「………」
「主、どうかしたか?」
「戦闘の気配だ」
「……分からん。どこら辺になる?」
「あー…ルルカラルス中央市街地らへん」
「ここから6kmはあるぞ…相変わらず異常な察知能力だな…」

 それで、と白い羽を持つ少女は“主”と呼ぶ青年を見上げる。

「行くのか?」
「面白そうだからな」
「横槍を入れるつもりか?」
「横“槍”程度かは――さて、相手の力量次第か。ははっ」





























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


symphonic RAIN
―運命の多重奏―
#6 刃歌曲(ソード・オペラ)




















「どうしてここに、人類至上国家(エデン)対事象操作騎士(アサシンブレイド)が居る!?」
「さてね? それはどうかな? で、質問を返す様だけど、どうしてこんな所に、外枠の存在(アウトライナー)が居る?」
『クラウン!?』
「あぁ…この野郎…エデンから来やがった…! それに、エデンから来たってんなら、さっきの無詠唱術式発動に関しても説明がつく」
「―――へぇ…? そこまで知ってるのか…」

 クラウンが一層剣を強く握り締める先で、少年は妖しく笑みを歪めた。
 人類至上国家と呼ばれる、“人間”が単一で生活圏を築く国――エデン。
 外からは聖女と、人工精霊を使用する断罪者しか入れる事の無い徹底された人類だけの国。
 他の異種否定側諸国以上に、徹底された王国である。
 故に人々はエデンに対して様々な噂を飛び交わせ、そして暴かれる事の無い実態に更に噂を飛び交わせる。聖法国ゼスラの聖女や断罪者も、完全に出入り自由と言う訳ではなく、必要に迫られた場合に限っての出入りである為、情報封鎖が高いレベルで敷かれているとも言える。
 そんな半封鎖状態の国からわざわざやって来た少年は、今では只、戦意も無く興味深そうにクラウンを見ている。

「お前、“刻印”を記述されてるな?」
「……、成る程。そこまで知っているとなると…」
「その反応は、言外に肯定していると取るぞ」
「あぁ、別に構わないさ。しかし、へぇ、成る程な…」

 クラウンの言葉に、少年は納得が行ったと更に笑みを深め、口を開く。

「俺もアンタが“何”なのか大体予想がついた。いや、いやいやいや…人生ってのは面白いな。本当に何が起こるか分からない。くくっ…ふははっ! ってー事は何だ? アンタ…自分から食ったんじゃ無く、食わされたんだな?」
「………」
「罪深き者、業深き存在とか、そんな事を言われて! あそこに居る白衣を着た糞野郎共から無理矢理口の中に瘴魔の肉片を突っ込まれた人間か…!」
「お前は、」
「あぁ、俺は食ってないよ。むしろ、瘴魔を生かしたまま捕まえるなんて言う馬鹿げた戦闘能力を保有した人材が、今はもう居ないってだけなんだがな」

 なぁ、そうだろう先輩(・・)
 少年は、今、そう言った。
 クラウンにはそれだけで十分だった。
 予想を確信に変えるには、それだけで十分だった。

「完膚なきまでに潰した筈だ…」
「アンタが失敗したから、俺がここに居るんだよ」

 静寂――刹那。

「ヤヨイ!! 【 身に刻んだ傷跡は癒える事無く 】!!」
「【 故に、殺人こそが我が理也 】!!」

―――自己干渉式・護誓・身体能力加速・改(エグゼキューシュ・アクセラレイト)
―――対式対騎抹殺術式・魂換・殲滅超機動(ブレイカーオン・エニヒレイト)

 クラウンの前方、少年が繰り出す術式に一度驚愕、そして直ぐに目線を鋭い物に変えながらクラウンは今現在ヤヨイが作り出せる“上位”の身体能力加速術式を発動させた。
 もう、形振りなんぞ構ってられる状況ではなくなっている。
 ここで上位の術式を発動させなければ、確実に死ぬ。
 “確信と防衛本能”で己を納得させ、記憶の中にある“条例”を圧し折りながら、クラウンは横へ跳躍した。

 瞬間、鈍い光が土塊を巻き上げながらクラウンが居た場所を抉り飛ばす。

「!!」

 少年の血走った視線と、クラウンの視線が交錯。瞬き一つの間に、クラウンは反射的に剣を構え、相手の脳天に対して必殺を振り下ろしていた。
 轟音。
 耳を劈く、と言うよりも、砲撃の着弾を思い起こさせる爆音を発しながら、クラウンが振り落とした刃は少年が構えた刃に遮られていた。しかし、クラウンの一撃は響き渡った音の如く砲撃の様な威力で少年の足元の地面を陥没させる。
 少年は刃を受け止めた体勢のまま、剣を跳ね上げ、クラウンを宙へ舞い上げた。

