今回のご依頼は何でございましょうマイフレンド
痛いのとか辛いのとかじゃないと、僕、凄い嬉しいなぁ…?


























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


Rabbit's hometown.
―兎の故郷―
#1 不幸の電話




















「んじゃ、店主に宜しくねぇースゥちゃん」
「はい、おじさんも配達の方頑張って下さいね」

 薬屋の扉、それに掛けられているカウベルがカランコロンと鳴るのを聞き届けながら、スゥ・ディ・【ホワイティア】は愛想よくカウンターから手を振っていた。
 顔には勿論、営業スマイルを貼り付けて。
 薬草関係、既成薬品等の品を運搬してくれた業者のオジサマが完全に見えなくなると、スゥは貼り付けていた笑みを消し、ダルそうに溜息を吐き出して運び込まれたダンボールを見渡した。

「…私が何で店番しなきゃなんないのよ…ハァ…」

 先日、クラウンとスゥが口論した上で『お前店番三日の刑な』と言っていたが、クラウンは見事にそれを実行した。実行しやがったのだ。大人気無いったらありゃしない。
 そうして休みを手に入れたクラウンは、昔世話になっていた孤児院に出向いている。この孤児院は、スゥが普段ヤヨイと共に子供達の世話を行っている場所でもあり、ブルースフィアに召喚されてから初めて多くの“ヒト”と触れ合った場所でもある。
 ヤヨイもヤヨイでさる事ながら、スゥは姿形が孤児院の低年齢層の子供達に近い分かなり親しまれており、最近では彼らの姉役として普段から顔を出していた。だが、クラウンからの罰ゲーム染みた嫌がらせの所為で、現在は日の光が入らない店内で店番、と言う次第である。
 まぁ、溶けたりはしないが雪の精霊であるのに変わりは無いので、夏と言う環境は苦手ではあるが。

「クラウンの所為で行けないなぁ…」

 フー…と尖らせた口から細く溜息を吐き出す。
 日差しがキツイ、温度が高い。詰まりは夏が苦手、ではあるが、子供達と会えないのとはまた別だ。遊びたい、と言う心に天候と言う状況は関係無い。

「クラウン…普段はマトモなのに、変なスイッチ入ると急に馬鹿になるしなぁ…」

 そう言うと、普段が馬鹿でスイッチが入るとマトモになるのはシュレイだ。そして一番思考がマトモなのがヤヨイになる。

「やっぱりヤヨイ様は素敵よね…ま、まぁ、え、エッチな事しようとしてない時は、なんだけど…」

 そう考えて行くと、一番マトモな思考をしているのは自分と、そしてリリエンタールだろう。もろに、彼らが変なスイッチ入った時被害が大きいのが何よりの証拠だ。実に嫌な証拠ではあるが。

「はぁ…まぁ何であれ、任された仕事はちゃんとやらなくちゃね」

 溜息一つ。
 そうしてスゥは、運び込まれたダンボールの荷解きを始めた。
 ここら辺は手馴れた物で、ヤヨイが行っているのを何度か見たり、それを手伝っていたお陰か、ダンボールを開けては頼んでいた品と中に詰め込まれている品が一緒かを確認し、メモに印を付けていく。

「えーっと、ポーション用の薬草に、薬瓶…あー、こっちは既製品で、数は…合ってるわね。うん、よしっと…ん?」

 そこで頼んでいた品とは違う物を発見。木箱が置かれていた。
 そこには、

「えーっと? 何々…『社員より、ヤヨイ様へ日頃の感謝を込めて“銘酒 泥酔”を贈呈』………」

 見なかった事にして置いておく。
 取り敢えず『ヤヨイ様はやっぱり凄い』と言う事だけが良く理解出来た。色々と。
 気を取り直して、今しがたチェックした品々をスゥは覗き込んで思案。

