永きに渡り果たされなかった約束。
或いは、重ならなかった命の時間の、ついに重なり合う時。
その一週間前。


























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


One week ago
― 一週間前 ―
-後編-




















「ありがとございましたー」

 ラビトニアの少女を拾ってきた日から数日、何時もの変わらぬ日常に帰って来たクラウンは今日も薬剤店の店主としてせっせと働いていた。
 並外れた戦闘能力を持っている為、薬師としての製薬作業や販売等が『え? 副業?』と勘違いされがちであるが、こっちが本業である。
 そんな自分の職業を勘違いされる男の横では、

「ありがとうございます。またお越し下さい」

 ラビトニアの少女――ルル・シエが去っていく客に頭を下げる姿がある。

「………ぬぅ」

 カランカラン、とドアベルが鳴って客が扉の向こう側に去って行くのと同時、クラウンは溜息を吐き出した。
 この状況は頂けない。
 ルルが家族の一員となったのは構わない。元々彼女がメルサイアスに行く事に反対の意思を示せば、我が家で暮らさせるつもりで居たし―――その延長線上で、アルバイトとして働いて貰い西側へ早く馴染んで貰おうと思っていたのだ。
 しかし、

「なぁ、ルルよ…」
「何でしょうご主人?」
「…そのご主人て言うのと、メイド服…どうにかなりません?」
「なりません」
「そうですか…」

 どうにもならないらしいですよ? 皆さん。…はぁ。
 この数日で二十二回目の質問であった。
 このラビトニアの少女、何をどうしてそう言う考えに至ったのかメイド服を着始めたのだ。
 え? それ何のギャグ? がこちらの第一声である。
 案の定、メイド服に関してはヤヨイとスゥの差し金であった。
 『クラウンの事をご主人と呼ぶなら』と言う事で、ヤヨイが何処からか持ってきた物である。ヤヨイの考えも繋がりも不明だが、実に勘弁して欲しい。
 いや、確かにルルは色々と学問から料理、礼儀作法までを徹底的に叩き込まれて育った所為か立ち姿は美しく、背も常にピンとしている。手合わせを行ったが戦闘もかなりの腕前であった。ヤヨイがドレスを着て紅茶を飲み、横にルルが立ってポットを持っていればそこが何処であろうが王族の庭園を幻視してしまう程に決まっている。
 しかしながら、ここは街の一角にある薬屋でしか無い。
 お陰で、最近は近所のおば様辺りから色々噂されてしまって仕方が無いのが現状だ。
 しかしそれでも、ルル自身が美しいと言うのもあってか妙な客足の向上があるのは事実であった。主に、男性方面で、であったが。

「くっ…ヤヨイ目当て客に加え、ルルの目当て客で持ってると言う現状が何だか泣ける…!」

 薬の効果が、と言うキャッチフレーズが全く無い事に悲しくなる。
 が、それでも儲かっているのは確か。
 情けなくはあるが今はこの現状を受け入れ頑張るしか無い。
 うん、と一つ頷き決意を新たにする。
 と、同時―――

「おーい、クラウン。荷物が届いてるぜー? っつーか重いので早くして…ホント…」
「あ? ギルス…?」

 ここ最近、全くと言っていいほど会わなかった友人の声に俯かせていた顔を上げた。
 声は店の外から。どうやら郵便扱いで何か大きな荷物を持ってきたらしい。律儀にも重い荷物を地面に降ろす事無く、運ぶ者としての使命を頑張って護っていた。
 そんな郵便配達人としての使命を果たしているバードの青年の姿に眉を顰め、クラウンはカウンターの内側から出ようとしてルルに止められた。

「雑務は私が。ご主人はそこに座っていて下さい」
「は? いや、別に荷物を受け取る位…っつーかむしろそれは駄目」
「…何かあるんですか?」

 咄嗟に言った言葉に対してルルの口から疑問が吐き出された。
 流石に『ギルスにヤヨイの他に美人のラビトニアも居るってばれたら後々面倒だから』等とは言えない。言えばその程度の事でと切って捨てて荷物を受け取りに行くだろう。何処までもメイド根性を貫こうとしている娘さんだ。これはほぼ100%間違いない。
 メイド根性出す前に、どうにか家族根性を出して欲しいのがこちらの願いなのだが…。
 あー…と声を漏らしながら見た外の光景は、プルプル震えた感じのシルエットが一つ。頑張って相当重い荷物を持っていてくれているのだろう。これは早く解決して受け取りに行かねば可哀そうだ。
 ふぅ、と溜息を出し、もう一度視線をルルへと向ける。

