王冠の名を持った薬屋店主。
死体を積み上げる刻死の使者。
そして、
一週間前、その最後のキャスト。


























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


symphonic RAIN
―運命の多重奏―
-prologue-




















「フィアリス」

 声は、白亜の神殿―――その回廊の一角で響いた。
 日の光が多く取り込める様に作られた通路で、名を呼ばれた少女が振り向く。
 紅き髪を日の光で煌かせ、澄み渡った黒瞳を背後へと。
 と、同時―――横に居た黒衣を纏ったラビトニアの少年も声の方向へと振り返る。

「あ、レインちゃん」
「れ、レムニエンス様!?」

 何時も通り、と言った風の少女に比べ、少年は声の主の登場に酷く驚いた様だった。だが、いきなり声を掛けられたからだとか、紅髪の少女と話していた場所を目撃されたからだとかの理由では決して、無い。
 理由は、声の主こそが原因であった。

「久しいね、前に会ったのは何時だったかな? それとロジュ、私は老人会の面々や聖女達が他に居ないのだったら普通に話して貰って構わないと前に話した筈だぞ?」

 女性だった。
 黒衣を纏い、首元には今は緩められたマフラーを掛け、腰には帯剣している。
 輝く金色の髪は声を掛けられた少女の紅き髪に負けず劣らず輝き、澄み渡った碧眼はまるで輝くかのようにそこに在る。美女である。間違いなく。だが、それが少年が酷く驚いた理由ではない。
 その理由は、

「し、しかしですねっ…!」
「普通に話す位なんて事も無いだろう」
「そうだよロジュ君? 別にレインちゃんが良いって言ってるんだし」
「な、何で二人とも気にしないんですかぁ…レムニエンス様はゼスラ最高位位階エグゼストに加えて最高位聖女なんですよ!?」

 美女――レイン・レムニエンスは聖法国ゼスラが誇る【 断罪者(エグゼスト) 】にして、同時に聖女であった。

 エグゼストと言う対瘴魔位階騎士でありながら、同時にあらゆる瘴気を祓い清める巫女。
 騎士でありながら聖女。それなら彼女の他にも確かに数人だが、居る。
 が、その中で彼女こそが、頂点であった。

 聖法国ゼスラにて嘗て世界を救った聖女騎士の二代目と言われる女性――いや、少女だった。

「まぁ、だからと言って気にする事でもあるまい」
「そうだよロジュ君。だって戦うだけだったら私も中々のもんだし。聖女だけど」
「…どーせ僕は弱いですよー…」

 ――ではあるが、二人の少女は特に気にした風でもなく話していた。
 少年を除いて。

「もう、そんな事で一々拗ねないの」
「そんな事って…」
「それで、何? レインちゃん。何か用があったんじゃないの?」

 王宮から降りてくる位だし、と紅い髪の少女は続けた。
 レインと言う、最高位までに上り詰めた存在の少女は普段、王宮からは降りてこない。もし降りてきたとしても、この少女達が居る場所は王宮外に出る為の通路ではないので普段は通る様な場所ではない。だと言うなら、ここまで来たのには明確な理由がある筈だった。
 そんな言葉にレインは苦笑する。

「只、久しぶりにお茶の誘いをしに来た…とは思わないのか?」
「んー…まぁ、その可能性もあるにはあるんだけど…レインちゃん、今色々と立て込んでるでしょ。ほら、一週間後に…」
「うん、正解だ。それにフィアリスの言う通りそれ関連で訊きたい事があって来た」
「え? そうだったの?」

 そうなんだ、と答えると同時にフィアリスと呼ばれた少女は考える。
 “一週間後”の事で自分に訊きたい事など、そんな事はあっただろうか、と。
 彼女――レイン・レムニエンスが今回携わる事に関しては全くと言っていいほどノータッチな筈だ。それなのに自分に訊きたい事があるとすれば、それは―――

「前、茶の席で言っていただろう? ルルカラルスに知り合いが居ると」
「――あぁっ、その事」
「うん。その事だ」

 成る程、と納得する。
 確かにルルカラルスに知人が居ると、以前に語ったからだ。

「赴任先がルルカラルスなんだもんね」
「うん。ルルカラルスの白霊宮内にある中央教会に三十年勤められた方の代役としてな…まだ若い私なんかが、そんな役を担っていい物かは分からない処だがね」
「あはは、レインちゃんが相応しくないなら後は姉さま達位しか居ないよ」
「それは言い過ぎだと思うが…」

