二つ目、死を与える者


























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


One week ago
― 一週間前 ―
-前編-




















 人工の光が灯らぬ人里離れた山の中、背に月の光を負いながら、車が通って出来た様な道を一人の男が歩いてた。
 夜の森は日中騒がしかっただろう鳥達の鳴き声は既に亡く、逆に不気味な静けさと秋を迎えた虫達の控えめな合奏が偶に響くだけ。絶対に一人では歩く者が居ないだろう場所を、この男は歩いていた。

「―――――……」

 ふと、男は何かに気付いたのか自分が歩む道の先に視線を向けた。
 見ればそこには人影が三つ。
 術式端末を携え、結界装甲を纏った男達。
 男の表情が月が放つ光が逆光となって見えないのとは違い、淡い光に表情から何からが確かに見て取れた。
 男はそんな光景に足を止めるでも無く一歩を踏み出し、

「止まれ」

 制止の声を掛けられた。

「………」
「ここから先は私有地に当たる。許可無き者が踏み入っていい場所ではない。関係者であるなら証明出来る物を――」
「なぁ」
「っ、…何だ」

 月の逆光で表情が見て取れぬ中、確かに紅い口が開くのを見た。
 男達は声を発する為に行う当たり前の動作に身を一瞬だけ竦ませ、しかし表情には一欠けらも出さずに掛けられた声に疑問を返す。

「ここは【 トワイライト・ストレイ 】管轄の研究施設で合ってるか?」

―――トワイライト・ストレイ
 旧言語体系では“黄昏時の迷い子”を関する、このブルースフィアでは知らない者が居ないギルド協会と並ぶ巨大複合企業である。ギルドと同じく新しい新型術式端末の開発から巨大発電施設の建造、果ては医療品の開発を行う幅広さが知らない者が居ない手広さとして知られている。

「…そうだが…?」

 そんな大企業の、山奥に建造された研究施設を目指して、わざわざ徒歩でやってきたと言うのか?
 男達は訝しがりながら、ここがそうであると告げる。
 関係者、或いは敵。
 この月を背負って歩いてきた謎の存在を、彼らは既に二つの答えの内のどちらかだとしか考えて居なかった。
 それも当たり前か。
 夜、灯も持たず、闇に溶ける様な漆黒を纏い、徒歩でやって来た。
 ここまで怪しい要素があって、疑わない方がどうかしている。

「そうか…」

 は、と漆黒を纏った男が溜息を吐き出しながら言い、首をごきごきと鳴らす。
 その見えない口元からは時折赤が混じり『やっと着いたぜ…長かった』と小さく囁かれているのが聞こえる。
 余りにその態度が自然な為か、毒気を抜かれてデバイスの柄から手を離しそうになった瞬間、

「さて、と…」

 やはり自然な動作で腰元から―――白銀が一条、確かに引き抜かれた。

「っ――!? 貴様…」
「敵……この施設に何の用だ…」

 余りに自然な動作だったからか、一瞬遅れて男達が自分のデバイスを構える。
 だが、その完全な隙にも漆黒を纏った男は動かなかった。
 只、静かに下に向けていた刃を真正面へと持って行っただけ。
 三対一の状況で、隙を見せた瞬間に斬り込まれなかったのは僥倖か、それとも単純に相手にはそれ程の技量が無いのか?
 違う。
 三人の中で一番前に立っていた男が背中に嫌な汗を流しながら感じ取る。
 殺気は無い、がしかし―――眼前に一人立つ存在からは他の何かが感じ取れた。
 それは例えるなら死。
 生物が忌避する最悪の要素。
 それが確かに眼前の存在からは滲み出していた。

「……さて、俺みたいなのがここに居る理由を知っていて護ってるなら即殺…知らなくて只命令だけで動いていても邪魔される前に即殺。お前らはどっちだ?」
「何の事だ!! 巫山戯ているのかっ!!?」
「知らないままに護っている、か…」

 はぁ、と男は面倒臭そうに、しかしやりきれなさそうに天を見上げながら息を吐いた。
 一瞬、月光が当たって見えた顔は犯罪とは無縁そうな青年の物。
 しかし男達三人にとっては―――敵。

「本来、知ればそこから無言で立ち去ってくれそうな事ではあるが……こちらも、急ぎでこの先に用事があるんでね…?」

 説得すれば、或いは引いてくれるのかもしれない。
 しかし、それには時間が掛かりすぎる。
 男達三人の胸元には、最新だろう魔石が放つ波数を調整して使用する無線機。警備の交代を告げるだろう役割のソレは、侵入者が発見されればこの先にあるだろう館内に通報する役割も持っている筈だ。
 だったら、何時交代を呼びかける通信が向こうから入るか分からない。
 目を離した隙に通信を入れようとするかもしれない。
 それはこの先に、目的の物を探りに行く者としては頂けない事態だった。

 それなら、始めから隠密行動で館内に侵入すれば良いのでは?

