夕食時、 食卓についたクラウンは先程の事をヤヨイ達に話していた。
「――と、まぁ…そんな事があった訳だよ」 「それで苦労して担いで来たベッドを忘れては元も子も無いがの?」 「ぐ…」 「しかし、世界的に有名な聖女騎士が、まさかフィアリスと知り合いだとは…」
箸を止め、ヤヨイが『ふむ』と小さく唸る。 これでヤヨイはヤヨイでフィアリスに思う処があるのか、何かを考えている。 考える処があるのはクラウンも一緒だ。
嘗ては四人のパーティだった。 クラウン、シュレイ、アズイル、そしてフィアリス。 彼女は自分達の事を『クー兄さん』『シュレイ』『アズ君』と呼んでいる妹的な立場の少女だった。何でシュレイだけ呼び捨てなのかは『シュレイにはそんなオーラ無いよね?』との事らしく、何で自分の事を兄と言う敬称つきで呼ぶかは『クー兄さんは昔、妹さんが居たんでしょ? だからそれっぽい』との事らしい。 独特な性格をしては居たが、根も優しく穏やかで身体的な違いが無ければ本当に普通の女の子と変わりは無かった。そう、身体的な違いが無ければ。
彼女もルルと同じ特異点だった。
能力も中々に異端。ルルの様に空間系重力使い、と言う単一ではない。火と水、そして陽の属性術式を上級まで操り、並列演算で同時四つまで術式を展開する生粋の“魔法使い”である。 そんな彼女が、あのメンバーから一番最初に抜けた。 理由はアズイルの負傷である。 現在にまで及ぶ後遺症を抱える程だった傷は深く、放置すれば確実に死に至る重症を負っていた彼を助けるため、フィアリスはとある取引を単身で行っていた。 フィアリスが持つ“聖性”と、“アズイルの治癒”を天秤にかけた取引。 相手は巡礼教団ヴァナディアの聖女。 フィアリスが街中で黄昏ている処を、その中に眠る“聖性”を見抜いたとある聖女がスカウトしたらしい。話してみれば、高位の治癒技能を持ちえているらしい聖女は最初、ただでアズイルの傷を診ると申し出たらしいのだが、フィアリスがその契約を突っぱね、聖性を差し出す代価に治療を申し出たのだ。 アズイルに治癒を施す聖女は『中々面白い娘ね』と苦笑していたのを憶えている。 その後、フィアリスは教団に入る為に抜け、自分とシュレイが抜け、自分が薬学系錬金術師の免許を獲得した事とシュレイが冒険者ライセンスを取得した事で集まりは解散した。 それでもフィアリスは偶にルルカラルスにまで足を運んでは数日間この店に滞在したりしている。
「前来た時はそんな事は一言も言っておらんかったがの…」 「んー…まぁ、フィアリスは自分の事を積極的に喋る様な奴じゃないし、何で話さなかったんだ? って聞けば『そう話す事でも無いでしょ?』とか言いそうだけど…」 「あの娘の感性は少々ずれておるからなぁ…」
と、そこまで話してスゥとルルが全く話に加わっていない事に気付く。 見れば自分達の知らない人物を話題にされている為か、何処と無く困り顔でこちらの様子を伺っているようであった。
「悪い悪い、のけものにしちまったな」 「まぁ、別にいいけど…誰? 今まで聞いた事無いけど」 「偶に我が家に来る友人だ。簡単に言えばシュレイやアズイルと同じ集まり」 「変人の集まり?」 「…、お前相当に失敬だなコノ野郎…せめて俺は外せ」 「外すならアズイルさんでは?」 「る、ルルまでっ…」
地味にショックを受け、目元を拭うリアクションをしてから再び食事へと戻る。 ここでシュレイの名前が出ないのは、奴が名実共に変人であるからだ。理想の女性像がロリで世話女房タイプのリリエンタールでは、変人の枠から出られないのは仕方が無い。むしろ友人としては、何時道を行く少女が毒牙にかかってしまうのか気が気でない。 まぁ、その際はリリエンタールが身を挺してシュレイを止めるだろう。 そんなシュレイは現在、ギルドで簡単な仕事を引き受けて少しばかり遠出している。帰ってくるのは数日先の話だ。 ヤヨイが微笑みを浮かべて状況を見守る中、フォークをサラダに突き刺す。 湯がいたレタスがしゃきりと鳴り、フォークを引いた先にはミニトマトが刺さっている。が、口元まで運んだ瞬間に目の前で落下。テーブルに不時着したミニトマトはごろごろと転がって元の容器に当たって止まった。 不満を吐き出しそうになるのを堪えて、落ちてしまったミニトマトに手を伸ばし、
ジリリリリリンッ!! ジリリリリリンッ!!
