クラウン、死神とは大抵三つの物の事を指す。

一つ目、種族的に死に携わる者の事。
妾の様に概念精霊の中で、魂に関する事柄、或いは直接“死”と言う事象に関わる者。
または高位天使の様に、世界の循環系に従事する存在の事を指す。
解り易かろう?
ヒトにとっても、我々魔者にとっても、彼らは最も神に近き者達。
古来より敬愛すべき、そして畏怖すべき存在なのじゃからな。

二つ目、死を与える者。
これも解り易い。
彼らは殺人鬼、殺戮者、病毒。
様々な呼び名が存在するが、そのどれもが無理矢理な死を与える存在じゃ。
瘴魔や高額賞金首、不治の病魔がこの二つ目に分類されるじゃろうな。
死の顕現。
言ってしまえば、二つ目はそう言った存在じゃ。

そして最後に―――三つ目。

絶大なカリスマ。

―――…、分からぬか?
まぁ、そうじゃろう。
普通は考え付かんし、むしろ一般的には彼ら彼女らの事は別の名で呼ぶ。

英雄、とな。

クラウン。気をつけるならば二番目もじゃが、この“英雄”にも気を付ける事じゃ。
奴らは扇動者。
その圧倒的なカリスマで民衆を動かし、
現政権の転覆、
反対組織の抹殺、
戦争行為による敵の駆逐、
そう言った事を出来る、出来てしまう存在じゃ。
お前の知る中では、アズイル――あ奴が一番それに近い。
既に知っている、旧知の親友とも言えるべき存在に今更気を付けろ等とは言わん。
が、しかしじゃクラウン。
この先、出会う“カリスマ”が全てアズイルの様な存在だけだとは決して思うな?

見極めよ。

その存在悉く、大量の“命”を“運”ぶ者達じゃ。
出会ったならば、最早それは繁栄か衰退か、そのどちらかしか有り得ぬ。
彼奴らこそが【 転機 】、

命運ぶ者――“運命”であるが故に。


























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


symphonic RAIN
―運命の多重奏―
#1 聖女




















「着任式?」

 薬屋のカウンターにて、クラウンは釣銭を顔馴染みの商店街仲間に渡しながら言った。
 相手は「そうなのよー」と何故か嬉しそうに返してくる。

「聖女って…あの聖女でしょ? 俺、今まで聖女が教会とか霊堂とかに配属されるのに、式典が開催されるなんて聞いた事ないんですけど」
「えぇ、それは私もよ。さっきも花屋のケィアと話して今までそんな事は無かったって確認したばかりだし」
「ですよねぇ…何か特別な事でもあるんですかね?」
「そこなのよ! クーちゃん」
「…いきなり目が輝きましたね…それと前から言ってますけど、クーちゃんはいい加減止めて下さい」

 流石にこの歳になって『ちゃん』付けは止めてほしい。
 商店街メンバーとはそれなりに長い時間の付き合いではあるが、ここに住まう人達は最初の印象からなのか、ヤヨイと一緒に開業した自分を『超美人の姉を手助けする健気な弟』だと勘違いしていた。後にそれは間違いであったと商店街メンバーは知る訳であるが、今でもその名残か『クーちゃん』だの呼ばれ続けている。
 買い物に行けば『クーちゃん! 今日はこれが安いよ!!』が掛けられる言葉である。
 お陰で孤児院の年少組は皆様『クー兄ちゃん』と呼んでくれる。
 クラウンはやりきれない現実に溜息を吐き出し、再び八百屋の夫人に視線を戻した。

「それがね、結構な噂になってるんだけど、次に着任するのが有名な聖女様らしいのよ」
「有名ですか…?」

 クラウンの中で有名な聖女と言う項目から引っ張り出される名前は三つ。
 が、その誰もが巡礼教団の総本山である聖法国ゼスラが抱える最高位聖女。
 ありえない話ではないが、それでも格段に確率は低い方々だ。

「ゼスラが抱える三聖女なんて来る筈ありませんしねぇ…」

 呟くクラウンに、目の前の顔はニヤリと笑みを形作った。

「そのまさか」
「――――、は? もしかして本当に?」
「本当らしいわよ、クーちゃん。何でもルルカラルスに来るのは、あの二代目聖女騎士様らしいわ!」
「テンション高いっすね…」
「この話を聞いてローテンションなクーちゃんの方が精神に異常をきたしてるのよ」

