黄昏時、俗にそれは逢魔々時と呼ばれる。
日が沈み、夜の帳が落ちかけた色彩を天に浮かべる時刻。魔獣が騒ぎ出す時間。
そんな時間帯に薬屋の中は笑い声と話し声に満ちていた。
「わ、私はっ、姉から依頼を受けてこのルルカラルスに来たんれすよっ!」
「う、ぅうっ! 頑張ったんだな…偉いぞ朔耶…それに引きかえ私は…」
テーブルを囲み悪い酔い方をする朔耶とリリエンタール。
テンションが爆発しているのと鬱症状を発症しているのは意外と相性が良いらしく、会話が長々と展開されていた。
それを横目で見ながらクラウンはこめかみを押さえて呻く。
「今日はスゥに飲ませてないから大丈夫だと思ってたが…あれは大丈夫なのか?」
親指を、何故かリリエンタールを激しく励ます朔耶に向けながら呟く。
そうこうしている内に、二人で今度は一気飲みを始めた。
そんな光景を眺めながら、こちら側に座って静かに飲んでいるティッセが小さく溜息を漏らした。
「えぇ、まぁ…本来であれば主である朔耶の許可無く自分の属性を話す事は禁じられているのですが…倭国討魔である御盃を知っておいででしたら解ると思いますけど、私の属性は水ですので」
「成る程のぅ…水気を操る精霊ならでは、という事かの? 体内に働きかけて酒気を飛ばす、と」
「そういう訳です。朔耶はお酒は飲めるのですが、翌日に残してしまう体質なので…」
「へぇ、飲み終わったら浄化してるのか」
それは便利だ、と素直に頷く。
と、そこまで考えて朔耶が先ほど口走っていた言葉を、ふと思い出した。
「あぁ、一つ訊いていいか?」
「?、何でしょうか?」
「いや…朔耶嬢が今言ってたのを聞いてたんだが、姉からの依頼でルルカラルスに来たのか?」
酔いが加速する朔耶とリリエンタールを、クラウンはちらりと一度だけ見る。
「えぇ…ギルドの方にいらしていたなら手配書の方は…」
「確認した」
「そこに記されていたと思いますが、影の魚は倭国で発生し、そして逃げた魔獣です。魔獣が今までに島から島へと移動したという話は聞きませんでしたので、ギルド協会は今回の件を不問という事にしましたが…」
「ふーん? 成る程ねぇ…責任を取るって事で朔耶ちゃんを派遣した、と?」
クラウンの横に座るシュレイが納得した、と言わんばかりにティッセに向かい呟く。
不問にはしたのだろう。
しかし、それと責任を取る取らないは違う。
大陸ギルドからの信頼を取り戻すという形で、倭国側は人材を投入する事を決めたのだ。
そのシュレイの呟きにティッセが頷いた。
「そうです。他にも倭国側から何名かはルルカラルスへと入国しています。朔耶の場合は純粋に実家からの連絡と、ルルカラルスへの入国が重なっただけでしたが…姉である雪乃は、それに合わせて朔耶に修行の一環として敵の処理に当たらせるつもりで…」
「責任も取れるし、妹の修行にもなって一石二鳥という訳か…」
ふーん、と頷きながらシュレイがコップを置く。
それを見計らったかのようにヤヨイの横に座るスゥが手を伸ばすが、その途中でヤヨイによって伸ばした手が撃墜された。何ともこちら側は話の内容に反してほのぼのした空気である。
「今日は飲むでないよ、スゥ。お主は飲みすぎる上に止められなくなるからのぅ」
「す、少しだけでも?」
「駄目じゃ。そっちのジュースでも飲んでおれ」
「うぅ…」
渋々、と言った感じで手を引っ込めるスゥに対して苦笑し、空いているグラスに酒を割る為に用意したジュースを注いでやる。
