とある日、そこに一人の草臥れた服を纏った男が訪れた。
彼は本来、このような場所に居る様な人物ではない。
立派な服を纏い、裏路地になど死んでも姿を現さない様な人種だ。
しかし、今、彼はその日陰の世界に居た。
懺悔室の様な狭い部屋。
昏く灯る電球。
古臭い椅子。
そして、格子のついたカウンター。
その世界に彼は確かに存在し、そして一枚の紙切れを覗き込んでいた。

「…これしか居ないのか?」
「お客様の要望である高位のアサシン等、一つのギルドで一人か二人ですよ。
殺し、その存在すら掴ませない最上位アサシンなんてのはそれこそ幻に近い」
「………」

格子の向こう、カウンターの手元にしか開いて無い薄暗い穴からその声は漏れ出ていた。

「回数をこなせばこなすだけ、姿を見られる確率は高くなります。
そして本人が自覚しない殺害方法から、何時の間にか霧の様だった姿は固定されるのです。
伝説の、百回依頼を受け、完全に成功確率100%のアサシンなんて夢物語を、
この最底辺である吹き溜まりの世界に期待しないで頂きたい」

格子の向こうの声は続ける。

「良いアサシンとは、必ず成功させるアサシンではないのです。
良いアサシンとは、“斡旋所(ホーム)”の場所を喋らず、捕まった際には潔く自害する者の事を言うのです。
その上で、それなりの成功確率と、顔ばれしていなければいい。
そうです、お客様。
彼らは使い捨てなのです。
使えなくなれば、処理する。
そして新しいモノを買って、確実に殺せば良い。
そう言う物なのですよ。この世界はね」

お客様。
貴方は幻想をお持ちの様だ。
まるで嘲る様に“ホーム”の管理者だろう者は言う。

「絶望し、怨嗟を吐いてからここに来た筈なのに、未だ悩んでいる様に思える。
アンダーグラウンドの住人、その中でも深い者達しか知らない筈の“アサシンギルド”を調べやってきたと言うのに。
貴方は恐れている。
絶対無敵の、
確実に相手を殺し、
手口は不明で、
姿さえ定かではない。
決して、貴方の存在を辿れない絶対(・・・・・・・・・・・・)しか選ぼうとしていない。
まだ、続けましょうか?」
「……いや、いい…確かに言われた通りだ…私は―――」
「ストップです、お客様。ここは似ていますが、決して懺悔室ではありません。
ここは許しを請う場所ではなく、許される事無き者達が出入りする魔窟です。
商談を進めないのであれば、早々に立ち去られ、この場所を口外されないようお願いします」
「…そうだったな…では―――」

覚悟を決めたのか、草臥れた服を着た男は紙切れに今一度目を通した。

そうしてこの日、とある場所にある闇から、一人の人物に依頼が届いた。





























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


symphonic RAIN
―運命の多重奏―
#4 九告鐘(ナイン・テイラーズ) - U




















 天気は晴れ。晴天。雲一つ無い空。
 涼しくなり始めた天候がまるで嘘だったかのように、世界は夏の気候に戻っていた。

「あつっ…」

 がちゃ、と肩から掛けた術式端末を刃鳴らせながらクラウンは額から流れる汗を拭った。
 流石に防御術式を仕込んである結界装甲を着込んでいる訳ではない。今は只、がちゃがちゃと甲高い音を出す武装に掛けてある。
 手には紙片。
 クライアントの住所が記された紙切れが一枚ある。
 かつて世話になった、元ギルドの取締役の一人――ガストゥール・ウェザスト、彼の本宅の物だ。

「やっと涼しくなったと思ったのに…」

 周囲に人影は見当たらない。
 元々が人口密度の低い高級住宅街、加え表通りからは少しばかり離れた位置であるからか人影は全くと言っていい程に無かった。いや、もしかすれば皆が皆、夏に戻ってしまったかの様な天候にやる気を無くし、家の中に篭ってしまっているのかもしれない。
 環境音は、家の中からだろう話し声と、遠くから響く自走車の走行音のみ。
 そんな世界の中を、クラウンは一人でダラダラと歩き続けていた。
 ヤヨイの姿は、無い。
 それもその筈、ヤヨイはガストゥール翁の屋敷に向かおうと家を出る際に、既に術式端末に入ってしまっている。
 ガストゥール翁のセクハラを回避する為だ。
 決して突然“敵”が襲い掛かってきても対処出来る様にしている訳では無い。

「あー…っと、この屋敷か…?」

 炎天下の中、住所から場所のあたりを付けていたクラウンは、ようやく一つの屋敷を発見した。
 豪奢な門の処には“ウェザスト”と、飾り気無く記されている。
 大陸様式と倭国様式が入り乱れる貴族街の中で、この屋敷は大陸様式の建築方法を取っているようであった。
 門の外から敷地内を見渡せば、それなりに庭も広い事が伺える。
 よくもまぁ、これだけの屋敷を購入出来たものだ。
 胸中でそう呟きながら、クラウンは門の処にそなえつけてある呼び鈴に手を伸ばした。