 ははは、と二人の少女が笑い合う。
 その横では少年が酷く肩身が狭そうに半笑いの表情を形作っていた。
 何とも哀れな光景である。

「それでルルカラルスの知り合いに関してだが…」
「あ、うん、そうだね。後でちゃんと紙に地図を書いて渡すよ。出来れば私が直接連れてってあげたいんだけど…」
「流石に其処までの無茶は頼めないよ、フィアリス。そろそろ三度目の巡礼期間が迫っている筈だろう?」
「まぁねー…」

 ふぅ、と少女が小さく溜息を漏らす。

「何だ、嫌そうだな?」
「そ、そうなんですかっ!?」
「ロジュ君驚きすぎ。別に私はロジュ君と一緒に巡礼の旅に出るのは嫌じゃないんだから」
「そ、そうですか…良かった…」
「ふむ。それでは何が?」
「んー…まぁ、私は自分から進んで教団の聖女になった訳じゃ無いからね。姉さま…ティーエ姉さまとの交換条件で結果として聖女になった訳だし」
「フーミティエ様か…」

 あの人も悪い人ではないのだがな…。
 レインは言いながら苦笑する。
 フーミティエ・カルサーザイスト。
 聖法国ゼスラの聖女――その全てを管理する聖女会トップ三人のうちの一人。
 そしてフィアリスにとある提案をして、その換わりに聖女になる事を提案した人物。

「別にティーエ姉さまの事が嫌いな訳じゃないんだけどね。何と言うか…聖女にならずに、只普通に生きる道も私にとっては未だに魅力的なんだ。それにちょっと約束もあったしね」
「約束?」
「そう、約束。まぁ、詳細については秘密って事で」

 にゃはは、と困ったようにフィアリスが笑う。
 笑顔、ではあるが、何処か表情に影を秘めた笑顔であった。
 それを察したのか、レインは一瞬だけ眉を顰めるとわざとらしく咳をしてみせた。

「別に訊こう等とは思ってないよ。秘密の約束事に首を突っ込む様な真似はしたくないしね」
「うん。そうしてくれると助かるかな」
「ん…それで地図に関してだが…」
「そうだね…今日の夜は大丈夫? 届けに行ってあげるけど」
「あぁ、既に引き継ぎ等に関しては全て終えてあるから大丈夫だと思う。後は荷造りだが…まぁ、さして問題がある量ではないからな」
「そか、じゃぁ今日の夜に持っていくよ」
「分かった―――と、そろそろか…?」
「何かあるの?」

 フィアリスが首を傾げて問うと、レインは困ったように苦笑してから頷く。
 と、その時点で大体ではあるがフィアリスは事情を察してしまった。
 こんな感じの時は大抵―――

「んー? もしかして、クレア様絡み?」
「あぁ…別れが近いからとな…これからお茶会が開かれるんだが…」

 そこでレインが少し『一緒に来てくれないか?』的な視線で見てくる。
 正直ついていっても良いのだが、フィアリス側にも用事と言う物はある。

「あはは…ごめんね? 私達、これから少し聖女会に顔を出さないといけないんだ」

 だからごめんね?
 そう言ってフィアリスが断りを入れると、レインは渋々と言った感じで『それなら仕方ないか』と肩を落とした。
 彼女には悪いが、内心、少しほっとした。

 クレア様―――クレア・ルインズ婦人。
 この聖法国ゼスラの中央に住まうならば、知らぬ者は居ないと言うほどの有名人。
 豪邸に一人住まい、他には彼女を警護する女性騎士が一人と、数人の従者を従えた貴族。
 フィアリスと同じ赤熱の髪を持ち、ドレスを纏って日傘を差し、何時でも柔和な笑みを浮かべた淑女。
 数年前から中央の屋敷に住み始め、何時でも男性貴族から声を掛けられる存在。
 ここだけを聞くなら、なんら苦手意識を持つ事も無いだろう。
 実際、フィアリスは会った事が何度かあるが対応は優雅で、良い意味で貴族をしている。
 だが、

―――ちょーっと血の臭いがキツイんだよね、あの魔者とのハーフ(フェアリーテイル)のお姉さん…。

 実際に血の臭いがしている訳ではない。それは染み付いた感性、とも言えるかもしれない物。
 しかも、名前に破滅(ルインズ)を名乗ってる辺り、敢えてそう言った風にしている(・・・・・・・・・・・)気がしてかなり嫌だ。
 忌避すべき臭いを感じ取れてしまっているのに、敢えて近付くつもりは無い。
 無いのだが―――