「【 空を侵す影は深く暗く 】!」

―――影殺・百鬼夜行(パンデモニック・イレイザ)

 背筋が凍りつく様な状況の中、クラウンが夜の星空によって作り上げている影が蠢く。
 その影がある場所は、

「死ね!」
「貴様がな!」
「――っ、チィィイッっ!?」

 次の瞬間の少年の行動は流石としか言い様が無かった。
 影があったのは、少年の身体そのもの(・・・・・・・・・)
 喰らえばほぼ間違い無く必殺と言う状況の中、少年は追撃を掛け様と下段に振り絞っていた剣を筋繊維が千切れんばかりの勢いで反射的に引き、その身体もクラウンの影から飛び退る様に跳躍。その反射的な行動は僅か、一秒弱。少年がクラウンの影の中から完全に抜け出すと同時、影の剣は先ず主人の足場になり、そのまま直角に曲がると飛び退る少年目掛けて殺到する。
 体勢を空中で整えるクラウンの視線の先で、少年は丁度追撃してくる影の剣を叩き切ろうと剣を横に薙いだ処だった。クラウンはそこに再び必殺を仕掛ける。

「【 闇間を駆ける死の律動 】」

―――伝送・暗中影歩(シェイド・ウォーク)

 その術式が発動した瞬間、クラウンの姿は消失。

「っ!?」

 少年が薙ぎ払い、今まさに掻き消えようとしている影の先に剣を振り絞ったクラウンが出現した。
 確りと地に足を着き、横薙ぎの一撃を繰り出そうとするクラウンの視線の先で、少年は薙ぎ払いを出し終えた姿勢のままに手の平だけで剣を回転。順手を逆手にし、それをそのままクラウンの心臓目掛けて突き込む。
 互いが互いに必殺。
 その高い戦闘センスにクラウンは舌打ちする時間すら惜しみながら、標的を少年自身から少年が持つ剣へと変更する。
 刺突と斬撃。
 的確に心臓を狙った突きは、クラウンが薙いだ剣によって弾かれ軌道を逸らされる。元々が不安定な姿勢のまま繰り出された“的確なだけ”の攻撃である。弾くだけであれば容易い。二重に姿勢を崩された少年はそれでも剣を離す事無く、視線の先で手を地面につく処だった。

「――――!」

 追撃の為に動こうとしたクラウンは、咄嗟に前傾姿勢となりそうだった身体を元に戻す。刹那、クラウンの鼻先を少年の爪先が掠めた。
 どうやら、簡単に仕留めさせてはくれないらしい。

「………」

 そのままクルクルと回転しながら距離を開ける少年を前に、クラウンは一度己が握っている魔剣――ヤヨイが宿っている誓約器に視線を投げかけ、直ぐに視線を前方に戻す。

『…あ奴、お主と同じ加速術式を…』
『違う』
『違う?』
『俺の高機動殲滅術式の効果は、“上位術式使用権限の行使”と“馬鹿げた身体能力加速”だ。その反動で神経系は衰弱し、筋繊維は断裂して骨すらも折れる。だけど、今見た感じ所々で調整されている様に感じる』
『……、出力よりも持続安定性を重視していると言う事か』
『それに無詠唱(ショートカット・スペル)は俺が持つ“刻印”には無い。やはり、誰かが調整したと言う事なんだろうな…』

 クラウンが見つめる先で、少年が体勢を整える。
 しかし、そこから直ぐに飛び出してくると言う訳ではなかった。
 一度視線を掌に落とし、握ったり開いたりを繰り返している。
 そして、ふと――少年は何でもないような自然な動作で口を開いた。

「…なぁ先輩」
「お前に先輩呼ばわりされる気は無いが…何だ?」
「情報が確かなら、施設最強の殺人者“福音”を殺し、脱走したのは六人。“D”“F”“L”“R”“S”“Z”の研究コードを与えられた被験個体だと聞いている。つまりアンタはそのうちのどれかの研究コード与えられ、確かにあの研究で生き残り、逃げ切って、今ここにこうして立っている」
「………何が言いたい?」

 眉を不機嫌そうに顰めるクラウンの言葉に、少年が視線を上げる。
 感情の無い、無機質な瞳を。

「運命だと、そう思わないか?」
「………」

 一転、少年の顔には狂気的な笑みが浮かぶ。

「アンタはこんな仕事をしていなければ、今この場には来ていない。俺も、依頼主が依頼を出さなければ、斡旋所に行かなければ、施設に(・・・)依頼が飛ばなければ、俺は今、こうしてアンタと相対する事も無かったんだ」
「出来すぎだ…俺は寧ろ、」