『久々の顔合わせじゃな…』
「ん?」

 と、今まで黙っていたヤヨイが術式端末の中から念を送って来る。
 ここになってまた嫌になってきたのか、ヤヨイが送って来る念には多少ながら不機嫌な物が含まれていた。

「もう呼び鈴鳴らしたんだから引き返せないぞ?」
『分かっておる。ちっ…』
「…舌打ちせんでくれ」

 ヤヨイは現在術式端末の中に入っている。これはガストゥール翁の突然の抱きつきを回避する為の手段の一つだ。しかしながら、依頼主から詳しい話を聞く時まで術式端末の中で話を行う事は出来ない。旧知、とは言えそれは相手の話を聞く態度ではない。何時敵が襲ってくる場所であったなら話は分かる、事情を抱えているならそれもしょうがないだろう。だが、術式端末の中でやり過ごそうとしているヤヨイが抱えている事情というのは、『正直言ってめんどい』と言うのが本当の処である。

「まぁ、面と向かって話している状況なら、叩き落とす位出来るだろ」
『刀をお主に持ってこさせれば良かったかの…』
「勘弁して…」

 そしたら一瞬で屋敷の中は地獄絵図である。
 逃走するクラウンに、新聞社から話を迫られるスゥとルル。
 セクハラに対して殴る蹴る訴えるを飛び越した最凶行為での決着。殺害予告で殺される以前に決着がつくとは、何とも犯人に優しい状況だ。
 クラウンは心底『刀を持って出てこなくて良かった』と呟いた。
 と、安堵の息を吐き出した処で庭の先――屋敷の扉から一人の女性が出てくるのを目の端で捉えた。
 身体をそちらに向ければ、ヤヨイがルルに着せている物より幾分シンプルなデザインの侍女服を纏った女性が頭を下げる処だった。
 クラウンはそれに合わせて頭を下げながら、目線だけで女性の姿をもう一度見る。
 種族はウルフ。歳は大体であるが四十代、と外見から判断する事が出来る。恰幅があり、イメージで言えば『皆のお母さん』的な物を感じる事が出来る。
 もしかすれば屋敷の侍従長なのかもしれない。
 そんな事を考えていると、そのウルフの女性は門の前へとやって来た。

「クラウン・バースフェリア様で宜しいでしょうか?」
「え、あ、はぁ…そうですけど。何故名前を?」
「いえ、旦那様から聞いていた年恰好と合致する方でしたので」
「成る程」
「それでは門をお開けしますので、どうぞ私の後についてきて下さい。旦那様のいらっしゃる広間までご案内致します」

 女性の言葉に頷き、門を一歩潜る。
 と、一瞬の違和感。
 普段から術式関係に従事している者なら気付くレベルの違和感をクラウンは感知した。
 昨夜、考えうる戦闘状況を推理した際に思考の中に登場した“結界”。それがたった今感じた違和感の正体だ。
 だが、それ以上の事は分からない。
 結界の中に入ったとは言え、正しくそれを分析した訳ではない。
 アズイルの様に、ある程度の術式特性を見抜ける程に感知分析能力は高く無いのだから。
 思考を切り、逸らしてしまっていた視線を元に戻して屋敷の侍女の後に続く。
 扉を潜れば、予想していたのと反して煌びやかな世界は無かった。とは言え、それはあくまで他の屋敷に住まう貴族と比べての事である。見渡す限りに高級感を醸し出す様な貴金属の飾りや、歴史を感じさせる様な調度品は無い物の、玄関ホールの作りだけで一般庶民には嫌と言う程高級感を知らしめている。
 例えば赤い絨緞がそれだ。
 こんな物を敷いている一般家庭等、そうは無いだろう。

「旦那様は書斎にてお待ちです」

 そう言ってホール右手の扉へと進む侍女。
 再び扉を開ければ長い廊下が続いている。
 心中で『これだから金持ちは…』と呟いてしまうのは最早反射的な行為だった。
 廊下に並ぶ幾つかの扉を通り過ぎた処で侍女が止まり、一礼をして去っていく。本来であれば扉を開け、中にまで案内してくれる筈だが――これからガストゥール翁と話す物は内容が内容だ。最初から席を外してくれると言うのであれば手間が省けて助かる。
 背を向け去っていく侍女に一礼し、扉に視線を向ける。

「さて…」

 中に入ろうか。
 ノックをし、扉を開け―――

「ヤヨイ様ぁぁああっ!! 会いたかったよー!!」

 抱きっ!

