「ふっ!」
爆発的な加速によって走り込んで来た少年が繰り出した突きを、切っ先が少し下がっただけの剣を沿えて弾き、クラウンは少年の間合いの中に入り込む。 交わる視線の先に、少年が浮かべる笑みが確かにある。 やはり、若い。 判断を確かな物に変えながら、クラウンは剣から片手を離し、少年の腹へと突き出した。 接触、しかし衝撃の反動はクラウンの手に返って来ない。 少年も今の一瞬で剣から片手を離し、クラウンの手首を弾いていた。 手応えは少年の腹を掠った程度。 傷を付けた、と言う判断には程遠く、クラウンは矢を放つ寸前の如く引き絞っていた剣を少年の腹めがけて横薙ぎに繰り出した。 が、届かない。 いや、届いては居た。しかし、少年が片足で地面を蹴って距離を開ける方が早かった。 掠る事も無く宙を薙いだ剣の切っ先の向こう――少年の顔にはやはり笑み。 笑みと言うには、余りにも純粋な物が欠けた笑みを見ながらクラウンはそのまま身体を旋回させる。
「――【 蛍舞い、落ちる燐は大地を焼く 】」
―――月燐・七星塵
飛び退る少年に向けての追撃。 回転の途中で生み出された七つの光は、再びクラウンが宙を刃で薙ぐと同時に闇の世界を疾走し、着地姿勢を未だ取れない少年に向かって殺到。 本来、体勢をどうしようも出来ない状態で攻撃を受ければ、それは詰みを意味する。相手の攻撃を避ける事が出来ないのだから当たり前だ。 しかし、少年は笑みを歪めに歪めて、言葉を紡ぐ。 空に奔る術式―――そして、起動詞。
「ははっはぁっ! 【 構成:繰り出される槍の雨 】」
―――鋼撃・連殺穿槍
空中に突如として生み出された鋼の顎は、殺到する光と衝突して赤黒い閃光を撒きながら相殺し合う。接触、爆砕、轟音。重なる七つの破壊の波が、二人の間を引き裂き、地面を砕いた。
「!!」
その爆発で広がった視界を塞ぐ煙を突き破り、今度は鋼の牙がクラウンに向かって殺到する。 舌打ち。 面倒な、と吐き捨てながらクラウンは握った刃を一閃。 振り下ろす刃は顔を狙った鋼の槍を弾き、返す刃で胸を狙ったであろう暴虐を斬り伏せた。甲高い金属音を響かせて標的から逸れる鋼の槍は、その途中で霞み空中に消えていく。現実空間に一時的に金属を仮想構成したからこその現象だ。 クラウンは追撃が無い事に視線を細め、晴れ行く煙の向こうを凝視する。 気配は、在る。 動いていない。 少年の姿を感覚で認識すると同時、下位術式では仕留め切れないと判断して中級術式を使用してしまった事に諦めの息を吐き出した。 そうしなければ、死んでいたのは自分だ。 あの一瞬で、捕縛と言う考えは消え去った。 殺す気でやらなければ、手痛いしっぺ返しを貰うのはこちらだと判断したのだ。 一撃目。繰り出された刺突を弾いて繰り出したカウンターの拳は、半ば少年の腹を打ち抜けると確信して放った必殺であった。しかしながら拳は、同じように剣から片手を離した少年によって直撃を逸らされ、互いに第二撃へと移行する事を止む終えなくさせた。 そこで、クラウンは捕縛を諦めた。 直感したのだ。相手には、自分を殺すだけのスキルがあると。
「さて…」