「んー…陳列棚に並べるのはクラウンがやるだろうから、これは倉庫に運び込ん――」

 ジリリリリンッ、ジリリリリンッ

「――っと、何? 今度は電話?」

 思案しながら荷物を持とうと腰を下げた体勢のまま、スゥは顔だけを動かして音の出所を見た。
 音の発信源はクラウン・バースフェリア家の黒電話。
 新しいタイプの、録音機能付きの電話が出たからそっちが欲しいとクラウンが言っていたが、結局資金難でそのまま使われる事になった黒電話様だ。

 何で、こう…私の行動の邪魔をするかなぁ…

 胸中でそう呟きながら持ち上げかけの荷物を再び降ろすと、未だ鳴り響いている黒電話の元へとスゥは小走りで近寄る。
 そして受話器を取ろうとして、

「…?」

 スゥは何だか黒電話から変なオーラが滲んでいる様な錯覚を得た。
 ごしごしと目をこすり、もう一度見てみる、が―――変な物は見えない。

「…??」

 はて? と首を傾げるが電話は未だ鳴り響いている。スゥは一度その端整な眉を顰めると、頭を振って考えを払い、受話器を取り上げた。

「はい、バースフェリア薬学錬金術師工房です」
『クラ…じゃ無いな、失礼。アルバイトの方だろうか? 店主のバースフェリアをお願いしたいのだが』

 聞こえる声は男性の物。
 バイトと言う訳じゃないんだけどなぁ、と考えながら、スゥは電話の向こう側に居る相手に向かって再び口を開いた。

「申し訳御座いません。只今店主は出払っておりまして、昼過ぎには戻ると思うんですが…」
『ふむ、仕事か何かですか?』
「いえ、久々の休暇で」
『……ふむ、それなら問題無いか』

 幻聴か、電話の向こうからニヤリと笑う音が聞こえた様な気がした。

『あぁ、では昼過ぎに再び電話させて貰いますので』
「あ、はい。解りました。それでお名前の方を伺っても?」
『あぁ、言い忘れていましたね。失礼』

 ごほん、と咳払いの音が耳に届き、

『アズイル・ゼット。ギルド斡旋部部長を務めている者です』

 クラウンの友人の名前が告げられた。





* * *






「どらっ!!」
「おらぁっ!!」
「…クー兄ちゃんもシュレイ兄ちゃんもすげぇ…」
「アレがウィザード・ナイトの修行かっ」
「私には只単に、止められなくなって続けてるだけに見えるけど…」

 商人ストリートから外れ、居住区の中にその場所はあった。

―――カトウ孤児院。

 倭国出身者のエクセア・カトウが建てた孤児院。
 クラウンが昔、家族を亡くした後に世話になった場所であり、彼の母代わりが居る場所だった。
 その院内で、孤児達やヤヨイ、朔耶が見守る中、クラウンとシュレイは互いに一歩も譲らず―――

「落とせっ!」
「貴様こそっ!」

 キャッチボールしていた。

「互いに一歩も譲らず、と言った処かのぅ…」
「は、ハハ…」

 孤児の少女を膝枕し、その頭をゆっくりと撫でながらヤヨイが暢気に見物。その横で朔耶が乾いた笑い声を上げている。ちなみにリリエンタールは院の子供達に弄られ疲れて、現在デバイスの中で不貞寝していた。
 そして騒動の原因。
 クラウンとシュレイは、互いに術式により身体加速はしていないが、今にも使いそうな勢いで白球を投げ合っている。
 その距離、実に四メートル。
 最初は孤児院の小さな庭全てを使い、院の子供達ともキャッチボールしていたのだが…やがてシュレイがボールを全力でクラウンに投げた処から全てが始まった。

 おいおい、冗談は止せ、よっ。
 くっ…ハハハ、お前こそ冗談は程々にし、ろっ。
 ………。
 ………。
 おらっ。
 ふんっ。
 おらっ!
 ふんっ!

