私は目を覚ましました
でもそこは眠る前に見たそのままの景色
唯一つ、前と違うとしたら
それは眼の前に、暖かい瞳を持った人が居たという事

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-1 The girl of an inheritance-遺産の少女 ―――





























#2 名を持たぬ少女U



































「どあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!??」

白銀の髪の少女に押し倒され――もとい倒れ込まれ慌てまくる祐一
取りあえずパニックになりながらその肩に手を――
あ、柔らかい…

「って、違う!!」

何で全裸やねん!と心で突っ込みを入れながら取りあえず引き離す

精神状態――オールレッド、頑張れ理性!! まだブラックまであるぞ!!

意味の分からない暴走気味の精神に喝を入れ、引き離し目を向ける

「う、ぐぅ…っ」

白い肌、そして眼の前に広がる少女の――

「違う違う違う違う違う違う!!…出て来た少女をいきなり襲うのか貴様は…」

眼の前の光景に神経を張る
それと同時に落ち着いてゆく精神
静まる昂ぶり
最後に一つだけ深く息を吐き、そして吸う

「よし」

精神が安定した後一度少女を床に寝かせると、祐一は着ていた黒いコートを脱ぎ、起きた時に落ちるといけないので袖を通し、丁寧に着せていく
祐一の身長が175・6cm位、少女は大体160cmと言ったところか
黒いコートを着せて横たわった少女は、黒いドレスを纏ったお姫様に見えない事も無い
そこで祐一は一息吐くと、カプセルに背を預け暗くて見えない天井に向かって深い深い息を吐き出した

「取りあえず息はしてた…生きてる…」

何かもう、いっぱいいっぱいだ
祐一は一度少女を視界に収めた後、取りあえず今後の事を考える為思考の海に浸った

















―――眼の前に広がるのは、大きい大きい水溜り
実物を見た事が無いが、きっとあれは海と呼ばれる物だろう
私はその浜辺に座って、ただ眼の前の“海”を眺め続ける

「………」

何処までも広がる黒い、暗い海
墨汁をぶちまけたような黒塗りの海は、何も見える事も無く
寄せては返し
寄せては返して行く

もしかしたら、ここが死後の世界――という物、何だろうか?

仮初の知識で深く深く考える

黒い海
薄闇の空
霧が掛かった様な景色

ぶるっ、と身震いをした

ここはとても怖い所だ
初めての恐怖
眠りに着くまでは、全く怖くなかったのに
いや、今まで怖いという感情には気付かなかっただけだ
私はまた、皆と離れてしまう要素を手に入れた
だけど私は出来損ない
本当ならこんな感情も抱かなかった筈なのに…

怖い
怖い
怖い…

あの暗い空が怖い
あの黒い海が怖い
全てを隠す霧のベールが怖い

怖い
怖い
怖い…

ここはとっても怖い…

誰か――助けて…

私は――やっぱり――まだ――死に…たく――――

















「うっ…」
「ん?」

思考の途中、祐一は突如聞こえて来た少女の呻き声で我に返る
声がした方。少女に目を向けると、少女が苦しそうに身を捩っていた
どこか呼吸も荒い、もしかしたら体調が悪いのかもしれない
祐一はそう考えて、少女の表情を覗ける位置まで近付く