スゥは眉を顰めながらも小さく『ありがとう…』と呟くと、グラスに口をつけて一気にジュースを飲み干した。
いい飲みっぷりだ、と笑いながら今度はシュレイがジュースを注いでやる。
と、その時、
「―――――来た」
シュレイが何かを感じた様に、突然口を開いた。
クラウンもそれに頷く。
「夜を丸ごと使う気らしいな、向こうは」
「えっ」
ティッセが『訳が分からない』と言った風に声を出す。
スゥも事態を理解出来ていないのか、いれられたジュースを飲みながら眉を顰めていた。
そんな二人に対し、シュレイが申し訳無さそうに、視線を何処か宙に彷徨わせながらに口を開く。
「一つ言ってない事があったんだけどな…?」
怒らないでね? と二人に言うが、二人には全く意味が分からないので返答のしようが無い。
「はぁ…?」
「実は影の魚と戦ったのよ、俺とクラウン」
「………は?」
「いや…仕留めた筈なんだけどねぇ…何故か生きてると、僕は言い訳をしてみるのですよ」
「は、はぁっ!?」
ティッセとスゥが同時に叫び声を上げた。
場外の朔耶とリリエンタールは…
「ぐびっ…ぐびっ…っぷはぁっ!!」
「おー! いい飲みっぷりですよリリエンタールさん!!」
…気付いていない。
視線を戻すと、
「は、えっ…仕留めたって…本当ですか!?」
「いや、それよりも私は何時の間に仕留めたのかを」
この二人の強さを理解していないティッセと、クラウンの強さを認識しているスゥの質問が重なる。スゥにとってはクラウンが強いなら、その友人であるシュレイも同じ程度には強いという結論だ。
そんな二人の質問にシュレイは目線を逸らしクラウンへと助けを求める。
「いや、こっち見んな」
「…偶に冷たいよな、クラウン」
「…分かった」
「そうか説明―――」
「俺に助けを求めるなウザイ」
「ワオッ!! 辛口発言!? クラウンの愛が痛いですよ私は!」
「…お主ら、少し黙らんか」
申し訳ございません。
まさに鶴の一声、と言った風にクラウンとシュレイが同時に深々と頭を下げた。
何が怖いって、二人にとっては影の魚を相手にするよりも日常的に接する相手であるヤヨイの方が怖いのだ。キレて刃物を持ったら本当に手に負えないので。
「そ、それで…」
「んぁ? あー…それよりも、お互いの相棒をさっさとどうにかしようと俺は思うんだよね?」
場が元に戻ったのを見計らい、ティッセがシュレイに答えを求める。が、相手が迫っているのを感じているので、シュレイはティッセの言葉を遮る。
先ずは命の保障が出来てから、だ。
このまま説明を始めても、相手が襲ってきては死傷者多数の状態になるだけ。それでは意味が無い。
その事を察知したのか、ティッセは『そうでしたね』と小さく頷くと、己の相棒である朔耶の元に駆け寄った。
「おい、リル、敵だ」
「あ、ぁー…? シュレイが三人私の前に居るぅー…何だ、何時そんな技を覚えたんだお前はぁー…あふんっ…」
テーブルに突っ伏するリリエンタールを抱き起こすシュレイ。
しかし、リリエンタールは相当酔っている様で、見えているのかいないのか、シュレイの顔面に向かって酒臭い息を吹っ掛けていた。
「ぐおっ…酒臭っ! どれだけ飲んだお前? くっ…さっさと俺のデバイスの中に入って酒気を飛ばせ」
「分かった分かった…入ってやるから、余り頭を揺らさないで…うっぷ…」