「ルル」
「はい」
「俺が、ギルド斡旋部部長であるアズイル直属で動くウィザード・ナイトであるのは分かるだろう?」
「はい。ルルカラルスに来る前に一度お聞きしました」
「そのSランク【 殺刃(キリング・エッジ) 】としての仕事には、機密も含まれる事が多い。重要人物の護送や、貴重な古代魔石文明時代の武装の輸送がそれに当たる。ルル、最初に言っておくけど俺は別にルルを信用してない訳じゃ無い」
「分かっています。荷物や手紙の中を見る様な真似はしません。それでは荷物を受け取ってきます」
「は?」

 意味ありませんでした。
 気付いた時には既に遅く、メイド服を纏った我が家の歌って踊れる、ならぬ炊事も出来て戦える万能ラビトニアンは店の扉を開け放った処だった。

「おぃー…遅いぜクラ…、は? えっと…あーお客さんでしたか、失礼しま」
「いえ、私はこの薬剤店に居候させて頂いている者です。荷物であれば私が受け取らせて頂きます」
「………」

 聞こえてくる声に、手を額に当てて天を仰ぐ。
 ブラインドで閉められた正面の窓には、ギリギリと顔を店内の方へと向け始めたバードの姿が映し出されている。正直ホラーな光景だった。
 が、それ以上は何も無かった。
 そこは一応プロの郵便配達人。仕事は確りと行う、と言う事なのだろう。
 決して美人の前で無様な姿を曝そうとしない根性ではないと思いたい。
 いずれギルスは私的に店へとやってくるだろう。その時を考えると正直気持ちが重い。
 そんな事を考えていると、『クラウン何時か泣かす!』と言う声と共にルルが長大な銀のケースを持って店内へと戻ってきた。その表情は何処と無く仕事しました的な表情である。
 そんな表情を見ると、苦笑して全部見逃したくなるから不思議だ。
 まぁ、これもきっと生活に慣れていけば変わるのだろう。そう思う。
 と言うか、変わらないと自分が変な方向に変わってしまいそうで嫌だ。
 ぐむー、と一人苦悶の声を上げる中、どんと目の前に置かれた銀のケースに意識を引き戻す。

「…? お、おいおい…何でこんな物が…?」

 “ウェポンラック”
 そう呼ばれる物が、今カウンターの上に乗っかっている存在の名前だ。
 縦が40cm、横は140cm、奥行きは15cmある銀色のケース。重量は約30kgと言った処。嫌に見慣れた物体に、クラウンは眉を顰めてついでに口もへの字に曲げていた。

「…魔剣魔槍、魔杖やらの護送用封印ケースが何で送られてくる…?」

 これは見慣れた物。
 以前、真夏に雪の降ったあの街でも、本来であればこのケースにスゥが召還される原因となった旧魔石文明時代の遺産である魔剣―――ブルーリィ・アイスを納める筈であった。
 とん、と軽く撫でる様に触れば、魔力を内側に抑える為の結界系魔術式が多重に掛けられているのが分かる。そのまま横に、つ、と撫でていくと直接配達用の宛て先用紙が張られているのが見えた。
 そこに書かれている差出人の名前は、

「アズイル、か」
「えぇ、そのようですね」

 予想通りと言えば予想通りな名前に、溜息すら出てこない。
 経験則上クラウンは銀のウェポンラックから手を離すと、すぐさま電話に手を伸ばした。
 下手に開けて大事になったら物が物だけに責任なんて取れるレベルじゃない。何時も身を護るのは、物事を知っている人の助言なのだ。
 トルストイにあるギルド本社、その斡旋部部長室への直通番号を入れ、コール。二回もコールしない内に、ガチャリと相手方が受話器を取る音が聞こえた。