「………」
「いやー、ヤヨイ様に会えなかった時期を考えると、寂しくて寂しくて夜も寝れない日が続いて…。だけどこれからは、再び快眠の日々。喜ばしい事だねぇっ! 処でヤヨイ様、何だか体格が大分がっしりと…」

 合わさる視線。
 硬直するガストゥール翁。

「………」
「………」
「…よう、爺さん…」
「……、き」
「き?」
「貴様ァッ!! 何抱きついてる!?」
「こっちのセリフだ爺さん」

 やれやれ、と溜息を吐き出しながらクラウンはえらくファンキーな格好をした老人を引き離した。
 白い顎鬚を蓄え、総髪を撫で付けた老人。これでサングラスとガナン諸国産の派手なシャツを着てなければ、それなりに注目を浴びれる程の老紳士然とした風格が漂うのだが。
 ガストゥール翁はぐちぐちと文句を垂れながら、応接用のソファーに腰掛ける。
 それに合わせてクラウンも肩に掛けていた術式端末と結界装甲を下ろし、ソファーに腰掛けた。

「何故ヤヨイ様が居らん…」
「いきなり第一声がそれですかウェザスト元取締役?」

 実は殺害予告なんぞ嘘なんじゃ無かろうかと疑ってしまう様な質問に、クラウンは棒読みのセリフで答えてやる。
 その答えに隠す事無く舌打ちするガストゥール翁に溜息を吐き出し、クラウンはソファーの背に立て掛けて置いた術式端末へと手を伸ばした。

『…ヤヨイ…話が進まないから出てきてくれ…』
『……、仕方ないのう…。ほんに、この爺は…』

 ガストゥール翁はヤヨイが出てくるまで話を進める気は早々無いのだろう。いや、クラウンが口八丁手八丁で会話を進めれば、進行速度は遅くとも会話は出来るかもしれない。しかしながら、それでは時間の無駄だ。出来る事ならさっさと話を進めて対策を練っておきたい。
 端末の中から溜息が一つ。
 すると、光の粒子が漏れ、ソファーの上に人型を作り上げる。

「ガストゥール、久しぶ――」
「や、ヤヨイ様ぁぁああああっ!!」
「ふんっ!!」
「ゴメスッ!?」

 人型の成形が完了した瞬間に飛び掛ってきたガストゥール翁を、ヤヨイが振り抜いた右“拳”が打ち抜いた。平手ではない。グーである。頬を強かに打ち抜かれたガストゥールは空中で失速すると、ソファーの間に置いてあったテーブルへと見事に墜落した。

「ぐふぅ…! さ、流石ヤヨイ様…平手じゃなくて拳って処が素晴らしいね…?」
「大概にして頭が可笑しいのは変わっとらんようじゃな…話中、同じ事をしたら今度こそ(くび)るぞ?」
「ははは…嫌ですねヤヨイ様? そんな事しませんよ。フフフ…」

 流石に今の『縊る』発言には引いたのか、笑顔で冷や汗をダラダラ流しながらガストゥール翁がソファーへと座りなおす。これでやっと話が出来る体勢になった。
 これだけでえらく手間が掛かったな…。
 心中でクラウンが呟き、居住まいを今一度正す。

「…では改めて、ガストゥール翁、お久しぶりです」
「…あぁ、クラウンも、ヤヨイ様も、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 その言葉は、年季を含んだ重みに溢れていた。
 先程までのやり取りを忘れさせる様な雰囲気を一瞬で出せる程、本来このガストゥール・ウェザストと言う人物は能力に溢れ、切り替えも素早い。
 これで普段からもこの対応を行ってくれるのならば文句は無いのだが―――それは今現在の彼を見てしまえば土台無理と言う話だろう。

「翁も、お元気そうで何よりです」
「ギルドを離れてから頭痛と胃痛が減ったのが、この元気の元かもしれんな」

 そう言うとガストゥール翁は愉快そうに笑った。

「―――それで、大体はアズイルから聞いたか?」
「えぇ。殺害予告を受け取った、と」
「何とも律儀な話だがな……これがその手紙だ」
「拝見させて頂きます」
「さっきは“爺”と言ってたのに、今はえらく礼儀正しいじゃないか」
「俺は礼儀には礼儀で返す主義です」

 失礼には失礼で返しますが。
 では、と断りを入れて二つ折りにされた紙を受け取る。
 折られ畳まれていた紙片を開き、中に目をやる。

「………何と、まぁ…」

 律儀な事もあった物だ、と嘆息する。
 それがクラウンが抱いた第一印象であった。
 昨夜アズイルから伺った話では、殺害する旨と、襲撃時間が記されていたとの事だったが、予告状に目を通す限りそれ以上の事がここには記されていた。
 武装、そして単騎である事。
 明らかにこちらが有利に話が進む様に、その予告状には記されている。何処までが真実で、本気かは図りかねるが、もしも話を全て信じるのであれば武装は術式端末一振りに汎用精霊の真正面からの突入。
 相手を躍らせたいだけか、と考える一方―――これは、と考えてしまう部分が無い訳でも無い。先ず、相手を騙すだけであるのならば、ここまで書き記す必要性は無い。予告状に時間を添えるだけで、予告状を受け取った側は真偽を疑い、昼夜問わず全力で警備し、疲弊する。相手を撹乱させる、と言う意味合いにおいてはこれだけで十分だろう。
 だが、ここまでやるとなれば話は違う。
 嘘か真か、完全な両極端の答えしか生まれる事は無い。
 それに、とクラウンは考える。
 これではまるで、相手に相応しい駒を用意してくれと言っている様な物じゃ無いか、と。

