自分、と言う存在。
嬉しく思える日々。
しかし面倒事に好かれる日々。






















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-10 The world is invaded - 世界侵犯 ―――





























#1 相沢祐一と言う存在



































 ギルドの中は好きになれない、と祐一は思う。
 タバコの煙が蔓延するスペースが特に嫌いだった。それは別にタバコが嫌いだ、と言っている訳では無い。そこに集まっている様な人種が嫌いなだけだ。
 祐一の人生経験上、ギルドの中に入ってそのスペースに居る連中に絡まれた経験は数多く有る。
 国から脱出し、“外”の元出身者であった耕介にある程度の知識を貰ってギルドで稼ぐ事を決めた時もそうだった。ギルド内に入って入会しようとした矢先、いきなり絡まれた。理由はギルド内をキョロキョロ見回しているのが、ガンを飛ばしている様に見えたとか、そんな下らない理由だった。
 取りあえず、その場は全員の意識を難なく刈り取る事で場を収めたが、あの微妙な空気は地獄だった。
 それ以降も祐一は事有る毎に絡まれる。
 その身に詰まっている力は、【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】と同格とまで言われた【 神剣(ゴッド・ブレード) 】なのだが、外に出てから祐一はその一切の身に纏っていた“独特の空気”を切り離してしまっていた為、普通の少年にしか見えなかったのだ。
 その所為で毎回毎回絡まれる。
 前回、ギルドに顔を出した時も、己とは関係無い事であの場所に関与する事になってしまった。
 だから祐一はそのスペースを嫌う。

 まぁ、随分と長くなったが、何が言いたいかと言うと…

「おぅ、兄ちゃん。何こっちに目ぇ向けてんだよ…ああ゛っ?」

 今回もまた絡まれた、と言う事だ。
 ギルドの預金からお金を引き出す際の待ち時間、休憩所兼待合室から離れた場所で待っていたにも関わらず、何故かいちゃもんをつけられた。
 祐一に絡んで来たのは、金の髪を短髪にし、耳に幾つ物ピアスをした青年。そして彼の取り巻きだろう五、六人の青年の団体だった。
 チームで活動しているのだろう。全員が全員、腰には剣と魔道銃をさげている。
 だが―――

 小物だな。外見だけで、殺気も安っぽい。

 祐一なら全員一息以内に殺せる程度だった。
 そこで祐一は、ふと、今回絡まれた原因を考えてみた。
 目線を向けるなんて、毎度の事からくる物があるので最初から向けていない。
 そこから考えられるのは、妥当な線で外見的に祐一が弱そう、と言う事だろう。
 普段から剣聖や、魔の将軍が警戒する様な殺気を撒いている訳では無い。そんなクラスの殺気をばら撒いていたら、先ず間違い無く人っ子一人近寄らなくなる。

「威厳が出るには、まだ若輩、って事か…」
「何一人で言ってやがる…」

 若くして一度“最強”の地位を手に入れてはいるが、自然に外へと滲むオーラが身に付くのはまだまだ先の事らしい。
 だが、もしもこの場に“血の臭い”に敏感な者が居たなら決して祐一には話し掛けなかっただろう。
 彼の黒地のコートには他者の血液が染み付き、洗っても取れない程に深く浸透している。そして何より、普通と言う空気の中に一緒に隠れている“祐一自身に染み付いた”血の臭いだ。

 五千弱を殺戮し、浴び続けた返り血。
 魔剣が啜った、他者の血液と憎悪。

 巧妙に隠されたそれは、戦場にて“最悪”と言われた魔神の気配だ。
 獅雅冬慈でなければ止める事は出来ないと他国に言われた魔神の気配。
 それが纏うべき血の臭いと共に、巧妙に隠されている。

 何よりも、誰よりも、祐一がそれを嫌い、受け入れているが故に。
 或いは、余りの劇臭に鼻が利かないだけか。

 だが、それが毎回毎回祐一に不幸を齎す。
 必要以上に隠している為に。
 祐一はそんな事態や、己の風体、運の悪さそれぞれに対して溜息を吐き出すと、ソファーから立ち上がった。座ったままと言うのは好きにして下さいと同じような意味に取られるからだ。
 そんな祐一の態度に、男達は下卑た笑みを浮かべながら包囲を完成させる様に一歩下がる。
 依然として浮かべられる、自分の優位を確信した笑み。
 その“絶対的優位”を“絶対的劣勢”に逆転させてやりたいと一瞬だけ思う、が――ここは場所が場所である為に、その考えを頭から追い出してから顔を上げる。
 不穏な感情の一切を隠したポーカーフェイスを。