「う、うぅ…」
「魘されて…いるのか?」

少女の端正な顔立ちが、今は苦痛に歪んでいる
はぁ、はぁ、と呼吸が荒くなっていく

「私――」
「ん?」

何か喋る
そう感じて、祐一は耳を少女の口元に寄せた

「私は――やっぱり――まだ――死に…たく――――」
「――――――」

言い終わり、苦痛に歪む少女の顔
祐一はその言葉にやりきれない様な、哀しい表情を作る
だから祐一は少女を抱き起こし、強く強く抱きしめた

「大丈夫…君はまだ…生きられるから…」

幼い子供に聞かせる様に――
祐一は抱き締めながら、少女に告げた

















何処までも暗い空間

私はただ怯え、肩を抱いて震えてしまう
ガタガタと震え
もしかしたら、歯の根も噛みあってないかもしれない

「………」

だから、祈った
死にたくないと
まだ生きていたいと

願いは届くのだろうか?
私には分からない、でも―――

「あ、れ…が、太陽…?」

朝陽が、昇った

それは世界の闇を切り裂き
世界を暖かく見守り
包み込むような日差しを、私にくれた

暖かかった
嬉しかった

私はまだ生きられるんだ…

どこかその太陽を見て確信すると、私は暖かい安心する様な眠りに誘われた
大丈夫、もう怖くない

先程までのとは違う、これは――安息

大丈夫、私はもう大丈夫
だから、さようなら、私の“死”
次に逢う時まで、さようなら――――

















「あっ…」

ゆっくりと開いて行く瞼
その奥からスカイブルーの瞳がのぞく
少女の眼は段々と焦点が合っていき、そして眼の前の祐一の姿をを捉える

「大丈夫か? 気分が悪かったりしないか?」
「――――――」

祐一の姿を捉えた時は驚き
そして、次に―――涙が出た

「う、うおっ!? わ、悪い! 勝手に着替え―――」

祐一がそこまで云った時に、少女は「違います違います」と頭を振った
そして、再び涙を流して泣き始める
祐一はそれに対して、困って、だけど最後は優しく抱き締めた

「あり…がとう…私を救ってくれて…」
「………」
「ありが…とぅ…私に温もりを…くれ、て…」

それを聞いて、祐一は正直意味が分からない
だけど、眼の前の少女が、本当に嬉しくて――だけど本当に怖い思いをしたのは分かったから…
ぎゅっ…
泣き続ける少女を祐一は抱き締め、後ろ髪を梳くように撫で続けた
少女が泣き止む、その時まで











「……もう、大丈夫、です…」
「ん、そうか」

少女は、祐一の胸元でそう告げると身体を離す
少し目が充血した感じが残るが、それでも未だその美しさは衰えない

「……」
「?、どうかしましたか?」
「いや…」

君に見惚れてたんだ、とは死んでも云えない
コホンと一つ咳払いをすると、再び少女を見る

「ま、取りあえず自己紹介をしよう」

互いに名前も知らないのはアレだからな、と祐一は笑う
少女はそれに一度首を傾げるが、こくんと頷いた

「うし、俺は祐一、相沢祐一だ」
「祐…一…?」
「おう」

少女は口の中で何度か言葉を繰り返し呟く
それから少しだけ嬉しそうに表情を綻ばせた
祐一は自己紹介しただけでそこまで嬉しそうにされてもなぁ、と何となく考える
だが、直ぐに思考を戻すと再び口を開いた

「ん、それじゃ、君は?」
「私は――」
「……」

「私は対魔・殺戮天使(バトル・マリア) No.003325―――」

「いや、ちょっと待て」
「――で、え?」

いやいやいや…何と言うか…

「今、さりげなく数字が入ってたような気がするんだが…?」
「はい、入ってますけど?」

それがどうしたんですか?といった感じで少女は首を傾げる
もしも人が思考する際に文字が現れるのなら、今少女の頭の上に出ている文字はクエスチョンマークだろう
祐一は額に手を当て、一つ溜息を吐いた

「そういうのは、名前じゃないと思うぞ?」
「それじゃぁ、対魔・殺戮天使(バトル・マリア)だけですか?」
「いや、それは何だか分類分けみたいな感じだ」

祐一はそう少女に云う
その通りバトル・マリアは分類を分ける記号みたいな物だ
だが、少女はそれを知らない
だがら、今少女は自分を否定されてしまった

「それじゃぁ…私の…名前は?」

少女は俯き、再び目元に涙が溜まる
あわわわわ…、しくった!
心の中で舌打ちする祐一、外面では平静を装いながら少女を見守る
何でこの少女が悲しんでいるのか?
祐一は少女の事を知らない
だけど、何が原因か分からないが、悲しませたくは無かった

だから、祐一は咄嗟に口を開いていた――

「―――…なぁ、もし良ければだけど…俺が名前つけてやろうか?」

口を吐いて出た言葉
少女を悲しませない為の物
でも、咄嗟に出た物にしてはいい物だったと祐一は思う

「いい…の?」

祐一の言葉に少女はゆっくりと顔を上げ、伺うように祐一を見る
それは打算とか、計略とか、そのな物が無い純粋な表情
祐一は苦笑し、少女の問いに「ああ」と答えた
少女はそれに笑顔を作る

