王冠を被った男は言いました。
冗談も休み休み言えバカ薙。





























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


symphonic RAIN
―運命の多重奏―
#8 始点




















「…つ…ぅ…」

 ずきり、と頭に響く痛みを感じてクラウンは目を開いた。
 呆としながら霞む視界を段々と開いて行けば、馴染みの無い天井が見える。
 時間は、と何時も朝起きた時の様に首を動かそうとして違和感を感じた。
 手を、誰かが握っている。
 多少痛む身体を叱咤して首だけで誰かを確認すれば、

「…ヤヨイ…?」

 黒く長い髪の女性が、クラウンの手を握りながら布団に突伏して眠っている。
 握られた手には淡い光が宿り、“力”を発していた。
 “力”はつまり、術式。
 現在進行形で行われている術式の名は――治癒能力強化。

「――――…そうだ、俺は確か」

 何故、自分が寝ている間に術式が使われているのかを考えた瞬間、気絶する前に見た情景がありありと頭に思い浮かんだ。つまり、そう、自分は―――

「負けたんだっけか…」

 神薙夜十と言う、規格外の存在と戦い、敗北した。
 誓約状態では折られる確率が限りなく低い筈の術式端末を破壊された上で。
 ふぅ、と溜息を吐き、再び身体をベッドへと沈める。
 取り乱す様な真似はしない。
 途切れる記憶の最後で、聖女レイン・レムニエンスが出て来ているなら答えは一つ。

 彼女が仲裁に入り、結果自分は助かった。

 それだけの事。
 それよりも考える事はある。
 瞼を再び落とし、クラウンは気絶する前にあった事の整理を始めた。

 神薙夜十、そしてレイン・レムニエンス。
 その二人に関しては色々と考える処が存在する。
 レイン・レムニエンスが現れた事―――それに関しては別に良い。彼女は聖女であり、同時に断罪者である。ならば、日が沈んでいようが昇っていようが、この都市に“通常以上の脅威”があるのなら、それに対して警告と排除を行うのが役割だ。神薙夜十の異常性を見れば、彼女がやって来たのは容易に想像が出来る。
 そして彼女――或いは“彼女達”が気付いたのは、結界を張りなおした時。
 古い結界を破棄し、新しい結界を張る。そこに生じる隙から察したのだろう。
 通常規模以上の戦闘が行われている痕跡がある、と。
 これは良い。まだ納得が出来る。
 だが、幾つか納得出来ない点が存在する。

 神薙夜十の能力と、レイン・レムニエンスが神薙夜十と知り合いの様だった点だ。

 神薙夜十は強い。それも、誓約状態ではないと言うのにあの強さ。
 純粋な人間ではありえない程の戦闘性能を有している。
 多分、こちらが辺り構わず術式を全力展開出来る状態で、漸く互角。或いはこちらの戦闘能力がそれでも多少下位が、神薙夜十の基本能力になる。
 それは通常ではありえない。
 クラウン自身の様に、身体や魂に何かしらの術式を記述してあるのならば理解出来ない事も無いが、彼にそんな素振りは一切無かった。
 そして神薙夜十に関してはまだある。
 彼は転移しようとしている少年に対して雷撃を放とうとしていた。しかも威力的には上位。考えられる事は、先に考えた能力的な事も視野に入れて、彼がフェアリーテイルではないか、と言う事。魔者とのハーフであれば、その高い戦闘能力も納得出来る。
 しかし、それでも腑に落ちない点がある。
 武器破壊をされた時に繰り出された斬撃に関してだ。
 誓約状態に移行している術式端末は、通常の強度から性能が跳ね上がる。
 硬度、柔軟性、対衝撃性等、それらは誓約状態に移行した事により、分子構造間の隙が“魔力”と魔者を宿らせている事による“存在概念”により補強され、性能が底上げされる。
 そんな強化された“金属”を斬るには、相応の技術と、同レベル以上の金属によって構成される武装、加えて物質に干渉出来る系統の能力が必要となる。
 技術、は頷ける。
 武器の質、も納得出来る。
 だが、物質に干渉出来る系統の能力に関しては首を縦に振る事が出来ない。
 神薙夜十が雷撃を放っていたのなら、彼の属性は七曜の派生にある筈なのだ。しかし、術式端末を破壊した時に一瞬見た光は雷の属性の物ではなかった様にクラウンには思えた。
 土気。
 物質の構成に干渉出来る属性。
 雷とは、風の属性と同じく木気の属性の派生として存在する。であるならば、物質構成を担う土の属性とは属性配列が根本から違う。彼がフェアリーテイルならば、木気を持ちながら、土気を持つのは可笑しいのである。
 だが、クラウンの術式解析能力はそう高い物ではない。
 そもそも、アレが土気の術式を使用しているのかすら、本来なら怪しい。
 一番可能性がある話として、土気を使った可能性があると言うだけなのだ。
 もしかすればの話、神薙夜十が“五行概念属性所持”と言う桁外れの魔者の子孫と言う可能性もある。
 答えは結局の処、不明なのだ。