 誰かが仕向けているのではないかと、勘繰りたくなる。

「……ふぅん。そう言う考え方もアリか」
「俺も一つ訊きたい事がある」
「何だ? 今、一つ答えてもらったからな。依頼主がどうこうじゃなければ答えるぜ?」
「お前、望んで“ソコ”に居るのか?」
「?、………あぁ、そうか、先輩達は俺達とは違うのか。そうだよ、俺は望んで今、この立ち位置を得た。望んで力を得る研究に参加協力し、俺は、今、人間が本来扱えないスペックを得て、この場所に居る。先輩達の様に“失踪した一人”じゃぁ無い」
「そうかい…ありがとうよ…」

 クラウン・バースフェリアの経歴は、孤児院で生活しながら高等部まで通い、薬師資格を得て独立。

 と言う事になっている。

 実際は違う。
 クラウンには五年間の空白期間が存在する。大体十歳から十五歳の間だ。
 その空白期間の間、クラウンは、クラウン達は――

「凡そ二千六百名の、消えた処で問題が無い(・・・・・・・・・・)孤児を世界中から掻き集めての実験。そりゃ何で自分がと怨みたくもなるわな?」

 そう、秘密裏に、その実験は行われた。
 十歳を迎える前、クラウンはルルカラルスから姿を消した。
 紅い夕日がルルカラルスの市街地を照らす中、クラウン・バースフェリアは当時知り合ったはぐれの魔者の所から帰る時に、攫われた。いや、公式的には“失踪”と扱われている。元々が、誰が届出を出す様な存在ではない孤児と言う者は、それ程扱いが重くは無かったのだ。
 その中でもクラウンはエクセア・カトウの申し出により、長期的に探された存在ではあった。しかし、孤児院に居る様な少年を警察機関は真面目に探す様な事も無く、一ヶ月と言う期間でその捜索は打ち切られた。

 当時、歴史的には全く以って何処にも記述されては居ないが、約二千六百名の少年少女が世界中から消えた。
 より多く消えたのは、ヴァナーギーエン、ヴェノファリアの国境紛争地帯、及びガナン諸国の貧民街に暮らす子供達だった。そのどれもが命の扱いが軽い者達ばかり。消えてもさして問題にならない様な者達を選んで、彼らは攫ったのだ。
 国境を問わず行われる人攫いは捜査の目を撹乱させ、決定的な証拠を警察機関に与える事は無かった。良く考えられた物だ、と当時のクラウンは思った。一カ国で行われるならば、直ぐにでも怪しいと思うだろう。だが、その被害範囲が世界中となると、そうでもない。元々、年間失踪者数なんてものは正確に計れない上に、曖昧でしかない。加え、国境紛争地帯での失踪者なんてのは、術式による死体も残らない様な死に方をした者達まで含まれるのだ。
 故に、不明。
 凡そ二千六百名の失踪者は、警察機関に大きな謎を与えたまま迷宮入りを果たした。

 その迷宮入りの裏で、“彼ら”による実験があった事を知るのはこの場で、クラウンと少年、そしてヤヨイだけ。

「怨んだ。怨んださ。ありったけの憎悪を込めて、奴らを根絶やしにしてやると決め、その日が来るのを静かに待った。奴らの失敗は俺達を完成させた後、回復させるスパンを長く取りすぎた事だ」
「ははっ! その話は聞いてるよ。馬鹿な奴らだな。アンタらがスペック的に既に通常の人間を軽く上回っているのに、体力と思考能力を奪わずに飼い殺そうとしてたんだから。本当にオメデタイ! だからアンタらに殺された。飼い犬を信じるなら未だしも、牙をむき出しにしたままの狼を信じたんだ。殺されるのも無理は無い!」

 笑える話じゃないか、と少年は笑う。
 クラウンが見つめる先、少年は一しきり笑うと、その心底愉快そうだった気配を消し去った。そこには再び、背筋が冷える様な無機質さだけが―――ある。

「―――あぁ、笑わせて貰った。だから、そろそろ終わらせて帰るよ。もう十分だ。だからさっさと死んでくれないか先輩」

 少年が再び、剣を構える。
 クラウンはその光景に、深く息を吐き出した。
 あそこに立っていたのは、もしかしたら俺だったのかもしれない。なんて事は死んでも考えない。境遇が違い過ぎる。アレは、望んで殺す側に回った生き物だ。同情する余地はこれっぽっちも存在しない。