店内に置いてある黒電話が鳴り響いた。
「…手が止まったお陰で三秒ルールは越えたのぅ? クラウン」 「くっ…! だけど食べるもんね!!」 「あ、私が取ってきますね?」 「あー…お願いねルル」
ひょいぱく、と流れる様な動作でミニトマトを口の中に放り込み咀嚼する中、ルルが一人席を立って未だ鳴り響く黒電話の元へと小走りに駆けて行った。
「ふむ、誰じゃろうな?」 「アズイルだったりしてー」 「はっはっは、この前仕事して来たばっかりだぞ? そればっかりは無いだろ、流石に。あったら泣くね! 主に俺が」
無い無い、と否定の言葉を並べて再びサラダにフォークを向ける。 と、そこでルルが戻ってきた。
「ご主人」 「ん? 誰からだった?」 「アズイルさんです」 「………」
その時の表情は、別に泣いてはいない物の、物凄く不機嫌だったと後でヤヨイに言われた。
* * *
「…もしもし、クラウンだけど…」 『ふむ、やけに不機嫌だな? 何かあったか』
溜息を一つ吐き出した先、電話に出たクラウンにかけられた言葉はあまりにも何時もの調子であり、怒る気力が根こそぎ奪われる物だった。 そんな何時もの調子に、今までの不機嫌が狂わされて、もう溜息しか出てこない。
「はぁ…何でもない。それで? この頃はやけに頻繁じゃないか」 『悪いとは思うのだがな…今回は流石に他へ回せん。名指しだ』 「…、俺を?」
あぁ、とアズイルが電話口の向こうで頷く。
「一般…って訳じゃ無いな。俺の“字”は出回ってない訳だし。ギルド内部からか?」 『正確に言えば元ギルド関係者、と言った処か。加え、知り合いでもある』 「知り合い、ねぇ…?」
クラウンは首を傾げながら考えてみるが、その脳裏に閃く様な名前も、ましてや顔も浮かんでは来なかった。『分からないな』と口から出てくるのに5秒はかからなかった。 お手上げだ、と電話口の向こうへクラウンは告げる。
『お前が居なくなってから退職した人だからな、分からなくてもしょうがない。ウェザスト取締役、と言えば分かるか?』 「…あー…あの爺さんだよな? 何だ、退職してたのか?」 『あぁ、後任に引継ぎを行ったらさっさと辞めてしまったよ。お前がルルカラルスに去って…三ヶ月は経っていなかったと思う』 「ふぅーん…」
ガストゥール・ウェザスト。 ギルド本社の上層。 外部交渉の顔役にして、クラウン在籍時には取締役として勤めていた老紳士――ではあるのだが、
「しっかし、あの爺さんが俺に、ねぇ…?」
クラウンが思い浮かべるガストゥール翁とは、対外交渉の時こそスーツを着込み風格を漂わせる老紳士ではあったが、社内――取締役に宛がわれた部屋の中では派手なシャツにサングラスの、中々にファンキーな老人だった。 しかしそれでも、クラウン個人としてはアズイルやマルーに続く、社内ではお世話になった人物である。
「ま、いいや。それで依頼の内容は?」 『護衛任務だ』 「護衛? 期間は?」 『一日。夜間のみ護り切ればいい』 「……短すぎないか?」
護衛任務とは本来、長期間に渡る契約の元に行われる物である。 加え、対する相手は不特定多数、或いは不明。護る時間は24時間朝から晩まで。護衛対象によるが、命の危険が高確率で付きまとう仕事である。 が、今回アズイルの口から出て来た依頼の中には可笑しな部分がある。 あまりにも期間が短すぎるのだ。そう、これではまるで“特定された何か”に“特定された時間”に襲われると決まっている様な――
『予告が届いたらしい』 「予告?」 『殺害予告だ。ご親切な事に明後日から明々後日の間、午前零時にお命を頂戴する、とな』 「で、俺かよ?」 『しかも数を揃えないでお前のみらしいからな』 「耄碌したのか、あの爺さん…」 『多数を招いて、その中に犯人が紛れ込んでいては元も子もない、との事らしいが』
そう言われてしまっては仕方が無い、とアズイルは続ける。
『そこでお前の名前が出た』 「今からトルストイに行けってか…」 『いや、場所はルルカラルスの中央区。伝えては居なかったが、退職して後にルルカラルスで屋敷を買ってそこで暮らしているそうだ』