どうする、と呟きかけてクラウンは頭を思いっきり下げた。 首筋に走った悪寒を信じての行動に、晴れかけた煙の壁を突き破って飛び込んでくる鉄鞭を見て間違いでは無かったと確信した。 無詠唱での術式発動。 本来では有り得ないそれは、紋章を刻んでの行使だと考える事が出来た。しかし、実用的ではない。紋章を刻んでの術式発動は、音声による起動詞の行使よりも工程数が多く、また魔力も多少だが多く取られる。 高速術式戦闘がメインである上位事象操作騎士同士の戦闘において、その“間”は致命的である筈、だったが―――、
「どう言う手品だ!?」 「へぇ、今のを躱すか――しかし、」
疑問に対する答えは無い。 鉄鞭はうねり、空を切った筈の猛威は再度クラウンを打ち据えようと迫り来る。 クラウンは屈んだ姿勢から足の裏で強く地面を掴んだ事を確認しながら、身体を前に押し出した。 次の瞬間、クラウンが今まで居た位置を鉄鞭が穿つ。 一歩進み、背後に鉄の塊が降り注いだ爆音を聞き流し、刃を地面に突き立て跳躍。変則的なクラウンの跳躍軌道に、鉄鞭は予測していた軌道でクラウンを捉える事が出来ずに見当違いの場所を薙ぐ。
「【 過ぎ去り行く景色 】」
―――自己干渉式・身体能力加速
宙で発動した術式はクラウンの身体能力を爆発的に高め、超低空を舞っていた軌道に変化を与える。再度剣を地面に突き立て、無理矢理の急停止を可能とし、着地。前髪を掠った鉄鞭の下を潜り、
「【 月を誘え 】!」
―――斬加・斬鋭閃
猛威を斬り捨て、相手の首に刃を叩き込む!!
ギッ、インッ!!
しかし振り下ろした光の刃は、寸での処で防御に回された刃に防がれ、止まる。 ぎり、と金属が擦れる音にクラウンは目線を細め、少年は冷や汗と共に笑みを浮かべる。 面白い。 そう感じている様な笑みだった。 そんな笑みに、ふと――クラウンは口を開いた。
「依頼主は誰だ」 「…答えると思うか?」 「思わないな」 「だったら聞くなよ」
その語りかけに意味なんて物は無い。 只、互いが互いに相手の首にリーチをかけている状態での何でも無い様な問答である。 だから次の瞬間には二人は剣越しに、嘲笑った、様に見え―――、
「死ッ!!」 「チィッ!?」
互いが互いの頚動脈を狙って刃をスライドさせていた。 甲高い金属音、続いて接触音。 刃の上を滑った互いの必殺は、それが互いに必殺を狙ったからこそ相殺して弾き合う。
「ツッ…!!」
少年の上体が力に負けて反れる。 身体能力を加速しているクラウンと少年とでは、今現在膂力に明白な差が生じている。それでも尚、鍔迫り合いで持っていたと言うのは驚嘆に値する。しかし、今は違う。 明確な空白。 クラウンは一撃を放った後であるが体勢は整っており、第二撃を打ち込める状態。しかし少年は上半身が反れ、片足すらも浮いている様な状態だった。 絶対的な隙。 ここに、クラウンの勝利が決定した。
「これで、」
刃を引き絞り、相手の腹を貫くだけの力を乗せた一撃を突き出―――
『クラウンッ!!』
―――そうとして、少年の顔が笑みに歪んだのを視認し、
“爆裂が眼前を覆い尽くすのを識り”
クラウンは反射的に剣を眼前に盾の様に掲げる。だが、これでは足りない。このままでは爆発に巻き込まれて良くて重症、悪ければ死ぬ。だからクラウンの取った行動は反射的な物だった。 剣を、更に前へ押し出した。 爆発の衝撃は放射状に広がる。それを知っているからこその反射的な行動だった。つまり、剣と言う盾を前に押し出せば押し出す程、爆発地点から近ければ近いだけ、その盾の背後にあるモノが受ける直接的な被害の範囲は狭まる。 故にクラウンは剣を前に出し、魔力を循環させ、襲い掛かってくるだろう衝撃に歯を食いしばり、