「死ぬのはお前だ。お前の知ってる事を全部吐いて貰うまで頭だけは残しておいてやるからありがたく思えよ、後輩」

 がちり、と歯を噛み締める。
 奥歯に力を入れ、剣を握る手に力を回し、体勢を低く落とした。

「最後に一つ」
「何だ」
「先輩。アンタ、外枠の存在(アウトライナー)だろう。俺達が未だ辿り着けない“最終”こそがアンタだ。だったら、何かしら“異能”をその身体の内側に宿した筈だ。それだけで普通の人間とは違う。亜人共よりもよっぽど上の存在だ。その力を使って、全てをひっくり返してやりたいと、そうは思わなかったのか?」
「思わなかった。お前にとっては、“覆す為の異能”なのかもしれないが、俺にとっては“結果として得たのがこの異能”だったと言うだけ。これを使ってどうこうだなんて、考えた事は無い」
「勿体無い。それとついでに、」
「………」
「能力は何だ?」
「教える訳が無いだろう馬鹿野郎」

 瞬間、少年が凄絶な笑みを浮かべた。

「…殺す!」
「死ねよクソ餓鬼…!」

 吐き出されたのは憎悪の言葉。
 飛び出したのは同時。
 接触は彼らの丁度中央。
 互いが互いを殺そうと放った一撃は、激しい金属音を撒き散らしながら世界に響き渡る。
 片足を後ろに引き、身体が接触点から離れるのを堪え、身体を更に最適化しながら相手を一撃で仕留める為に刃を繰り出す。
 一合、二合、三合―――大地が彼らの踏み込みで荒れ果て、突き刺さる斬撃刺突で芝生は吹き飛び捲り上がる。縦横無尽に暴れまわる刃の竜巻の中、先に仕掛けたのは少年だった。

―――爆破・吼撃爆殺衝(クラッカー・レイヴ)

 無詠唱(ショートカット・スペル)
 先程、クラウンが追撃を仕掛けようとした時に放ったのはこれだったのだろう。今ならばその種が割れているだけに、その全貌を見渡す事が出来る。
 刃の暴風の中、一瞬の空白の中で少年の掌がクラウンの顔面に向けられ、光る。
 中級爆裂系術式。喰らえば顔面が吹っ飛ぶ程度ではない。最低でも胸の辺りまでは根こそぎ持っていかれるだろう。
 クラウンは眼前で眩く輝く光に目線を細めながら、冷静に冷徹に振りぬいた刃――その最短での反撃方法で対処する。刃は少年の反対側を向いたまま剣を戻し、その刃の柄尻を少年の手首に当てて弾き飛ばす。
 瞬間、爆裂。
 爆発的な衝撃と熱波、爆音が耳の横を掠めて背後の地面を根こそぎ吹き飛ばす。見なくても、理解る。今の術式には、それだけの式と、殺意が確かに込められていた。
 笑う。
 衝撃で頬と耳の端から血が噴出すが、構わない。
 笑う。
 直撃でなければ、誓約状態である今、多少の傷など瞬間的に治癒するからである。
 嘲笑う!
 爆裂術式の発射状態から戻らぬ少年の体をクラウンは瞬間的に確認し、今度は己が相手を殺す為の必殺を繰り出した。

「【 振り仰ぎしは――― 】」

 起動詞を半ばまで吐き出しながら、クラウンは持っている刃を旋回させて少年の腹を横薙ぎにしようと繰り出した。
 布を引き裂く手応え。
 少年は咄嗟に力を込めた足で、体勢を後ろに反らしたのだ。
 が、今回はそれだけでは逃れられない!

「【 ―――血塗れの三日月 】!!」

―――斬滓・紅月咲刃(ブルーム・ブラッディース)

 刹那、クラウンの前方――少年の眼前に計六本のシャムシールが出現した。
 互いに舌打ち。
 少年は自分の不利に、クラウンは減衰空間によって出現した刃の数が何時もよりも少ない為。しかし、その程度で二人は戦意を衰えさせたりは、しない!
 一刃。
 射出された刃は高速で少年に向かい、避けられ地面に抉りこむ。
 二刃、三刃。
 一撃目に続いて飛び出した刃は、少年が引き戻した刃が振るわれた事によって斬り飛ばされ、夢幻となって消えて行く。
 四、五、六―――
 少年が刃を振り抜き、完全に無防備になった処で、残りの三つは射出された。

「チィッ…!」

 狙ったのは必殺の顔面。動きを固定する為の足。そして太い血管の通る腹。
 少年は先ず頭を横へと振り、真正面から飛び込んでくる必殺を躱し、そのまま今まで踏ん張りの為につけていた足を地面から離して跳躍。バク転の容量で二本の刃を避ける。しかし、あえてそれを取ったのか、それとも失念か、最後の一刃は確かに少年のわき腹を貫通する!