 そう思うかもしれない。だが、そうしない理由が男には確かにあった。

「そちらも仕事だろうが、まぁ、こちらも仕事なんだよ。受けてる命令は三つ、目的地にて目標の回収、俺達にとって回収物が存在すれば施設ごと破壊。そして最後に―――」
「………ッ!? 散―――」
「協力者は逃す事無く――」

 最後、三つ目が告げられると同時に男達の先頭に立っていた男が攻撃される事を察知。
 逸早く散開命令を出す為に声を上げるが、

「――抹殺」

 その言葉は真横から響いてきた。

「な――!?」
「死ッ!!」

 ズ、ガンッ!!!
 振り上げられていた刃は月光を反射して妖艶に輝き、右側に立っていた警備兵が聞こえた声に振り返ろうとした瞬間に一直線に振り落とされた。
 銀光は何の抵抗も無く頭骨に入り込むと、その先も一切の抵抗を見せずに股下に抜け切って地面に直撃。
 響いた刃が地面に突き刺さる音は、ありえない様な爆音。破砕音。人間が止める事が出来ない膂力でもって行われた事を示している。
 飛び散る大地の破片。
 一瞬遅れて降り注ぐ血の雨。
 今の今まで真ん中に立っていた警備兵は、右側に立っていた警備兵が真っ二つに別れていく紅い世界の向こうで、確かに男が口元を三日月に吊り上げたのを見た。

 その笑みに、死の影を幻視する。

「あ、逃げっ」
「ぎ、がっ」
「っつ!?」

 異様な光景に慌てて左側に逃げろと命令を出そうとして、悲鳴の出来損ないを聞いた。
 振り返れば、通信機に手を伸ばしたのだろう右腕が宙を舞っていて、首元がぱっくりと紅い切断面を覗かせている。
 やはり先程と同じ。
 切断面の先で、男が確かに口元を笑みで塗り固めていた。
 思考が停止する。
 動きが目で終えない。
 斬戟の始点と終点しか目で見えない。
 桁外れ。
 余りに圧倒的なそれに抵抗は無駄、と諦めるでも無く――只、事実として信じられない強さに動きを止めた。

「化け物…」
「…精々安らかにな」

 思考の果てに出てきた文字を口から吐き出すと、少しだけ悲しそうな声を最後に音が消え、世界が闇一色に染まりそれとは逆、先程までは見えなかった銀の刃が迫ってくるのが見えた。
 呆然と迎える人生の最期に、さっき聞いた悲しそうな声を思い出して、ちょっと悪い事したかななんて馬鹿げた考えを思い浮かべながら、

 銀の刃、その切っ先に刃を追っていた目を突き抜かれ脳を貫かれ完全に意識が消えた。





* * *






 殺し、殺し、殺しに殺して、辿り着いたのは白亜の研究棟。
 びぢゃり、と“神殿”に血の第一足跡をつけながら上がりこむ。
 殺した数は既に約二百。
 警備員が約180人に、研究員が約20人。常軌を逸した殺戮劇だ。
 が、それ以上に不自然さが浮き彫り立っていた。

 タンッ―――!

 通路の先、直線距離にして40メートル先から放たれる魔導弾。男はそれに臆する事も避ける事もせずに、只握っていた刃で薙ぎ払うと二歩目を白い床に刻み込んだ。
 通路の先で銃を握っていた警備員が、一瞬だけ喉を引きつらせて第二射のトリガーを躊躇した。
 一瞬。しかし十分な隙。
 二歩目を置いた足はそのまま膝を折ると、筋肉と言う名のバネを限界まで引き絞り爆ぜる。
 金属製の床が足型に陥没すると同時、姿が消失した。
 圧倒的速度で飛び出した黒衣の男は口の端を歪ませると、壁面に第三歩目を刻み込んで狙撃主に更に肉薄する。慌ててトリガーを引き、壁を走りながら近づいてくる男を撃ち落とそうとするが――もう遅い。
 男は既に逆の壁面に飛び移って更に加速している。
 ありえない!
 絶対の死が近づいてくる光景を見て、真っ白になりかけた頭が唯一の言葉を残した。
 圧倒的な超機動と反応速度。それは確かに人間の範疇を上回り、そして――誓約者の機動を凌駕していた。

