青年の腕の中は、とても暖かかった
今まで感じた事の無い安らぎ
私はこの時――青年と共に居る事を誓った

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-1 The girl of an inheritance-遺産の少女 ―――





























#3 始まりの慟哭



































祐一と少女は扉を潜り部屋の中に入る
そこで少女は直ぐに席へ腰掛けると、キーボードに向け何かを打ち込み始めた

「…映像を映す遺産…何か至る所にあるから遺産も安っぽく見えるな…」

祐一は祐一で、部屋の中に入ると周りを眺めている
世界中で重要視されている遺産がこんなにあると、その重要さもあるのか分からない
多分、ここにある物を持ち帰るだけで祐一は一生を不自由する事無く生活する事が出来るだろう

「ま、別にいいけどね」

そんな価値ある歴史的遺産よりも今重要なのは少女と歴史
祐一は区切りをつけると少女の側に寄った

「…何やってるんだ?」
「今はこの施設のマザーコンピュータを介して、施設の状態にアクセスしています」
「うん??」
「まぁ、見ていて下さい」

理解してない祐一の眼の前で、少女はカタカタとキーボードを打つ
祐一の分かる範囲で、ディスプレイには旧時代の言語が次々に羅列して行く
そして、そこに違う画面が表示された

『―――ピッ、パスワードを確認』
「うおっ!?」

今まで油断していた祐一は機械音声に驚き一歩引く
いろんな遺跡でこういった声を聞くが、未だ慣れない物である
少女はそれに少し微笑むと、再び画面に向き直った

『こんにちはNo.003325、全権限が数年に渡り放置されていた為、マザーは一級職員に何かあったとし、二級権限を持つバトル・マリアに権限を委譲するという判断が下りました、権限の委譲を受託しますか?』
「YES、No.003325―バトル・マリアがその権限を受け取ります」
『OK、受託を確認…全権限がNo.003325、以下全てのバトル・マリアに譲渡されました』

声が響くと同時に、少女の周りに幾つかの画面が飛び交う
空中投影型の空間ディスプレイ
魔法を発動する時に浮かび上がる魔方陣に似たそれは、呆けた祐一の周りも飛び交っていた
もう、どうとでもなれ…驚かねぇよ…もう…
はぁ…と祐一は溜息を吐き出す
一生をかかって見るような不思議体験を一度にこなし、祐一はもう驚く気力も消えかけている

「それで…どうするんだ?」
「えっと…ちょっと待って下さい…指定した文字情報を音声出力、あと、施設の状態を待機モードから通常モードへ移行」
『了解』

その言葉と同時に施設内の少し薄暗かった灯は強く発光し明るくなり、それに伴い空調、そしてセキュリティが稼動し始めた

「魔電システムを元に戻しました、これで少し暖かくなりますね」

祐一は分からないので、「そうなのか、へぇー」と頷き、少女が黒いコート一枚なのを思い出す

「悪い、もしかして寒かったか? もう一枚位なら服は貸すけど…」
「いえ、大丈夫ですよ。それに空調も弄ったのでこれから暖かくなりますし。それよりもコートもお返ししましょうか? 私は裸でも構わないので」

「…………は?」

うむ、眼の前の少女はなんと云ったネ?
裸…確かにそう云った

「っ!!??いやいやいや…!!ちょっと待てうん、ちょっと待ってよ?」
「?」
「いや、それは確かに(色々と)ありがたいんだけど、それでも何か着てないと(俺の精神と)君の体調が崩れるかもしれないだろ? だから遠慮なんかせずに、どんどん着ていてくれ!」
「?、そうですか、ありがとうございます」

精神衛生が守られた事にほっと溜息を吐くと同時に少し惜しい事したかな、と祐一は考え一つ疑問に思った
まさか、裸が普通だったのか?
いや、きっとそれは在り得ないだろ、うん、きっとそうだ
祐一はそう納得すると、心を落ち着かせて目を開けた
OK大丈夫、問題無い