「ぐぅぅっ…!!」

 苦悶の声に、痛みに歪む表情。
 少年が確かにダメージを受けた事を確認し、クラウンは今一度歩を進める。
 その視線の先で少年は腹から背へと貫通した刃を引き抜くと、そのまま地面へと叩き付けた。成る程、良い判断だ。クラウンは思考する。今投げ返してくれれば、そのまま操作して今度こそその頭に風穴を空けてやった物の!
 忌々しそうに胸中で呟き、しかし顔面には笑みを貼り付けクラウンが少年へと更に一歩足を進める。
 距離は約2メートル弱。
 既に、ソコは、間合いの内側!
 追撃の手は緩めない。
 クラウンは再び剣を構え、振り被る動作で術式を発動させる。

「【 炸裂する光源の刃 】!」

―――下位爆裂系魔術式・咲き誇る燈の花(アイニ・ブロッサ)

 爆撃。
 防御姿勢を取りきれない少年に、クラウンが放つ本来であれば下位術式でありながら、しかし上位の殺傷能力に匹敵する程の“殺害率”を誇る攻撃が炸裂。
 少年の膝が折れ、耐えようと力んだ所為か腹部からは血が噴き上がる。
 剣越しに、少年の目が見えた。
 それは―――!

「っ!!」

 考えるよりも身体が反射的に動く。
 追いついた思考で、今の目が何かを思い出した。

―――手負いの、獣!

 クラウンは横に跳びながら、再び無詠唱で術式が発現する瞬間を垣間見た。
 濃密な魔素。辺りに溢れる殺意。それは足元にまで伸び―――

「クソがっ!! 上級術式だと!!?」
『クラウン! 跳べ!!』
「死ねぇぇぇええええええええっ!!!」

―――広範囲殲滅術式・槍獄・銀槍屍血惨河(メタリカル・ヘルヴァーナ)

 瞬き一つ。
 それで世界は豹変した。
 少年を中心に銀色の暴虐が地中から乱立し、放射状に乱れ狂う。乱立した一本一本は、それだけでは終わらない。刃の先は枝分かれして猛威を奮い、更に枝分かれしては猛威を奮う。
 減衰空間により通常の効果範囲よりも狭く、槍の森が広がる速度も遅いながら、それは人一人を仕留めるには明らかに過ぎた力だった。
 その過ぎた力は、確かにクラウンへと迫る。
 バックステップで後退するクラウンを追随する刃は、地面を吹き飛ばしながら次々に生まれ出でては歪にその花を咲かせていく。まるで春の息吹を早回しに体現しているそれは、生命の息吹とは真逆の意味合いを持って襲い掛かってくる。
 豪華な噴水は瞬時に瓦礫と化し、水を撒いていた彫像は粉砕して塵となる。
 敷き詰められていた石畳は丁寧に一つ残らず衝撃で上空に舞い上がり、咲き誇る刃の花束に串刺しにされてバラバラになった。
 多少速度は落ちているとは言え、威力は間違いなく必殺。
 巻き込まれれば肉の身体なんぞ、瞬く間に原型を留めずに引きちぎられて破壊されるだろう。
 舌打ちすらも、出ない。
 只、今は刃の群れの中に隠れてしまった少年を憎憎しく思いながら、クラウンは後退を続け、屋敷の窓を割って中へと侵入した。
 キラキラと屋敷の中の灯りを反射する硝子が嫌に遅く飛び散る様を見つめながら、クラウンは屋敷のホールに目的の人物が居る事を確認する。

「ジジイっ!!」
「クラウン、何が―――ッ!?」

 着地、と共に疾走。
 訳が分からないと言った風のガストゥール翁の側まで着地を含めたったの二足で駆け寄ると、その腰に腕を回す。
 と、同時――ホール、玄関の扉が刃の猛威で吹き飛んだ。
 跳躍。
 クラウンはガストゥール翁を抱えて跳び、ホール奥の扉を体当たりで開けてその中へと転がり込んだ。
 ガストゥール翁が地面に投げ出される衝撃に苦悶の声を漏らすが、刃軍に貫かれていないのならば無視だと決め、クラウンは今しがた突き破った扉に目をやった。

