簡潔に言うと。

「…今の食事で財布の中身が底をついた」

 そう言う事だった。

「………」
「何だプルートー、何か言いたそうだが」
「別に? バトルハンマーなんて買ったからこう言う事になってるなんて僕は言わないよ」
「言ってるじゃねぇかこの野郎…」

 森林地帯を無事抜け、祐一達一行は町へと辿り着いていた。
 あれから雪姫の真白、鬼のムラマサ、紅竜のグランヴァズを加えた訳だが、本当に何事も無く無事町へと辿り着く事が出来た。途中、森林地帯が冬華とグランヴァズが行った魔法戦によって消し炭になった為に調査隊とすれ違う様な事はあった物の、まぁ、旅は変わらず平穏を保っている。当然と言えば当然か。あんな広範囲を消し炭にする戦闘、普通の人間同士が戦って出来る範疇を超えている。スレ違う時も多少は奇異の視線で見られた物の、何事も無く通過出来たのだ。

「60万もするのを買うからこう言う事態になるんだよ」
「正確には59万8千WMだ。2千も違う」
「一々細かいけど、残ってないなら意味が無いよ」
「………」

 町に辿り着いて一番最初に買ったのは冬華の服関連だ。
 戦闘によって上半身裸だった冬華は、祐一と出逢ったばかりの頃の様に黒コートを羽織っているだけの状態だった。その為に祐一は色々と服やら何やらを買ったのだが―――

「下着に服、携帯食料、加えて祐一の服やらも、ついでに言えば宿代も加算してパー」
「何だか俺が服を買うのを否定するような口ぶりだが…俺の服も相当にボロボロになってたし」
「だったらシャイグレイスを出る時に色々新調しとけば良かったんだよ。あそこは祐一の故郷なんだから、色々優遇してくれたでしょ?」

 救国の英雄なんだし、とプルートーは付け加える。

「いやしかしな…そうなると逆に頼りたく無くなると言うか…」
「変なところで善い人するなよ祐一」
「失敬だなエロ猫。俺は基本的に善人だぞ? 故郷を救う位の」
「ま、お金の足しにならないから意味無いんだけどね」
「…今までの会話を全て否定するとは…この猫…」

 憎たらしいったらありゃしない…。
 はんっ、と鼻で悪態をつきながら祐一は“レストランの椅子”に深く背を預けた。
 状況説明を付け加えると、横には笑顔でパフェを頬張る冬華の姿、そして“払うべき金額を下回る財布の重さ”だ。
 ここまで言えば理解出来るだろう。
 つまり現在の状況は、

「食い逃げ上等?」
「…猫って物々交換出来るのかな…」
「ヒィッ!?」

 冬華が食後に『このパフェって何ですか祐一さん?』と訊いて来て、冬華に対して基本的に甘い祐一は『あぁ、食ってみるか?』と答えたのが全ての始まりだった。後は冬華がパフェを食べ終わったら会計するだけだったので、祐一が己の財布を取り出して中身を確認すれば、あら不思議。
 何と財布の中身が金額を満たしていませんでした、と言う現実が待っていた。
 祐一が冬華に対して『待て』と声を出す為に横を見ると、クリームをたっぷりと掬ったスプーンが丁度冬華の口の中に入り終わった処だった。

 そして現在に至る。

「作戦がある」
「何、祐一」
「あぁ、先ずはいちゃもん作戦」
「いちゃもん?」
「『この料理に髪入ってたぞゴルァ!』と言う」
「全部食べた後は無理だと思うよ? それに…」

 プルートーはそっと幸せそうにパフェを食べる冬華を見る。

「冬ちゃんのパフェで実行は出来ないでしょ」
「もうちっと不味そうに食ってくれればやったんだがな…」

 やるのか。

「それで次」
「うん」
「ギルドに金を下ろしに行く」
「行けよっ!?」

 プルートーが他の客が居るのを忘れて叫んだ。
 周囲の客の視線が集まるが、何とか祐一が『行けよー行けよー行けよー…』と虚しくエコーを繰り返す事で視線は再び散って行く。何の拷問だ。
 プルートーと言う存在―――魔物であり、更に言えば料理店に猫が居ると言う事実を隠蔽すると、祐一は安堵の溜息を吐き出し、大声を上げてしまったプルートーを睨んだ。

「お前、少しは周りを考えて声量を調整しろっ」
「うっ…それはゴメン。ってか、その方法でいいじゃんっ。思わず叫んだりもするよっ」

 そいつぁ全くだね。
 ケッケッケ、と猫に復讐を果たして笑う祐一。
 一しきり声量を抑えて笑うと、祐一は席を立った。

「――ん、あ、祐一さん」
「口の横にクリームがついてるぞ」
「あ、はい。んー…取れましたか?」
「あぁ、大丈夫だ。俺はちょっと出てくるけど、直ぐに戻るから」
「分かりました。私はプル君と待ってますね」

 お金が今のパフェで底をつきました、と言う事実を隠蔽しながら、祐一が上手い具合に話を逸らして席から離れていく。

 冬華の扱い、と言うよりも―――冬華との触れ合いにも慣れて来た、と思う。

 漠然とそう感じながら、祐一は店員に一言告げながら考えていた。
 仕方ありませんね、と渋々言う店員に『すみません』と言って外へと出る。
 始めはどうなる事か、と何処か不安に考えていたが、割と事態は深刻になるほど怖ろしい局面を迎えてはいない。それ以外、つまり祐一自身に関連する面では、多様に変化を迎えたが。
 冬華の感情面に関しては大分豊かになり、安定していると祐一は思っている。

 だが―――と、祐一はふと考えてしまう。

 冬華の見せる笑顔の裏、そこに根付く闇は今どういった変化をしているのか? と。
 明確な変化は、祐一が知る限り訪れてはいない。
 最近では多少、一緒に眠らなくても冬華が魘される事が無くなったという程度だ。

 このまま何事も無く、彼女が幸せになる道があれば―――

 そう考え、歩きながら祐一は一瞬だけ目を瞑った。
 それは何処か、居るのか判らない神へと祈る様な姿だった。

「出来れば、何事もありませんように…」

 最後に小さく口に出して願い、目を開く。
 そうして祐一はそのまま歩き続けた。




 今回の騒動、その原因の場所へと。
















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