次の瞬間、閃光と衝撃が全身を走り抜ける。
轟音。 眼前で炸裂した破壊の衝撃はクラウンが持つ剣によって軽減されながら、しかし圧倒的な威力を持ってクラウンの身体を吹き飛ばし、屋敷の壁に叩きつける。
「ごほっ! かはっ、はぁっ!」
思わず吐き出した息は、背中を強打した事によって吐き出された物だった。 ずるり、と壁に背を擦りながら座り込んだ状態から咳き込む身体に鞭を打つ。何よりも頭の中にあったのは追撃に備えろと言う考えだけ。クラウンは己の最適な思考に沿って再び剣を構えながら、再起動を果たした脳髄で今の現象に思いを巡らせる。 詠唱は無かった。 起動詞は紡がれず、紋章による起動も無い。 つまり少年は術式を一般的な方法以外で起動した事になる。
『ヤヨイ…』 『分からぬ…妾も魔力が循環するのを察知して声を張り上げたに過ぎん。どうやって起動したのか、どうして起動する事が出来たのかは見当もつかん』 『くそっ…只の暗殺者じゃ無いとは思ってたが…とんだ出鱈目だ…』
深く息を吐き出し、今一度剣を強く握りこむ。 戦闘に支障がありそうな怪我は今の処存在しない。 受身も取れずに壁へ叩きつけられはしたが、骨への異常も無い。小さな傷はヤヨイとの誓約状態である為、傷を負った瞬間に自己修復が始まって消えて行く。頬から垂れる一筋の血が流れた跡の元を辿っても、既に傷跡は消え去ってしまっている。 もう一度深く息を吐き出し、深く吸う。
思考しろ。 そして冷静であれ。 反射行動と思考行動を使い分けろ。 強く強く己の心に言い聞かせ、クラウンは口の端を吊り上げ、哂った。
『…そう、出鱈目だ。が、そんな奇策は、一度使えば敗れ去る』 『種の割れた手品じゃ。次は気をつけよ』 『言われなくてもっ!』
歯を食いしばり、足を一歩深く踏み込み、体勢低く走り出す。
「【 炸裂する光源の刃 】を!」
―――下位爆裂系魔術式・咲き誇る燈の花
煙の中に突っ込んでいくクラウンが持つ剣の先に、魔術式が待機状態で固定。 クラウンはそれを視認する事無く感覚で確認すると、再び口の端を吊り上げて哂う。 殺す。 それを前提とした術式を展開しながら、クラウンは今一度自分が吹き飛ばされた地点、未だ濛々と立ち上る煙の中に足を踏み込み、跳躍。 しかしながら、それは跳躍でありながら低く低く、体勢すら低く影の如く標的に向かって駆け抜ける。 例えるならば、それは弾丸。 発射されれば、只敵を打ち抜くのみと言う意思が込められた必殺。 只、相手の顔面を力任せに吹き飛ばすと、決意した攻撃。
「―――っ!?」
死ねっ! 口に出さず、胸中で言葉を吐き出す。 少年の足元、そこからせり上がる様に黒い影が出現する。 見上げる形になり、少年が術式を発動させる様な姿勢を取っている事を確認し、クラウンは顔面に笑みを貼り付けた。 そいつは失敗だ、と言う笑顔を。 突き出した刃に、やはり少年は反応する。良い反応速度だ。申し分無い。だが、今回はそれでも失敗である。 ギリギリで間に合った刃に、クラウンが突き出した刃が接触。その進路を阻まれ、不協和音を奏でる。 クラウンからは今、少年の顔は剣に隠れて見えない。 だが、安堵と共に笑っている事だろう。
だからそいつは失敗だよ馬鹿野郎!