 次にレイン・レムニエンスと神薙夜十が知り合いの様だった点について。
 納得出来る理由として考えられるのは二つ。
 味方としてよく知っているか、敵としてよく知っているかの二つである。
 その中でも、神薙夜十が語ったエデンと関わりを持つ理由“世界平和”が真実であるならば、瘴魔や通常以上の脅威から人々を護る役目にあるレイン・レムニエンスは味方同士である可能性は高い。そうすると、神薙夜十は倭国の捜査官ではなく、ゼスラの捜査官と言う立場になるのだが――

「あの戦闘能力の高さなら、ある意味納得か…?」
「む…ぅ…クラウン…?」
「あ、すまん。起こしたか…?」
「…今の状態で言う言葉じゃ無いのぅ…ふぁ」

 どうやら独り言でヤヨイを起こしてしまったらしい。
 何とも迷惑な口だ、と他人事の様に考えながらクラウンはヤヨイへと視線を向ける。
 ヤヨイは目元を擦りながら、欠伸を一つ。何度か瞬きをした後、クラウンへと視線を向けた。

「身体の調子はどうじゃ?」
「お陰様で。頭が多少痛いが、他は別段調子悪くなさそうだ」
「そうか」

 ほっと溜息を吐くヤヨイに苦笑し、そこで先程時間を確認するのを忘れていた事に気づく。

「…それで、俺はどれ位寝てたんだ?」
「ふむ…まだ夜が明けてからそう経っては居ない様じゃな」

 ちらり、と部屋に置かれている時計へと視線を向けてヤヨイが答える。

「っつー事は六時間経ったか経たないか位か」
「そうじゃな。それで、」
「ん?」
「アレからどうなったか、説明は必要か?」
「まぁ、大体想像は出来るけど」
「そうじゃろうな。それ程難解な状況でも無かった。聖女レイン・レムニエンスが間に入り死合は流れ、お主は爺の屋敷へと運び込まれた。最初運び込まれた時の爺の顔は何とも言えない様な物じゃったな。結局、暗殺者は退けたのに、それとは関係無い処で負傷してるんじゃから」
「…全くだ。運が悪いにも程がある」

 そう、目的は果たしていると言うのに、第三者が現場に乗り込んで来た事で話の本筋が大きく逸れてしまった。神薙夜十が乱入して来なければあの場で暗殺者を斬殺し、直ぐにアズイルへと連絡、次の対処に関して話をする筈であったのだ。

「そう言えば二人…いや、正確には三人か? どうした?」
「聖女レイン・レムニエンスは一度白霊宮へと戻っておるよ。詳しい説明をしに戻ってきてくれるそうじゃから、あの娘も律儀な事じゃのぅ」
「あー…説明してくれるってんならありがたいな。んで、問題のもう一方は?」
「爺が案内した部屋で寝ておる筈じゃ。何やら寝る前に、あのバードの娘に指示を出しておった様で、未だ戻ってきてないならば今は屋敷の中に居るのは神薙のみと言う事になる。それにしても…」