『ギルド本社斡旋部部長室です』

 聞こえた声は一週間前に聞いたばかりの声。
 その声に少しだけ頬を緩ませる。が、直ぐに表情を元に戻した。今はこの物体を送ってきた意味を聞くのが最優先だ。

「アズイル、俺だ。クラウンだ」
『あぁクラウンか。明日辺りに掛かって来ると思っていたが、予想よりも速く荷物が届いた様だ』
「それは良いんだが…見たところ魔石文明遺産用のウェポンラックだろう? こんな物に一体何突っ込んで送り込みやがったこの野郎。と言うか、郵送してるんじゃねぇ」

 こんな物を普通に郵送する意味が分からない。

『あぁ、中身は別に魔剣やら魔槍やらではない。むしろそんな物を送るんであれば、俺は事前に連絡を入れて然るべき輸送機関を使ってお前に送る』
「…じゃぁ何送って寄越したんだ?」
『うむ、それは尤もな質問だクラウン。取り敢えずは安全だから開けてみてくれ。鍵の暗証番号は全ロックが1111のぞろ目にしてある』
「…、分かった」

 受話器を一度置き、その銀のケースに手を伸ばす。
 術式による鍵は掛かっておらず、只単に物理的なロックを外せば良い物らしい。ここに来て、確かに魔剣やらを入れるにはセキュリティが甘かった事に気付く。だったらやはり中身はそれ相応。盗まれても余り価値が無い物、と言う事なのだろう。
 アズイルに言われた番号をそれぞれの鍵に入力し、恐る恐るケースを開く。
 そこにあったのは、

「…銃…?」
『正確には対結界作用付与想定型大口径魔導銃U型改だ』

 置いていた受話器から長ったらしい名前が漏れ聞こえてくる。
 クラウンはこんな物が送られてきた意味が分からず、受話器にもう一度耳をあてた。

『開発陣は【 魔砲銃(ハンド・カノン) 】と呼んでいる。全長は1100mm。六連装特殊60口径。用いるのは同梱している上級術式の魔力まで込められる様に改良を施した術式高速展開弾(エレメンタルシェルビュレット)だ。理論的には瘴魔にもダメージを与える事も可能な物だ』
「へぇ…? それは凄いな…」

 上位存在に傷を負わせるには、同じ上位存在の力――魔者や、最低でも汎用精霊による上級術式クラスの攻撃でなければいけない。基本的に弾丸には“爆発的な威力”も“権限”も無いのだ。しかし、今の話ではその“爆発的な威力”が解消された様だった。
 これならば、ある程度の力があれば誓約者でなくても、一対多の戦闘に持ち込む事が可能なら瘴魔を斃す事も不可能ではないだろう。
 そこまで考えれば、対瘴魔戦闘方法を覆す歴史的発明とも言える。
 だったら、この銃はかなりの価値がある筈だが…。

『だがな、ここで一つ欠陥がある事に気付いた』
「何だ?」
『研究員が都市外で試験を行ったんだが…発射の反動で手首を圧し折った挙句に跳ね上がった銃身で鼻を骨折してな…誓約者の様に身体能力を高いレベルで上げる事が出来ないと普通に撃つ事も出来ないと結果が出た』
「つ、使えねぇ!」
『狙撃姿勢はどうか? と言う話も出たが、これも対瘴魔戦闘時に中てられる距離で行うのは自殺行為以外の何物でもないからな…それで反動を殺す為に対慣性系の術式や、使用者に負担を掛けない様に重力系の術式を組み込もうとしたんだが、今度はサイズが手持ちでは収まらなくなってしまう。そんな事があってな、そのU型改を当時研究部門にも関わっていた俺が引き取って保管していたんだが…』