 ひでぇ言われようだ。
 地味にショックを受ける。

「まぁ、しかし…」

 だったら式典が開催されると言うのも納得が出来る話だった。
 それ程までに最高位の聖女とは神聖視された存在である。
 開かれた深淵の扉――アビスを閉じる事を可能とする清めの巫女。
 この世に風穴を開けてやってくる最強の害悪を、向こう側へ押し留める祓いの御子。
 アビスが確認されてから数百年間、世界は聖女の姿に安堵を得て、荒れ果てた世界を再建し発展させて来た。
 聖女とはこの世の支えであり、居なければならない存在。
 その中で今回ルルカラルスに着任する事になる二代目聖女騎士と言えば、相当の憧れの的。よっぽどの敬虔な聖女信仰を掲げる信徒ならば、その姿を見れば大地に頭を擦り付けて拝む程だ。分からない事も無い。
 また、二代目聖女騎士はゼスラが抱える対瘴魔位階騎士――エグゼストにとっても目指すべき高みである。
 瘴気を祓い、最強の害悪を討伐せしめる希望。
 まるでそれはヒロイックサーガ。憧れるなと言う方が無理な話なのかもしれない。

「それなら式典が開かれるのも無理の無い話なのかもしれないですね」
「えぇ、そうねぇ。ウチも式典の日には店を閉めて旦那と聖女様を見に行くつもりだもの」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。どうせ皆、聖女様を一目見る為に出かけるだろうから、商店街にヒトなんて来ないだろうし」
「あー…それは言えるかもしれないですね…」

 人っ子一人居ない商店街を思い浮かべながらクラウンは答えた。
 普段ヒトが途切れる事の無いこの商店街ではあるが、流石に祭りの日となれば話は別。多少、この商店街の需要があるとは言っても微々たる物だ。過去の情景とか、彼らの気質を良く知る常連さん達は、先ず買い物に来るにしても祭りの日だけは訪れる事は無いだろう。
 来たって誰も居ないのだから。

「クーちゃん達はどうするの? はっ!? まさか新しく連れ込んだ娘とデート!!?」
「人聞き悪いっすね!?」
「えー…? でもでも〜」
「でもも無いですよ。何でそんな話になってるんですか…」
「結構な噂よ? この前はスゥちゃんを連れ帰ってきて、私ついにヤヨイちゃんとの間に子供が出来たのかと思っちゃったし」
「いきなりあんな成長した子供が出来るのは複雑な心境なのですが…」

 と言うか、スゥを連れて帰って来た時もそんな噂が立っていようとは…。
 嫌だと言う感情を通り越して、空恐ろしい物がある。
 これ以上何かあれば、俺は世間から隠れて生活していかねばならんかもしれない。
 ともかく―――

「まぁ、それならウチも店を閉めますかね…どーせ祭日はヒトなんて来ないでしょうし」

 偶には総出で遊びに行くのも良いかも知れない。
 普段は何だかんだと、全員で一斉に外に出かける事は無いのだ。
 こう言う機会に全員で外出しなければ、本当に何処へも行けなくなる。
 これでも、未だヤヨイと二人だけで暮らしていた頃は出かける事もそれなりにあった。ヤヨイの買い物に付き合う物から、ギルドでの仕事の帰りに観光で数日間の宿泊なんてのはザラにあったのだ。しかし今現在、スゥとルルがやって来てからはそんな事が全く無い。
 正直に言ってしまうと、子供が出来て影に潜んでいくタイプの父親みたいな感じだ。
 あれ…? 俺って未だ21歳…だよな?

「ぬぅ…」
「何唸ってるのよクーちゃん。気味悪いわねぇ…」
「…、地味に効く暴言ありがとうございます。とにかく、ウチも着任式は見物がてら行きますよ。良い機会ですし、偶には全員で出かけないと気分的に嫌ですし」
「そうしなさいな。っと…私も結構ここで話し込んじゃったみたいだから店に戻るわ。クーちゃん、生鮮類全般安くしてあげるから、今度来てね?」
「はいはい。多分買い物に行くのはルルなんで、その時は宜しくお願いします」
「あ、お嫁さんね」
「さっさと帰れ!!」

 おほほほー、とわざとらしい笑い声を上げて扉の向こう側へと消えていく商店街仲間の背を見送って、クラウンは盛大な溜息を吐き出した。
 騒がしい存在が消えて静かになった店の中、一人虚空を見上げる。

「スゥが増え、ルルが増え…これで三人目が増えたらきっとシャレでは終わらないんだろうなぁ…」

 想像するだけで頭が痛くなるが、スゥが来て子持ち、ルルが来て妻帯者のメイド趣味店主と言う称号では、三人目が来た時いったい商店街内部で一体どんな噂が囁かれるか、考えるだけで恐ろしい。
 だからと言って、スゥを家に置き、ルルを居候させている事に後悔は無い。無論、迷惑もだ。
 これはこれで、きっと楽しいのだろう。
 ヤヨイと二人で暮らすのも静かで良かったが、こう言った団欒も―――まるで本当の家族の様で、心が落ち着いた。