「―――っはぁっ…」

 そこには、丁度ホールの壁をずたずたに破壊したところで侵攻を止めた刃の軍勢の姿があった。
 その光景に、やっと効果範囲から逃れたか、と溜息を吐き出す。

「っつつ…クラウン…何が…」
「すみません…相手に上級術式まで使わせてしまいました」

 そう告げると、ガストゥール翁は一度冷たく光る刃の森に視線を向ける。
 そこで一度眉を顰めるだけというのは、彼がこの様な状況も想定していたからに他ならないだろう。
 普通なら悲鳴を上げて震えている処だ。
 流石は戦場にも足を運ぶギルド協会の重鎮なだけはある。

「…仕方ない…命あっての物だねだ。それで、敵は?」
「先程、腹をぶち抜きましたが…未だ」
「そうか」

 ガストゥール翁は一つ頷き、

「退くか?」
「私情が挟みますが、退きません」
「…冷静だな?」
「何時も通りです」
「そうか、分かった。…それ、槍の群れが消えるぞ。行って来い」
「はい。次は、仕留めます」

 刃を再び強く握り、銀色の壁が消え行くのを目視する。
 消えた瞬間に、攻撃を仕掛ける。
 生憎、ヤヨイとの誓約状態で使える術式の中で、今この位置から相手までの距離をカバー出来る術式に都合の良い物は存在しない。距離的には、確かに問題ない。だが、威力がありすぎるのだ。そして、射程も馬鹿にならない。使えるならばとっくの昔に使っている。
 今ここで欲しいのは、相手の距離まで瞬間的に届き、尚且つ一撃で殺す事が出来る程の殺傷性。
 下位術式をヤヨイに再演算させれば、距離は持つだろう。威力も、頼りないがある筈だ。しかしながら、どれもこれもが瞬間的に届く様な特性を持ち合わせてはいない。下位陽性術式ならば、と考えるが、ヤヨイの特性上反属性である為、今現在クラウンは使用する事が出来ない。

『概念精霊は出力がピーキーだよなぁ…』
『ふん、駄馬で無いだけ運が良かったと思え、戯け』
『…はぁー…すまん…』

 少し、否――何時もと比べれば、かなり熱くなっていた。
 頭を振り、頭に昇った血を下げる努力をする。
 そんな行動に、ヤヨイが溜息を吐いたのを確かに感じ取った。

『主らが滅ぼした筈の過去が、眼前にある。まぁ、冷静で居ろと言う方が無理な話なのかもしれんがな…』

 妾も、過去に対してどうこう言えた身ではないしの。

『………』
『じゃが、主は知っている筈じゃ。だったら冷静で居ろ。でなければ―――全て奪われるぞ』

 静かに、静かに、その“声”を聞き入れる。
 そう、冷静さを欠けば、全てを奪われる。
 理不尽は否応なしにやって来ては、ありったけの暴虐で以って奪える物を奪っていく。
 それは何時やってくるか分からない。だからこそ、冷静で居なければならない。
 突如やってきた理不尽に、冷静に対処し、被害を少しでも抑える。
 瞬時に、隙を見出し、“暴虐”の喉元を掻っ捌く為に。

『はっ―――この教えは、何時になっても消えないな…』

 “冷静であれ”
 この教えは、五年間の間に刻み込まれた。
 今でも、目を閉じれば思い出す事が出来る。その一言一句を。

 “悪意は取っておけ。心の中に押し止めろ。刃を相手に突き立てるその時まで、常に冷静で居ろ”

『まるで呪いじゃないか。笑える話だ』
『じゃが、正論じゃ』
『違いない…癪だがな』

 口の端で笑みを作り、クラウンは剣を掲げた。
 息を吐き、吸い、意識を切り替える。
 距離、到達時間、威力、それを補う術式は存在しない。
 だったら、不意打ちしかない。
 己が使える、真正面からの不意打ち(・・・・・・・・・・)を使う。

『消える。行くぞ』
『存分に』

 瞬間、クラウンの存在はその場所から消失した。
 肉体が消えた訳ではない、まして透明になったと言う訳でもない。只、クラウン・バースフェリアと言う存在が本来持つ筈の“存在感”が根こそぎ消失しただけ。
 これこそが必殺。クラウンが出来る、真正面からの不意打ち。

「――――」

 消え行く槍の森の中、クラウンは一歩一歩、只静かに歩く。
 標的は息荒く腹部を押さえ、こちらを睨んでいる。焦点は――屋敷の中、であるが。
 クラウンは相手を騙し切っている事に一切の表情の変化も見せずに歩み続ける。
 もしも今、このクラウンを認識するとすれば、空間中の物質が動いていると言う超客観的な視線を手に入れるか、高いマナ流動を感知する能力が備わっているか――或いは、それらに代わる異能を持ち合わせていなければならない。
 絶対的な攻撃手段だ、と思うだろう。
 しかし、そこには常に綱渡りの様な感覚の制御が必要とされる。
 このレベルを術式ではなく己のスキルのみで賄うとなれば、あらゆる感情を制御下に置き、相手の一挙手一投足を観察しながら決して気配を動かさない事を意味する。
 少しでも動けば、それはたちどころに消えてなくなる。
 “魔法”は解けるのだ。