 詰まる所、研究失敗で使えない物を勿体無いと受け取ったと言う事なのだろう。
 それよりこいつは斡旋部の仕事の他にどんな仕事をしているのだろうか? 気になる。

「つまり、お前の処でもいらなくなって、捨てるのもアレだから俺のところに送って寄越したって訳か?」
『少し違うな』
「じゃぁ何だよ?」
『計画は完全に凍結した訳ではない。保管と言ったが、それは本当に保管と言う意味しかない。今も細々とだが研究は続けられている。瘴魔に怯える事の無い生活と言うのは人類の悲願なのだからな。故に、これはテストケースだと思ってくれれば良い。U型改をより実用的にする為の研究だとな。多少だが、送ったU型改には俺なりの改良が施されている。使ったら感想を教えてくれ』
「俺はリンカーだぞ? 使った処で余り意味は無いと思うんだけど?」
『だからテストケースだと言ったんだ、クラウン。リンカーではない者が使えば腕を圧し折り反動で吹っ飛んでくる様な物を、研究の為にと何人も犠牲にしてサンプリングする訳にはいかんだろう? だから徐々に“上”から“下”に向かって調整して行くんだ。そして最終的に使える様にすればいい』

 予想では最低で後2年はかかるが、な。
 最後の呟きに、銃を撫でていた手を離し頭を掻く。
 何ともまぁ…

「気が長い話だな」
『U型改を実用段階にまで持っていくのは殆どが趣味みたいな物だからな。実際だ、クラウン。汎用精霊が今後極級術式を放てる様になった方が戦闘では効率がいい。U型改がリンカー以外向けに調整使用されるとしても、相手が瘴魔なんだ。人的被害をどれ程出した処で一体仕留められるか考えるだけで憂鬱になる』
「だったら開発なんてするなよ…」
『銃が大好きな奴らが作った趣味の集まりなんだ。部門は殆ど自費で運営されている』
「そこにお前も居る訳か」
『何か案が無いか? と訊かれた時からの付き合いなんだ。俺の立ち位置はアドバイザーと言った処になるだろうよ』

 やれやれだ、 と電話口の向こうで溜息が聞こえる。

『あぁ、それとだクラウン』
「何だ?」

 まだ何かあるのか? と、疑問を声に込めて聞き返す。
 正直言ってこれ以上何かやらされるのは勘弁して欲しい処なのだが…。

『そのウェポンラックだがな、二重底になっていてな? 下にもう一つの“用件”を詰め込んでおいた』
「…異常に重かったのはそのせいかこの野郎…」

 はてさて、一体なにが出てくるのやら?
 訝しがりながら、クラウンはハンド・カノンと特殊弾丸をクッションから引き抜きカウンターに置くと、今度はクッションを退かせる。

「……剣と…突撃魔導銃?」

 クッションの下にあったのは、紅い紋章を刻んだ鞘に納まった剣と、市販されているアサルトタイプの魔導銃だった。剣の方は特に魔剣でも、術式端末と言う訳でも無く、今の現行人類が普通に造れるレベルの術式武装だ。
 突撃魔導銃も特に改造が施されている訳ではないようで、クラウンにはこんな物を送ってくる意味が図りかねた。
 黙りこんだクラウンに、受話器向こうのアズイルが口を開く。

『斡旋部で倉庫に投げ込んでおいた武装だ。余り物であるのがルル君には申し訳ないが、プレゼントだと思ってくれれば良い』
「は…? ルルに?」
「?」

 突然出た名前に、クラウンが見る先でルルが首を傾げる。

「どういうこった?」
『お前とヤヨイが居るのならそこまで心配する事も無いかもしれんが、あって困る事はあるまい? これから店をルル君に預けて遠出する事もあるだろうしな。いざと言う時に身を護るのは日ごろの準備と心構えだ』
「お前が送って来る意味が分からんが…」

 まさかルルに惚れた!?

『お前、自分の財政が分かって言ってるなら勇気がある言葉だと褒めるがね?』
「…仰る通りです…」

 全く持ってその通りだった。
 術式武装も、魔導銃も、魔剣や術式端末より安いとは言え、手頃にぽんぽん買えてしまう値段と言う訳では無い。買ってしまう人も居るのかもしれないが、確実にバースフェリア家にとっては一つ買うだけで結構な打撃である。

『それに、だ。関わった者としてある程度の面倒は見ると言ったろう?』
「……、何と言うか…」
『うん?』

 相変わらずのお人好しだ。
 ルルの身体に掛かっていた魔力霧散回路の解除をする際にも全面的に協力してくれたり、戸籍云々に関しても申請を国家機関に提出してくれた。加えて余り物とは言え、武装一式を送って来る。
 全く、相変わらずの、