「さっさと死ね」

 空中から降りかかる刃を呆然と見上げる狙撃主は絶叫を上げようとして、恐怖に引きつった声ならぬ声を出しながらその首で刃を受け止める。
 そして新たな犠牲者となって、その白い床を真っ赤に染め上げながら転がった。
 背後で首が落ちる光景を完全に無視して、軽快な音を立てて黒衣の男が着地する。
 男は面倒くさそうに刃を横に払って付着した血を払うと、小さくため息を吐き出した。

「……雑魚が200…呆れて物も言えん。だってそうだろう? これだけの物量を一研究施設に集めておきながら小出しに使って…まるで俺を止める気が無い」

 不自然な点。
 それが物量の分散使用だ。
 これだけ圧倒的な戦闘能力保有者を止めるならば、物量で以ってして止めるのが常套だと言うのに戦力は各所に分散させ、各個撃破し易い様に並べられている。

「ありがたい事だがね…しかし、趣味が悪いなクソ野郎? いい加減高みの見物は止めて出てきたらどうだ?」
『―――何だい、気付いていたのか』
「気付かない訳が無いだろう? 気付いて貰える様にやってた奴が言うセリフじゃねぇな、それは」

 下らない冗談だ、と男が哂い、視線を宙に走らせる。
 が、そこに声の主は居ない。人影は先ほど斬殺した死体が一つだけ。
 在るとするなら、それは取り付けられたスピーカーだけ。
 声は確かにそこから響いてきていた。

『別に気付いてもらえる様にやっていた訳じゃないさ。結果的には君に気付かれた、それだけだよ。僕は只、必要無くなった手駒を労力をかけずに処理したかっただけさ』
「必要無くなった、か…」
『そう、必要が無くなった。この場所で行っていた研究は粗方結果が出たんでね? そろそろ、もうちょっと設備が整った別施設で研究を行おうとしていた処で何も知らない駒をどう処分した物か悩んでいたんだけど…』
「…嗅ぎ付けた“俺達”が丁度良く現れた、と」
『うんうん。そう言う事。大正解だ【 刻死天(デス・ブリンガー) 】』
「そうかよ」

 ペッ、と身体の中に溜まった粘着質な何かごと吐き出す様に、唾を赤塗りの床へ吐き出す。
 【 デス・ブリンガー 】と呼ばれた黒衣の男は、嫌悪感を隠そうともせずにスピーカーを睨む。

『あぁ、そう睨まないでくれないか殺人鬼。二百十二人も殺せて満足だったろう?』
「お前が俺を語ってんじゃねぇよクズ。お望みなら、二百十三人目の不幸な被害者に加えてやるぜ?」
『それは願い下げだ。それに、そろそろ転移式が完成する』

 最後の言葉に、反射的に黒衣は走り出す。
 そこにあるのは只一つ。
 逃がさず捕まえ、この場で殺す!!

『今から僕を追いかけてくるのかい? 無駄無駄、止めた方が懸命だ』

 角から出現する敵影を、影が見える以前より察知して攻撃を行う。
 繰り出すは斬戟――空を舞う、絶対切断の真空の刃。
 ここを護れとでも言われて来た奴は、きっと不運以外の何者でもない。
 だってそうだろう。奴が言っていた。スピーカーの向こう側で、逃げる準備を行っているクズが言っていただろう?

 彼らは、処分される為にここに居る。

「あぁ畜生。毎度の事ながらやる気が萎えるぜ…」
『萎えついでに、僕を追いかけるのもやめてくれれば良いんだけどね?』
「そいつは却下だ。貴様を殺せば当分安泰なのに、生かして放置する訳が無いだろうが」
『はっ―――全くだ。人気者はこれだから辛い』

 ありとあらゆるスピーカー。そこから響いてくる声に返答しながら、黒い衣は金属質な世界を駆け抜ける。非常階段に駆け込み、階段を一段ずつ下りる様な真似はせずに前段抜かしでまるで落ちる様に下っていく。
 と、階下に着地すると同時に右前から剣閃。