 と、まぁ、こんな次第で今に至っている。
 互いに距離をジリジリと詰めながら全力投球。大人気無いにも程がある。

「あの、ヤヨイさん…」
「何じゃ? 朔耶」
「いえ、アレ…そろそろ止めないと殴り合いになりそうなんですけど…」

 チラリ、とクラウンとシュレイを見る。

「くたばれっ!」
「死ねぇっ!」

 全力投球に加え、罵詈壮言まで飛び交い始めている。このままだと、全力投球が至近距離になった時、殴り合いに発展するだろう事間違い無しだ。
 ヤヨイもそれには気付いていたのか、一つ頷くと思案顔になる。
 数秒の間黙り込み、やがてヤヨイは『そうじゃな』と小さく呟きながら目線を背後に向けた。
 院の中へと。

「おおエクセア、帰っておったか」

 大きくも、小さくも無い声。
 しかし、その言葉に含まれる名前がクラウンの耳に届いた時―――

「俺は何時でも良い子ですよエクセア先生っ!?」

―――片手で敬礼しながら動きを停止した。

「隙ありゃぁあっ!!」
「ぼばぁっ!?」

 シュレイが投げた豪速球が完全にノーガード状態だったクラウンのわき腹に突き刺さる。
 そこから次の瞬間はまるでスローモーションの様に流れた。
 わき腹に球が突き刺さったクラウンは身体を(横に)くの字に曲げた後、ずしん…と言う音を立てて地面へと倒れこんだのだった。

「しょーりっ!」
「シュレイ兄ちゃんの勝ちだっ!!」
「う、うわぁ…クー兄ちゃん死んだんじゃないの? あれ…」

 嫌な倒れ方をしたクラウン。
 うつ伏せに転がっているので表情は見て取る事が出来ないが、きっと青い表情をしているに違いなかった。球が突き刺さった場所は肝臓、人体急所だ。
 そんな状況を心配する一部の子供達とは別に、シュレイは集まってきた子供達と勝利の舞を踊っている。

「やれやれ、じゃな…」
「は、ははは…」

 夏も終わろうと言う陽射しの中、その光から外れた影の中でヤヨイは呆れた様に溜息と共に声を出すと、その視線が院の入り口へと向けられた。

「噂をすれば影、か…」

 ふぅ、と息を今一度吐き出し、ヤヨイは膝枕をしている少女を再び優しく撫で始める。
 何はともあれ、平和な時間だった。





* * *






「また、暇な時でいいから顔を出してね?」
『うむ、子供達はお前が来ると喜ぶからな』
「あぁ、時間があれば、またヤヨイと一緒に来るよ」

 それじゃぁ、と子供達にも別れを告げて帰宅の途につく。
 最後に挨拶をしたのが、この孤児院の院長であるエクセア・カトウ、三十代も半ばに差し掛かっただろう女性と、その横に控えている青白い毛並みの犬―――幻想種の中でも最強の一角を占めるフェンリルの『フェンさん』だった。
 何でこんな場所に最強種の一であるフェンリルが居るのかと問われるならば、

『あぁ? 先生が昔怪我してるフェンさんを治療して、それ以来の仲だってのしか知らん』

 としか答えようが無い程度に謎だった。
 フェンリルが孤児院で子供達を護っている。
 この事実にルルカラルスの中央都市に来た頃のシュレイや朔耶が滅茶苦茶驚いた物の、ここら界隈では割と昔から『孤児院の守護者』の話は有名なので、どうと言う事は無い。日中、商人ストリートで孤児院に配達する為の食料選びに、よくフェンさんを連れたエクセアが目撃されるからだ。住人達は、もうとっくの昔に慣れているのである。

 そんな最強の守護者を連れた“皆の第二の母”