「超絶お人好しめ」
『お前みたいに命をかけるお人好しには負けるがな』
「………」
『………』
「はっ」
『くくっ』

 共に吹き出し、笑う。
 どっちもどっちなのだろう、きっと。
 そしてそんな性格を互いに嫌い合っていない。

「ははっ…あぁ…また何かあれば連絡をくれ。相当酷い物じゃ無けりゃ協力する」
『くくっ…安心しろ、俺が選ぶのは何時もお前の実力で解決できる物ばかりだ』
「言ってろ。じゃぁな」
『あぁ、それではな』

 ガチャンッ! と気持ちよく黒電話に受話器を戻す。
 と、そこで訝しそうにしているルルに目が言った。
 ずっと名前が出たりしてたのだ、気になっている事だろう。
 く、と喉を鳴らして笑い、改めて視線をルルへと向ける。

「いや、すまんね。色々と待たせちまった」
「いえ、それは宜しいのですが…」
「あぁ、名前が出てた事だろ?」
「はい。私に何か関係する事ですか?」
「まぁな」

 ほれ、と剣と突撃魔導銃をケースから引っ掴んでルルへと差し出す。
 ルルはその意味が分からず、受け取る事も無く未だこちらを見ていた。
 そんな表情に、苦笑。
 確かにこれでは意味を図りかねるだろう。

「術式武装と突撃魔導銃は、アズイルからルルへのプレゼントだってさ。戦う事なんてそうあって欲しくはないけど、俺は何かあればギルドの仕事には参加する身だ。だから、」
「留守の間、私が家を護る為の…」
「ま、そゆこと。ほら」

 そう言ってもう一度差し出された武器。
 今度は躊躇いも無くルルは武器を手にとった。
 その光景を見て、やっぱり何処かで戦う事にはなるのだろうな、と思う。
 何時になるかは分からない。
 それは彼女が異種であるが故に。
 戦う力を持っているからこそ。

 ルル・シエは特異点(シン・グラリティ)だ。

 知ったのは魔力霧散回路を解除した後。
 術式回路全般の検査に於いて、彼女の身体が特異体質だと言う事を担当医師から聞かされた。
 保有する属性は空間概念寄りの【 重力 】系統。
 極めれば自由に空を舞い、短距離空間転移すら可能とする属性。
 相手にした場合、尤も厄介な属性の一つだ。
 彼女には魔石文明期の遺産も、デバイスも必要無い。

 それは彼女の身体が、既に遺産であり、デバイスの役割を担っているからこそ。

 詰まり、東側の奴隷商は、知らず最高の戦闘ポテンシャルを持つ存在に高度な戦闘教育を施したのだ。無知である事は怖い事だ。もしも戯れに魔力霧散回路を外し、ルルが己の力を認識してしまっていたら――先ず間違いなく、東側を騒がせる程のテロリストになった事だろう。
 そう考えれば、彼女をあの場所で競り落としたのは確かに良かったのかもしれない。
 幸せなんて残されていない修羅の道を歩ませるよりは、我が家のお庭番として働いてもらった方が余程幸せな事なのだから。
 そんな事を考えている先で、ルルが渡された武装の片方――剣を引き抜いたのが見えた。
 見たところ、爆裂系の術式付与型の簡易魔剣と言った処だろう。
 ヒュン、と一度空を斬り鞘に戻すと、メイド服の横に剣を差した。何ともアンバランスだが、妙に決まっている。と――

「……? あれ? ルル、銃は何処にやった?」

 気付けば彼女は魔導銃を持っていなかった。
 彼女はその質問に一度悪戯っぽく笑うと、

「種も仕掛けも御座いません」

 スカートに端を摘んで、優雅に一礼してみせてくれた。
 多分だが、空間重力系の術式を使って重力偏光迷彩を掛けているか、はたまたスカートの中に突撃魔導銃を仕込んだかのどちらかだろう。
 そんな彼女に苦笑し、クラウンはウェポンラックに再び鍵を掛けた。