口元を手で押さえながら、リリエンタールは光の粒子となってシュレイが下げているデバイスの中へと消えて行く。
超高密度のマナで構成される魔者は根本的にヒトの類と違う。デバイスに取り込まれると言う事は、今現在の状態を魔者としてあるべき“生きた魔術式”の状態へとシフトさせる事に繋がる。つまり、そこには“魔者”を構成する魔術式はあっても、“酒気”を構成する魔術式は存在しない為に除外されるのだ。
「【 酔は水、故に私は毒水を排除する 】」
―――水操・内服害液排除
そんなシュレイの横では、ティッセが朔耶の手を握って直接魔力の供給を受けながらに魔術式を発動している。
こちらもリリエンタールの様に反応の鈍かった朔耶であったが、ティッセの掌から発せられる毒飛ばしの光を浴びている内に視線が定まり、顔色の状態も普通の肌色にまで戻って行く。
そして『何が』と小さく呟き、クラウンとシュレイが剣を抜き放っている事に気付いた。
「こ、この状況は…」
「簡単に説明すると『敵が来た』って事だねぇ」
「敵? 一体何が―――」
「シッ…来るぞ…」
その言葉に取り乱す事無く、ティッセをデバイスに取り込んだのは流石か。
彼女は侍―――剣の化身である。
シュレイ達との実戦経験差はかなりの差があるのかもしれないが、その戦う者としての意思だけは確かに堅固なる物だった。
クラウンはその姿に小さく笑みを見せると、右にはヤヨイが宿ったデバイスを握り、胸元にはスゥを宿らせた魔石のペンダントを下げて意識を研ぎ澄ませた。
薄暗い部屋。
部屋の中には灯があるにも関わらず、暗かった。
「敵は…何者ですか…」
「影の魚だ」
「……そう、ですか…」
「取り乱されては困ったが…流石にそこは、」
「これでもAランクの端くれ、場は弁えています」
クラウンとシュレイが嬉しそうに笑み、準備が整った三人は完全に意識を敵へと向ける。
何処から来るか判らない敵へと。
「………ッ!」
その時、突然部屋の灯が落ちた。
世界が闇色に染まり、そこは“影”だけが支配する世界へと成る。
見渡せば何処もかしくも黒、黒、黒。唯一あるのは、カーテンの隙間から差し込む、今にも消えそうな西日だけ。
「クラウン」
「シュレイ、朔耶、一撃凌いだら外に出るぞ…いいな?」
「了解」
「解りました」
そして再び静寂が訪れ、意識を闇色に染まる部屋へと向ける。
クラウンはその時、ある一種の勘でカーテンから差し込む光の当たった床を見ていた。
それは自走車の魔力メーターを見ている様に段々と少なくなって行く。
クラウンは相手が影を媒介としている事から、絶対に世界が闇一色になってから襲ってくると考えていた。
当然だろう。自分が不利な時間―――移動箇所が制限される等と言う馬鹿らしい制限が掛かる時に襲う奴は居ない。
だからこそ、そして能力を最大に引き出す為に、相手は太陽が落ちた瞬間を狙って襲ってくる。
そして、世界は、
「………」
闇に閉ざされる。
「ッ!! 来るぞっ!!」
クラウンの勘と、感覚と、気配が全て重なった。
瞬間、部屋の中の闇よりも尚暗い闇色がクラウンの左側に出現。それが全て解っていたかの様にタイミングを合わせ、クラウンは獲物を捕食する為に開かれた口腔を、刃で以って全力で逸らした。
ガッ、ギィン!!!!
刃と牙の刃鳴りが響き、一瞬だけ家の中が散った火花で照らされる。
互いに傷は無く。
影の魚は音さえ無く、再び闇の中へ。
そしてクラウン達は、
ガシャンッ!!