 ふふ、とヤヨイが小さく笑う。
 クラウンはそんなヤヨイに怪訝そうに首を傾げた。

「何だ?」
「あの神薙が蹴られておっての…妾達と切り結んだと言う事実を忘れて、警戒を解いてやり取りを眺めてしまったよ…」
「ふーん?」

 確かに、あの男は変な部分で憎みきれない何かがあった。
 殺されるかもしれないと言うあの状況の中でも、殺意よりは純粋な戦闘に対する意思の方に自分は当てられていた様に思う。

 毒気を抜かれる。

 そんな言葉があるが、あの男が会話の途中で見せる態度はまさしくソレ。ふとした瞬間に、自分は敵を目の前にしている事を忘れてしまいそうになっている事に気付くのだ。

「まぁ、何と言うか…変わってるって言えば変わってる奴だったな」
「うむ。変人である事は変わりないじゃろうな。さて、」

 そこまで言うと、ヤヨイは腰掛けていた椅子から立ち上がり、伸びを一つ。
 んー、と小さく声を漏らし背を伸ばすと、再び横になっているクラウンへと目を向ける。

「主が起きたのなら、爺に伝えてくるとするよ」
「あぁ。分かった」

 言い残し、ヤヨイは静かに微笑んでゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。
 ぱたん、と言う扉が閉まる音が部屋の中に響くと同時――クラウンは頭を掻いた。

「はぁ…情けない」

 負けたこと、ではない。
 いや、多少はそれもあるが、最も情けなく感じている事はそこでは無かった。
 クラウンが情けないと感じている事はソレとは別にあった。

「まさか気絶した挙句に看病されるとは…」

 はぁ、と溜息を吐き出す。
 敗北に対して、そこまで強い意識は既に無い。
 結果的に生きているのならばそれで良し、と言うのがクラウンの精神骨格だからだ。
 繰り返し行われた幼き日の戦闘訓練から、今に至るまで、敗北は何重にも己の身体と心に蓄積している。そう言った経験は戦闘による勝ち負けに対しての執着を薄くし、“殺し合い”に対して最終的に相手を斃すと言う基本構造を築き上げた。
 だからこそ、今回の戦いに於いて、気絶したと言うのが許せない。
 意識を失うと言う事は、救援を望めない場合は死を意味する。
 最終的に勝つならば、気絶とは全てを放棄する事に他ならない。
 それが、クラウンは許せなかった。

「まだ、弱いな…俺は」

 口に出してから、クラウンは苦笑した。
 弱い、と言うのは間違っている。
 クラウン・バースフェリアは強い。
 通常以上の戦闘能力を保有しているからこそ、非公式にだが特殊ランクに分類される位階にその身を置き、有事の際には剣を握っている。
 比べる対象が異なるのだ、言ってしまえば。
 世間一般の人々は、クラウン達特殊ランクの存在と己を比べ、自分が弱いと感じる。
 クラウンが比べたのは、規格外の存在。
 魔者と繋がっていないのに、魔者と繋がっているクラウンを凌駕する存在――神薙夜十。
 そもそもが比べるだけ間違っている相手。前提として、本来存在しないようなレベルの相手だ。そうだろう。S以上の特殊ランクがA以下の者達にとっては珍しい存在であるのに、ソレを凌駕するような存在である。発見し、実力を把握し、比較するなんて事は普通しない。普通、出来ないのだ。

「しかし、まぁ、」

 自分がまだまだであると、認識出来て良かった。
 クラウンは胸中で呟く。
 己が上であるという考えは慢心を生み、隙を作る。
 自分自身に対して如何に言い聞かせていても、深い部分では決して理解しているとは言えない。戦いを重ね、生き残る度にソレは自信となるが、しかし――同時に自信は己が強い事を再確認させる。
 拙い。それは、拙い。
 何処かで負けなければ、ソレこそがそいつの弱点となる。
 ワンパターンな攻撃は相手に看破され、敗北する。それと同じ原理。
 強者は、対等な者が存在しない程、弱者に敗れ易い。