 両親と妹を失った後、世話して貰った彼女との約束を胸中で反芻しながら、クラウンは今日、これからの予定を考えていた。

「あー…帰って飯食ったら何するか…休みは今日で最後だしな…」
「クラウン、それだったら俺にちょっと付き合え」

 こぼしてしまった独り言に、後ろを歩いていたシュレイが話しかけてくる。
 クラウンは『何だ?』と首を傾げながら歩くスピードを落とし、シュレイの横に並んだ。

「おう。何、これからルルカラルスの外れまで行って朔耶ちゃんの訓練を行う予定だったんだよ」
「それに俺も付き合え、って?」
「まぁな。この前約束したろ? 賞金の山分けで」
「………そうだったな」

 そこら辺は全てシュレイに任せるつもりだったから全部忘れてたわ。
 とは、口が裂けても言わない。
 影の魚討伐において賞金総額2500万WMは朔耶の物となり、全員に800万ずつ分けられ、余った100万が止めを刺した朔耶の物となった。ここまでは良い。しかし、それをいざ山分けしようとした時、朔耶は条件を提示したのだ。

『私に修行をつけて下さい。そうじゃ無ければ渡しません』

 金銭面に関して切迫しているクラウンすらその条件には躊躇した物の、結局は“技術ではなく、戦闘能力の向上”に関して手伝うと言う事で了承した。
 それ以来、朔耶はルルカラルスから出る事無く、長期で宿の一室を借りて何時でも訓練を受けられるように待機している。
 そんな今の状況を思い出しながらクラウンは一度頷いた。

「まぁ、構わんぞ? 俺も身体が鈍るしな。少し付き合う」
「おー、それでこそクラウン。素敵!」
「気持ち悪いな…略してキモイな…えぇいっ、ひっつくな暑苦しい!!」

 寄って来る馬鹿をひっぺがした処で、丁度我が家が見えてきた。
 クラウンはダッシュで逃げると店側の扉に手を掛け―――

「あ、クラウン。何かアズイルって人から電」

―――即効で扉を閉めた。

「って、急に何するのよクラウン?」
「いや…聞こえてはならない人物の名前が聞こえた様な気がして…」
「おーい、クラウン。何やってんだー?」

 店の前で座り込んだクラウンと、扉から顔だけ出したスゥ。
 この奇妙な構図の前に、シュレイを始めとして、朔耶とヤヨイも駆け寄ってくる。しかし、そんな状況を尻目に深呼吸を繰り返し、心の中で『覚悟完了』と小さく呟くと、下げていた視線を扉から顔だけ出したスゥへと向け、ゆっくりと口を開いた。

「…もう一回言ってくれ、スゥ」
「だから、クラウンの友達って言うギルド斡旋部部長の? アズイルって人から電話があったのよ」

 その話を聞いた時点でシュレイが回れ右をして逃げようとする。
 が、クラウンが座り込んだ状態から腰に飛びつき逃がさない。

「うぉっ!? 離せクラウン。俺は今から朔耶ちゃんと訓練を行わねばならんのだ!」
「それは俺も一緒だと、さっきお前が言っただろうが!」
「あ、それキャンセルでお願い。ついでに言えば二三日帰らない予定にしておくから」
「うわ、最悪だお前!」
「あの…お二人とも、何をそんなに慌てて…?」
「放っておけ、朔耶。それでスゥ、何時頃電話が来た?」
「あ、はい…十一時位です。それで、今は居ないからって言ったら、また昼過ぎに電話する、って」
「成る程のぅ。しかし…」

 前の依頼―――スゥと出会った魔剣が引き起こした事件―――から、そう時間が経っていない。
 そう、ヤヨイは考えていた。
 前々回の依頼から、前回の依頼の間は少なくとも四ヶ月の時間があった。しかし、今回は一ヶ月以内に依頼が来ている事になる。