「それなら…お願いします…」

ペコリと少女は頭を下げる

「分かった、それじゃ…」
「それじゃぁ…?」

「殺村……」
「サツムラ?」
「殺すに村を―――」

じわっ…

ボケた
アホだ…
やってしまってから思い出す
この少女は“純粋”すぎて、ネタが変換されず身体に入ってしまうのだ
祐一は、わたわたと両手を振り、必死にアピール

「ち、違う違う、ちょっと待て、冗談だジョウダンヨー?」

ほら笑ってーと、祐一は必死に取り繕う

「…冗談?」
「そ、そう、冗談だ。 待て、今本気で俺の乙女コスモ全開で考えてやるから」

それに少女は頷くと、静かに祐一を見守る
祐一は取りあえず胸を撫で下ろすと、思考モードに入った

もし、ここに祐一を知る者が居たら、思わず祐一の額に手を当てているだろう
それほどまでに普段の祐一は性質が悪い
先程のボケもついつい反射で出た様な物なのだ
しかし、今の祐一は全弾不発、まさに不調の極みだった
というか、何も知らない様な少女を相手にしている時点で負けが見えている

真面目にやろう…うん…

心にそう誓うと、祐一は思考を開始した











結果―――

「うぐぅ…」

―――敗北

そんなこんなで祐一は少女に連れられ、施設の通路を歩いていた
当たり前だ、子供にいい名前をつけようと親は何日も悩む
例え祐一が乙女コスモを全開にした所で意味は無い、とりあえず――

『後でプレゼントする』
『いいですよ』

といった感じで自分のプライドを守りきった

「………」

祐一は眼の前を歩く、自分のコートを着た少女の背を眺めると、自分でも顔が綻んでいるのが分かった
と云っても、少しきつめの眼光が多少穏やかになり、口は笑みを作っている程度だが…
少女は白銀の長い髪を揺らし、素足で通路を歩いている
綺麗な綺麗な白い通路
綺麗な綺麗な白い世界
黒いコートに白銀の髪、そして白い世界
素足で歩く少女はまさに芸術そのものだった

綺麗だ…

そう思わずにはいられなかった

「ここですよ祐一さん」
「――ん、あぁ」

着いたのか
突如掛けられた声に、呆けていた思考を正し少女の向いている方に身体を向ける
祐一は部屋の前にあるプレートを見あげた

「……何て書いてあるんだ?」
「……言葉は同じでも、文字形態は変わってしまったんですね…ここは『 記録室 』。 “昔”の記録がここに残されています」

昔―――それは少女が生まれた時代
今とは違う文明を築いていた時代

祐一は先程、少女に自分がここに来た目的を告げた
遺跡の調査――少女はこの言葉に酷く驚いた
当たり前だ、自分が眠る前は普段の生活を送る施設。そして起きてみると何時の間にか“遺跡”…驚かない者は多分居ない
祐一が考えるに、少女の年齢は最低で2000歳
それは歴史の中に記されて――いや、“何も無い”からだ
『 無記録時代 』『 創生の日 』『 神が下した粛清 』
様々な仮説がある中、《遺産》が発見された事により確固たる論説が浮かび上がった

『 旧時代の幕切れ(ラグナロク) 』

文明崩壊とも呼ばれるそれは、高度な技術を誇る《遺産》が発見された事により確かな物となった
しかし原因については未だ不明
歴史学者達は揃って旧時代の歴史が分かる物が発見されないかと日々心待ちにしている

それらの説明を聞いた少女は、寝ている間の事を調べる為、そういった物がある場所に行きたいと言い出した
祐一はそれを拒否しなかった
それは彼が歴史に興味があったから
世界中の学者達が喉から手が出る程欲しがる旧時代の歴史
興味が湧かない筈は無い

だが、もう一つ知りたい事があった
これは祐一が疑問に思った事であり、少女が考えている事ではない
それは、何故彼女が廃棄場なんかに居たか?という事である

それらを調べる為、少女に連れられ祐一は歩いて来た

「………」

少女が扉の横にあるコンソールに数字を打ち込み、開閉作業を行う

『声紋称号、指紋称号、網膜パターンを検索します』
「バトル・マリアNo.003325…」

少女はコンソールのカメラを覗き、手を当て、自分の“番号”を述べた
ここに来て、祐一は少女がやはり旧時代の人間なんだと確信する
自分には対応の仕方すら分からないシステム類
きっとそれは専門の遺跡調査チームでも分からないだろう
それを今、彼女は“普通”に開けている

『ピッ、検索結果確認…OK…No.003325自身だと承認、通行を許可します』

シュンッ…

機械音声が響き、ロックされていたドアは静かにスライドする

「入りましょう」
「あぁ…」

そして祐一は、少女に続き扉を潜った











to next…

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