「良い勉強になった、としておくか…」
「そうしとけそうしとけ。俺と戦って生き延びてるんだ。それだけで儲け物だぜ?」
「―――――」

 何時からそこに居たのか。
 突如部屋の中に生まれた気配にぎょっとして、クラウンは声がした方へと視線を向けた。
 声の主は何でも無い様に『よう、おはよう』と言いながら、ベッドへと向かって歩いてくる。

「…何だ、改めて殺しに来たのか?」
「興が削がれた挙句、レインにまで止められたんだ。んな事しねーよ、っと」

 ここ座るぜ? と言いながら神薙夜十は今の今までヤヨイが腰掛けていた椅子へと、どっかと腰を下ろし『ふー』と小さく息を吐いた。

「それなら何故?」
「説明、と言いたい処だが、それに関してはレインが戻ってきてからだな。今は別件だ」
「別件?」

 何が?
 訝しがるクラウンの視線の先で、神薙は持っていた物をクラウンへと差し出した。
 剣型の術式端末である。
 意味を図りかねて、剣へと向けていた視線を今一度神薙へと向ける。

「“騎士”をやるには必要だろう?」
「アンタが俺にこれを渡そうとする意味が分からないんだよ」
「“刃”を持つ者に対する礼儀だ」
「………」

 深い意味までは分からない。
 しかし、神薙の眼には有無を言わさぬ力があった。
 戦っていた時とはまた違う、意思の強さがそこにはあった。

「………」

 目線を細め、差し出された刃を受け取る。
 掴んだ瞬間、腕に掛かる重み。それ自体は慣れ親しんだ重みに近い。若干だが今の今まで使っていた物よりも重い程度だ。
 柄に手を掛け、鞘から刀身を引き抜く。
 そこには鈍い色に輝く、薄い木目状の模様が入った刀身が―――

「……魔法鋼(ダマスクス)…?」
「あぁ、ダマスクス製の術式端末だ。鶴祇に引っ張ってきて貰った」
「これを俺に…?」
「流石にな。ぶっ壊してしまった分は責任を取るさね」
「………むぅ」

 ここまでされると気味が悪いが、悪い気はしない。
 クラウンは胸中で溜息を吐き出しながら、今まさに受け取った新たな剣へと目を向けた。

―――魔法鋼(ダマスクス)

 今まで使っていた魔法銀(ミスリル)よりも2ランクは上の魔法鉱である。物質自体が持つ硬度柔軟対衝撃性をひっくるめての強さが段違いに上な事に加え、魔力伝導関係も比較的上昇している。これを超える魔法鉱となると、最早金剛鉄(アダマンタイト)か、神薙が使用している術式端末を構成する素材である神叡希少金属(オリハルコン)程度しか思い浮かぶ名前が無い。
 値段的にも、数打ちのミスリル製術式端末とは比較にならない程の値段の筈だ。

「…本当に金はいいのか? ダマスクス、って相当高かった筈だが…」
「あー、術式端末の破壊に加えて治療費と迷惑料込みって事にしておいてくれ」
「…それでも釣りが来るだろ……」

 ダマスクス製術式端末と言えば、最安値でも6000万はくだらない。 
 最高品質の純ダマスクス製術式端末ともなれば、値段は1億に達するかどうかと言う処だ。
 そんな物が今こうして手元にあると言うのは、普段一振り100万程の術式端末を使ってるクラウンにとっては正気の沙汰ではなかった。まだ目の前で『残念、嘘でしたー』と言われた方が余程精神に優しい状況である。

「別にそこまで気にする事でも無いだろ。目算だが―――お前位ならギルド関係の仕事で年2・3億位は稼げる筈だ。大金にゃ変わりが無いが、そこまでって訳でもあるまい?」
「……は、はは…」