 自分で考えたその答えに、心底ぞっとする。

 それは性能試験だ。
 相応しい状況下においての、対多を見込んで行われる対象の性能試験。
 答えが正しいのであれば、相手は手練れ。しかも相当の、と言う事になる。貴族が対暗殺者用として雇う騎士が、ギルドのBクラスやAクラス、ましてや+のついている上昇判定ではないのは分かりきった事だろう。最低でもSが居る状況を、この手紙は任意で作り出そうとしているとしか思えない。
 対瘴魔位階の騎士が暗殺の途中、障害として立ち塞がると言う状況。
 もしかすればSクラスが複数になりかねない行為。これはやはり、仕向ける暗殺者の性能試験としか考えられない様な気がした。

「ヤバイですね…」
「あぁ、改めてアズイルに連絡した際に同じことを言われた。そして予告状はクラウン、お前が訪れた際には必ず見せておくように、ともな」

 認識を改めさせる為だろう。
 この場所に来て、予告状を読んで、認識が完全に変わった。
 依頼主の思惑は分からないが、少なくとも暗殺者側は性能試験をするつもりで来る。最低対Sクラスの事象操作騎士を相手取るつもりで。
 であるならば、推定で敵暗殺者の総合戦闘技能はS+かSSが妥当。
 苦戦は必至。もしかすれば命を落とす可能性すらある。
 だが、だからと言って断る事は出来ない。

「………」

 勝てる可能性があるのならば挑み、負けが必至であるのならば一旦退いて勝ちを奪うのが流儀。
 それこそが“護衛”
 この場での勝利とはつまり、依頼主を殺させない事こそが勝利なのである。
 で、あるならば一々相手と斬り結んで倒すと言う選択肢しか無い訳では無い。相手の手を律儀に潰し、徹底的な敗北感を与え、相手の撤退を狙うのも勝利の一つである。

「暗殺者を倒して防ぐ手立てが一番手っ取り早くて良いですが、適当に時間を稼いで撤退を狙った方が無難でしょうね」
「…そうか。しかし、それでは再び殺しにやってくるのではないか?」
「翁の疑問も最もですが、翁の命を狙ってる張本人…暗殺者に依頼している誰かが居るのならば、そう直ぐに暗殺者を仕向けてくる事は無い筈です。翁、アサシンギルドはご存知ですか?」
「知っている。嫌に成る程な」

 何度、警察機構からアサシンギルドを取り締まるのにメンバーを貸して欲しいと頼まれたか分からんからな。
 言って、ガストゥール翁は唸る。

「貴方ほどの人なら、意識しなくても人に恨まれる事はある。そして、すれ違い様に殺せる程に周囲の警戒が一般人レベルな訳でもない。だからこそ、貴方レベルの人を殺したいのならばアサシンギルドに依頼しなければなりません。しかしながら、あそこは私達ギルドと同じで報酬を貰う事と引き換えに任務を遂行する事が前提となっています。暗殺者本人から恨まれていると言うのでもなければ、今回一度防げば何とかなります。次回襲撃までに依頼主を特定し、捕縛。それで翁が狙われる事は無いでしょう」
「失敗から次回依頼までの間で依頼主を捕まえる訳か、成る程な」
「加えるならば、じゃ爺。今回直接的な手段で襲撃してくれるのは有りがたい。毒や罠での暗殺ならば、プロ中のプロに敵う事は無い。本来であれば殺害予告なんぞは無く、不意打ちのように死はばら撒かれる筈なんじゃからの」

 ヤヨイの言葉は最もだった。
 少なくても、依頼主が選んだ暗殺者が直接的・物理的に暗殺を行うタイプでなければ、先ずアズイルの処に護衛依頼が来る事も無く、ガストゥール翁が迫る危険に気付く事も無かった。それは水面下で静かに進行し、何でも無い様に命を狩り取っていった筈だ。
 そう言った日常に潜む暗殺に関してはクラウンの手に負える範疇ではない。そちらは長期護衛が担う範囲だ。

「…、そう言えば。翁の専属護衛の方々は?」
「彼らには休暇を取らせたよ。いや、個々に時間をずらし怪しまれない様に休みを与えるのは中々にスリリングだったぞ?」
「何故そんな事をした、爺?」

 ヤヨイの言葉に、ガストゥール翁は小さく苦笑した。

「…正直な話だ、クラウン、ヤヨイ様。Sクラスが一人、A+が二人で勝てる相手だと思えたか?」
「無理ですね」
「無理じゃな」

 クラウンとヤヨイの余りにも正直な意見に、ガストゥール翁は笑う。
 く、と笑いを噛み殺し、再び口を開く。

「だからだ。彼らは未だ若い。前途有望な人材を、勝てない戦いで無駄に散らせてしまっては、元経営に携わる者として失策にして失敗、敗北以外の何物でも無いだろう? だから暇を与え、今回の件には関わらない様に荷物確認の侍従にも口止めを行い、アズイルに依頼を出したと言う訳だ」
「ふむ。成る程な」
「それに、だ。エレアノール…Sクラスの専属護衛には、勝てない戦いで死んでほしくはないんだよ。あの子は本社に居た頃から護衛を任せていた、最早娘のような存在だ。出来るならば、こんな老い先の短い老人の護衛なんぞもさっさと辞めて、恋人でも見つけてさっさと結婚して欲しい位だからな」
「………もしもその人の目の届かない処で殺されたら、相当恨まれますよ。と言うか…」