窓を突き破って店の外へと躍り出た。
「くっ…窓ガラスがっ…」
「一々矮小だぜクラウン!」
クラウンの泣き言を無視し、先に出たシュレイと朔耶が道を先行して走り出す。
時間帯は未だ太陽が沈んだ程度、店が建ち並ぶ“商人ストリート”は未だ賑わいが残っている。
この中を走れば相手を撒けるかもしれないが、それは要らない被害が大きすぎる。それに、撒いてしまっては本末転倒である。
襲ってきたのなら―――殺すと、斃すと決めたのに、それでは意味が無い。
だから三人はストリートから影に入った、普段は誰も入ってこない裏道を選んで駆け抜けていた。
「大公園に向かうぞ! あそこなら幾分かマシだ!」
「あいよっ! ――――ッ!?」
寸断されるシュレイの声。
それは油断では無かった。
もしも只単に影の魚が飛び出して来ていたのなら、変わる事無くシュレイは迎撃し、これを弾くか何かしていただろう。
だが、
「二体っ!?」
足元を攫う様に現われた影の魚をシュレイは跳躍する事で避け、そしてその魚が闇に沈みきる前に横手の闇から“二体目”の影の魚が現われたのだ。
それは完全な想定外だった。
シュレイは横手に出現した闇色の口腔を前に刃で防ぎながらも吹き飛ばされ、屋根一つ低い家屋の上をすっ飛んで行く。
「シュレイさんっ!」
朔耶の声を遠くに聞き流しながら、シュレイは酷く冷静に世界を観察していた。
後0コンマ秒後には建物に激突する事だろう、そして追って来ている一体に喰われるのだ。
―――ハンッ…
たったの一体?
馬鹿か、貴様は所詮能無しの下等生物か?
意識の奥で相手を嘲笑い、刃の中で直結するリリエンタールもがその事実に声を上げて嘲笑っていた。
意識を瞬間的に“客観状態”から“主観状態”に引き戻し、シュレイは相手の思惑を超える為に態勢を捻り、その建物の壁面に、音を一切立てずに着地する。
眼前に見るのは地面、足元は壁。
鼻で眼前を這って進むしかない魚を嗤い、
「我は空を支配せり」
その魂の姿を顕現させた。
―――轟ッ!!
吹き抜ける魔力の衝撃の中から現われたのは剣。
しかしその刃は濁っていた。
穢れた銀、あるいは灰色と言うべき色の刀身の剣。
堕天使リリエンタールの魂を模した、シュレイ・ハウンゼンスの為だけの剣。
誓約魔剣 【 葬蝕天廻 】
変化した刃を握り、シュレイはそのまま身体を宙へと投げ出す。
そこに力は一切込められる事なく、本当に、只自然落下している様だった。
様だった、だ。
それは違う。
「【我が歩く道こそが道】」
その起動詞と共にシュレイは身体を反転させ、足を大地へと向け、着地する。
空の上に。
―――構造固定・鋼列の足場
それは空気を固めると言うよりも、空間自体を固めると言う所業だった。
魔の使徒にして、総括者の位に属するリリエンタールが司るは【 空 】
シュレイの起動詞によって展開された術式は、限定空間上の空気を構成する多種の分子から流動現象を剥奪し、空間上に固定。足場を形成したのだ。
シュレイは地上から数メートルの地点を、まるでガラスの上でも歩く手品師の如く歩いている。それは本当に、起動詞で宣言した通りに、彼の歩く場所こそが道であるかのように。
シュレイが見る先はクラウン。
たったの一瞬だけ視線が合い―――お互いの意志を確認する。
「朔耶、大公園まで急ぐぞ」
「え…あ、はいっ!」
空に居る限り、シュレイに魔の手は及ばない。
影は所詮、物陰にしか作られないからだ。
空に影は無い。
そして、もしもこの高さに居るシュレイを狙って地面から出現しても、建物の壁から出現しようと、シュレイに届くまでに影の魚はシュレイによって絶対に感知され――― 一撃の元に、絶対的なカウンターを叩き込まれる。
「さて―――取り敢えずは先に公園に行くとするかね…」
『クラウン達は平気だと思うか?』