 それがそこまでの金だから困っているのだ。
 確かに実力だけで言えばクラウン・バースフェリアと言う存在は特殊ランクを与えられる程の戦闘能力を保持し、危険を切り抜けられるだけの判断能力や、それなりに高い知識を持ち合わせている。ギルドでの総合評価も、もしもクラウンが正しく評価されるのであれば、神薙の目算である年収2〜3億クラスであるSSかSS+程度の評価が与えられる筈だろう。
 しかし、それはあくまで正しく評価された場合の話である。
 クラウン自身が狙ってBクラス在籍になるように調整しているのだから、ギルドの仕事だけでそれ程の稼ぎを生み出している訳が無いのだ。
 詰まるところ、神薙の出した答えは世間的には正解であるが、クラウン的には外れもいい所だった。これはもう、乾いた笑い声を上げるしかない。

「だ、だったら有り難く、う、受け取っておくよ…」
「…? 何だ? 微妙に声が上ずっているが」
「何でも無い。うん、何でも無い」

 何はともあれ、今現在のクラウンにとって破壊された武器の代わりが手に入るのは純粋に嬉しい事だった。しかも、それが今まで使用していたデバイスの性能を圧倒的に上回る物だと言うのであれば尚更である。
 魔者が宿っていなくとも、デバイスに少し魔力を通してみれば理解出来る。
 ミスリルからダマスクスへの材質変更による魔力伝達性能の向上から始まり、増幅回路(トランジスタ)性能、魔者や汎用精霊の術式演算を助ける演算論理装置等、ありとあらゆるデバイスとしての性能が爆発的に高まっている。これならば、術式の威力に加え、構成速度、魔力使用量の減少も比較的高く望めるだろう。

「―――」

 加え、新たに追加されている機構がある。
 元は天然魔石を埋め込む事によって成されていたと言う機構。

―――仮想定理演算機構。

 俗称では“禁術回路”とも呼ばれる高純度ミスリル製術式端末から搭載される、禁術補助専用の演算路。極級術式を超えるレベルの術式を発動するのを補助する専門機関である。
 この演算路が無くとも、禁術は使用する事が出来る。
 しかし、禁術を使用する為の時間は非常に掛かる。そう、戦闘中に使用出来ない程に、だ。

「…まぁ、禁術回路があったところで、ヤヨイは禁術を使用出来ないんだけど…」
「そうなのか? ちらっと見ただけだったが、かなり力ある精霊だと思ったがな」
「そこまでの権能は無いんだとさ」

 禁術は爆発的な力を発現させる事が出来る。
 しかし、禁術は何も魔力があるからと言う理由や、演算能力が高いから、と言う理由で使用出来る物では決して無い。禁術とは100%魔者本来の力に依存する力である。
 レベルが高過ぎるのだ。
 “禁術”とは世界の理から真っ向から対立し、また、法則の限界を超えてしまう力。
 許されざる最終。それが禁術である。
 であるが故に、世界法則に対して真っ向から対立するには、高い存在のステージと、内包する幻想が必要とされる。
 もしもこの法則を破って禁術を使用した場合どうなるのか?
 過去、歴史に記されている上で三度程、同じ事象が観測されている。
 超限定空間上における空間の歪み。
 世界からの粛清――抉り取られるが如く使用者はパズルのピースが欠けて行くかのように解体し、景色へと溶け、消えて無くなったと言われている。
 世界が許さなかったのだ。
 それだけの力を行使しても良い存在だと認めなかったから、そんな現象が発現した。

「ま、使用出来たところでそんな物を使う相手なんぞには巡り会う機会はそうそう無いだろうけどな」

 クラウンの目の前に居る様な理不尽な存在に出会わなければ、そんな物を使う機会なんてものはそうある物でもない。むしろ、こんな相手に出遭ってしまった場合、禁術を使う前に殺されるのが関の山だ。
 使用出来たとして、自爆覚悟ならまだ救いがある。
 だが、生き延びようと思うならば、そもそも禁術なんて物は使ってならない部類に含まれる。
 影の魚を討ち取った時に事象操作騎士戦闘条項に引っかかる可能性があった為、シュレイとクラウンは表舞台から降りたのだが、それでも中級術式レベルである。それが禁術レベルともなれば、時間を掛けて考えなくても分かる。
 極級術式は対瘴魔戦闘においてはギリギリで許容されているが、禁術に関しては許容されていない。発現するだろう破壊規模が、瘴魔が引き起こす災害を超える可能性があるからだ。それは市街地での戦闘より多少甘い外での戦闘にも言える。