 意外だ。
 本社に居た頃、ガストゥール翁を護衛する存在として何度か見た事はあるが、クールな美人だった気がする。そんな人に対して“娘”と発言している事が普段の翁からは想像出来ない。

「直接話した事は無いんで何とも言えませんが、結構な美人でしたよね? 何時ものノリで接してない事が俺としては不思議でたまらないのですが」
「まぁ、あの子は子供の頃に拾って、義理の娘として育てていた時期があるからな…そう思えんのだよ。妻は居たが、子宝に恵まれん人生だったからな。あの子を引き取ってからは妻も、ワシも相当喜んだ。妻が病で亡くなるまでは、それこそ戦闘とは無縁の処で育てていた。が、妻の死に何かを感じたんだろうな。何時の間にか刃を握り、ワシを護るのだと言って聞かなくなってしまったよ」

 物分りの悪い娘だ。
 ガストゥール翁は普段浮かべる笑みとは違う、父性に溢れる笑みを浮かべて苦笑していた。
 何とも、まぁ…

「愛されてますね」
「娘も大変じゃろうな。普段が美人に飛び掛るエロ爺じゃ」
「失敬ですな。これでも犯罪者になる手前で止めてます。むしろそこまで行きそうだったら槍の石突で後頭部を打たれてますよ」

 あんなので後頭部叩かれて、毎回目玉が飛び出さないのが不思議だ。と翁は言う。
 むしろ毎回毎回叩かれてるのに行為を止めない貴方に脱帽だ、とクラウンは思う。

「何だ。娘さんには既にどつかれてた訳ですか」
「それにしては妾達の時は止めに入ってくれた記憶が無いがのぅ…」
「男が同伴しているからですよ、ヤヨイ様。エレアノールは時と場所と状況を判断して親に刃物向けてでも犯罪を阻止する出来た子なので」
「愛してるなぁ」
「不憫じゃな。こんな変態に愛されている娘が」
「辛辣な言葉、痛み入ります」

 頭を下げ、苦笑する。
 その姿に何気無く、クラウンは『護らなければならないな』と思った。

「さて、出していた依頼では明日の夜間――襲撃時のみの護衛となっているが、今日は是非とも泊まっていってくれ。こちらも出来る限りの料理でもてなそう」
「あー…」

 突然の申し出に、クラウンは黙る。
 確かに今から警護を開始した方が得策ではある。今まで襲って来てないのであれば予告通りに現れる可能性が高いとは言え、それは100%確実であると言う保障は何処にも無い。
 ある意味、この申し出は願ったり叶ったりである。
 が、しかし、

「スゥ達に泊まってくる可能性があるって事言っておくの忘れたな…」
「む? クラウン、お前今もヤヨイ様と二人暮らしじゃ無いのか? 羨ましい事に」
「最後の言葉は余計です。今は四人暮らしですよ、スゥってのは俺がこの間契約した魔者です」
「女で美人か?」
「女でちみっ子です」
「チッ…」

 何だその舌打ちは。

「それで四人と言ったな? もう一人は?」
「もう一人は…」

 ここで少し、ルルの事を言っても良いか、迷う。
 あのラビトニアの少女は、この老人にとってジャストミートだろう。
 きっとガストゥール翁の前に出たら、嬉々として抱きつこうとするに違いない。
 それは確実に少女の心にトラウマを残す筈だ。
 いい歳した爺が、胸に顔を埋め様と鼻息荒く飛び掛ってくるのだ。悪夢である。
 そこまで考え、クラウンはもう一人の居候であるルルを“アルバイトの青年”としておこうと考え、

「もう一人は、」
「もう一人はルルと言ってな。最近クラウンが連れ帰ってきたラビトニアの娘じゃ」
「うおいっ!?」

 こいつルルを売りやがった!

