世界は捻じ曲がり、運命と運命は合わさり一つの運命となる。
新たに生まれた運命は、果たして何を紡ぎ出すと言うのだろうか?





























The duet with the lunar
の精と二重奏(デュエット)を――


Knights of princess
―おひめさまのきし―
-prologue-




















「ふぅ…」

 クラウンは一人、薄暗くなった薬屋の店内で溜息を吐き出す。
 あの聖女レイン・レムニエンスと、神薙夜十を交えた会談から既に一週間が経とうとしていた。
 あれからレインや神薙が一体何に属しているのか、そして本来は何をしようとしているのかを聞いた結果―――今の憂鬱気に溜息を吐き出すクラウンが出来上がっていた。

「そろそろか…」

 未だ少年側――エデン側から何かしらの接触は確認出来ていない。
 見掛け上は平穏そのもので、今までと何ら変わりの無い日々が続いていると言える。
 だが、確実に変わってしまった事もまた、存在していた。
 それこそがクラウンの心の内側。
 レインや神薙の正体を知って、属しているのが何か分かり、その心の内側が圧迫されている訳ではない。彼女らの答えは、現在のクラウンにとっては何よりも頼りになる物である。
 では、一体何を悩んでいるのか?
 それは、

「おっしゃクラウン帰ってきたぞ、って暗っ! 店内真っ暗じゃ儲からない商売がより一層儲からないぞ? それより土産買ってきたから一緒に食おうぜ」
「シュレイ」
「んあ? 何だ…?」
「少し、話がある」
「―――…ふーん…?」

 それは、嘗て―――共に施設を破壊するだけ破壊して逃げた友人に、未だ禍が去っていないと言う事を告げなければいけないという事に、他ならない。





* * *







 更に一週間後―――


「あぁ、やっとルルカラルスに戻ってこれた…」

 秋晴れの空を背にルルカラルスの商店街を歩く青年が一人。開放感と憂鬱さが半分々々にだらだらと肩を下げて歩いていた。
 神薙夜十、その人である。

「チッ…まさか本当に本国に呼び戻された挙句、説教受けた後に始末書何枚も書かされるとは思わなかった。全く嫌になる」
『しょうがありませんよ、夜十。市街地で流石にあれでは…始末書だけで解放されただけ良しとしとかないと』

 響く声は夜十の腰元――刀型の術式端末より発せられている。
 夜十の契約魔者であるネクロシュリアだった。
 そんな声に、夜十は諦めを若干含んだ様な溜息を吐き出す。

「まぁな…危うく新しい聖女の護衛をしなけりゃいけなくなりそうだったし…そこら辺は恩情があったと言う事かねぇ…?」

 はぁ、と溜息を吐き出しながら神薙は前へと視線を戻す。
 あの会談から既に二週間が経っている。
 あの日、クラウンに対して行われた説明会の後、夜十は聖法国ゼスラに対してルルカラルス国内コーラル市街にてあった事件の報告を行った訳だが、直ぐにでも戻って始末書を書け、となったのだった。
 その際、始末書の他に罰として、これから聖女となる者の護衛として一年間行動を共にし、反省しろ――そんな言葉も出てきた訳だったが、他の騎士団団長レベルからの口添えが幾つか入った為、その罰は執行される事は無かったのである。
 ちなみに言うと、口添えは“夜十を今更護衛につけるのは勿体無い”と言うものではなく、“新人断罪者の修練の場を奪わないでやってくれ”との言葉が殆どで、夜十自身を庇う者は進言した者の中に2割程度であった。大体が『お前なら、そんな技使わなくても普通にやりゃいいだろ。アホか』的な意味合いの言葉が夜十に対して贈られている。
 では他の罰を、となったが―――レインが神薙に幾つか仕事を手伝って欲しい事があるとの事で、それ以上は不問となったのであった。鶴祇を置いて。