「あぁ、何か文句でもあんの―――」
『相沢祐一様、相沢祐一様。現金の引き出しが完了しましたので、窓口の方までおいで下さい』

 と、互いの意思が交錯する瞬間、その放送が響き渡った。
 男達の言葉に、文句をはさもうとした口は自然と閉じられ、祐一はもう一度溜息を吐き出した。

「悪いが、窓口で俺の名前が呼ばれたんだ。離してくれないか?」
「んだよ…ガンつけといて逃げるつもりか?」
「つもりも何も、ガンつけた記憶なんざ俺には無いのだが…」
「俺はお前からガンつけられたんだ。お前らも見ただろ?」

 リーダー格らしい男が周りに立つ仲間に同意を求める。
 そして予想していた通りに、彼らは一斉に祐一の事を攻め立てた。
 余りにもあんまりな展開に、溜息を吐き出すのを通り越して頭痛がする。
 これで冬華がらみであれば、祐一は一切の遠慮をせずに全員を一週間程度昏睡させるのだが、場合が場合だ。只のチンピラもどき程度を相手にするのも癪だし、何より世間と波風立てるのが面倒である。
 だが、そろそろ限界だ。

「相棒を待たせてるから、出来るだけ穏便にすませたいんだけどなぁ」

 一時間昏睡コースで殴るか。
 そう祐一が考え、

「そろそろ止めとけ」

 冷静な声が祐一と男達を遮った。

「………」

 青い男。
 それが祐一の第一印象だった。

―――出来るな、こいつ。

 数瞬の間観察を続けた、それが第二印象。
 青いシャツを羽織り、黒に近いジーパンを穿いている。シャツが目に入って青と祐一は判断したが、それ以外にも“青”だと感じた理由が一つだけあった。

―――腰に差している剣…あれは―――ルナティクスか?

 水の属性要素がその剣から溢れているからか、それとも只の錯覚か。
 しかし祐一は、その感覚とは他に男が腰に差している剣がルナティクス――狂神具であるとを半ば確信していた。
 己の影の中に、それら“神の器”とは違う“神に届く為の鍵”を保有しているが故に。

「そろそろ止めとけ、と言った。聞こえなかったか」
「あ…ネロさん。い、いや、だけど」
「俺が見ていた限り、そこの奴はお前らに一瞥もくれていなかった。それに、金を巻き上げるなら止めとけ。床に転がされるのがオチだ」

 そうだろう?
 向けられた男の目は、そう言っている。
 こちらもある程度を見抜いたのなら、相手もある程度見抜いているらしい。
 見抜けなかったのは、今、祐一を囲んでいる男達だけ。

「俺達が、ですか? はは、こんな奴にですか? 冗談…」

 まさか、と男達が“青い男”と祐一を交互に見比べる。

「だろう? 相沢祐一。いや、候補の第十八番【 灼陽貴(ジ・ナイツ・オブ・シャイン) 】」
「なっ…!?」

 男達が表情を驚愕に染め、祐一から一歩退く。
 厄介な、と心中で溜息を吐きながら、祐一は視線を青い男に合わせる。
 意思、と言う物が薄い目付き。いや、意図的に隠していると言った方が適切か。祐一にはそう見える。格を隠す為か、それともそれ以上の意図がそこに含まれているのかは判らない。
 が―――

―――こいつも、それなりに“斬ってる”人間だな。

 同類、と言う事だろう。
 隠していても判る。いや、隠しているからこそ解る。その異質な血の臭いが。

「………」
「どうして知っている、とは訊かないんだな」
「大方、今の館内放送で俺の名前を知り、最近のランキングでも見ていたんだろう?」
「御明察。物分りがいい奴は嫌いじゃない」

 青い男がそこで薄く笑う。

 相沢祐一。現在候補の第十八番。
 突如ランキングに載った新星。
 あの(・・)シャイグレイスの開国派にて多大な功績を残した騎士。
 そんな見出しで大々的に取りざたされた祐一は、ある種ギルドの中で有名とも言える。
 何せ、最強と名高い獅雅冬慈が率いる帝国の侵攻を、何度も防いできたあの(・・)シャイグレイスの騎士なのだ。ギルドの内外問わず騒ぐのは、当然と言っていいだろう。

―――奴が居る処まで再び昇ろうとは思ったが…こう言うのは面倒だ。

「何か言ったか?」
「いや」

 愚痴が声となって漏れていたらしい。
 祐一は首を振る事で嫌な考えを払うと、下がっていた視線を再び青い男へと向けた。

「それで、そろそろ俺は行ってもいいか? 金を下ろしたのに、まだ窓口に行ってないんだ」
「あぁ、少し待ってくれ。候補の十八番程の優秀な騎士様の耳に入れておいて欲しい事がある」
「…何だ?」