「ま、そんな家族の為にも、稼げる分は稼いで置かないとな…?」

 そう自分に言い聞かせ、取り敢えずは客足アップの為に店先の掃き掃除でもしようかと、クラウンは立ち上がるのだった。





* * *






 数日後。
 着任式当日。
 バースフェリア家の面々は、完全に交通整理が行われている大通り、その端っこに居た。

「何と無く予想はしていたけど…凄い混み様だな…」
「それだけ聖女と言う存在――その最高峰はこの世界にとって重要なのじゃろう」

 隣で、何時もの洋服ではなく、エーテル装束を纏ったヤヨイが応える。
 クラウンは「そうだな」と頷くと、再び背伸びをして大通りに目をやった。

 ルルカラルス中央都市コーラル、その中に暮らす人々が全て出てきたのではないのかと疑う程の混み様。

 そのある種異常とも呼べる混み方は、主役の登場を今か今かと待ちわびている人達の声で一層賑わっていた。
 耳を傾けなくても、向こうからこちら側へと向かって同じ内容の言葉達が飛び込んでくる。『二代目聖女騎士』『最高位の聖女』『どれ位の間ルルカラルスに居るのか』。色々な話し声が聞こえるが、内容はそのどれかに分けられる事が出来た。そしてそのどれに対しても含まれている言葉がある。

「―――『レイン・レムニエンス』」

 誰も彼もが囁く名前。
 待ちわびる聖女の名前。

「で、だ。スゥ」
「…何よ」
「いい加減、肩車してやろうか?」
「うっさいわね!! 張り倒すわよ!?」
「背が小さいのも考え物だな? って痛っ!? スネを蹴るなちびっ子!!」
「くぅ〜〜〜〜っ!!!!」
「スゥさん。ご主人の肩に乗るのが嫌なのであれば、私が肩車をしましょう」
「あんたも肩車から離れる!!」
「…賑やかじゃなぁ…」

 ふぅ、と溜息混じりに呟くヤヨイに、クラウンは苦笑する。
 今ここに居る面々はこれだけだ。
 シュレイやリリエンタール、朔耶にティッセはこの場に居ない。
 彼らはこの催し物の裏側に居る。
 数日前、この式典が開かれると聞かされた後に、ルルカラルスに未だ滞在するシュレイや朔耶達に『一緒に見物に行かないか?』と誘いの言葉を掛けたのだが――

『あぁ、すまんけど…SSクラスの責務って奴でなー、ギルド側からの警備人員に選ばれちまったから行けないんだよ』

 だったら朔耶は? と訊くが、

『すみません…私の場合は滞在費を稼ぐのにギルドで警備の斡旋を既に受けてしまっていて…』
『そう言う事だ、悪いなクラウン。ま、存分に楽しんで来い』

 と、断られたのだ。
 正直な話、世界最高峰の軍隊を擁するゼスラの、その最高位の騎士を警護する意味があるのかと疑問に思わなくも無いが――そこは各国、大企業の思惑なのだろう。守るべき相手が必要が無いほど強くても、守る姿勢が有るのと無いのとでは抱く好感の度合いが違う。
 そう考えてしまうと、この式典の裏側に蔓延る薄暗い物を想像して気分が悪くなるが――純粋に喜ばしい事として動いている人々が居るのも確かな事で、シュレイや朔耶達はそう言った人々を守る為に動いているのだ。

「すると、今回の俺って結構運が良いかも?」

 何せこの式典関連でギルドの斡旋部から通達が来ない。
 もしかすればアズイルが気を利かせてくれて、警備人員から名前を消しといてくれたのかもしれない。一緒に東側に行って仕事をして帰って来たばかりなのだ。疲労等を考慮して外してくれている可能性はある。

「いや、流石はアズイル。偶には俺に良い事してくれるなぁ」

 偶に、と言う部分が嫌に強調された感じではあるが――まぁ、それは事実なので仕方ない。
 と、思考の海から帰ってきたと同時、大通りの向こうが騒がしくなった。

「どうやら、やっと始まるようじゃな」

 ヤヨイの声が発せられると同時、一瞬だけ静寂が訪れ、段々と騒がしくなっていく。
 この祭典の主役、レイン・レムニエンスの登場だ。

「って、言ってもなぁ…」

 周りは人、人、人の大混雑。
 正直、手を上げ声を振り絞る方々の隙間からでは姿を捉える事すら一苦労である。
 スゥを肩車すれば、スゥだけはちゃんと見物出来る状態ではあるのだが――