「…まー、俺の代わりに鶴祇が新人の指導してるから、ってのもあるか…俺が解放されたのは」
『そうでしょうね。戻ったら鶴祇に感謝しなければなりませんよ?』
「俺だって、普通に新人の指導する位は良かったんだけど…レインから直接依頼があっちゃなぁ…」
『私的には、夜十が指導せず、鶴祇が指導して良かったと思いますよ? 貴方は術式学に関しては穴だらけですし、逆に接近戦闘に関しては完全に近過ぎてアンバランスすぎます。加え、貴方は指導するとき『ここがガーッって来たらグワッとやるんだよ』とか擬音を使いすぎて分かりづらいので、先生には不向きです。やらなくて正解です』
「何故あれで理解出来ないか俺には分からんのだが…こうやったら、ああ言うふうになるって感覚が分からんのかね」
『ですからやらなくて正解なんですよ』

 天才には天才を育てる事しか出来ない。比べ、努力して秀才と呼ばれる様になった者は、凡人から天才まで幅広く育てる事が出来る。天才が凡人を育てられるのであれば、その天才が“教育”と言う分野を学び、指導の仕方を知っているからだ。ロクに指導の何たるかを知らない夜十では、断罪者見習いを教育するなんて事は出来ないだろう。

「だからって鶴祇が教育に向いてるか?」
『あの子は弱者の心を良く理解しています。それに、断罪者の中では人気もありますし、貴方よりは圧倒的に指導者として向いていますよ』
「人気、ねぇ…?」

 二人は歩きながら教育者談義に花を咲かせていたが、ふと、ある地点に来た時に立ち止まる。
 目的の場所近くになったのだ。
 今日、再びルルカラルスを訪れたのはその為だった。
 クラウン・バースフェリアより何らかの話がある。
 レインから持ちかけられた話はそれだった。本来であればレインが直接訪問すればいい話であるが、彼女は現在ルルカラルス国内での立場と言う物がある上、何やら国を挙げてのイベントがあるとの事で忙しくて気ままに出歩けないそうで、夜十は代わりに話を聞くと言う件に便乗してゼスラから再びルルカラルスへとやってきたのだった。

「アレがバースフェリアの店か。さて、どんな話が聞けるのか」
『やはりこの前の件に関してではないでしょうか。それが妥当だと思いますが』
「何はともあれ、直接話を聞けば分かるさ」

 そう言いながら、夜十はバースフェリア薬学錬金術士工房の扉に手を掛け、押し開けた。

「いらっしゃいませぇー、っと」

 先ず初めに飛び込んできたのはクラウン・バースフェリアの顔ではなかった。
 カウンターの内側に座り、絶対に適当だろうと判断出来る返事をしたのはくすんだ金髪の男であり、本来そこに座っているだろう黒髪の男か、黒い髪の精霊の姿は影も形も無い。
 何だ、店の奥にでも居るのか? それよりそれは店員としての態度が間違ってるんじゃねぇか? と夜十が疑問を浮かべた時、カウンター内に座る金髪の男が『あぁ…成る程、こいつか』と、小さく呟いたのが耳に入った。
 それが耳に入ると同時、夜十は逸らしそうになった視線を再び金髪の男へと向ける。

「…クラウン・バースフェリアは居るか? 約束があるんだが」
「お生憎様、クラウンの奴は居ねぇよ? ちょっくら出かけてる」
「そうか。だったら少し時間を潰してからまた来る。そう伝えておいてくれ」
「その必要は無いぜ? “レギオン”の第三執行官」

 次の瞬間、夜十はどう動いたのか。
 視認は出来なかった。空気すら動かなかった。変化は一瞬である。抜き放たれた刃は、確りと金髪の男の首に添えられていた。
 だが、金髪の男は一切表情を崩す事無く『あー、あいつが言ってた通りだわ』と一言呟くだけだった。

「…“レギオン”に関してはバースフェリアからか?」
「そうだ。ま、後はアンタか聖女様のどちらかを呼び出す様に行動したのも俺だと言っておこう」
「…で? 何だ。ここで死体を一つ作れば満足か」
「気が早いな、おい。少し落ち着けっての。そこは俺に呼び寄せた理由を訊くところだろうが」
「貴様の巫戯けた言動に一々付き合ういわれは無いんだがな」
「あー、はいはいそうですか…俺もクラウンと同じホワイト・チャペル出身者だって言ってもか?」