「ほう…」
「中々に出来た娘でな。美人で気立ても良く、スタイルも良い」
「ほほう…それはそれは…クラウン、」
「何だ爺さん…」
「今度は是非とも全員で遊びに来てくれ。出来ればそのルルさんを是非とも」
「嫌です」
「何ゆえ!? はっ!? 貴様ヤヨイ様だけでは飽き足らず、その子にまで手を!!」
「槍の石突じゃなく、剣の柄尻で後頭部を打ち抜きますが良いですか?」
「チッ…! 今日はこの位で勘弁してやる!」

 あんた一体何処の三流悪役だ。
 困った爺さんだ、とクラウンは溜息を吐き出すのだった。





* * *






 その後は何事も無く…とは行かないまでも、普段より数段豪華な食事を終え、ヤヨイの入浴中に覗きを行おうとした老人を二度撃墜する程度で夜は更けていった。
 クラウン達は普段、ガストゥール翁の義理の娘であるエレアノールが使用している部屋―――翁の隣の部屋にて就寝しようとしている処だった。
 クラウンは寝袋で、ヤヨイは彼の娘が普段使っているだろうベッドで横になり、只二人静かに天井を見上げている。
 と、クラウンはふと、独り言の様に口を開いた。

「…前に、話を聞いた」
「うん…?」
「死神の種類が三つあるって話」
「…あぁ、そう言えばしたのぅ…そんな話も」
「一つ目は種族的に、二つ目は害悪と言う意味で、三つ目は有り余るカリスマ故に。明日…いや、もう今日か…来るのは多分、二つ目だろうなと…ふとそう思った」
「………急にどうしてそんな話を?」
「何だろうな…言葉では言い表せない様な、不思議な感覚。戦闘中に感じる直感に近い。何か、明日は、良くない事がおきそうな気がする…」
「勘か?」
「“疼き”は無い。命の危険ではない、とは思う。だけど、何か―――」
「………」
「―――今言っても仕方ない事か…」

 ふぅ、とクラウンが虚空に息を吐き、再び只天井を見上げる。

「クラウン」
「うん?」
「妾もそっちの寝袋で寝て良いか?」
「…勘弁して下さい…」
「えー…」
「可愛く言っても駄目です。と言うか、爺さんの家まで来て何しようとしてる」
「クラウンが不安そうじゃから慰めてやろうと思っただけだ、戯け」
「ここじゃ無ければ嬉しいんだけどなぁ…爺さん、壁に耳当てて聞いてるだろ。さっさと寝ろ」

 がたんがたんっ。
 壁越しに派手に物をひっくり返した様な音が響き、再び世界は静寂を取り戻す。
 あの爺さん、何かあるんじゃないかと考えてずっと壁に耳をくっつけてやがった…。
 鼻息荒く、気配も隠さずに居れば、戦闘の心得が多少あれば気付く。

「全く…あの爺さん、何やってんだか…」

 緊張感が無いのか、と考える。
 命を狙われている、と言う状況にて只眠れないと言うのであれば分かる。が、事あるごとに何かしら覗きや盗聴をしている辺り、緊張感を覚えていないのではないかと思ってしまう。

「分からん…」
「あの爺…受け入れておるんじゃろうな…」
「うん?」

 ヤヨイが闇に投げかけた言葉に、疑問の声を上げる。

「妾達が勝つ事を疑っている訳では無く。只、長く生きた者として、もう、死んでしまっても良いと、それが運命であるならば仕方が無いと受け入れてしまっておるんじゃろう…」
「………ヤヨイ」
「何じゃ?」
「それは、お前の主観か?」
「………」
「お前が生きてきて、考えた事か…?」

 それは、何と潔い話なのか。
 抗う事無く、己の死を運命として受け入れる。
 例えそれが、命を奪われると言う理不尽な物であったとしても。そこが己の終着点だと納得し、潔く、命を差し出す。
 潔い話だ。
 残される者を、考えては居ない。
 いや、或いは―――悔いも無く、成すべき事を成し、死を静かに悟る事が出来たなら、受け入れる事も出来るのかもしれない。
 だが、

「ヤヨイ」
「………」
「ヤヨイ姉ちゃん(・・・・)…」
「―――――、」
「俺はそれを別に格好良いとか、格好悪いとか、言葉で括るつもりは無いよ。きっと、長く生きて、様々な事を体験して来たからこそ導き出せる答えだと思うから。だから、俺は安易に否定する様な事はしない。だけどさ、」

 一拍。
 周囲を一時の静寂が支配し、誰もが息を吸う事すら忘れる間。
 クラウンはその硬く凍った間を溶かす様に苦笑で終わらし、続けた。

「大切な誰かが待っててくれるなら、抗うべきだと、俺は思う」
「……クラウン」
「二十年と少ししか生きてない若輩者が言うべき言葉じゃ無いのかもしれないけど、さ…爺さんには少なくとも、娘さんが居て…ヤヨイには俺が居るんだから、最後の最後はせめて、抗って欲しい。もしもそれが、理不尽に命を奪われる状況なら、助けられるかもしれないだろう?」
「かもしれない、なんじゃな…」

 互いに苦笑する。

「でも、うん…そうじゃな…妾にはクラウンが居る、か…」

 悪く無い、とヤヨイは声を押し殺して笑う。
 押し殺しては居るが、それでもヤヨイの普段からは聞けない様な笑い声だった。

「クラウン…」
「ん、何だ?」
「やはりそっちに行っては駄目か?」
「……む」
「別に何する、と言う訳じゃなく、只…傍に居たい」
「―――…、はぁ…」

 それは敗北の溜息だった。
 仕方ない、と言う溜息。
 ヤヨイはその溜息の意味を汲んで、ベッドから身を起こし、足を下ろした。
 クラウンは苦笑すると、立ち上がったヤヨイに視線を投げ…
 バァンッ!