「………何よ、肩車ならされてやんないわよ」
「これだよ…」

 はぁ、と溜息を吐き出し思考を打ち切る。
 まぁ、この大混雑の中で肩車は自称大人にとって生き地獄に他ならない。
 スゥなら外見が子供なので、皆様方からも生暖かい目で見られる程度で済むはずなのだけど。

「良いではないか、クラウン」
「ヤヨイ…」
「どうせこれから白霊宮の広場で着任の演説があるのじゃろう? そこで十分に見れる筈じゃ」
「確かに」

 ここでスゥを無理やり肩車して見せてやる必要は――実はそんなに無い。
 本日のスケジュールではこの後、都市中央に聳える白霊宮前の広場でレイン・レムニエンスから着任の挨拶がある。その場所なら広く、レイン・レムニエンスも台に上る筈なので余程の事が無い限りは見物出来る。
 むしろここで肩車をして、商店街の顔見知り達に目撃された時の方が後々怖い。
 きっと数日後には“子持ち店主”として名を馳せて居る事だろう。
 想像するだけで恐ろしい…

「む、来たようじゃな」
「ん? んー…つってもあんまり見えないな…」

 ヤヨイの声に反応して視線を前に向けてみるが、殆ど何も見えない。
 丁度、前に立っている方々の身体の向きから考えれば正面を通っている処だろう。レイン・レムニエンスが手でも振ったのだろうか、最前列はかなり騒がしい事になっている。
 スゥやルルも何とか隙間から見えないかと頭を左右に動かし、身体も動かしているが見えていない様だった。
 どうやらこれは、白霊宮での演説を期待した方が早いかもしれない。

「おい、スゥ、ルルも」
「むぅ…? 何よクラウン」
「はい? 何ですご主人」
「移動だ移動。白霊宮にさっさと移動しよう。こっちでぐだぐだ粘ってるより、そっちの方が確実に見れる」
「あー…うん、そうね。その方が良いかも」

 こちらの提案にスゥが頷く。
 ルルも言葉は無かったが、コクリと一つ頷き承諾の意を示した。
 だったら後は移動するのみ。生憎とこの警備体制の中、誓約状態で跳躍移動と言う最も手っ取り早い移動手段は使えないので地道に徒歩移動するしかない。交通機関も、はっきり言ってこの混雑ではあまり意味が無いだろう。
 さて移動するか、と二人から視線を外して一度ヤヨイに目配せを―――

「――…どうしたヤヨイ?」

 そこには眼光を何時もよりも鋭くしたヤヨイが立っていた。
 そんなヤヨイの手を握り、『何か異常が?』と念を送る。
 ヤヨイは首を振ると鋭くしていた眼光を戻し、視線を見えないレイン・レムニエンスの方向へと向ける。

「何でもない。魂の色合いが違うだ等と…妾の勘違いじゃろ」

 行くぞ、とヤヨイはこちらが質問するより早く人ごみの中を歩き出した。
 溜息一つ、何だかな…と呟きながらクラウンが歩き出し、スゥとルルもそれに続いて人ごみの中を歩き出した。





* * *






 白霊宮前広場。
 そこには普段では考えられない程の数の人々が集まっていた。
 クラウン達もその混雑の中に紛れ、一様に広場正面にある宮殿の門――その上方を見上げている。
 そこには未だ、誰の姿も無い。
 主演の登場を今か今かと待ちわびている状態が続いていた。

「しっかし、何もここまで集まらなくても良いと思うんだが…」
「そうじゃな…しかし――」
「うん?」
「そうだけ、皆が感じているのではないか? 不安を」

 それは何、と言う言葉は宙に消えた。
 歓声。
 主演の登場による観客の声によって宮殿前広場のざわめきは吹き飛び、一層騒がしい声が辺りを埋め尽くした。

「肌で感じておるのじゃろう。この世界の不安定さをな。東と西は大きく分かたれたまま、もしもう一度火種が世界に落ちれば再び爆発的な勢いでそれが世界を巻き込むと―――皆が皆、心の表層で『どちら側も馬鹿ではない。それだけではきっと戦争なんて起こらない』等と思いながらも、根幹に近い部分では何時崩れるかも分からんシーソーの上で毎日を生きていると言う事に気付いておるのじゃろ」