「う、ぁあああああっ!!」
「ちっ…」

 横薙ぎの一撃。振り抜く事を前提にした力任せの一撃が、【 デス・ブリンガー 】と呼ばれた青年が咄嗟に差し出しただけの刀によって止められる。
 交錯する視線と視線。
 怯える目と、心底面倒臭そうな―――目。

「―――っあ」

 次の瞬間に広がる世界は果たしてどんな奇術か。
 青年が受け止めた刃の上を、まるで撫でる様にして高速に刀をスライドさせたと同時、剣は金属音を伴って弾かれ天井へと突き立っていた。
 奇襲した男が見たのは最初に巻き上げられる銀の光、次いで折り返してきたこれもまた銀の光。
 がん、と頭に突き刺さった刃は抵抗無く顔面まで食い込むと、抉りに抉って真横へとぶち抜いていた。
 青年は崩れる男の身体を一瞥すると同時、再び階下へ向けて移動を開始する。
 そこには一切の容赦も、ましてや慈悲など―――いや、或いは一撃で苦しまずに殺してくれている事が慈悲なのか…。即死させる事でタイムロスを削り、走り抜けていった。

「貴様と会話してるのに、未だ捨て駒達が襲ってくるのはどう言う手品だよ」
『それは簡単だ。僕は君の位置を把握し、君に聞こえるだろうスピーカーからしか音声を出していない。いや、実に良く完成された対人感知術式とその応用だと思わないか? まぁ、惜しむらくはヒトにしか作用しない事だがね。それで、今言った事から分かるかもしれないけど――僕と君との会話を聞くと言う事は詰まるところ、君に捕捉される位置に居るという事だ。つまりは逃げる事も出来ずに否応無く君の前に障害物として立ち塞がる事になる。くふふっ…忠実な部下を持って僕はとても嬉しいよ』
「長ったらしい説明どうもありがとうよ。お陰で一番下につくまでの間退屈しなかったぜ」
『おやおやそれは拙いな。僕もそろそろ逃げる準備に徹するとしよう』

 果たして、何処までが本気で何処までが嘘なのか?
 相手が常に余裕ある状態なのは、言葉の端々から聞き感じ取る事が出来る。
 もしかすれば、既にこの施設には居らず、遠隔でこの光景を楽しんでいるのかもしれない。

「趣味が悪いにも程がある…」

 呆れにも似た殺意交じりの息が吐き出されると同時、青年は辿りついた地下十二階の隔壁に刃を突き立てた。
 キンッ、と言う甲高い音が響くと同時―――遅れる様にして五条の線が金属壁に刻まれた。
 青年は五角形の斬戟痕に蹴りを入れ、その部分を向こう側に落とし込むと、生まれた穴の中を通って扉の向こう側へと入り込んだ。
 すえた空気。
 腐敗臭とも取れるそれに一瞬だけ表情を顰めると、一歩青年は通路の中、身体を闇に滑り込ませ、

『あぁ、【 デス・ブリンガー 】そろそろお別れだ』
「ちっ…間に合わなかったか」

 一歩進み、その時点で響いた声に呻く様な声を漏らして立ち止まる。
 お別れ、とスピーカーの向こう側の相手は言った。
 詰まりは先程から言っていた転移の為の術式が完成したと言う事だろう。
 いや、もしかすれば既に式は完成していて、発動だけを先延ばしにしていただけかもしれない。むしろ、その方が可能性としては高いと言えた。それが青年の、スピーカーの向こう側の相手の人物像を知る者としての考えだった。

「……、一々俺を施設の最深部にまで招きいれた理由は?」
『おや? 気付いていたのかい?』
「貴様みたいな奴が、今になって逃亡の準備をするなんてのが考えられなかっただけだよ。で、だ…俺をここまで招き入れた理由は? まさか施設ごと心中させる、なんて下らない事じゃ無いだろう?」
『くふっ、くふふっ。いやいや御見それしたよ【 デス・ブリンガー 】。理解が早い奴は嫌いじゃ無い』
「………」
『くふふふ。それで理由だったね? そう、別に君をここまで招き入れたのは、何も施設と心中して貰う為なんかじゃ断じて無い。君一人を殺すのに、施設地上三階地下十二階の広域を全て吹っ飛ばす術式も、ましてや爆薬だって、使えば僕の評価が著しく低下してしまうんだよ。それは崇高な目的を持つ僕としては頂けないのでね。まぁ、言ってしまえば、君には掃除をお願いしたかったんだよ。最初にも言わなっかったっけ? 不要な駒の始末、と。僕の中で君に課せられた今回の役割って言うのは掃除屋なんだよ。だから、最後までその役割をやってくれるとありがたいね』