「わ、ワシも混ぜてっ!!」

 と、ドアを力任せに開ける音が響き怒号一閃。

「………」
「………」
「…あれ?」

 凍った世界の中、クラウンはもぞもぞと寝袋の中から這い出すと、鞘に納まったままの術式端末を引っ掴んだ。そしてそのまま、

「ふんっ」
「うぼぁっ!」

 柄尻で鳩尾を殴る。
 ガストゥール翁は身体をくの字に折り曲げると、そのままクラウンにもたれ掛かる様に倒れ込む。しかし、未だ意識は途切れていない。いや、途切れさせていない様にした、と言うべきか。クラウンは、もたれ掛かってきたガストゥール翁の首根っこを引っ掴むと、そのままズルズルと引き摺って部屋を出て行く。

「爺さん、寝ぼけるなよ? はよ寝ろ」
「くそぅ…イチャイチャしおってからにぃ…ワシだってヤヨイ様とぅ…」
「はいはい分かったから、さっさと寝ろ。起きたら色々と慌ただしい一日が始まるんだ。今のうちに体力回復させといてくれ」
「もう少し老人を労われクラウン。お前、このっ、手が解けん!!」
「俺の握力は150前後だ」
「ち、チクショー!!」

 ばたむっ。
 扉が閉まる音と共に、ガストゥール翁の上げていた無念の声も途切れる。
 ヤヨイは立ち上がったままの姿勢を再びベッドへ戻しながら苦笑した。
 何とも、あと数十時間後には命をやり取りする者達の会話ではない。
 ヤヨイは一しきり思い出し笑いすると、意識を落とした。





* * *






 起床後は、それなりに慌ただしく過ぎた。
 食事後は、現時点での敵情報の確認。
 これはアズイルとの電話確認である。
 彼独自の情報網から、ガストゥール翁が現役だった頃からの人間関係を洗っての結果報告だ。しかし、未だ犯人の目星はつけていないとの事だった。
 しかしながら、それでも怪しい者達は何人か見つけているとの事なので、今は数を絞っている途中らしい。普段の仕事の合間を縫っての事なのだから、アズイルの優秀さには恐れ入る。
 後は敷地内に敷かれている結界の確認だった。
 結界には綻びも無く、減衰効果を発揮している。
 後は只、己が纏う武装の最終チェックを残した処で――時間は既に夜二十三時を過ぎていた。




「デバイスは…まだ大丈夫だな」
「随分と今回のは長い事使用している。やはりそろそろ変え時じゃろうな」
「まぁな…もう一段上のデバイスを買えれば更に使用期間は延ばせるんだけど…」
「そうも言っておれんのが現状じゃな。資金的にそこまで恵まれている訳ではない」

 屋敷の中、ガストゥール翁の書斎にてクラウンは鞘から引き抜いた刃の表面を、光に反射させながら見つめていた。
 刃の表面には所々小さな傷が目立ち、結構な回数―――長い間使用してきた事を伺わせる。
 しかし、それでも尚、刃には曇りは一切無く輝きは失われていない。
 それは普段からの入念な手入れによる物だった。
 クラウンは魔剣状態での戦闘と、術式端末を通常の剣として使用する戦闘を行っている。
 通常、魔者を術式端末に宿らせて戦う場合、術式端末の耐久性は爆発的に跳ね上がる。
 元々が存在のステージを引き上げる事によって、位階の高い敵――瘴魔や、敵となった事象操作騎士に傷を負わせる事を可能とする物である。故に、通常の武器破壊は殆どの場合通る事無く、破壊される事は稀だ。
 しかしながら、元の状態が痛んでいればそれも別である。
 式で表すならば、
 “元々の耐久性”ד魔者の力”=“誓約器の耐久性”
 となる。
 故に、適度な手入れを行っていれば耐久性が落ちる事はそうありえない。
 しかしながらクラウンの場合は違う。任務のレベルによっては魔者を宿らせる事無く変化前の剣で戦う事も少なくは無い。
 如何に手入れを怠ってなかったとしても、原型のままで戦闘に及んでいれば術式端末が劣化する速度は早まる。
 手入れも、耐久性も考えなくて良い素材なんて物は―――

「俺も聖咎剣(インドルガンツィア)が欲しい…」
神叡希少金属(オリハルコン)製の術式端末か…知っておるか? クラウン」
「何を?」
「オリハルコン製の術式端末を一本製作するのに掛かる費用は約七億じゃと言う話じゃ」
「ぐふぅっ…」

 余りにも現実味が無い値段にクラウンは呻いた。
 現在使用されている武装の中で、オリハルコン製が最高の耐久性を誇る術式端末である。
 現在オリハルコン製の端末を持っているのは、先日会った聖女レイン・レムニエンスを含めても二十人に満たないと言われている。それ程高価であり、またそれ自体が持つ性能も他の材質と比べれば馬鹿にならない程の物になる。