 それはお主が一番良く理解している筈じゃ、とヤヨイは言う。
 確かに。よく分かっている。
 身をもって、と言ってもいいかもしれない。
 価値観の違いとは絶対的である。それをクラウンは理解している。日々の暮らし、成長と共に育まれた価値観とは、それだけでその人の人生だと言ってもいい。それを否定されると言う事は限りなく絶望であり、屈辱的な事だ。
 価値観を変えれば良い、と誰かは言うが――それはつまり、今まで自分が信じていたものを全て捨てろ、と言われている事に他ならない。自分に“生き方”を教えてくれた人――親を否定し、同じグループの人――友を否定し、生活の一部と化した人――社会を否定する。
 出来るか? と訊かれて、簡単だと答えられる奴は居ない筈だ。もしそれが出来るのなら何処か狂っている筈だ。それか、そいつ自身は主体性と言う物を一切持たない人格無所持者。
 だから争いは起こるのだ。
 戦争は起こるのだ。
 相容れないから。
 相手の存在が許せないから。

「だから、拠り所を求めてる…」

 救ってくれる存在を。
 絶対的なカリスマを。
 “世界を救った”と言う過去に裏打ちされた“二代目の聖女”を。

「まぁ、じゃからと言って――」
「うん?」
「ここに集まった全員がそうとは限らんがのぅ? 巷で活躍する偶像(アイドル)の延長線上の存在だとでも思ってるのも幾らかは居るようじゃしなぁ…?」

 ちらり、とヤヨイが視線だけを横へと向ける。
 つられてそちらの方を向けば、『レインちゃーん!!』と声を張り上げる一団が。

「まぁ、世界は表面上は平和だと…それを自分から崩しに行く馬鹿も…」
「今は居らん。ほれ、聖女様がお出でになるぞ、クラウン」
「へいへい。さっきは見れなかったしな。じっくりと見ましょう―――」

 視線を上げる。
 演説用にあつらえたテラスに、誰かが立っていた。
 黒い衣。
 金色の髪。
 澄み切った――碧眼。
 聖女、レイン・レムニエンス。







「――――――ぇ」







「?、どうしたクラウン?」
「――ぇ、あ、な、何でもないけど?」
「…そうか? 顔が真っ青じゃが…」

 調子が悪いのなら無理をせずとも…。
 心配そうに見てくるヤヨイに、もう一度『大丈夫だから』と告げて、再び視線を上げる。

 確かに一瞬、世界が遠のいた。

 距離感が無限に開く様な錯覚と、平衡感覚を失う様な感覚。
 彼女の姿、いや―――正確に言えば、目を見た時点で“ソノ感覚”を受けた。
 今は―――もう無い。
 心臓がバクバクと何時もよりも早鐘を打っている事以外は身体の感覚は普通である。
 感も澄んでいるし、意識の何処かに霞がかった部分も無い。
 術式の類ではない―――では、今のは何だ?
 疑問が疑問を呼び、視線は自然と細まる。
 余計な音は一切耳に入らない。
 只、彼女の声だけが聞こえる。

「私の様な若輩者が、歴史あるルルカラルス―――その中央教会の聖女に―――」

 不思議な感覚だった。
 ありとあらゆる感覚が混ぜ合わさった様な不思議な感覚。
 そして、少しだけの―――懐かしさ。
 出会うのは今日、この瞬間が初めてだと言うのに、以前に何処かで出会った様な感覚を受ける。
 視線を、未だ着任の挨拶を続けるレイン・レムニエンスに向けながら考える。
 生きてきた中で、彼女との接点はありはしない。
 ギルドの仕事でゼスラが抱えるエグゼストや聖女と関わった事など片手で足りる回数程。日常生活なんて考えるだけ馬鹿らしい。
 そうだ。それだけ接点など自分と相手には存在しない。
 だったら、霞んでしまう様な過去?
 ヤヨイに出会う以前の、幼かった頃に?

 考え、苦笑する。何処の小説だ、と。

 幼い頃に会い、そして感覚だけで昔会った事があるだ等と、そんな戯言が信じられる訳が無い。
 それとは全く違う、何か。
 他の要素。
 この身体に宿る、奥底にある何かが訴えかけている。
 訴えの言葉は分からない。
 だが、それは―――

 ワアァァ――――ッ!!

「っ!?」

 拍手喝采。
 見ていたと言うのに、また意識を外していた様だった。
 はっ、として視線を巡らせれば、四方八方皆が皆、聖女レイン・レムニエンスに向かって拍手を送っている。どうやら着任の挨拶の終了にすら気付かずに思考に埋没していたらしい。
 馬鹿らしい、と笑う。
 根拠の無い感覚に対して本気で悩むなんて、考えるだけ無駄だ。
 クラウンはもう一度だけ笑うと、他の観衆に混ざって拍手を送った。
 世界の希望に向かって。



#1-end






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