「全員怪我は無いな? 報告を」
森林地帯の中、とある開けた場所に飛空挺オベロンから脱出した者達全てが集っていた。
人数はギルドメンバーが5名。王女護衛の軍人が27名に、文官が18名、王女の世話役が1名。そして最後に、護られるべき王女が1人である。
森の切れ間からは飛空挺の残骸が見る事が出来た。既に全体の半分以上が破損し、潰れ、墓標となった姿だけが今は只そこにあった。
クラウンは静かに黒煙を吐き出す墓標から目線を外すと、部下から状況報告を受けている騎士団長へと目を向ける。
「脱出の際に居た者達は全て揃っています。怪我人も船内で負った軽傷のみに留まっています」
「分かった…と、バースフェリア、それにワインディール伍長」
「…ん?」
何となく状況を見守っていたクラウンだったが、ここで自分が呼ばれるとは思っていなかった為に若干反応が遅れてしまう。胸中で『何だ?』と小さく呟きながら、クラウンは騎士団長の下へと歩み寄った。
「…何か問題でもあったか?」
「いや、先の礼を、と思ってな。ありがとうバースフェリア、それにワインディール伍長も。危険な役を押し付けてしまった」
「自分の役割を――」
「恐縮です!!」
「…あー…」
隣に立つワインディール伍長の元気な声に言おうとしていた言葉を吹き飛ばされ、クラウンは閉口する。何とも元気な事だ、と若干苦笑の表情を浮かべた後、クラウンは再び口を開いた。
「…別に構わないさ。俺とワインディール伍長が、あの場で囮を買うにはうってつけだったと言うだけの話だ。それで、これからの話だが…」
「あぁ、それに関しても少し話したいと思っていた」
そこで騎士団長は墜落したオベロンを一瞥する。
「このままこの墜落現場付近に居れば、どちらかから救助は来るだろう。本来であればそれが最善の選択だ。しかし…」
「狙撃者の存在、が問題か…?」
その通りだ、とクラウンの言葉を受けてと騎士団長が頷く。
そう、それが一番の問題であった。
只、この飛空挺が墜落したと言うだけの話であれば、ここから移動せずに救援を待つのが最善であろう。下手に動く事によって遭難や怪我等の二次災害を未然に防ぐ事も出来るし、救援と入れ違いになる心配も無い。だが、これは普通の墜落ではない。“狙撃されて”の墜落である。そして狙撃者は未だ姿を現さず、こちらを狙っている可能性がある。
であるならば、ここ一箇所に留まっていると言うのは得策ではない。相手の目的が全員の抹殺等であった場合、今のままでは狩り殺されるだけだ。
「狙われてる、ってなら直ぐにでも移動するのが普通だな。本来であれば」
「あぁ。しかし、こうも人数が多いと移動するだけで一苦労だ。しかも移動するなら移動するで、見つけて下さいと言っている様な物だろう? だからこそ意見が欲しかったのだが…」
「そうなると…」
クラウンはそこまで言って、横へと視線を逸らした。
視線の先――そこには転がる岩へと腰掛け、世話役から心配されている王女の姿がある。
「…王女様とそれ以外のグループで分けるべきか?」
「やはり、そうなるか…」
「心無い言葉を使うが、死んでも問題の無い奴と、問題のある奴で分けるのが最善だろう。王女様が狙われているのか、それともそれ以外が狙われているのかは分からないが、言ってしまえば俺達と王女様は対等の命ではない。俺達が死んでも『頑張った』『勇敢だった』で片付けられるが、あの人が死んでしまえば『どうしてそうなった』『責任があるのは何処の国だ』になって、最悪国際情勢が悪化する」
そこまでは行かないと思うけどな、とクラウンは続ける。
「それでだ、先程の話に戻すが…もしも二班に分けるのであれば、どちらもある程度は襲撃に対処出来る布陣でなければならない。加えて言うなら、王女様側に関しては機動性を上げる為に少数精鋭である事が望ましい」