「あのクラウンが、たかだか魔獣程度に殺される訳が無いだろう…それに朔耶ちゃんはクラウンが守護してる。死ぬ方がオカシイね」
『クッ、ククク…愚問だったな、シュレイ』
刃の中から伝わるリリエンタールの意識に笑みを返し、シュレイは空の足場を蹴って宙へと躍り出る。
「【漆黒は空を翔る力を与えん】」
そして彼は空を舞った。
彼の称号の中にある“鴉”の様に、その背中に漆黒色の翼を展開して。
* * *
路地を走りぬけ、角を曲がりながらクラウンは道を先行して走っていた。
シュレイが空を支配下に置いているのなら、先ずどうこうと言う心配は無い。敵の攻撃が届くまでに必ず時間が掛かる場所であるし、きっと楽をする為に空を飛ぶに決まっているからだ。
「ま、シュレイが空を行くなら…こっちはこっちの心配をしないとな…」
ぼやき、背後をついてくる朔耶に意識を払い続けながらに疾走を続ける。
本来、魔獣が出るような街の外の戦闘であれば、ここまで神経を使う様な真似はしない。
それは朔耶嬢を気に掛け、敵の攻撃を察知する事もそうだが、それ以上に市街での戦闘禁止条項があるからでもある。
・事象操作騎士戦闘条項(市街内戦闘)
と言う物がある。
ギルドでの免許を取る時、最近ではギルド融資系の学校系列でもあるそうだが、この項目を数時間の講習で受けなければギルドライセンスは発行されない。
これの他にも市外戦闘に関する条項も存在するには存在するが、それはかなり規制が甘い。それでも市街内での戦闘に比べたら、だが。
通常であるが、事象操作騎士の市街内戦闘は禁止されている。
これは当たり前であろう。民間人が真横でドンパチやられて安心するなんて事は不可能だからだ。
それでも戦闘が必要な場合は、そう言った専用施設でやり合え、と禁止条項には書かれている。
それもバウンティハント等に限り解禁されるが、大規模破壊系魔術式等は根本的に禁止されている。
これも当たり前であろう。
真夏の中に出来た真冬の町でクラウンが広範囲殲滅術式を使用したが、あれも本来であれば完全に禁止条項に引っ掛かる代物である。
しかし、クラウンの場合であれば、非常に稀なケースであったのが幸いする。
尚且つクラウンは、あの広範囲殲滅術式を発動させる為に街中ではなく、わざわざ町外れの公園まで走ったのだ。
そして何より、誰も被害者が居らず、目撃者も居なかった。
一番の要因は、クラウンがやったと言う証拠が無かった事に起因する。
もしクラウンが殲滅術式を発動させた事が誰かに知られていたとしても、事態が事態であった為に解決したクラウンには謝礼が支払われていても、罰が与えられる事は無かっただろう。
話を元に戻すと、あの時のクラウンは例外を通っているが、今は通っていない。
もしも今、この場所で町ごと焼き払って敵を討つ様な真似をすれば、クラウンにかなりの額の賞金が掛けられ、捕まり次第死刑になるだろう。
そう言った規則の上に、事象操作騎士とは成り立っているのだ。
だが、これにも例外は存在する。
それは対瘴魔戦闘となった時だ。
その時は全ての禁止条項が取り払われ、“最低限の被害に留め、全力で敵を殲滅せよ”に切り替わる。瘴魔とは、それ程までに人々に恐れられているのだ。
「あの時みたく、殲滅系の魔術が使えれば楽なんだがね…っと」
『無茶言うで無いよ』
『そうだよクラウン。やったら私なんか強制送還だし』
ついつい漏らしてしまった愚痴に、勘弁してよと二人の精霊が突っ込んだ。
『妾なんぞは堕界している身じゃ。一気に宿無しの文無しじゃぞ?』
『最悪ークラウン最悪ー』
「あー黙れ黙れウッサイ!」
そんな会話を続けながらも、襲い来る全ての脅威を今のところ全てかわしているのは流石、と言うべきか。背後では朔耶が驚いているのか、それとも呆れているのか微妙な表情をしている。
「く、クラウンさ」
「右だ!!」
