだけその数を増やす。
 その事を考慮に入れれば、町の中に転がる死体は唯単に逃げ遅れた者達だと説明する事が可能であり、この数の少なさにも納得が行く。

『どうするクラウン? さっさと探さなければ積もった雪で身動きが出来なくなるぞ。そうなれば町の中に居ながらにして遭難しかねん』
「そうだな。取り敢えず町の中心へ向かってみるか? そこなら誰か居るかもしれないし」

 ヤヨイが誓約魔剣(デュエット・レイゼ)の中で頷く。
 その気配を接続された神経分野からの情報で読み取ると、クラウンは一度、雪雲に覆われた曇天を見上げた。
 弱まる気配が一切無い吹雪。
 目を開けてられない程の吹雪ではないが、このまま行けば完全に町が閉ざされてしまう。
 しかし異常だった。
 これ程の長時間、雪を降らせるというのには魔剣を扱うに際しての魔力が桁外れに違う筈だった。有り得ないのだ。魔剣を握り、その力を使うにしても、一つの町を覆う程の環境干渉系術式は殆どの場合は一瞬しか効果を表さない。勿論それなりの魔力量を備え、こんな大規模に極寒の大地を作り上げる様な真似をしなければ可能ではある。常時発動ではなく、領域内で足を地面についた瞬間に襲い掛かる――そんな術式であれば。
 魔剣を魔術の媒介にし、それが暴走した場合もそうだ。基本的に吸い出される魔力は持ち主からの物である。儀式的に魔術を作動させたとして、魔力を蓄積しているだろう魔石を多く持っていたとしても、魔石はそれ単体では意味が無い。魔石を只の魔力を蓄える為の物として扱った時、そこから魔力を吸い出して使うには影響が強すぎる為に、何処かで影響力を堰き止め、魔力を使える状態にまで絞らなければならない。その魔力をダムの如く止めて使えるだけを細かく使用するには、それなりの設備が要される。魔者を降臨させる為の設備しかり、町に生活魔力を送り出す設備しかり、だ。これをヒトが生身で行うと、膨大な負荷が掛かって内臓からやられて血反吐を吐き出す事になる。最悪の場合は魔力制御を誤って身体の中からボンッ! なんて事も無くは無い。大規模な力が発生するにはするが、それは蝋燭が最後に強く燃え上がるのに似ている。魔剣に魔力を全てつぎ込んで使うよりも、命と魔石の魔力を質に入れている分長いが――それでも、数時間に渡って世界を変質させるのは無理、の筈だ。

「全く…本当に…」
―――あいつからの依頼は厄介な事ばかりだ…

 胸中で呟き、依頼は総じて厄介だから依頼なのか、と考え直す。
 見上げた空から視線を戻しながら、再び雪を分けながら歩き出した。
 段々と深さを増した雪に足を取られる。
 流石に余裕が無くなって来た。
 このままで行けば、この雪世界ではまともな戦闘行為が一切封じられる事になりかねない。足は雪に取られ、移動する事すらままならずに只狩られるのを待つ。そんな事態が迫っている。
 クラウンは地面を蹴ると、屋根の端を蹴って空を舞う。
 屋根にすら着地するのを躊躇わせる様な雪の量。
 それを見ての反応だ。
 屋根の端を蹴って前に進み、巧みなバランス感覚で前へ前へと跳躍を繰り返す。
 そして何度目かの跳躍をし終えた時、クラウンは一つの灯を発見した。

「アレは…」

 乗り場に、今は隠れてしまったレール。本来であれば、乗車していた列車が辿り着く筈だった駅、終点エルセナ。
 その駅舎だろう建物の中に、未だ灯っている明かりを発見した。

『クラウン』
「あぁ、行ってみよう」

 握る魔剣に呟き、クラウンは一層強く足場を蹴って跳び出した。





* * *






「…手遅れか…」

 呟いた言葉は誰の耳に響くでもなくその空間に反響して消えた。
 駅舎内。数時間ぶりに雪に当たらない空間は暖かくもあったが、そこは冷たい骸を安置する死体置き場でしか無かった。
 床に転がるヒト、壁に凭れ掛かるヒト――その悉くは血と臓物を撒き散らして絶命している。しかし、原型を留めているだけ外の物よりはマシだろう。注意深く見渡せば、応戦したのかそこら中に魔導銃が遺した弾痕やら魔術による焼け跡が見て取れる。
 魔獣の死体も一緒に転がっているという事は、この場で敵を迎え撃ち、敢え無く“共倒れ”――そんな処が妥当だろう。

 かたんっ…

「…?」

 その時、小さな音が『事務室』と書かれたドアの向こうから聞こえた。
 辺りを窺っていたクラウンはその音に顔を上げ、ドアに細めた視線を向ける。

『魔獣か?』
「いや…瘴気の気配が薄い…」

 つまりそれはヒト、生き残り、という事だ。
 クラウンは急ぐでもなく注意を怠らないまま、その扉を押し開けた。
 ギッ…と古い金具が軋む音が響きながら扉が開いてゆく。
 先ず目に映ったのは机の上に転がった狼型の魔獣の姿。零れたどす黒い血液は机の上に散らばっていた書類を染め上げ、床にピチャピチャと滴っている。
 そこで呻き声が聞こえた。
 か細い、今にも生命活動を止めてしまいそうな声は、机に阻まれた向こう側から聞こえる。
 クラウンは一度辺りの気配を探ると、この場所が安全だと断定して中へと踏み込む。
 念の為に机の上に飛び乗って、机の下からの奇襲は回避出来る様に移動。
 ととんっ、と軽やかに跳ぶと、その声が聞こえた場所、その隣に着地した。