「だろうな」
「バースフェリア殿、一つ質問があるのですが」
「ん? 何だワインディール伍長」
「総力を結集して守備を固め、敵が強襲して来た際に返り討ちにすると言う案は駄目なのでしょうか? 一箇所に集まっているだけに守り易く、皆が居れば敵が強くとも対処出来るかと思うのですが…」
「そうだな。確かにそれも悪くないと言えば悪くない。既に救助の為の部隊は組まれている頃だろうし、ここが森の真っ只中だと言う事を考えても早ければギリギリ日没までには助けに来てくれる可能性がある」
軍には空戦部隊――バードで構成される戦闘部隊もある筈なのだから、空路であれば日没までにはここまで到着する事が出来るだろう。だったら全員この場所で待っていれば全員が救助される筈だ。だがしかし、それには大きな欠点がある。
「バードの部隊が狙撃されずに本当にここまで辿り着けるのか、そして辿り着けたと仮定して、空路で脱出する事が出来るのかと言う問題がある。恐らく軍か、或いはギルドかは分からないが…“撃墜”されたと言う事実は観測されている筈だ。だったら救助は上空からではなく森の中を行軍してくる可能性の方が高い。流石に狙撃者が居る森の上を飛ぶなんてのは嫌だろう?」
「…えぇ、そうですね」
「国境の森の近くまで軍用車で来て、そこから徒歩で休憩を挟まず来たとしても確実に日が沈む。夜の森を下手に歩くなんてのは自殺行為に等しい。それは俺達もそうだが、軍でもそれは変わらない筈だ。特殊な術式を持っていない限りは、な」
「………」
「それで一箇所に待機しているメリットがほぼ無くなる。次に狙撃者の問題だ」
「守り易さ、ですね…?」
「そうだ。正直俺はあれだけ護る対象が居て、一発目の被害を出させない自信は無い」
クラウンは文官や、周囲を警護する軍人達へ目を向けながらワインディール伍長へとそう告げる。
狙撃、とは遠距離から、相手に気付かれる事無く、その命を奪う技術だ。
事象操作騎士は撃たれると分かっていれば数十メートルの距離からでも反応して弾丸を叩き落す事も出来る。だが、分かっていなければそれは術式を使用出来ない一般人達と対して変わらない。精々が反応が良い人程度の扱いでしかなくなる。殺意を鋭敏に感じ取れる神経を持っていれば、反射的に躱す事も出来るかもしれない。だが、それは狙撃者の熟練度が増す程に感じ取りづらくなる。そして恐らく今回飛空挺を狙撃したのは並大抵の腕の者ではない。
「向けられる殺意が誰々に向いているって分かってるならともかくだ、流石に“誰か”に向けられる殺意だとどうしても数瞬反応が遅れる。その数瞬と言う時間があれば、あの光条は悠々と対象の命を奪う事が出来るだろう」
それはきっと誰もが同じ筈だ。
周囲一帯に向けられると言うならまだしも、単一に、しかも自分が感知して無かった相手に向けられている殺意を感じ取るのは難しい。それこそ神薙夜十の様な破格の存在か、特殊な能力を持った者しか対処する事は出来ないだろう。
「一発目を絶対に防げると言うなら俺もそっちを選ぶ。だが…」
「…我々の中にもそこまでの反射能力や感知能力を兼ね備えた者は居ない。不可能だ」
「そう、ですか…いえ、ありがとうございますバースフェリア殿」
「いや…」
曖昧に返事を返す。
これ以上の策が無い限りはこのまま二つの班に分かれて行動する事になるだろう。
騎士団長も同じ様な考えであったようなので、そうなる可能性は高い。
「………さて」
じきに日も暮れる。
そうすれば下手に動く事も出来なくなるが――
今は只、決断の行方を見守る他無い。
* * *
「フェイ・デイレイト、フェイ・デイレイトか…まーた厄介な相手だな」
シュレイの呟きに電話口の向こうでアズイルが頷く。