「いや…アズイルからの電話が全て依頼だと考えるのは早計かのぅ…」

 一ヶ月以内のスパンは、数年前―――クラウンとシュレイがコンビを組んで資金稼ぎを行っていた頃に匹敵する。それはギルド本社の斡旋部に就いた彼とのコネクションを利用し、早急に資金を稼ぎたいあの頃“こちらから頼み込んだ”からこそ実現していたスピードである。今現在は、シュレイも旧大陸に一年の殆どを費やし、クラウンも普段は薬屋稼業を営んでいる状況だ。それらを考慮し、アズイルは信用が必要な依頼が来たのみしか“居場所が特定出来るクラウン”にしか依頼を渡さなくなっていた。
 そんな事をヤヨイが考えていると、この騒ぎで目が覚めたのか、リリエンタールがシュレイのデバイスから出現する。

「何だ、騒々しい…」
「チィッ!? 援軍か!!」
「よっしゃリル! クラウンを引っぺがすのを手伝え!!」
「はぁ? 状況を言え状況を…訳が解らんぞ」
「アズイル」
「よし任せろシュレイ!!」

 言葉一つで理解が及ぶのが、シュレイとリリエンタールの仲の深さを語っているのだが――何とも嫌な共通認識である。
 ギャーギャーワーワー、店の前で騒いでいる状況にヤヨイが溜息を吐き出し――

 そこで見計らった様に店内の電話が鳴り響いた。

「あ、電話」
「スゥ、妾が出よう」
「ぬおっ!? チィッ!! 離せクラウン!」
「ハハハッ! 離すものか馬鹿め。リリエンタールも非力な腕力で俺を引き剥がせる等と思わない事だ!!」

 最後のクラウン達のやりとりを背後に聞き流しながら、ヤヨイは店内の黒電話の受話器を取り上げた。

「バースフェリア薬学錬金術師工房…あぁ、アズイルか、直接話すのは久しいの………ふむ、ふむ…クラウンか。少し待っておれ。クラウン!」

 ビックーン!
 ヤヨイの声にクラウンの身体が硬直する。

「な、何でございましょう…ヤヨイサン?」
「アズイルからじゃ。直接お主に頼みたい事があるらしい」
「……? 頼みたい事? え、何? 依頼じゃ無くて?」
「そこら辺は直接訊け」

 普段、アズイルは依頼であれば第一声に『依頼だ』と言ってくる。そうで無くても、そうだと判る様に言ってくるのがアズイルだ。それが『頼みごと』と来た。クラウンは眉を顰めると、さっさとシュレイの腰から手を離して店内へと向かう。

「ほれ」
「ん」

 ヤヨイから受話器を受け取り、

「あー、俺だアズイル」
『クラウンか。今回は直接頼みたい事があって電話した』
「ふん? 頼みたい事? 依頼じゃなくてか?」
『あぁ、俺の私事でな』
「そうか。ま、それじゃ聞かない訳にも行くまい。それで?」
『クラウン。俺の護衛としてゴルゴーズまで行ってくれ』

 ガチャンッ
 問答無用で電話を切った。
 ジリリリリンッ! 
 ガチャッ

「現在この電話は使われておりません。番号をお確かめになった上、俺に対しての依頼が俺に対して優しい事を確認してから俺に掛け直せ。優しくないなら掛けて来るな」
『それで詳しい内容だが…』
「聞けよっ!?」
『出張でな。俺の右腕であるメル君も、四季織君もあそこには入れない(・・・・・・・・・)からお前を頼る事にした』
「………」

 ゴルゴーズ。
 このカエルミア大陸に存在する国の一つであり、そして―――

 異種否定側諸国の一つ(・・・・・・・・・・)

 アズイルの右腕である二人は、片方がキャットであり、もう片方がハーフエルフである為、ゴルゴーズには入国出来ないのだ。いや、出来たとしても国民全てが敵であるので、上司であるアズイルは連れて行かないだろう。
 西の否定側諸国とは、そう言った場所だ。
 しかし、それでも人類至上国家であるエデンに比べれば、魔者を許容しているだけマシだと言える。
 エデンには異種、彼らにとっては亜人も、そして魔者も存在しない。
 ゴルゴーズ等の他の否定側諸国では未だ異種達を“奴隷”として“許容”しているが、エデンは違う。あそこは違い過ぎるのだ。

