「よし」
「ん?」
「はい?」
「朔耶ちゃん。賞金の受け取りは任せた」
「え、えぇえっ!!?」
シパッ、と片手を挙げて逃げようとするシュレイ。
その襟首をガシッと捕まえ、クラウンはシュレイを引き寄せた。
「おいおい。何するんだよクラウン。大丈夫だって、後から秘密裏に賞金を山分けすれば良いんだし」
「あはは、よし、テメェ先ずはそこに座れ」
「用件は手短に頼むよチミぃ? 何せ私、電磁加速砲なんて撃ったから、種がバレると捕まりかねないので」
「チッ…そういやそうだったか…」
はぁ、とため息を吐き出しクラウンは先程の戦闘を思い出す。
シュレイは空中からあの大怪魚を地面に叩き落す際、威力的に完全に禁止条項に引っかかる一撃を放った。例え術式自体は中級程度の簡単な術式であろうとも、そこから生まれた威力は間違い無く上級。バレれば捕まるのは当然だろう。
「いや、口八丁手八丁で潜り抜ける事も可能だと思うんだけどねぇ? 電磁加速砲をぶっ放したって言っても術式は中級で、その作成した陣の中にナイフ落としちゃったよ〜テヘッ! って言えば良いだけだし。そして皆様、SSランクの俺に対して何も言えずに去って行くのであった」
「汚ねぇっ」
「SSクラスの特権だと思えよクラウン。権力ってのは濫用する為にあるんだぞ? しかしここで捕まると色々面倒だからな。逃げさせろ」
「濫用するのは職権だボケ…お前、一度その配線を間違った脳の構造を矯正してこい」
「お、面白い事言うね貴様…」
「なら笑えよシュレイ…」
濫用はどっちも駄目な筈なんですが、と二人の横で朔耶が小さく呟くが無視。
クラウンがシュレイの肩を握る手と、シュレイがクラウンの腕を握る手がギリギリと音を立てて締まる。ここで言っておくが、二人の握力は身体能力加速を行っていなくても約160Kgはある。一瞬でも気を抜けば、その瞬間に骨折してしまう威力だ。
「そう言うクラウンこそ、」
「何だよ」
「これだけの手柄だ。ポイント倍増。一気にAランクに昇格。面倒ごとが一気に倍増の地獄が待っている事を忘れてはいないか?」
「…あ、やべっ」
「フッ! 隙ありっ!!」
バシッ、と音が響いてクラウンの手を払い、シュレイが拘束から抜け出す。
そして脇目も振らずにダッシュで逃げ去って行った。
まぁ、逃げ去った先はクラウンの薬屋なんだろうが。
「くっ、逃げたか…」
「あの…クラウンさん」
「仕方ない。俺も逃げるとしよう」
「え、ぅ?」
「俺が望むのはBランクの薬屋経営に支障をきたさないランクだ。ここで昇格してしまっては意味が無い。あぁ、全部終わったら薬屋に一度集合な? そこで山分けを行うから」
無茶苦茶自己中心的な事を言ってクラウンが背を向ける。と、
「あぁ、それと一つ二つ言い忘れてたことがあった」
背を向けたままに未だ呆然とする朔耶に向かって口を開いた。
「な、何ですか?」
「いや、俺とシュレイが居た事は言わないでくれ。色々と厄介だからな。もしも全てが自分の手柄になってしまうのが嫌なら、知らない奴が助けてくれたとでも言っておいてくれればいい。俺は良いが、アイツなんかは捕まる可能性もあるからな」
そしてもう一つ、と付け足す。
「中々好い太刀筋だった。俺もシュレイもそう思ってる」
「ッ!!」
そしてそのまま『また後でな』と言って歩き出すと、まるで夜気に霞む様にその後姿と気配が霧散して消えて行く。瞬きを一度、二度行った辺りで、その姿も気配も完全に捉えられなくなった。
「何だろうか…本当に」
予想外の言葉に若干顔を赤くしながら、呆然と朔耶が呟く。
が、しかし、それは己の刃に納まる者の声によって覚まされた。
『朔耶』
「うあっ」
普段では絶対聞けない様な声を出して朔耶の肩が跳ねた。
完全にティッセの存在を忘れて“浸っていた”様だ。朔耶は二回程軽く頭を振ると、意識を完全に引き戻す。
『朔耶?』
「あ、いや…何でもない。それで? 何だ」
『いえ、大分騒がしくなって来たので、そろそろギルドの方達が来るかと』
「…そうだったな」
ティッセの言葉に『はぁ…』と憂鬱な溜息を吐き出して、賑わいを見せてきた入り口の方を見る。きっと二人は何でもない様に人ごみの中に紛れて去って行ったのだろう。あの二人なら簡単にやってのけそうだ。
「ふぅ…任されたのだから仕方が無い、か…」
『手柄の方はどうします?』
「“見知らぬ他人が撃ち落としてくれた”とでも言うさ。私の任された仕事は、やはり“止めを刺す”事だったのだし…」
それに、と朔耶は付け足す。
「正直、相手が影の魚のままだったら、私は勝てなかっただろうから」
あの二人が居なければ、正直一人で勝てたかは怪しい。
本体が出てきた時もそうだ。
あれで闇の力を封印されていなければ、先ず確実に負けていた、と思う。
敵が真正面から突っ込んできてくれるなら、自分は確実に相手を切り裂ける自信はある。しかし、現実を見た時に敵が素直に突っ込んで来てくれる訳が無い。
「手札が少ない…私は未だ未熟だ」
ぐっ、と掌を握りこみ、朔耶はその強く握り締めた手へと視線を落とす。
この手で、これからどれだけの事を為しえる事が可能なのだろうか?