『ちゃんと覚えているな?』
「一応はな。俺は戦闘区域に入れなかったから直接対峙してはいないが、クラウンと現色彩円卓の“青”が一緒になって殺しきれなかった野郎だからな。俺も覚えちゃいるよ」
よくもまぁ、生き延びれた物だと感嘆する。
シュレイはその二人に命を狙われて生き延びられた事に対する感想をそう結論付ける。
“色彩円卓”と呼ばれる者達が存在する。
ギルドランク最大域にて構成される七人が基本メンバーであり、御伽噺みたいな存在を抜かせば、この世界での最強と呼ばれる者達である。
七人は七曜属性それぞれで構成され、ギルド協会より認定を受けた者が莫大な保障と共に“席”へと座る決まりになっている。そこに選ばれると言う事は詰まるところ、その属性ではギルド管理内――ほぼ世界最強の称号を得たと言う事に他ならない。
クラウンが相対したのもその一人であった。
色彩円卓の緑席――当時【 輝ける千の矢 】と字されていた男である。
フェイ・デイレイト――色彩円卓の緑席。栄光を掴んだ狙撃手。最強の風琴、等と様々な呼び声を欲しいままにし、先の未来すらも約束されていた存在。
色彩円卓とは、それ程までの称号である。
しかし、彼にはもう一つの顔が――或いはそちらこそが表の顔だったのかもしれないが、隠されている正体があった。
アサシンギルドの間者、つまりスパイとしての顔が。
色彩円卓には、ギルド協会社内上層部より一段落とした程度の情報権限がある。それを社内と言う危険域に踏み込まずに得る為の、長い時間を掛けての工作だった。
彼は一からこつこつと成果を積み上げ、その席を手に入れたのだから恐れ入る。
フェイ・デイレイトがその本性を明るみにする前に出された最終的なランク判定はSS+。
当時ホワイト・チャペルにて対術式戦闘、及び高度の戦闘技能を叩き込まれていたクラウンにとっても、その危険度は馬鹿にならない程に高い存在であった。判断を一つでも誤れば一瞬で己の命が吹き飛ぶ程の相手が、当時クラウンが相対した敵である。クラウンが生き残る事が出来、尚且つ相手の首を掻き切ろうと迫る事が出来たのは、ひとえに異常なレベルで行使出来る気配消しのお陰であった。これが無ければクラウンの心臓と頭は原型を残さず吹き飛んでいた事だろう。
「色彩円卓の青が居たからあん時はどうにかなったが…さて、今戦えばどうなるか…」
「ふん、バースフェリアなら勝つだろう?」
「か、神薙…!?」
全く今の今まで一言も喋らず、電話のやり取りを聞いていただけの夜十が笑いながらに言う。
それに動揺したシュレイの声は、電話口の向こうの相手に聞こえたようで――
『…シュレイ、そこに誰か居るのか?』
「なんでもないっすよ!? あ、何か客がわんさかと来たからまた今度電話する! じゃなっ!!」
『おい、こら、そんな見え透いた嘘をつくな! シュレ』
ガッチャン、と勢い良く叩きつけられた受話器の音に、電話口から漏れる言葉は半端に切れた。
シュレイは額から流れる冷や汗を拭って一息。
「お前な、黙ってるかと思えばあのタイミングで喋るなよ」
「いやいや、何やら今起こってる事件を起こした犯人が元色彩円卓だって言うからな。ソレとバースフェリアが真っ向から戦ったらどっちが勝つかって言う率直な感想を述べたまでだ」
全く反省の欠片すら見せずに夜十がニヤニヤと笑う。
一瞬シュレイも血圧が上がるが、考えてみれば電話中に喋るなよとは一言も言っていない。結局の処は自業自得である。
冷静になって溜息を吐き出すと、じと目でシュレイは夜十を睨んだ。
「んで…クラウンがフェイ・デイレイトに勝てる理由は?」
「バースフェリアの気配消しは俺も見てたが、見事な物だ。正直、俺もマナを視覚で認識出来なければ分からなかった。相手が遠距離主体なら、近づければバースフェリアでも楽に勝てるだろ」