「――――…」

 息を止め、少年の背後に回り込む。
 終わり、だ。
 少年は気付いていない。
 未だ、屋敷の中からクラウンが出てこないと思いながら視線を固定している。
 クラウンは、そんな少年に一瞬だけ憐憫の感情を抱きかけ―――制御下に戻す。
 音も出さず、クラウンは剣を振り上げ、その刃を―――




「よう、お二人さん」




「!?、チィィイイイイッ!?」
「なっ!? クソがっ!!」

 突如降り注いだ第三者の声に少年が振り返り、そこに振り上げられた漆黒の塊を発見。
 異常に気付いた少年は慌てて前方へと逃げようと跳躍姿勢を取る。
 だが、クラウンとて折角掴んだチャンスを無駄にするつもりは毛頭も無い。
 少年と同じく背後に振り返りそうになる心を無理矢理押さえ込み、跳躍しようとしていた少年へと向けて慌ててその刃を振り落とした。
―――斬ッ!

「チッ…浅いかっ!」

 振り下ろした刃は少年の背を引き裂くが、しかし致命傷には届かない。
 ボタボタと血の痕を引きながら、少年はクラウンから距離を取る。クラウンは仕留めそこなった事に舌打ちしながら、身体を半身にして背後に目をやった。

「…誰だ?」
「そう怒るなって」

 よっ、と声を一つ漏らしながら、男は塀の上から飛び降り、屋敷の敷地内へと着地。まるでここが未だ戦地である事を忘れさせる様な自然体で二人の方へと歩いてくる。

「アレの味方か…?」
「いや? 立場的にはむしろアンタの味方だな」
「だったら…!」
「まぁ、俺もアンタの相手が只の暗殺者だったら、掻っ捌いた後で声を掛けようと思ってたんだがね。だが、話を聞いてればエデンの暗殺者だって言うじゃないか。だったら―――生かして捕らえるべきだと、そう判断した」
「お前…!」

 事実に、背筋が冷める。
 迫ってくる正体不明の男から距離を取り、丁度位置関係が三角形を描く様な形を取る。
 アンタの味方に近い、と男は言った。
 しかし、男はずっと観察していたのだ。
 少なくとも、クラウンと少年が互いが互いの正体に気付いた辺りから。ずっと、一切気付かれる事無く、ずっと!

「…あー…そんなに警戒されるとやり辛いんだが…」

 男はそんなセリフを吐くが、表情は一切気にしてない様な顔のままだった。
 と、そこで初めてこの状況になってから少年が口を開く。まるで、ありえない者を見てしまったかのように言葉をつまらせながら。

「な、ん…!? おま、え…」
「フン…そっちには顔割れしてるか」
「クソッ! 何で、何でこんな所にお前みたいなのが居る!? 【 刻死天(デス・ブリンガー) 】!!」
「はっ―――お前風に言うなら運命なんじゃないか?」

 つまらん話だが、と【 デス・ブリンガー 】と呼ばれた男は鼻で笑う。
 少年にとって彼は恐怖の対象でしか無いのか、怯える様に一歩一歩確実に後退っている。と、ある一定の距離まで下がった所で、少年は一気に反転して地を蹴り―――

「鶴祇、足だ」

―――夜空を裂く一条の閃光によって、足を地面に縫い付けられた。

「ぐ、あぁぁぁぁああああああああああっ!?」

 絶叫。
 一体何が、と空を見上げれば、そこに白い影があった。
 推定で上空五十メートル程だろうか。そこに白い翼を羽ばたかせる金髪の影があった。
 今一度地面に足を縫い付けられた少年に目を移せば、刺さっただろう“ソレ”を引き抜いて投げる処だった。
 投げ棄てられた物、それは―――

「…剣?」

 剣、だった。
 白い剣。術式で顕現させ、あの高度から狙撃したのだろう。
 上空と言う死角からの強襲。
 今、この場を否応無しに支配している男と同じく、誰に気付かれる訳無くあの高度で待機していたのだ。

「さて、尋問タイムと行こうか」

 男が一歩踏み出し、少年が足を抱えながら逃げる。
 その光景に男は楽しそうでも悲しそうでも無く、只面倒臭そうな顔をしていた。
 少年に同情する。
 この目の前の脅威が一体何なのか、それはクラウンの知る処ではない。だが、もう既にこれは“詰み”の状態である。男が少年よりも弱かったとしても、少年は腹と足を穿たれているのだ。逃げられる筈が無い。
 クラウンが少年に対して、はっきりと哀れそうな視線を送ろうとした時、男は足を止め、宙に視線を走らせた。