「さて、そろそろ昼飯にしよう」
「えぇ。ヤヨイ様とスゥさんもそろそろ帰ってくるでしょう」
「……あー…時間に意識が行ってくれてれば良いんだけどなー…」
「はい?」
「良いから良いから。飯、用意して待っていよう」

 な? と小さく言って、彼女に家の中に入るように告げ、

「今帰った」

 カランコロンッ
 同時、店の扉が開け放たれた。

「…時間に意識は行ってたみたいだな」
「?、なんじゃ?」
「いや、何でもないよ。ところで…」
「む?」
「背中に負ぶさってるのは何よ?」
「あぁ…忘れておった」

 そこで帰って来たヤヨイは、さも今思い出したかのように背負っていた物体を降ろした。
 ぐったりして覇気の全く無いスゥ・ディ・【ホワイティア】を。
 降ろされたスゥは、立つでもなくそのまま店の床に座り込んでしまう。
 どうにも疲労困憊と言った感じだ。
 クラウンは溜息を吐き出し『どうよ?』とこの現状をヤヨイに尋ねた。

「今日初めて剣を振ったのじゃ。こうなるのも仕方なかろう?」
「…まぁな」

 ぐで、っと座り込んでいるスゥを見下ろす。

 スゥはヤヨイに剣を習い始めた。

 それがどう言う心境の変化か、詳しい処をクラウンは知らない。
 只、なんとなくだが想像はついている。

 きっと、この前の事が起因していると。

「筋は?」
「どうもこうも無い。剣に振り回されて唐竹に落とすのすら難儀しておるんじゃぞ? 力が根本的に足りておらん。先ずは筋力をどうにかせんと始まらんよ」
「ちっこいものなぁー…」
「ちびっ子って言うなぁ…」
「失敬。俺の声が聞こえる位にはまだ平気みたいだな」

 けけけ、と意地悪に笑うクラウン。
 スゥは恨めしそうに見上げるが、反抗するだけの体力は無いのか立ち上がる事も無い。
 それで、と前置きしてひとしきり笑ったクラウンは、再びヤヨイを見る。

「これからの修行プランは?」
「肉体の作り変えが優先じゃな。それと平行して、妾が使う様な刀ではなく、材質の軽い刀剣類を使っての体の動きを叩き込む」
「身体の動かし方で力が足りない部分を補わせる、か…良いんじゃないか? “形成変換”にはどうせ多大な時間がかかるんだろう?」
「うむ」
「あの…」
「む? なんじゃ、ルル」

 ヤヨイが頷いた処で、ルルが会話に割り込んできた。
 顔には疑問の表情。何の事か分からないと言った顔がそこにはある。
 スゥが剣を習うと言う事なら既に聞いている筈だが―――?

「…鍛えると言うなら分かるんですが…先程ご主人が言った“形成変換”とは…?」
「あぁ…」

 納得し、頷く。
 東側で魔者に関わった事が無ければ分からないのも無理の無い話である。加えて言えば、西側でもそう知られていないのだからルルが知らないのは無理も無い。

「ルルが聞いた事が無いのも無理は無いか。俺みたいなリンカーでも、興味が無ければ知る事も無かった。まぁ、簡単に言っちまえば、人間で言う処の肉体の成長の事だよ」
「肉体の成長…身長が伸びるとか、そう言った?」
「ん、その通り。で、詳しく言うとだな…?」

 初めに言わなければならない事だが、精霊、天使、魔の使徒、それらに共通して言える事が一つある。それはその存在が始まった時から、さほど外見には変化が生じない、と言う事である。
 スゥはエデンで生まれた時からこの姿なのだ。
 彼らにとってエデンでの“産む”と言う言葉は“生む”が正しいのであって、女性の身体から妊娠期の後に産まれて来る訳では無い。彼ら彼女らにとっては、己の後継を、力と言う結晶から“発生”させているのだ。
 姿は親に瓜二つ。
 当たり前である。この“発生”とは複製を作る作業に近い。スゥも母親とは力の位や性格を抜かせば瓜二つであろう。
 魔者達は、こうして生まれた者達を誰々の第二世代、第三世代と呼ぶ事もあるらしい。
 ここで考えなければならないのは、本当に同じ姿に生まれて来ると言うならば、それこそエデンは同じ顔の存在が溢れ返っているのでは? と言う事だ。スゥと同じ顔をした者達がエデンの一角を占めている。考えると頭が痛くなってくる光景だ。
 しかし、そんな事は無い。
 ルルカラルスの内部だけでも良いが、リンカーが連れた魔者の顔が同一であった例等今までに無い。これはここに来て日の浅いルルもそうであるし、魔者と言う存在に関わる事が多々あるクラウンにも言える事だ。
 精々が“似ている”程度。
 同一は存在しない。