「………お前は、」
『………』
「…はぁ…何でもない。解った。引き受けよう」
『済まんな。感謝する』
友達(・・)だろう?」
『は…違いない』

 互いに苦笑し、

『では、準備を整えて三日以内にトルストイギルド本社に来てくれ。そこから行動を共にする』
「解った。あぁ、それと報酬の方はどうなる?」
『お前の借金を減らす、と言いたい処だが…特殊依頼扱いとして本社からお前に報酬を出させる様にしておく。そうだな…600万でどうだ?』
「十分過ぎる程に十分だ。解った、三日以内に向かう」
『あぁ、それでは宜しく頼む』

 受話器を元に戻した。
 はぁ、と溜息を漏らし、頭を掻きながらクラウンは状況を見守るヤヨイ達へと振り返る。

「と言う事で、これからまた数日間、俺は店を空ける事になったから」
「クラウン…漏れ出た声でゴルゴーズと聞こえたが…」
「んー…あいつ出張らしくてな、ほら、メルさんも四季織さんもさ、向こう側に入れないだろう?」
「あぁ、そうじゃったのぅ…しかし、」
「ん?」

 厄介な場所じゃ。
 そうヤヨイは言う。
 異種の否定側である、と言う他にもゴルゴーズと言う場所は色々と厄介な場所だ。
 世界情勢的に見て、ゴルゴーズの南に位置するヴェノファリアとヴァナーギーエンは日々紛争を繰り広げる間柄であり、ゴルゴーズはその両国と隣接している国である。だが、ゴルゴーズは紛争に参加していない。何故か、と言われるなら隣接している二国の他に、最強の戦闘集団を抱える聖法国ゼスラとも隣接しているからだ。

 Sランク保有以上限定・ゼスラ所属対瘴魔位階騎士【 断罪者(エグゼスト) 】

 Sランク以上の戦闘能力保有者を日々育成し、聖女の専属護衛を生み出すこの国は、エデンと同じく絶対に喧嘩を売ってはならない国の一つである。世界一のSランク以上の戦闘能力者保有数を保持し、世界各国に聖女護衛として、また、対瘴魔騎士として派遣している国。
 エデンという排他的な国ですら、このシステムは未だ受け入れている。
 そして、世界各国で三機しか無いと言う戦闘能力搭載飛空挺を持っている、と言うのも喧嘩を売ってはいけない理由に上げられている。
 そんな微妙な情勢に揺れ動き、緊張状態を保つ国へこれからクラウンは向かおうと言うのだ。

「下手に刺激を与えれば、たちまち国家問題になりかねない場所、か…また厄介な事に巻き込まれたねぇクラウン」
「あ、アズイルにシュレイも居るって事言うの忘れてた」
「待って! それだけは勘弁してぇっ!」
「冗談だよ冗談…ちっ…」
「うわぁ…今舌打ち聞こえちゃったよ俺…」
「そんな事はどうでも良いが」
「良くないです」
「良いのじゃ。それで、今回はどうする? 妾を連れて行くか?」

 今回は連れて行っても、本当に下手な事をしなければ絶対に戦闘は無いだろう。
 緊張状態を刺激し、戦争に発展すると言うのはどちらも忌避すべき事だからだ。
 厄介、ではあるが、それは下手な事をすれば、に限定される。
 アズイルは護衛と言ったが、ギルド本社のそれなりの地位に席を置く者を今の情勢で狙う様な真似をするのは馬鹿以外の何者でもないだろう。別段、戦闘を考慮しなくて良いのならヤヨイを連れて行く必要は無いのだが…

「どうすっかね…?」

 クラウンは見守るメンバーをぐるっと見渡し、最後にスゥに視線を止め――

「そうだスゥ」
「何?」
「社会見学するか?」

――そう言ったのだった。



#1-end






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