「あ、あんた…は…」

 壁に背を預けて力無く座る男は駅員の制服を着ていた。多分、この事務室で働いていたのだろう。
 制服は所々千切れ、足には牙で穿たれただろう裂傷がある。加え、噛み千切られたのか右腕が無く、そこには針金で強く締められた包帯が巻かれ赤黒く染まっていた。
 傷は深く、出血量も激しい。
 今から治療を施した処で、その命を永らえさせるのは些細な時間だけだろう。
 もう、完全に手遅れだった。

「あんた、素直だな…」
「っ…喋っていたか?」
「いや…っ…だけど、表情に出てたよ…もう永くは無い、ってな…」
「すまない…俺は治癒術式は下位しか使えないんだ…」

 誓約者(リンカー)は二種類存在している。
 一つ目はクラウンのタイプ。魔者を降臨させて契約し、その魔者の属性を扱う者。もう一つが、とある国が開発した人工精霊を用いて全属性を幅広く使うタイプ。この人工性霊は、正式名称・魔素構成型術式補助精霊と言われる物で、通称・汎用精霊と呼ばれる。こちらで術式端末(ミスティック・デバイス)を使用した場合、意思無き人工の精霊が演算を補助してくれるのだ。
 魔者を降臨させた場合では一つの属性に対して特化するが、汎用精霊は基本七属性を上級まで使う事が出来、治癒の術式も使用出来る。魔者の側も、治癒術式を使えない訳では無い。しかしそれは自分に対してだけ働く高位再生能力の様な物であり、他人には使う事が出来ない物だ。
 魔者の側は人工精霊に比べて見劣りするかもしれないが、しかし、人工精霊では演算出来ない超上位魔術や禁忌の術式すら編む事が可能だ。回復も、そういった属性の魔者を連れている者が行えば、人工精霊が行う治癒術式よりも高いレベルで治癒が行えるだろう。
 だが、

「俺の精霊には、自己干渉系の回復再生魔術しか無い…」

 故に、ヒト一人で演算する治癒術式しか使えない。
 生命が霞み消えそうなこの男性を、クラウンは救う事が出来ないのだ。

「…良いさ、別に。気にするな…」

 駅員は苦笑して、クラウンを見つめる。
 自分の事で気負わなくて良いと、そう伝える様に。
 クラウンは苦笑いを返すと、男の残った右手を握る。

「…この件について知っている事は…?」

 クラウンの質問に、一瞬戸惑った駅員だが、しかし嬉しそうに笑う。
 笑った拍子に咽て血を吐き出すが、それでも駅員は最後の力を振り絞る様に笑う。

「嬉しいねぇ…この異常を解決してくれるのか?」
「あぁ…」
「そうか…」

 そこで今度は苦笑。

「この駅から真っ直ぐ出て、大通りを真っ直ぐ進め…そうすれば屋敷が見えてくる…」
「屋敷?」
「ダム・ウォーゼンって言う、ここら一帯を管理してくれてた人の屋敷さ…俺は、その屋敷から光が漏れるのを見た…」

 ダム・ウォーゼン。
 魔剣を回収に向かう筈だった場所。
 やはり原因はそこにあったのだ。

「それと…皆は町外れ…収穫祭を行う場所に避難している筈だ…全てが終わったら、皆に…」
「分かった…」
「それと…」

 強く、手が握られる。
 この場所で死ぬ、その無念と、後悔、そして―――

「妻と息子には、頑張った、と…そして、頑張れ、と…」

―――遺される者への安否を気遣う思いを込める様に。
 彼は最後に強くクラウンの手を握ると、その瞳をゆっくりと閉じた。
 クラウンは一度静かに黙祷を捧げ、握られた手を胸に置き、身体を床に横たえる。

「…ゼス…マーズ…」

 名札を確認し、立ち上がった。
 ゆっくりとした足取りで、その場所を後にする。
 事務室を出て行く際に、扉は閉める。せめて彼の亡骸だけは魔獣に貪られない為に。

「ヤヨイ」
『なんじゃ?』
「電話代、今度からちゃんと払っておかないとな…」
『そう、じゃな…』

 もし、電話で連絡を受けていたなら、彼は、彼らは死なずに済んだだろう。
 何が悪いという訳では無い。
 電話が切れていたのは滞納していたからとは言え、あくまで偶然。
 決してクラウンが悪い訳では無い。
 しかし、だからこそ辛い。
 その偶然を呪いたくなる。

『お主も、妾も…運が悪かった、それだけじゃ』

 励ます様に、優しく囁くヤヨイ。
 苦笑し、駅から跳びだす。

「解ってるさ。不幸な偶然…そう言う物が重なって今回みたいなやりきれない状況が出来ちまうんだ」
『悪かった、そう言えば妾達は悪かったのだろう。結果としてこの事件が起こる前に防げなかった。しかし悪くなかった、そう言うなら妾達は決して悪くない。妾達はこの事態を“未然に防げなかった者”ではあるが、決して“引き起こした者”ではないのだから』
「だから、せめて…この件は俺達で解決する」
『それがけじめ、と言う物じゃからのう?』
「違いない…」

 声に出して笑い、雪世界を駆ける。
 クラウン達は元凶へと近付いてゆく。
 せめてその役割を果たす為に。



#4-end






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