「それでも会っちゃうんだよねぇ…」

 事実が、溜息と共に吐き出された。
 どう言った因果か、何故か会う回数が多い。レインと共に彼女が居る事が多いのでレインを介しているからかと思ったが、実際そこまで考えてみると、レインが居る時に会った回数は多くない。偶然、で片付けてしまえる回数だ。圧倒的に一対一、或いはロジュが居る場面の方が多い。
 もしかしたら向こうは狙ってやっているのか、と考えたが―――

「私はこれで、って何か言ったか? フィアリス」
「あ、ん? いや、何でも無いよ? ちょっと独り言」

 どうやら聞こえてしまったらしい。
 何でもないよ、と苦笑しながら手を振って否定する。

「?、そうか? では、地図は宜しく頼んだよ」
「うん。それじゃぁね、レインちゃん」

 踵を返して去っていく金髪の騎士を見送る。
 その後姿が完全に視界から消えると、一瞬の静寂の後――今まで黙っていたロジュが動いた。

「それじゃ、行きましょうか? フィアリスさん」
「そうだね。あまり気は進まないけど、いこっか?」
「はい」

 ロジュが先に一歩進み、先行する形で回廊を歩み始める。
 彼が先を行く姿を見ながら、これがゼスラの騎士の姿なのだとフィアリスは再認識した。
 今度の巡礼が三度目。
 三度目の巡礼から、専属の【 断罪者 】――ギルド協会換算Sクラスの騎士が就く。それまではエグゼストの資格が未だ貰えない騎士が複数護衛として就くので、少人数――或いは少数精鋭と言う形での巡礼は初めてになる。
 何かあれば彼が前面に出て脅威から護ってくれるのだろう。
 対人・対瘴魔戦闘の訓練を叩き込まれた彼が。
 そんな彼の後姿が頼もしさと、そして不安の半々で見える。

「そう言えばフィアリスさん」
「あ、何?」

 苦笑しそうになった処で、前から声が投げかけられた。
 慌てて下げていた視線を上に上げれば、歩きながら視線を投げてきた姿があった。

「先程の会話でも出てましたけど、ルルカラルスにお知り合いがいらっしゃるんですか?」
「うん。まーねー? …何? 気になるの?」
「あ、いや、」
「…ま、別に良いか。特に隠す事でも無いしね」
「………、い、今の間は僕をからかったんですか…?」
「秘密」

 はぁ、と溜息を吐き出す少年に笑みを見せる。
 付き合いはそれ程長くは無いが、ここら辺の扱いは既に心得た物である。

「それで知り合いだったね。ルルカラルスには……今は四人、かな? 兄的なのが二人に、姉的なのが二人」
「今は四人、と言うのは?」
「二人はルルカラルスをしょっちゅう空けてるみたいなの。前に手紙を送ってみたら、何故かもう一人の兄的な存在から返事が返って来たし。『あの馬鹿は現在アルファザイナスでお仕事中だ』ってね。だから疑問系。今はもしかしたらルルカラルスに居ないかもしれないし」
「成る程。では、レムニエンス様に渡す地図は、定住されてる方が住んでる場所への?」
「そゆこと。ロジュ君大正解。ご褒美に撫でてあげましょう」
「い、いや、良いですって…は、恥ずかしいですよって、な、撫でないで撫でないでぇー……」
「あははははは」

 顔を紅くして俯かせる少年を全く意に介さず撫でるフィアリス。
 何が楽しいって、彼の反応が初心過ぎて楽しいのだ。

「―――、さてと」

 流石にずっと撫で続けるのも悪い。
 ふ、と手を離すと護られる筈の聖女は騎士の一歩前を先行する形で歩き出した。

「ほら、行くよロジュ君。何時まで顔を紅くしてるの」
「ふぃ、フィアリスさんが撫で続けるからでしょうっ!? 恥ずかしいんですよ!?」
「知ってるよ。知っててやったんだもん」
「くっ…」

 今度こそフィアリスは歩き出し、渋々とロジュが後ろについて歩き出す。
 悪くは無い。
 フィアリスは思う。
 過去、求めた一端が確かにここにはある。
 聖女とは、少し普通の存在から乖離してしまった者かも知れない。
 だが、平穏は今、確かにここにある。

「…さて、クー兄さんがどんな反応をするか楽しみだね?」
「は? 何か言いました?」
「んーん? 別にー、独り言」
「…何でそんな思わせぶりなんですか…」
「もぅ、ロジュ君は細かいなぁ。モテナイぞ?」
「ガーンッ!?」

 呟いた言葉は柔らかな午後の日差しの中に消え、騎士の耳に届く事は無く。
 紅髪の少女が“運命”を“王冠”に向かわせた事に気付く者は、本人以外には居なかった。



prologue-end






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