最寄であり、実力もある、更に言えば信頼のおける顔見知り。 確かに人選でこれ以上に適切な存在は居ないだろう。
「隠居した先がルルカラルスかよ…あの爺さん。しかも中央区…隠居生活を満喫してるとしか言えないな…」 『くくっ…確かにそうかもな。それで、』 「うん?」 『請けるか、請けないか』 「…これで色々と世話になった身だ…まぁ、請けなきゃ恩も返せない。と言うか、これで請けなかったら誰が請けるんだよ? シュレイも今は別件で居ないし」 『正直居ない。お前かシュレイが駄目であれば、多少信用は劣るとしても他の者を宛がわなければならなかった』
次に最善と思われる処では、メル君か四季織君と言った処だな。 電話の向こうで挙げられた名前に、その二人だったら納得か、と考える。 が、それでもベストではないだろう。 トルストイからルルカラルスに移動する手間や、その間の準備を考えれば、やはり最善は最寄であるクラウンかシュレイなのだ。
「分かった。昔の恩を返すチャンスでもある。請けるよ」 『すまないな』 「いいって、気にするな。それで報酬に関しては?」 『ウェザスト元取締役が直に相談したいとの事らしい。まぁ…お前を束縛する時間は数時間、対する相手の力量も不明とあっては“応相談”が妥当ではあるのだがな…』 「確かにな…」
これで力量を誤った只の馬鹿がやってくるか、悪戯なら楽なんだが…。 そうクラウンは考えて頭を振る。 それなら世界はもっと住みやすい場所になっているだろうからだ。 楽観する事は、決して出来ないし、してはいけない。
『では、ウェザスト元取締役にはこちらから連絡を入れておく。お前は明日の午前中にでも伺って、直接詳しい話を訊いてくれ。住所は――』 「あいよ。メモ紙出すから少し待ってくれ……、いいぞ」 『あぁ、それで住所だが―――』
アズイルから聞いた住所を紙へと書き取り、電話の向こうへ一言告げて切る。 クラウンが見直した紙には、何処からどうみてもルルカラルス中央――俗に貴族街と呼ばれる場所の住所が書かれている。 何ともまぁ…また面倒な場所での仕事だ…。 依頼を受けると決めてから何だが、この場所での戦闘は辛い。 市街地内戦闘と言う事は、基本的に中級以上の術式展開が禁止される。例え敵側が命を奪う為に攻撃してきたとしてもだ。限定して、周囲空間に影響力の少ない防御系の術式ならば可能、と言う条項も存在するには存在するが、そんな物は気休めに過ぎない。 そんな高位防御系の術式が使えるのなら、先ず相手が侵入して来ない様に屋敷周りに結界を張ってしまった方が早いからである。そして、ある程度の結界であれば貴族街クラスの屋敷だったら普通に仕掛けている可能性が高い。 また、この結界にも特性があり、対物対魔に優れる“外側からの干渉”をメインにした物や、結界内部をマナの減衰空間とする“虫取り型”等が存在する。対外系結界防御術式の中で戦う方が、中で術式を使っても影響が無くて戦い易い様に思えるが――それは違う。対外系は外に対する防御は強いが、内側からの防御は考えない。当たり前だ。誰が護るべき“味方側”から攻撃されて破壊されると思うのか。 内側で中級クラスの術式を発動させれば、強固な結界も割と簡単に破壊出来る事だろう。 故に、戦うのであればマナ減衰空間で戦う方がやりやすい。 この中であれば身体の内側に発動させる術式以外は、その一切が弱まるからである。それに味方も敵も無い。で、あるならば―――破壊力の高い術式が軒並みランクダウンする中、影響を受けない身体能力加速術式を使用して戦うなら、純粋に戦闘技能の優劣で勝負がつく。 クラウンの近接戦闘技能は高い。 目で捕捉していても見失う存在感の抹消化や、基本剣で戦うスタイルは、この減衰空間内戦闘であればかなり有利に働く。そうそう負ける事は無いだろう。 相手が化け物の様な実力を持っていない限りは、だが。