 くふふ、くふふふふふっ。
 くぐもった笑い声が、地下に反響する。
 嫌に耳障りな笑い声を聞き流しながら青年は息を吐き出した。

「畜生め…全く、嫌になるな…」
『ふふふ。そう落ち込むなよ【 デス・ブリンガー 】。僕の研究が実る暁には、きっと僕も君と対面する事を約束するからさ』
「出来れば俺は、今すぐ貴様に会ってその顔面に刃を突っ込みたいんだが」

 叶わぬ願いを吐き出し、青年が一歩進む。

『それではね【 デス・ブリンガー 】。この施設を包囲しているだろう仲間にも宜しく言っておいてくれ。いずれ何処かで遭おうとね』
「あぁ。じゃぁな糞野郎。楽しみに待ってるよ、貴様を殺すのをな」
「くふっ! くふふふふふふふふふふふ!!」

 その癪に障る笑い声を最後にして音声は途切れた。
 と、同時――世界が光に飲み込まれる。
 錯覚だ。
 実際に明るくなった訳ではない。只、高密度の魔力が“光”と言う情報となって脳髄に叩きつけられただけ。転移の術式が発動するのに際して発せられた魔力の突風だった。
 長距離転移式、なのだろう。何処に逃げたのかはきっと分からない。
 今から相手が用いただろう式を探った処で、きっと痕跡を残す様な馬鹿な真似をしてくれているとは到底思えない。
 だが、それでも―――

「ちっ…何かを土産にしねぇと何言われるか分かったもんじゃ無いからな…仕方ない…行くか」

 もう歩を緩める様な真似はしない。
 青年は一度気持ちを入れ替える様に頭を掻くと、先程よりも幾分鋭くなった目付きで一番奥の扉を睨みながら歩き出した。
 その扉の先が目的地だと、分かっている様に。
 一際強い死臭が、そこから漂ってきているから。
 そうして何の抵抗にも合わず扉の前までくると、青年は一瞬の躊躇いも見せずに、その扉を押し開けた。

「―――こいつは…」

 中に広がる光景。
 眼前に広がる“ソレ”を目にし、

「やっぱりテメェは糞野郎で間違いないようだな…」

 胸中に溜まった憎悪を吐き出し、銀の刃を引き抜いた。





* * *






 山の入り口、そこに二つの影があった。
 一つの影はエルフの老人。作務衣の様な衣を纏い、何が楽しいのか口元を緩めながら長く伸ばした白い顎鬚を撫で付けている。もう一つの影はバードの少女。背中から真っ白い羽を出し、黒い衣を纏って腰には一振りの剣を差していた。
 そんな、どう表現したらいいか分からない二人組みが見守る先――山の入り口で影が蠢いた。

「!、主!!」
「おぉ、やっと帰ってきおったか【 刻死天(デス・ブリンガー) 】」
「あぁ…疲れたぜ、全く…」

 心底機嫌が悪そうに黒衣を纏った青年が息を吐き出す。
 そんな光景が不思議なのか、青年を様付けで呼んだバードの少女が首を傾げた。

「どうかしたか? 主…。中で何か?」
「あぁ、いや…何時もの事と言えば何時もの事なんだがな、鶴祇(ツルギ)…」
「【 デス・ブリンガー 】、任務中は“字”で呼ばんか。…面倒じゃが」
「分かってるよ、面倒だがね…【 八賊剣聖(エイシィフ・ローディアン) 】。これで良いか?」
「まぁ良かろう」

 小さな笑みを口の端に貼り付け、【 エイシィフ・ローディアン 】と呼ばれたエルフの老人が苦笑する。
 その苦笑する姿に青年も苦笑で返すと、バードの少女――鶴祇と呼ばれた少女を見た。

「でだ、【 魔女剣(ソードウィッチ) 】。中に何があったかだが…」
「あぁ」

「老若男女、それぞれの釣られた(・・・・)死体が約五十って処と、後は出来損ないが三体ってとこだよ…」

 嫌になる事だがね。
 やれやれだ、と心底面倒だと言わんばかりの口調で青年が吐き出した。
 少女はそんな青年が吐き出した言葉にあからさまな嫌悪の表情を浮かべる。
 釣られた、と青年は言った。
 それは文字通り釣られていたのだ。
 青年が入った奥の部屋に、“彼ら”は存在していた。
 天井から伸びるフックによって、顎下から串刺しにされた――少年だろう体格があれば少女だろう体格も、子供が居れば大人も、ましてや老人すら居る地獄絵図の光景。精神を尋常の内側に留めている者が見れば、即胃の中の物を吐き出してしまうような光景が。