爆裂。 金属と金属が奏でる不協和音な響いた次の瞬間、橙色の光が瞬き炸裂する。先程の意趣返しだと言わんばかりの爆裂は、少年の剣を押し返して顔面へと叩きつけ、身体すらも浮き上げ吹き飛ばす。 地面にすらその罅を刻む閃光によって少年が舞い上がり、吹き飛んでいく光景にクラウンは笑みを歪め、再び体勢を落として地面を蹴って飛び出す。
「【 炸裂する光源の刃 】ぁあっ!!」
―――下位爆裂系魔術式・咲き誇る燈の花
発動した術式は再び下位の爆裂系術式。 必殺を前提としての追撃。無理して生かして捕らえるつもりは、もう既に無い。 膝を曲げ、強化した“バネ”を全力で解き放ち吹き飛ぶ少年にクラウンは追従する。少年が鼻から血を流しながら、瞑ってしまっていた目を片方開ければ、そこには黒い影が夜空を隠そうと出現した処だった。視線と視線が絡み合う。少年の黒い瞳と、クラウンの濁った紅い瞳が。
「!?」
少年が驚愕の表情を顔に貼り付ける。 しかし、それでも尚、クラウンが今まさに打ち落とそうとしている斬撃に対して反撃の姿勢を取ったのは流石と言えた。迅雷の如く迫る刃に、少年の掌に再び無詠唱で発現させた術式が激突。 剣先の術式と掌は接触と同時に煌き、互いを喰らいつくそうと炸裂した。 轟音が響き、互いが互いを術式の炸裂点から遠ざける様に圧倒的な力が加わる。 クラウンは宙に、少年はそのまま地面へと叩きつけられ、それでも止まらずニ度三度とバウンドして転がっていった。 クラウンは空中で身体を捻り、重さが無い様に地面へと着地すると、吹き飛んだ少年へと視線を走らせる。 動きは、無い。 ピクリとも動かないが、死んではいないだろう。 アレはそう簡単にくたばる種類の生き物ではない。
「【 空を侵す影は深く暗く 】」
―――影殺・百鬼夜行
その術式の発動と同時に、クラウンの夜空の星々に照らされた影が蠢く。 それは一度波打つと、夜空に照らされた芝の上を生き物の様に奔り、少年の下へと滑り込んだ。
「起きてるな?」 「あぁ、起きてるよ」 「…幾つか答えてもらおう。返答を拒んだ際は、お前の身体を“剣”がぶち抜く」 「だったら俺はいきなりあんたの術式にぶち抜かれる訳だ。俺は一応、依頼を受けてここに居る。依頼主の正体は、最低限守らなきゃならんのが仕事上の決まりだ」 「そうか」 「だから、冥土の土産、と言う訳にはならんかもしれないけど…一つ質問しても良いか?」
答える気は少年に無い。 クラウンも少年の問いに答える気は無かった。 少年が言葉を発し終えたら、無視してその体を貫こう。そう決め、クラウンは剣を持つ手に力を込めた。 しかし、
「あんた“外枠の存在”だな?」
「つっ!?」
それは絶対的な隙だった。 ここでは飛び出してはいけない言葉が出た事で、クラウンは剣を持つ手から一瞬力を抜いてしまった。同時に魔剣への魔力と意思伝達が数瞬だけ途切れ、絶対的な隙となる。 少年にはそれだけで十分だった。 クラウンが張り巡らせた影剣の結界、その有効範囲から飛び退り、術式が発動される。
―――鋼撃・連殺穿槍
「くそったれ!!」
離れ行く少年から、連続して鋼の暴虐が射出される。その数十五。 クラウンは舌打ちすると、己の制御下に戻った待機状態の術式を展開して、その暴虐を迎え撃つ。 飛び込んできた槍の群れが、地面から連続して突き出される闇色の尖塔に破壊されては金属音を撒き散らせながら宙へと溶けて消えて行く。 霞み、消えて行く金属の砕片の向こう側で、少年が薄く笑った。
「相当、動揺したな…?」 「お前…」 「今、あんたの目は黒い瞳に戻っては居るが、さっき一瞬だけ、あんたの瞳が濁った紅色になるのを見た。アレは、人やら魔者の類がして良い瞳の色じゃ無い。アレは、」 「お前っ!」
「―――瘴魔を、食ったな?」 「人類至上国家の対事象操作騎士!!」
#5-end
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