「ふぅ…」
「?」
「何でもないよ、それじゃ早速調べよう」
「そうですね、分かりました」

そう云って少女は再びディスプレイに向き直った

「それでは…世界歴史年表をお願いします」
『了解』

無機質な画面から一新
祐一にも年表だと分かる感じで文字が羅列し、かろうじて数字だけ祐一も理解した
ま、流石に数字位は、な…
これでも冒険者の端くれ、少しは理解している

「うーん、ここら辺は私達の時代でもかなり昔の事ですね…一番新しい所をお願いします」
『了解…世界中央政府から指定されているロックが掛かっている項目があります、どうしますか?』
「現在の権限においてロックを解除、続けて下さい」
『了解…データを表示します』

ヴンッ…
再びズラリと文字が並び、赤い項目も幾つか表示されるようになった
多分それが禁止項目なのだろう
少女はそれを確認すると、再び口を開く

「最初の所から音声出力をお願いします」
『了解』





―――星歴 2085年―――

今までエクソシストが対処していた様な悪霊、悪魔の類―――憑依型意識存在が表面化、その姿を衆人にさらす。
その一体を“最初の魔物”として殺害、保管する。


―――星歴 2088年―――

世界に一般認識された魔物が出現してから三年
圧倒的な力を持つ魔物を確認、これを“魔王”と認定し対処を取る
元々魔物には一般使用されている兵器は効かない為、これに対してトウナス国・大統領は退魔戦闘者と認定される各国の優秀な戦士を集め、世界中央都市・エクレイアに対策本部を置き、ここに【 降魔戦争 】が始まった事を宣言した







「降魔戦争? 最初の魔物?」

どういう事だ?といった感じで祐一は疑問を口にする
魔物が外を歩いている事は常識だし、祐一の知る限りで“魔王”が世界に現れた事は未だ無い
知られざる歴史に足を踏み入れ、祐一は早くも混乱する

「なぁ、降魔戦争とか最初の魔物って何だ?」
「――その言い方では、魔物が普通に居る様に聞こえるんですが?」
「当たり前だろ、人が入らない――開発されてない場所には魔物なんて普通に居る、勿論今まで人が殆ど入らなかったこの大陸にもうじゃうじゃ居るけど」

その祐一の言葉に一瞬だけ少女は悲しい表情を作る
祐一はそれに気付いたが、少女が口を開いたので何も言い出す事は無かった

「祐一さん、今の時代で世界がどうなっているのか私には良く分かりません、でも――世界に魔物は元々居ませんでした」
「居なかった…?」
「はい、勿論ゴーストタイプの魔物は居ましたが、私達はそれを魔物とは呼んでいませんでした…。 これは私が生まれる前の話の事ですけど、これは確かな事です」
「………」
「続けます、いいですか?」
「あぁ…」





―――星歴 2089年―――

【 降魔戦争 】勃発から一年、魔物の存在が常識となってから四年、人類側は魔王存在に対して着々とその勢力を削りにかかっている。
旧都市・レブナス、現魔都指定都市の一部を奪還。


―――星歴 2090年―――

【 第二次降魔戦争 】勃発
魔都指定圏中央にて、魔王存在と退魔戦闘者が接触
初めて成長した魔王の姿を確認、魔王は『 グラウシアス 』という名を名乗り、その圧倒的な力により退魔戦闘者の約90%を殺戮

再び世界は暗雲の時代に突入した


―――星歴 2090同年―――

世界中央都市・エクレイアに構える組織の上層部は決戦に赴いた退魔戦闘者90%を失う事態に対し解決案を提示
ここに歴史には記されない【 Bloody MARY Project 】が発表された







「【 Bloody MARY Project 】?」
「………」





―――星歴 2090年―――

退魔戦闘者として優秀な百名の遺伝子サンプルから、魔系遺伝子情報を読み取り解析
この情報を元に最初の【 対魔・殺戮天使(バトル・マリア) 】を作り出した







「おい…ちょっと待てよ…バトル・マリアって…」

祐一は機械音声に告げられた言葉を聞き、少女の方を見る
少女の顔は暗い
それだけで全てが分かる
この少女は―――

「そうです…私は作られた存在対魔・殺戮天使(バトル・マリア)…戦況を覆す為に作られた兵器です…」
「人が“人”を“作る”? そんな―――」

そんな―――そこまで云って祐一はハッとする
《遺産》――それは現在では一部を除いて、解析したとしても現在の人には理解不能なオーバーテクノロジー
今の人間には出来ない事を可能にしていた物