「―――マナが集束してる?」

 男が呟いた言葉で、クラウンも始めてそれを認識した。
 空気が歪んでいる。
 それは上位の術式を発動させようとしている時の様な濃密な魔力の気配―――
 何が、と思考する前に男が忌々しそうに舌打ちする。

「…面倒な。転移術式か」

 男の視線の先、少年に魔力が集中しているのが分かる。
 男は“転移術式”と言った。が、発動しているのは少年ではない。これは、何処か遠くから少年を引き寄せる為の術式だ。
 その証拠に、少年は助けが来た様な歓喜の表情を見せている。

「仕方ない。鶴祇、仕留めろ」

 その判断は瞬時に下された。
 男の声に反応する様に、空で光が瞬き、彗星が落下する。
 光は一条。
 先程と同じ、爆発的な速度で射出された金属塊は少年の胸を狙って飛来。その猛威によって少年の胸に風穴が開こうとした瞬間、

 キィ――――ンン…

 甲高い、耳障りな音と共に剣は弾かれてひしゃげ、回転しながら見当違いの場所に突き立った。
 剣が接触しようかと言う瞬間、確かに薄い皮膜が展開された様に見えた。高位の物理干渉遮断か、それに類する何かだろう。どうやら少年を引き戻したい連中は、どうしても少年を失いたく無いらしい。

「ふん。どうしても“回収”したいと見える。だが、こちとら何も吐いてくれないなら、帰してやるつもりは無いんだよ」

 目まぐるしく移り変わる状況に、今度こそクラウンは驚愕した。

「その存在――」

 男が、その腰元にある刀に手を掛けていた。
 いや、何も只男が刀を抜き放とうとしているのならば、そこまで驚く必要性は無い。
 それ以上の物が、そこにあった。
 マナが集束しているのだ。
 それも、少年の処に今集まっているマナと同等か、それ以上が。

「…っこの…!!」

 躊躇いは一瞬だけ。
 放たれる“必殺”は、先ず間違いなく少年を守る結界を破壊して飲み込むだろう。
 別にそれはいい。少年が死ぬのは、結果的に言えばクラウン的にも利益へと繋がる。
 だが、その射線上にあるのは何も少年だけではない。
 男と少年、その直線の延長線上にはガストゥール翁が、居る!

「……!!」
「―――欠片も残る事無く、消え去らせ」

 抜刀。
 同時に、打ち下ろしの斬撃。

―――接触。

「――――なんっ!?」

 驚愕の声は果たしてどちらが吐き出した物か?
 真実は男が鞘から引き抜いたと同時に発現した莫大な雷光の中に消えた。
 只、確かにその悪辣な力の塊の指向性は逸れた事は確か。
 クラウンが放った打ち下ろしの斬撃は、刃に接触して方向を歪め、放たれた雷撃は本来斬るべき場所ではない世界を断った。
 閃光、遅れて轟音。
 クラウンが放たれた力の圧力に吹き飛ばされながら見た先では、迸る雷光が地面を根こそぎ吹き飛ばしながら、屋敷の塀を破壊して今まさに天へと還ろうとしている処だった。
 なんつー、馬鹿げた威力!
 あんな物を今、たった一人の人間に対して撃った奴も奴なら、
 それを止め様とした自分も自分だ。
 どちらも頭のネジが何個か外れている。
 吹き飛びながら体勢を整え、着地。
 見つめる先で、男は一度目線を細めながらクラウンを一瞥すると、少年へと視線を移した。それにつられる様にクラウンも視線を動かす。
 そこには、身体の輪郭がぼやけていく少年の姿があった。

「はっ、ははっ! 次だ、次は殺してやる!」
「吐いてるセリフが三下だって気付いてるか? まるっきり負け犬だな…ふん、さっさと行け」

 もう既に興味が無い、と言わんばかりに男は視線を逸らした。
 憎悪と歓喜の笑い声を上げる少年は、光の中に霞み、消えた。
 そこに感慨は抱かない、抱けない。
 何故なら、

「さて、」

 男が既に見ていたのは少年ではなく、自分だから。

「興味深い事を何か喋っていたな…聞かせて貰おうか?」
「……お手柔らかに頼む」
「安心しろ。死なせてやらん」

 夜は未だ深まり、明ける気配を見せない。
 ここに、確かに死神は舞い降りた。



#6-end






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