 内心、嫌味な言い回しだ、と思いながら祐一は耳を傾けた。

「近々“狐狩り”がある」

「…狐狩り?」
「そう。と、言っても普通の狐を狩る訳では無い。この街から多少離れた所に“物見の丘”と呼ばれる場所があるが…そこに妖狐が住んでいる。その妖狐が、俺達(・・)の雇い主に怪我を負わせた」
「…成る程。それで“狐狩り”か…」

 男は“俺達”と言った。
 多分、その言葉からは今まで祐一を囲んでいた男達だけではない、と言っている様に感じられる程度は数を揃えているのだろう。そして、更に確実性を増す為にギルド内でメンバーを集めている。

 妖狐と言うのは、祐一が知る限りの情報で“魔物から派生した一族である”と言う程度しか知らない。簡単に言えば、姿形は狐と同じだが、それは魔物に近い狐である、と言う事だ。

「相手は妖狐。魔物の派生系だ。故に十分と言える程度の戦力を求めている」
「それで“候補”まで雇っている、と?」
「そう言う事になる」
「………」

 特に怪しい話ではない。
 人間に危害を加えた魔物を駆除すると言うのは、数は少なくなった物の未だにある仕事だ。その殆どがこの様な街ではなく、街道から外れた小さな農村から出される依頼ではあるが、確かに魔獣駆除と言うのは残っている。
 だが、と思う。
 近くにプルートーと言う気の良い魔物が居る為か、今一依頼を受ける気にはなれない。
 魔物側に何かしら事情があるのではないのか? そう疑ってしまう。

「返事は今直ぐ、と言う訳じゃなくて構わん。少し位考える時間が必要だろう」
「あぁ、こちらにも“相棒”が居るんでね、相談させて貰うよ」
「そこは宜しく頼むよ灼陽貴(ジ・ナイツ・オブ・シャイン)殿」

 そう最後に青い男が告げると、祐一を囲んでいた男達について来る様に言い、喫煙スペースへと去っていく。
 最後の最後まで嫌な言い回しをする奴だ、と祐一は心の中で毒づくと、その足を回れ右して歩き出した。何はともあれ、おろしたお金を受け取らなければならない。





*  *  *






 何故かお金を受け取る時に、ギルドの受付嬢からサインをせがまれたりすると言う微妙な危機に直面したりした。面倒な話だが、幾ら名前を隠していようがギルドの職員には筒抜けなのでバレバレだ。
 むしろ仕事しろよ、と突っ込みたい気分になったが、それはそれ。
 ありったけの営業スマイルパワーを総動員して丁重に断りを入れると、逃げる様にギルドから去った。

「くっ…有名人も辛いぜっ」

 …虚しい。
 何が虚しいって、大人が子供の手を引っ張って離れていく様が視界の端で確認出来たから虚しい。むしろ痛い。
 言ってみて、それほど自分は有名人じゃないんじゃ無いかと思う。この世間の冷たさから逆算するならば。

「いかんいかん…思考が可笑しな方向へ傾いてる…修正しなければ…」

 道の真ん中で呟き、一度深呼吸をしてから再び歩き出す。
 そして、ふと―――自分は今一人なんだと言う事に気が付いた。
 最近は何だかんだ言って、冬華が隣に居るか、プルートーが居た。完全に一人、と言う状況は結構久しぶりの事になる。
 しかし、今の状況を利用して何かしてから帰る、と言う考えは浮かばなかった。

―――まぁ、一人と一匹が待ってるからな。

 想像以上に、自分は冬華とプルートーが居る事が“普通”だと考えてしまっているらしい。それが良い事なのか、それとも悪い事なのか、判断はつかない。しかし、悪い気分ではない。

―――豊かな心、か。

 後悔、と言うべき感情が湧いてこない。
 後から悔やむ、と言う言葉通り、冬華と出逢い、プルートーと出逢い、今この時を悔やんでいないのならば、それは―――

―――良い事、なのだろうな…。

 欠けていた感情。
 欠落していた表情。
 それらが戻り、嬉しいと感じる事が出来る様になったのは緑に覆われた大陸で少女を発見してからの事だ。その時から自分は、自分の感情が戻ったと言う事を確かに認識し、嬉しいと感じる事が出来る様になった。

―――師匠、

 胸中で呟き、嘗ての義母を想う。
 しかし、それ以上は考えない。
 そろそろ親離れしなければ、師匠も安心して眠っていられまい。
 報告は、再び里帰りした時にすればいいのだから。
 だから―――

「さて…今はレストランに戻るか」

 待たせている彼女らの事を考え、足早に歩き始める。
















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