「フェイ・デイレイトが遠距離戦闘主体だって言うのは何処で…?」
「ゼスラだ。数年前にギルドから追放された時に資料が出回っただろう? それで覚えててな」
「ふーん? まぁ納得だな」
それに、と夜十は続けて、
「加えて言えばだ」
「?」
その唇を笑みに歪め、
「バースフェリアには、いやお前さんにも、か…?」
「…何だよ?」
楽しそうに笑った。
「瘴魔を食って手に入れた異能があるんだろう?」
思わず、息を呑んだ。
看過できない言葉がそこにあったからだ。
「…異能の事は何処で聞いた。それもクラウンからか…?」
「バースフェリア含め、って処だな。エデンから来た奴も言ってたぜ? 瘴魔を食って異能を得たとな」
「………」
「興味がある。実に興味があるな。術式を介さず、もしかすれば術式以上の現象を顕現させる力。それがあれば勝てるんじゃないか? どうなんだシュレイ・ハウンゼンス」
ニヤニヤと、実に楽しそうに神薙は笑う。
確かに、異能は、ある。
クラウンも、そして自分も、無理矢理口の中に何かを捻じ込まれ嚥下させられた。それが瘴魔の肉だったと理解出来たのは、自分の身体の中を何かが蠢く気持ち悪さと激痛にのた打ち回りながら、白衣を着た屑が懇切丁寧に説明してくれたからだ。
百人を閉じ込めた檻で、足を引き摺り、血を流し、飢餓感に支配されながら何とか生き残った自分に、飯をくれてやると嬉々としながら白衣の屑はそんな仕打ちをした。
九十九人の命を喰らって得られた結果がソレだ。
下らない、実に下らない実験結果だ。
「…ふん、そうかもな。アレがありゃ、クラウンが死ぬ事は無いだろうよ」
「そうかい。能力が何かを俺にこっそり教えてくれる大サービスは無いのか?」
「馬鹿言え。俺やクラウンはお前さんみたく、自分の手札を惜し気も無く明かして楽しむ気なんか無いね。あー怖い怖い。戦闘大好きっ子はこれだから怖いわー」
それに、とシュレイは続ける。
「俺もクラウンも、いずれアンタと戦わなければならない日が来るかもしれない」
「…ほぅ…?」
「まぁ、それは今日明日の話じゃ無いだろうが…それでも、んな何時剣を向けてくるか分からない相手に対して、仕方なくばれたならまだしも、自分から教える気は毛頭無い。お前さんが俺達を斬らないと言う確信が無いし――何よりだ、アンタ自身がクラウンや、もしくは俺と…いずれは本気で戦ってみたいと思ってるだろう?」
その言葉に、成る程、と夜十は頷く。
口の端を笑みの形に歪め、シュレイ・ハウンゼンスと言う眼前の存在を見つめた。
「一つ訊いていいか?」
「何だ?」
「どうして俺がお前らを斬るかもしれないと思う?」
夜十の問いにシュレイが鼻で笑う。
「そう言う顔してるぜ。もう死んだが、そう言う知り合いが昔居た。己を高める事が目的の、“強い敵”を求めていた野郎だ。アンタはそいつに何処と無く似てる。あぁ、だがアンタは死んだアイツと比べて酷く賢い。理性的な面が強いように見える。アレは見境が無かったからな」
「ふん、辺り構わず噛み付くだけの奴と一緒にしてもらっては困るな。俺もゼスラの騎士団に属し、レギオンに席を置いている身だ。分別はある。そして最終目標もあり、そこに至るまでに倒しておくべき奴も決めている。それ以外は特に面白そうでなければ手は出さない」
「…その面白そうな奴に、俺やクラウンが引っ掛かった…と言う訳か?」
「ご名答。だが、先日のクラウン・バースフェリアの結果を見ても分かる通りにまだまだだ。お前達にはその可能性があると言うだけ。今はまだ斬る価値も無い。旧言語風に言うとバリューレス野郎」
おーまーえーはーむーかーちー♪
夜十は音階をつけながらシュレイを指差してニヤニヤと笑う。
こいつは相手を挑発するのが趣味なのだろうか?