 敵には勝てるかもしれない。
 しかし、次は仲間から狩られる。
 それが禁術なのだ。
 だが―――

「ん? そういや…」
「あん? 今度は何だよ」
「いや…禁術関連で何か忘れているような…」

 そう、何か忘れている。
 禁術関連で、何かを忘れている様な気がするのだ。
 確かそれは、術式端末をオーダーメイドする際の契約書の中にあった様な―――

「クラウン、入るぞ」
「――…ヤヨイ?」

 そこまで考えた処で、部屋に戻ってきたのだろう、ヤヨイの声によって思考が中断される。
 息を吐き出し、クラウンは今の今まで露出したままだったダマスクス製術式端末の刀身を鞘へと戻すと、ベッドの脇に立てかけた。

「今考えたんだが、ここで俺がお前に剣を向けてたら笑えるんじゃね?」
「一つ言わせて貰えば、お前のその思考は現行人類の思考からは著しく外れるから修正しとけ」

 突如意味不明の事を言い出した神薙に文句をつけたところで、ヤヨイが丁度扉を開いた。
 そこで、中に居るのがクラウンだけでは無い事に初めて気づき、眉根を寄せた。

「神薙…」
「どうも、邪魔してる」
「………クラウン」
「あー…見舞いだとさ」

 これをくれた、と視線だけでヤヨイに何があったかを伝える。
 ヤヨイはクラウンの瞳が見る先へと視線を向け、更に眉根を寄せた。それは普段、あまり表情へと感情を表さないヤヨイにとって、はっきりと表情へと浮かんでいる“不可解”と言った感情だった。
 ヤヨイは一度だけ視線を神薙へと向けると視線を外し、クラウンが剣を立てかけていない側――神薙が立っていない側へと歩み寄る。

「まぁ、慎重なのは良い事だがね」
「ふん。破壊したデバイスの代わりを持って来るなら理解出来るが、態々政府機関へと申請しなければ取り付けて貰えない様な機構を組み込んだ術式端末を持って来ても怪しいだけじゃ。何を考えておる?」
「………」
「あっ」

 ヤヨイが放ったその言葉で、忘れていた物が何だったのかクラウンは思い出した。
 禁術回路は、術の行使にかかる時間を爆発的に短縮する事が出来る回路である。それは戦闘で禁術を使用する際、誓約者と魔者を助ける大きな力だ。
 しかし、この禁術回路を取り付けるには、政府機関による身辺調査を行わなければならない決まりになっている。
 当たり前だ。
 禁術は一歩間違っただけで周囲空間ごと抹消すると言う世界からの粛清現象を引き起こし、単純に“破壊”と言う方向性で禁術の力を成せば瘴魔被害以上の破壊が訪れる力である。自分達が住まう場所を護る為にも、禁術とは規制されなければならない力なのだ。
 そんな一々申請しなければならない物を取り付けてから、神薙はクラウンに渡したのか?

「んー、そうだな。バースフェリアの魔者、アンタが禁術を使えると思ったからだな」
「だったら言葉の最初に『そうだな』、等とつけるで無いよ。後付の理由では納得せん。何を考えてこんな物を渡したのか、ここで言え」
「教えてやる義理はねぇな」
「……お主」
「と言いたい処だが…まぁ、協力を願い出る立場だ。理由は話すさ」

 ヤヨイから一瞬漏れた鋭い剣気を前に、神薙はころっと態度を変えると今まで浮かべていた笑みを引っ込めた。

「協力?」

 ヤヨイの言葉に神薙は頷き、




「あぁ、単刀直入に言う。エデン近辺の調査をしたい。案内を頼む」

 そんな言葉を二人に告げた。



#8-end






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