 そこに至って、夜十はようやく添えていた刀を下ろした。
 金髪の男はそこになって、全くそうは見えないが『あー、生きた実感しなかったぜ』と言葉にした。

「その言葉は真実だな?」
「アンタみたいな奴を前にして嘘をついてスリルを楽しんだりする程マゾヒストじゃ無いね、俺は。加えて言えば、だ」
「………」

「俺は、あの屑どもが一人でも生きているのが気に食わないんだよ」

 一瞬変質した気配。
 金髪の男が、ほんの一瞬だけ見せた変質は、夜十を納得させるには十分な変質だった。
 こいつはクラウン・バースフェリアと同じ異質さがある、とそう納得させるには。
 背筋を一瞬這うゾクリとした感覚。
 “もしかすれば自分を倒しうる脅威”に出会えたであろう感覚に、今度こそ夜十は目の前の男に対する警戒を解いた。
 夜十自身の価値観。
 自分を倒しうる相手は対等に扱うという価値観に則って、夜十は警戒を解いたのだった。
 口の端を上げて笑い出してしまいそうになるのを堪え、夜十はそれでも漏れ出しそうになる笑みを隠すように手で口元を隠す。

『実に良い…悪く無い事が続くな』
『それはエデンに対する情報が手に入る事に対してですか…? それとも――』
『分かってるだろう、シュリィ。どっちもだ。情報も手に入り、戦う価値がある存在とも出会える。そのどちらともだ』
『…ふぅ。まだ戦う価値ある存在と出会えた事だ、と断定されるよりはましなんでしょうか?』
『さてね?』

 念話でシュリィと話しながら己の精神を鎮め、改めて夜十は考えた。
 二週間前の出来事。クラウン・バースフェリアと少年の間であった会話の内容。
 前回の会談では言及しなかったが、それでも聞かなければならない事。或いは、目の前に“二人目”が出てきた事によって興味が湧いた事柄。

 施設から脱走したのは“六人”。

 それが神薙夜十の好奇心を刺激し始めていた。
 もしかすれば、こんなのが後四人も居ると言う事実に。
 前回はレインが居る手前、余り深い部分に触れるのは憚られた。
 レイン自身気づいていない様だが、レインは多少クラウン・バースフェリアに対して優しいところが見受けられる。それが何に繋がっているかは判断するのに材料が足り無さ過ぎるが――前回いきなり深い部分に触れようとすれば、見え隠れする優しさによって話を中断される可能性があった。
 生き残りが何人か居る、と後で言えばそれで良かったのかもしれないが、夜十はそれをしなかった。

 レインだけが真実を知り、存在している可能性を隠されるかもしれなかったからだ。
 面白い生き物に出会える可能性を奪われる可能性があったかもしれないからだ。

 あいつのそう言う部分が嫌いと言う訳では無いんだがね…。
 ふん、と息を吐き出し意識を区切ると、夜十は口元を隠していた手をどけて目の前の金髪の男を改めて見据えた。
 そこになって初めて気付く。

「話をする前に、一ついいか?」
「何だ?」
「バースフェリアは何処に行ったんだ? さっき出かけていると言っていたが…」

 これから話すのは二週間前にした話と同じ様な話。
 それならば、クラウン・バースフェリアが隣に居て、改めて話した方が互いに理解を深める事が出来て効率がいい。加え、クラウン・バースフェリアのタイプは、情に篤いタイプである。身内らしい金髪の男が、命の危険性を孕んだ存在と会うのだから、本来であれば隣に居て然るべきなのだ。

「あぁ、クラウンならアレだ。ちょっとアンタと話した後色々と考えていたらしくてな、俺が手を回して楽して稼げて国外まで空の旅が出来る仕事を斡旋してやった。ほら、心も養生させないとヒト、意外と早く駄目になっちまうもんだからね」
「ギルドの依頼で店を空けさせた、と言う訳か…しかし何だ? 空の旅、だと?」
「結構大変だったんだぜ? ルルカラルス第二王女の嫁入り護衛任務にねじ込むのも」
「!、大陸横断鉄道から見えた軍施設がやたら慌ただしかったのはそれか」