絶対に殴りかかっても勝てないので、心の中だけで殴りかかり数十発の拳を叩き込んだ処でシュレイは自分を落ち着けると、改めて口を開いた。
「…安心と同時に酷く侮辱された気分だ。謝罪と賠償を要求する。現金一括でな」
「断る。もう少し強くなってから言うんだな」
言葉にも反撃の糸口はありませんでした。
「強くなるも何も…俺もクラウンもお前みたいなのには流石に勝てないっての」
「そうかねぇ…? ここら辺の勘に関しては外れた事が無いんだが…」
ま、強くなろうと思わなければそんな事も起こらない、か。
これ以上は特に言う事も無い、と神薙は話を切って席を立つ。どうやら小休憩と言う事らしい。
シュレイはその後姿を半目で見送り、面倒そうに溜息を吐き出した。
「神薙の奴はあんな事を言っていたが…クラウンは勝てるのかね…?」
正直な処、神薙が言う『勝てる』と言う言葉に関しては半信半疑だった。シュレイもクラウンが『負ける』とは思っていない。が、勝てるとも言い切れないのが心境である。そう、それはクラウンの得た能力は反則的で強力であるが、酷く使い勝手が悪く、燃費も悪い物だからだ。
確かに神薙に言った様に、死ぬ事は無いだろうが、それが結果として相手を倒す事に繋がるかと問われるならシュレイは『否』であると答える。
「使うと酷い頭痛を起こすみたいだしなぁ…常時発動してる方は完全完璧の超受身能力だし…」
…今考えてもしょうがないか。
考えるのが面倒になり、思考を打ち切る。
何であれ、クラウンが死ぬ可能性は極めて低い。他の誰かを見捨てるならほぼ100%の確率で生き残るだろう。相手が想像の範囲外、まさに神薙のような存在でない限りは。であるならば考えるだけ無駄だ。後はこれ以上不運に見舞われなければ無事に帰ってくるだろう。
「さて…相手は過去が頭につくとは言え“色彩円卓”だ。戦って生きて帰ってこれるか…?」
* * *
「話し合いの結果、こう言う結果に落ち着いた。誰か意見のある者は?」
先程のクラウンと騎士団長、ワインディール伍長での話し合いから少し後、全員が集まった空間が微妙な空気に包まれていた。それは今しがた騎士団長が言ったところの“結果”に起因する。
「一つ良いかね…?」
「何でしょう、閣下」
「我々、この場所に残される者としては確かに、そう、ありがたい話ではあるのだが……これは、殿下の護衛が、余りにも少なすぎないかね?」
「少なくはありません。これが最良だと、私は判断します」
最良ねぇ…。
思わず心中で溜息を出さざるを得ない“結果”がそこにあったからだ。
王女を最精鋭少数で固めて移動するとは言ったが、余りにも思い切りが良すぎる判断を騎士団長は行った。王女側のメンバーは世話役に、騎士団長、衛生兵、そしてクラウンである。本当の意味で最低人数しか居ない。そう、一人が駄目になった時のバックアップのメンバーが居ない構成なのだ。
王女と世話役に関して代わりが居ないのは当たり前だが、他の三人は違う。能力的に他の要員を集めようと思えばこの場から集める事が出来るのだ。だが、それをしていない。それが指すところは、
『厄介払い、と余計な危険性の排除、じゃな』
『ここまで最低限のメンバーだと文句は出ないし、居るかもしれない内通者を切る事が出来る』
一見無謀で、その実確かに無謀ではあるのだが――それでも、余計な危険性は完全に消せる構成ではある。
ちらりと王女の方を見れば、決意を湛えた瞳で、只騎士団長を見ている。
『優しそうな王女だからの…皆の安全を優先して、自分の危険が増すのを耐えておるのじゃろう。健気な事じゃ』
『全くだな…良いお姫様じゃないか』
視線を戻しながらクラウンは思う。