「――祐一さんが疑うのは普通の事です、でも、私達がこうして生まれたのもまた事実なんです…」
「……【 Bloody MARY Project 】…どんな物なんだ?」

平静を何とか保ち祐一は少女に告げる
訊いてはいけない事なのかもしれないが、でも――
それでも訊かなければならない様な気がした
少女は一度だけ深く息を吐き出すと、祐一の目を見つめながら口を開く

「…【 Bloody MARY Project 】は歴史年表からも読み取れる様に、魔王を倒す為に計画されたものです。 今の時代ではよく分かりませんが、人には潜在的に魔力の優劣性が存在しています。 バトル・マリアはその優劣の“優”の方だけを集めた存在だと思ってください。 そして、研究の結果、その集大成として生まれた存在がバトル・マリア…私の事を指します…これが第一段階」
「第一段階?」

その言葉に眉を顰める
少女はそれに少し遠くを見る瞳をした

「第二段階は生まれたバトル・マリアの教育です。 幾ら優秀な魔力とそれを操る力を持っていたとしても使えなければ意味がありません、だから私達は一通りの戦闘訓練を受け、そして魔法を使用する退魔戦闘者から様々な魔法を習いました…そして次に道徳です」
「道徳ね…」

成る程、と祐一は頷く
力は使えて初めて意味がある
兵士は従順であって初めて意味がある
そんな言葉を思い出し祐一の顔は歪む

「私達はあの戦争が終わり次第、中央政府のマスコット、聖女として働く予定でした…その為には道徳観念、口調やマナーを習得させられました…でも、物事には裏も存在します」
「………」
「それは完全な殺害意志を私達に植え付ける事です…私達は兵器…魔物をこの世から排除する為に作られた存在です…だから…」

少女の瞳から一滴、二滴と涙が流れ落ちる

「だから…私達は…一度も外に出る事無く…毎日毎日…外の世界を空想し…羨望し…願っていた…っ…その中でも私は―――感情があるだけでっ…」

座る少女の頭を祐一は抱きしめる
少女は額を祐一の胸に押し当て、嗚咽した

「だから私は…“出来損ない”だった…!! 余計な事を考える私は…出来損ないだったんだ! なんで…何で…ディスプレイの先に見える世界を、青い空を、雲を、太陽を、草原を、山を、海を、ここ以外の世界を、歩いてみたいと願って何が悪いの!? なんで…なんで…う、あ、うぅ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それはまるで幼い子供の様に
何か大事なものを失ったかの様に
ただ少女は泣き叫んだ
爆発する感情の奔流
それが今はただ爆発する
心を持った少女は声を上げ泣く
封鎖されていた全ての感情の流れが、縛鎖を断ち切り流れ出す
世界を羨望し
廃棄される事を悲しみ
死を恐怖し
出逢ったばかりの祐一の行動に微笑み
今、この空間を愛しく思い、ただ成すがままに泣き叫ぶ

ギリッ…

祐一は歯を噛み締め怒りに耐える
この少女の言葉――出来損ない
感情を持って何が悪い!?
兵器? はっそんな物クソくらえ!
少女はただ世界を夢見ただけだ
それなのに、唯それだけなのに
少女はあの――廃棄場に捨てられたというのか?
だったらそれは、何て悲しい――

少女は祐一にしがみ付き泣き叫ぶ
祐一はそんな――兵器なんて言えない…一人の、人間の少女を抱き締める

ここに俺は誓う
俺がこいつの翼になると
こいつが望むなら海を眺めよう、山に登り世界を見つめよう、空を眺めよう
この、たった一人の弱い少女を見守ろう
愛なんて立派なものじゃ無いかもしれない
でも、それでも俺は――
俺だけは少女を…「必要」…としてやる
青年は少女を胸に抱き、決意する

それは長い、この先に続く少女と青年の物語

その始まりだった…











to next…

inserted by FC2 system