 本日、ルルカラルス、そして隣国であるヴァナーギーエンの両国にとって喜ばしい事がある。
 ルルカラルスの第二王女が、ヴァナーギーエンの第二王子と目出度く結婚するのだ。
 第二王女は、軍施設に停泊中の船――世界に三艇しかない高々度飛行用戦闘機能搭載大型飛空艇、ルルカラルスが所有する“オベロン”に乗り込み、空からヴァナーギーエンに入国。そのままヴァナーギーエンの軍が護衛し、街をパレードしながら入城する予定になっている。
 レインがルルカラルスに勤める事になり、若干三大聖女の就任と言うイベントに隠れた形になってしまっているが、国としては三大聖女の一人が勤めるよりも重要度の高いイベントであった。
 夜十は『そう言えばレインが顔を出せないのも、地上でお姫様の護衛をするからだったっけかな?』と、今更ながらに思い出すに至っていた。

「こう言う時、色々な方面に顔が利くと、無理が通り易くていいね。今頃は飛空挺も飛び立って、国境を跨ぐか跨がないか位だろ」

 ケタケタと、夜十の目の前に座る金髪の男は笑う。
 ここに至り、もしかすれば自分やレインだけではなく、クラウン・バースフェリアさえこの男に一杯食わされたのではないかと言う考えが過ぎった。
 ふん、面白い男だ。
 夜十は一言で男を結論付けると、小さな笑みを浮かべた。

「まぁ聞ける事は聞いたし、始めるとしようか。文句は無ぇな?」
「はっは、始めてくれるなら文句はないね。あぁ、だけど少し待ってくれ。店は閉めとかないと、もしかしたら誰か正面から入ってくるかもしれないからな」

 誰か入ってくる確率はそこまで高くない筈なんだがね。
 金髪の男は小さくこぼすと、そこで始めてカウンターの内側から立ち上がり、出入り口へと向かって歩き出した。

「何だ、バースフェリアの店は儲かってないのか?」
「ライバル店があるからな。俺的にはさっさとアイツがフリーになって、アルファザイナスの探索につきあって貰いたいところなんだけど」
「お前さん、普段はハンターか」
「あぁ。そうだぜ…っと…? 何だ?」
「―――?」

 その時だった。
 金髪が店の扉に手をかけたところで、外から騒音が飛び込んで来たのは。
 何だ? と、金髪が扉から頭を出し、体を出し、夜十がそれに続く。
 そこで初めて、それが一時的な騒音ではなく、世界に響く“騒乱”だと気付く。

「あー…? あっ! ちょっと!」
「な、何だ?」

 夜十の目の前で、金髪は駆けていこうとした集団の中から一人の男を捕まえて話しかけた。
 夜十も街中に響く声に耳を傾けながら、金髪が引き止めた男へと近付いて行く。

「何があったんだ? やたら騒がしいけど。何か事故でもあった?」
「事故? 違う違う!! もっと凄い事だ!」
「はぁ?」
「あぁもう! そこで今ラジオから…!!」

『―――繰り返しますっ』

「!!」

 誰かがラジオの音量を最大にしたのか、群集が取り囲んでいる中からもはっきりとした音声が聞こえてくる。
 それに合わせた様に、ラジオを取り囲んでいた民衆達のざわめきがぴたりと止んだ。
 やがてそこから聞こえて来た言葉は、

『たった今、“オベロン”が煙を上げてヴァナーギーエン側国境付近の森に墜落したとの報告を受けました!!』

「あー…うん?」
「……は?」

 二人を動揺させるには十分な言葉であり、

「…クラウンが不幸なのは俺の所為じゃ無ぇからな…」
「バースフェリア…お前って奴は…」

 クラウン・バースフェリアの身に起こった不幸を哀れむには十分な内容であった。



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