が、その優しさが長続きするかは分からない。
狙われているかもしれない、と言う事実は異常な程に神経をすり減らす。
騎士団長や衛生兵の様に覚悟があればいい。彼らはそう言った状況も想定して日々訓練をしている筈だ。クラウンの様に場慣れしていればいい。様々な戦闘経験を積む事で、気の抜き時という物を弁えている。
だが、彼女は王女だ。
戦場に居る存在ではない。
本来であれば耐え難い苦痛の筈だ。
自分の命が狙われているかもしれないと言う事実は。
今耐えていられるだけ素晴らしいと言えるかもしれない。
彼女をそうさせているのが何なのか、クラウンは知らない。それはもしかすればこの国の王女として生まれた者としてのプライドなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
だが、その懸命に己の恐怖を隠し、凛々しく瞳に力を込めて立つ姿は、護らなければならないと思わせる風格があった。
しかしだ、どんなに心に強い鎧を纏おうとも、慣れない環境、不安を覚える要素がある場所に長時間居れば、容易く破綻を来たす。
例えば、そう―――闇などがそれに当たる。
『夜の間はお前に任せるよ』
『王女の護衛じゃな? まぁ、任されておくとするよ、クラウン』
『心の保護、っつー方が正しいが…頼むよ』
心中で苦笑。
この戦い、何も身体だけを護りきれば良いと言う訳でもない。
ヴァナーギーエンに嫁入りする王女の心身共に護りきらなければならない。到着した時には人格が破綻していましたでは、目も当てられない。敵の狙いが婚儀の破綻だった場合、人格の崩壊は十分に“お流れ”にしてしまうに値するからだ。
“お流れ”にしてしまう程の価値が、果たしてこの結婚にあるのかは不明だが。
「バースフェリア、そろそろ移動を開始するぞ」
「あぁ、分かった。今行く」
騎士団長がクラウンに声を掛ける。
不在時の指揮系統に関する確認が終了したのだろう。指揮官たる騎士団長が隊を離れるのだ。訓練を行ってはいるだろうが、出来るだけ念入りに確認しておく事は必要だろう。
狙われる確率が高いのは王女側少数精鋭とは言え、広場に残る者達が狙われる確率は決してゼロではない。日が沈みきるまで出来るだけ移動しておきたいとは言え、この場に残る者達の対策を放り出すのは余りに愚かに過ぎる。
「…さて…仕掛けて来るか…?」
『十分注意するんじゃな、クラウン。特に一撃目、お主でなければ恐らく躱せん』
「こう言う時にチャペルで実験の被害者になっといて良かったと思うよ」
『それは最大級の皮肉じゃな』
やれやれ、とヤヨイが溜息を吐く。
超長距離からの狙撃。超高速で接近する攻撃を躱すとなれば、それは高いセンスを必要とされる。桁外れの直感か、或いは神薙夜十程の感知能力。それらが無ければ、あの戦艦を穿った光条での不意打ちを避ける事は出来ない筈だ。
まさにそれは致死トラップ。いや、狙撃される場所が不特定である以上、固定されている罠よりも余程性質が悪いかもしれない。
だがそれも、クラウンなら躱す事が出来る。
それに長けた、対致死攻撃とも呼ぶべき力を、感謝など絶対に出来ない実験で得たが故に。
「…お姫様を護って上出来、相手を殺せりゃ万々歳かね?」
『謝礼で一発借金返済かの?』
「名前が売れて終わりそうだがな、今回は」
これじゃ報酬も有耶無耶になりそうだ。
クラウンはやれやれと肩を竦めると、空を見上げた。
狙撃者と護衛の、命を賭けた戦いが始まろうとしていた。
#2-end
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