「っつ!!」
そして的確に指示を出し、朔耶がどうすれば良いのかを絶えず示している。
ある意味それは異常だった。
シュレイが不意をつかれ襲われた時も、朔耶にとってアレは必殺だった。
しかし、シュレイはそれを見事防ぎ、尚且つ無傷で現在は公園へと向かっている。
異常なまでの戦闘経験、あるいは戦闘センスが成せる技であろうが、朔耶にとっては一体どれほどの研鑽を積めばあの様な事が出来るのか想像がつかない。
そしてクラウン。
彼もまた、朔耶にとっては異常だった。
相手が影の中を潜行している為か気配が薄く、相手が出現した瞬間を見極めて避けるしか無い筈なのに、クラウンはそれよりも早く“識っている”様に見える。
朔耶にとって、クラウンはBランクと言うカテゴリーに属する騎士でしか無かった。シュレイが友人としているのは、只単に古い付き合いから来る物だとも思っていたのだ。
が、今の状況で見方が180度がらりと方向を変えている。
未だに何か得体の知れない手段を持った、SSランクのシュレイに相応しい友にして、立派な騎士だと。
「くっ…スゥ、お前店番連続三日の刑な!」
『何勝手に一人で決めてんのよ! おーぼー! ヤヨイ様ークラウンが虐めるー!』
『…面倒じゃ。妾が必要になったら伝えよ』
「はははー、見捨てられてやんのー」
…立派なのかは疑わしいが。
そんなやり取りをしながら、やがて路地の出口が見えてくる。
視界に映るのは公園の簡易な柵。
二人は路地から飛び出すと、その柵を軽く飛び越えて公園内に侵入する。
「シュレイ! 俺達の背後に向かって撃ち込め!!」
「了解!!」
公園内を疾走するクラウンの呼び声に応え、何時の間にそこに居たのか、彼は空に立っていた。
掲げるのは灰色の刃、空の剣。
「【虚空持つ、疾風の刃】!」
―――回典・壊螺旋槍
シュレイが剣を薙ぎ払った瞬間に、三つの猛威が空から落ちた。
超高速回転する空気の槍は、螺旋状に空を穿ちながら空間を貫通して地面へと着弾。それは衝撃によりクレーターを残す様な破壊では無く、圧倒的回転力と速度による貫通攻撃だった。
相手に中ったかは不明。元より相手は影の中だ。ダメージを負わせるには外に出ている時を狙うしか無い。
故にそれは、
「宵よ来たれ!」
「水域展開!!」
只の時間稼ぎだ。
衝撃波の様な魔力風を展開して現れるのは、既に構えた二人の姿。
光の反射すら無い、全てを飲み込んでしまいそうな程に暗い漆黒色の誓約魔剣を構えたクラウンと、薄く緋色に輝く、水晶の様に透き通った刀を構えた朔耶の姿。
「―――公園に居た奴らには、簡易的だが避難勧告は出しといたぞ?」
ブオンッ! と空から急降下してきたシュレイが音無くクラウンの真横に着地する。それと同時に漆黒色の翼を仕舞い、シュレイは静かに剣を構えている。
言葉にクラウンが頷き、公園に広がる闇へと視線を向けた。
「準備万端、ってか」
「あの…」
「ん?」
「あ?」
そんな状態で、朔耶がすまなさそうに声を出す。
二人は振り返らずに、只『何だ?』と言う感じで返答した。
そんな素っ気無い返事に、朔耶はおずおずと口を開き、
「心許無い処があるとも思いますが…宜しくお願いします」
そう、二人に告げた。
「フッ…」
小さく苦笑。
「任せなー。まぁ、ちゃんとサポートはしてあげるから」
「そう言う事だ。シュレイが頑張るから」
「いや、お前も頑張れ」
ニッ、と二人が口を吊り上げて笑い、その剣を持つ手に力を込めた。
辺りに立ち込める位置を掴む事が出来ない気配が増し、開戦の時は迫る。
「―――さて、」
「では、」
「始めましょうか?」
―――宴を。
影が躍り、三人の騎士が舞う。
宴の幕は、今上がった。
#6-end
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