「…非現実的な物に頼るより、今ある物で何とかするのが合理的か…」
「尤もな意見じゃ」

 ヤヨイの言葉に頷き、クラウンは腰を上げた。
 そのままソファーに掛けたままにしておいた結界装甲を羽織ると、デバイスの鞘も肩から掛ける。

「さて、と…そろそろ外に出て待ち構えるとするか…。爺さんも敵が現れるまでは傍に居てくれるとありがたい」
「分かった。お前達が外に出ている間に襲われたら元も子もないからな」
「その通り」

 読み通りであるならば、その心配も無い筈であるが。
 予告状から読み取れるのは、真正面からの突入と言う意味合い以上に、暗殺者の性能試験と言う意味合いが強い。どうしてそんな事をするのかは分からないが、少なくともこの時まで襲撃の一切が無い事を考えると、真正面からの実力行使しか無い様に思える。
 後は、襲い掛かってくる敵が、捌き切れるか否か。

「やるか」
「うむ」

 ヤヨイが光の粒子となり、デバイスの中へと吸い込まれていく。
 準備は整った。
 後は迎え撃ち、退けるのみ。或いは打ち倒す、それだけ。
 ガストゥール翁を背後に連れながら、クラウンは屋敷の外へと向かう。
 屋敷正面、玄関の扉を開ければ、幾分か肌寒い空気が頬を撫でる。

「………」

 星と、月が見える。
 街の灯りによって、その煌きを隠された星々、その中でも強き光を放つ星の光が。
 剣を抜き、地面に突き立てる。
 街の音を遠くに聞きながら、只感覚を澄ませる。
 屋敷の中には誰も居ない。
 住み込みの侍従達すらも、今日だけはガストゥールの命令によって全てが出払っている。
 故に、感じられる気配は己と、その背後にあるガストゥールの存在のみ。
 ふ、と息を吐き――目を閉じる。
 集中。
 感覚を更に研ぎ澄ませれば、感知出来るフィールドが広がる。
 周囲の屋敷に薄ぼんやりと“在る”と分かる程の距離を探知する。
 これが限界。今現在クラウンが行える、自力での探知の限界範囲。

『気配は?』
『感じられない。だけど――』

 視線は、ある。
 真正面。
 強化していない視覚領域のギリギリ外。
 そこに黒塗りの存在感が、確かにそこに、在った。

 確信する。

 強い。
 少なくともA+以上は絶対。
 見ているだけだから、それ以上に確かな事は分からない。
 が、安全領域を確保しての監視が出来る程であれば、かなりの戦闘慣れはしていると確信する事が出来る。故にA+。後は、目で捉えてから判断するしかない。

「クラウン」
「…何ですか?」
「そろそろ零時になる」
「はい」
「無茶はするな」
「意地は通させて貰います」
「…そうか」
「始まったら中に」
「あぁ」

 返す言葉はそれぞれが少なく。
 心臓の鼓動を秒針の音の様に錯覚しながら、クラウンは話を切り上げた。
 そして、

 ゴーォオン…
 ゴーォオン…
 中央教会から響く鐘の音が、確かに零時を回った事を知らせてくれた。
 瞬間、

「動いた」

 黒塗りの存在感が、動く。
 クラウンは地面に突き立てていたデバイスを引き抜くと、高速で迫ってくる存在感に向かって正面に構えた。
 影は数秒で屋敷の前、塀まで接近すると跳躍。そのまま中へと踏み込んできた。

「予告通り、真正面…」

 大胆不敵な行動に、クラウンは口の端を吊り上げながら降り立った影に視線を向ける。
 男だ。
 片手を地面につき、もう片方の手で剣を握っている。
 誓約状態への移行はされていない様に見える。
 と、男は着地の姿勢から俯かせていた視線を上げ―――

「―――、」

 若い。
 未だ成人していない、幼さを持った顔。
 しかし、表情は余りにも怜悧。
 真正面からの突入を平然と行うのだから、一体どれだけの存在が来るかと思えば未だ成人もしていない少年が、今この場に降り立った。
 しかし、油断はしない。
 故に、クラウンは真正面に構えた剣を決して揺るがせない。

「あんたが、相手か」
「………」
「成る程…」

 少年は納得した様に頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

「たった一人だから、舐められた物だと思ったけど…納得した」
「ガストゥール翁」
「あぁ…」

 視線は前から動かさず、ガストゥールに中に入れと指示を出す。
 ここまでくれば、いきなり魔手がガストゥールに向かうとは考えにくい。
 そして何より―――ここに居られては、巻き込みかねない。

「損は無かった」
「…何?」
「アンタの顔、見た事は無いが―――」

 相手が体勢を沈める。
 クラウンは動かない。

「―――当たりみたいだ」
「っ!!」

 相手の身体が爆ぜる。
 それに合わせ、クラウンは初めて剣の切っ先を少し下に下げた。

宵よ来たれ(アクセス)!!」
誓約移行(アクセス)!!」

 幕は、落ちた。



#4-end






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