 その理由こそが“形成変換”である。

 魔者達はある程度ならば時間をかけて願う様に肉体を作り変える事が可能なのだ。
 スゥは母親にそっくりだろう。
 だが、それは母親がスゥを生み出した時と瓜二つなのであって、決して今も瓜二つであるかは確かではない。もしかすれば、スゥがそうせずに母親がスゥの姿を任意に想像してから生み出した可能性すらあるのかもしれない。
 何もしなければ己の複製が生まれる。
 だが、そうする理由など何処にも無いのだ。

「詰まるところ“形成変換”とは“変身”と言えるわな」
「成る程…」

 説明を聞かされたルルが神妙に頷く。

「それでその“形成変換”によってスゥさんの身体を、剣を振っても逆に振り回されない様に作り変える、と言う訳ですね?」
「そうじゃ。我々魔者は人間と違って身体を構成するのが超高密度のマナで出来ておる。故に老いと言う現象は持ち合わせておらんが、同時に成長と言う現象も持ち合わせておらん。だから必死に肉を食い、身体を動かしたところで筋肉はつかん。身体を作り変えるには、己を構成する“魂”と言う次元違いの術式に介入する他に無い。無理にやれば破損する。故に願い、ゆっくりと変えていくしか方法は無い」
「ちなみにスゥさんが完全に変換を終えるのはどの位かかるんですか?」
「妾は経験した事が無いからの…正確には言えんが―――スゥの身体からヒトの20歳程度の肉体になるのなら、50年と言った処だと妾は考えておる」
「………、長いですね」

 50年後と言えば、クラウンは70歳過ぎ、ルルも60代後半である。
 死んでいてもなんら可笑しくは無い年齢だ。

「だからこその身体の使い方じゃ。そう身体が成長しきるのなんぞ待っておれん」
「かと言って、なぁ…大丈夫か?」

 ヤヨイの言葉に、クラウンが視線を落とす。
 見つめる先は未だ立ち上がらぬ、と言うか、何だか床に突っ伏して眠り始めてるスゥの姿。これでは先が思いやられる。

「そこは最早、スゥの心が挫けぬ事を祈るしかあるまいよ。加え、」
「うん?」
「術式の構成に関しても修練を始めるんじゃろう? スゥが言っておったぞ?」
「…ん…時間が空いた時にやる予定だ」

 頑張るなぁ、としか最早言い様が無い。
 これだけ疲れているのに、きっと起きればクラウンの処に来て術式の構成練習をしましょうとお願いするのだろう。

「ヤヨイ様もご主人と構成練習を行ったんですよね?」
「うむ。確かに行ったが…妾の場合は、今のようにクラウンが店を構える前じゃったから、実戦の中でどうにかする方が多かったのぅ…」

 いや、良い思いでじゃ、とヤヨイが遠い目をして呟く。
 横ではクラウンが何とも言えないような表情をしていた。
 それでルルは何となく察した。
 かなり苦労したんだろうなぁー…、と。

「ま、まぁ、折角ヤヨイ様やスゥさんも戻ってこられた事ですし、昼食にしましょう」
「そうじゃな」
「…あぁ、そうしよう」

 引きつった表情でルルが場を取り成し、ヤヨイがすっかり寝入ってしまったスゥを抱え上げる。
 クラウンは苦労の連続だった過去を溜息と共に身体の外に追い出すと、のろのろと足を店内から家へと向けた。




 それが一週間前、彼らの出会いの――― 一週間前。



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