「まぁ、それもあの爺さんが減衰空間の結界を張っていればの話なんだけど…」
世界はきっとそこまで甘く無いだろうなぁ…。 はふぅ、と息を吐き出してクラウンはメモ紙をズボンのポケットに突っ込み、再び食事の席に戻る為に歩き出した。 店内から家屋の中へ戻り、一斉に視線が集中する。 流石にアズイルからの電話か、特に気にしている空気を出して視線を向けていた。
「クラウン、依頼か?」 「ん、まぁな。ヤヨイは知ってると思うけど、ウェザスト翁の護衛任務だ」 「…、あの爺のか?」
椅子に座りながら告げた言葉に、ヤヨイが眉を顰める。 と、そこになって初めて過去――ヤヨイとウェザスト翁に何があったかを思い出す。
「あの爺を守れと…アズイルは妾に言ったのじゃな? そしてお前はそれに頷いた、と」 「…かなり嫌そうなのは、まぁ分かるが…」 「くっ…何を好きであのエロ爺を守らねばならんのじゃ…」 「ぬぅ…」
ガストゥール・ウェザストは老紳士である。普段は。 社内、専用の部屋の中では只のエロ爺もいい所な老人であった。 それに悩まされたのが特にヤヨイである。 事あるごとにヤヨイへの愛を語り、隙あればヤヨイの胸へダイブしようとしたり、揉もうとしたりする困った老人だ。 そんな老人がどうやって世界的企業であるギルドの、その取締役の一人に抜擢されたのかが甚だ疑問でしょうがない。疑問でしょうがないのではあるが―――
「通常の護衛任務だったら蹴っても良かったんだけどな…殺害予告が届いたらしい。昔世話になった事もある人だ。だったらやらなきゃいかんだろう?」 「む、う…それは…確かにそうじゃが…何故に妾達が護衛しなければならない」 「最寄で、信用があって、戦闘能力が高い。最寄と戦闘能力だけを見るなら適当なのが居るには居るっぽいけど、信用があるとなれば俺達か、それかシュレイ達に絞られる。んで、シュレイは現在仕事中。消去法的に俺達しか依頼を請けられるのが居ない、と言う訳だ」 「うぐっ…しかしなぁ…」 「何かヤヨイ様が割りと本気で嫌がるなんて初めて見たかも…」 「しかし、そこまで嫌がる物なのですか? ヤヨイ様」 「あ、あの爺が苦手なんじゃ…隙あれば胸に触ろうとしてくる…」 「まぁ、最後はヤヨイに殴り飛ばされて至福の表情で気絶するのがパターンだったな。流石に俺も『もう一回殴ってヤヨイ様!』と言われた時は素で引いたが」
中々にトチ狂ってる。 シュレイとは違う意味で駄目な存在であった。
「案外ルルを連れて行けば標的が変わるかもしれんのじゃが…」 「ひぃっ!?」
確かに注意は逸れるだろう。 基本的に彼の人の趣向としては、美人美少女が大好きなのだ。ヤヨイはガストゥール翁のランキングで先頭集団の中に入っている為、そこまで熱烈なアタックを受けていると言っても過言ではない。 で、あるならば、そこに美少女の評価を受けるルルを連れて行けばどうなるか?
…ルルがトラウマを貰って帰ってくるのは中々簡単に想像する事が出来る。
「はいはい、ヤヨイさん其処まで。ルルも別に怯えなくていいから。今回はルルに留守番を頼むつもりだし…爺さんも普通にしてれば世話好きな良い爺さんだし」
基本的には良い人なんだよ? と少しだけクラウンはフォローを加える。 基盤が変態染みているが、それでも仕事中にはそれを決して出さない有能な人物であると言うのは理解しており、ヤヨイもそこら辺に関しては知っている。 その両面性を知っていなければ、只のエロ爺止まりではあるが――そこはやはりギルドの上層部にまで上り詰めた実力者。引き際は知っている。じゃなければ只の犯罪者だ。
「取り敢えず、だ。明日の朝一で顔を出しに行こう。ヤヨイも、それで良いか?」 「……、まぁ仕方ない…。ただしじゃ、クラウン。盾くらいにはなれ。よいな?」 「はいはい。ヤヨイ様の仰せの通りに…」
こうして何事も無かったかの様に各々は夕食に戻り、夜は更けた。
#3-end
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