ふと、そう思う。
自分は未だ非力だ。いや、一般の騎士に比べれば自分は強い方なのだろうが――目標達と比べた時、自分の力なんて余りにも小さい物だと思えてしまった。
この力で、一体どんな事が―――
『朔耶』
「…ん?」
『余り焦らないで下さい』
「………」
『貴女は未だ二十にも達していない年齢なんです。貴女が目指す目標は彼らや雪乃なのでしょうが…貴女は貴女です。己の道を、確りと歩んで下さい。貴女は彼らと出会う様な、良い体験に恵まれているのですから』
「…そうか」
『えぇ』
「…うん、そうだな」
そう。まだ時間はある。何も焦る事は無いのだ。
じっくりと、力を付けて行けばいい。
あれ程の騎士に出会えたのだから。
「フフッ…さうだな…先ずは、」
『何です?』
「シュレイさんと、クラウンさんに、山分けの際に条件でも提示してやろうか。戦闘の訓練でもつけてくれ、とな」
侍の少女は笑い、夜空の月を見上げる。
あぁ、美しいな、と思いながら彼女は人ごみに向かって歩き始めた。
* * *
倭国、山と森林と言う天然の要塞に囲まれた場所に一つの屋敷があった。
屋敷の持ち主、いや―――その“集落”として存在している要塞全ての名を“千里”と呼ぶ。
その中央に建つ屋敷の中で、老人が一人、茶を啜っていた。
千里の頭首・千里双黎――その人である。
そして、ふと―――双黎が湯のみを置き、穏やかに細めていた視線を斜へと変えた。
「何用か」
視線は未だ前へ。
しかし声は背後へ向かって投げ掛ける。
するとそこへ明確な気配が生まれた。微弱だった気配は襖の向こう。そこに居る。
「はっ…大陸にて影の魚が討伐されたらしく、その報告書が届きましたので…」
襖越しの会話。
その気配は“主”が居る領域を侵す事無く報告を行った。
「ほぅ…そうか、影の魚が。その報告書は勿論、」
「えぇ、ここに」
「寄越せ」
「はっ…」
そこで初めて主の領域を侵す権利が与えられた。
襖が開かれ、入ってきたのは男。何の特徴も無く、街の中に一歩踏み込めば一瞬で見失ってしまうほどに特徴と言える特徴が無かった。いや、あるいはそれが特徴か。
特徴が無いと言う特徴。
入って来た男はまさしくそうだった。
その特徴無き男が持っていた数枚の報告書を受け取り、そこへ双黎が視線を落とす。
「影の魚の正体は幻想の獣…成る程…特異体だったのか? ふむ―――」
ギルドが調査した限りの検死結果や推測、考察が記されている部分を読む。流石は大陸ギルド。こう言った事にすら手を抜かないのは素晴らしいの一言である。
そして、その抹殺の際に活躍し、賞金が払われたのは―――
「…なんじゃと?」
眉を顰め、冷静になり、もう一度、そしてまたもう一度その項を読む。
「サクヤ・ミサカズキ…御盃、だとっ!!」
その名前を見てしまった時、余りの怒りで手が震え、報告書がぐしゃりと潰れる。
何者かが宙に浮くエア・サーペントを撃墜し、そこをサクヤ・ミサカズキが刀で切り裂き――
何故だ、と逆に冷静になった部分で考える。
何故、ここで、この名前を、御盃の名を発見しなければならない?
「―――…そうか」
そして、双黎の思考は、本来してはいけない事を行った。
事象と事象の間に、安易に関係を構築すると言う事を。
「謀りおったな…御盃ぃいっ!!」
そう、魔獣の出現と御盃の手柄の構図を作り上げてしまったのだ。
「く、くく…前の代から散々やってくれたが、頭が代わっても未だ、未だワシを侮辱するかっ!!」
先代である御盃静馬の代より衝突を繰り返し、奴が瘴魔と相打った事でその衝突も無くなった。
故に、せめてもの慈悲で、今代の御盃雪乃は見逃してやろうと思っていた。
だが、これは重大な裏切りだ!
「許さんぞ御盃ぃ…必ず、必ず、」
もう、老人の心は止まりそうも無かった。
例えそれが逆恨みであったとしても。
「身も心も陵辱し、絶望させた後に家ごと滅ぼしてくれる…!!」
そうして老人は夜空の月を見上げた。
そこには唯、裂けた口の様に禍々しい三日月がある。
epilogue-end
|