「くっ…敵も相変わらず、か…」
「狂信、ってのは怖いのー? 後先考えず、自分の信じた道だけ突っ走れるんじゃから」
「全くだな。んで、奴が作っただろう“出来損ない”も居たからな…釣られた遺体があった部屋は俺の判断で燃やしてきたが…良かったか?」
「必要な物を取って来ておるならのー?」
「あぁ、そいつはご心配なく。俺は割かし期待には応える主義だ―――ほらよ」

 言って、青年は一枚の紙片を黒衣――結界装甲だろう物のポケットから取り出した。
 規則正しく折りたたまれていただろうそれは、青年がポケットの中の物を気にしていなかった為かくしゃくしゃになってしまっている。
 エルフの老人はヤレヤレ、と息を吐き出しながら差し出された紙片を受け取った。
 そうして、紙片に書かれた文字に目を走らせ、

「―――、ふむ…。これ一枚だけか?」
「あの糞野郎が意図的に残していったんだろうよ。研究室をひっくり返して色々漁って見たが、特にこれと言って目ぼしい物はその紙っきれ…それ一枚だけだった」
「かー…相変わらず食えない相手じゃのぅ…。研究資料の表紙だけを置いて行くとは…」
「さっさと殺しておきたいんだがな…転移式を使って逃げられちゃ、こっちとしては追う手段がありゃしねぇ」
「ふぅむ…“右腕”殿あたりが出張れば違うんじゃろうが…」
「旦那か? ……まぁ、旦那の横に何時も居る長靴を履いた猫(トラベルテイラー)が居れば長距離空間跳躍は出来るが…」

 ま、次回も敵が同じ手段を執るとは思えないしな。
 苦笑する様に青年は言って、山に背を向けて歩き出した。
 しかし、数歩進んだ処で青年は『そういや…』と小さく呟いて立ち止まり、首だけを老人に向けた。

「【 エイシィフ・ローディアン 】」
「何じゃ?」
「一番下で五十程焼いて、ついでに導いて来た(・・・・・)が、その前に出遭った奴らは全員殺して放置したままなんだ。浄化は念入りにやってくれと伝えておいてくれ」
「…やれやれ…それなら全部やっておけば良いじゃろうが。何で一々そこだけしか浄化して来ないのかのぅ…頭が悪いとしか思えんわい」
「どうせ逃亡者殲滅はウチの【 ソードウィッチ 】に任せてダラダラしてたんだろ? 少しは働けよ爺さん。動かないでいると耄碌するぞ」
「へぇへぇ、分かりましたよ…全くエルフ使いの荒い奴じゃのー…少しは老人を労わる気持ちは無いんじゃろうか…うーごほごほ」
「…付き合いきれんね。俺はそろそろ行く」

 今度こそ青年は止まる事無く歩いて行く。
 そんな青年の姿を、少女が慌てて追いかける。
 やがて二人の姿は未だ暗い闇の中に消え、見えなくなった。
 老人はそこで息を吐く。そうして先程受け取った紙片に、もう一度目を走らせた。

「世界の革新は刻一刻と近付いておる、か……さてさて、」

 く、と老人が表情を歪める。
 顔には笑み。先程までは決して浮かべていなかった、戦闘を渇望する者の、狂笑。

「カカッ、まぁ世界はなるようにしかならんし…いざとなれば、無理を通して世界が望む道理を引っ込めれば良いか。そうじゃろう? 右腕殿よ…何せ我らは―――」

 天に向かい老人が笑う。
 その視線はまるで挑むように。
 万物を総じて支配する“世界”に挑みかかる様に。

「―――事象操作騎士…魔法使い(セカイノテキ)なんじゃからなぁ…?」





* * *






「なぁ、主」
「んあ? 何だ、鶴祇」

 山から離れた森の中。
 青年と少女は二人で夜の森を歩いていた。
 先程までの血生臭い光景を想像するには程遠い、夜の森を散歩する様な穏やかな空気で。

「これからはどうするのだ? 確か多少だが休暇を貰っていただろう」
「あぁ、それなんだけどさ…」
「何だ?」

 それは出会い。
 出逢いとも、出遭いともなる日々の一週間前の事。




「ルルカラルスに寄ろうと思う」



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