魔物は世界に帰化しつつある。
人間を狙う魔物は段々と数を減らし、時代の流れに乗ろうとした。
それは、この場所にも言える事。






















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-10 The world is invaded - 世界侵犯 ―――





























#2 物見の丘



































「少し遅かったですね、祐一さん」
「あー、いや、スマン。ギルドで絡まれた」
「祐一…そんなの一発でどうにかしなよ」

 君は一応ランキングに乗ってるんだから。
 そう言うプルートーに、祐一が面倒そうに溜息を吐き出す。

「いや…アレだろう。こう、俺から溢れ出すオーラで馬鹿共が近寄ってこないと」
「あ、そう言えば無いよね、オーラ」
「失礼な猫だな、貴様…」
「?、祐一さんから何かオーラが出てるんですか?」
「…す、凄いね冬ちゃん」
「…くっ…邪気無い言葉が僕の心を深く抉るっ」
「?」

 オーバーリアクション気味に、祐一がテーブルに崩れ落ちた。
 冬華は事実をそのまま口にしているだけなのだろうが、それが一番心を抉る。
 いや、冬華にとってみれば、そんな威圧した態度が祐一に無いから何時も傍らに在るのだろうが、はっきり言って正直は罪である。
 祐一は二度目の溜息を吐き出し、突っ伏させていた顔を上げる。

「それで?」
「んー?」
「正確には何があったのさ?」
「あー、絡まれたのは本当。その上で、何かスカウト受けた」
「スカウト?」

 あぁ、そうだ。
 そう言って祐一は頷く。
 と、そこで祐一は『駆除対象』である魔物、その同類が眼前に居る事を思い出した。
 ギルドの中で思い浮かべた疑問。
 妖狐は、本当に人間に対して害を及ぼす様な種族なのか? と言う事を。
 答えを聞いてどうするかは考えていない。今は少なくとも、だが。本当に人間に対して害を及ぼす様な種族なら、資金を稼ぐ為に駆除に加わってもいい。害を及ぼさない種族なら―――

「なぁ、プルートー。一つ訊きたいんだが」
「ん? なぁに? 祐一」
「いや、魔物の妖狐についてどれ位知ってる?」
「そうだねぇ…まぁ、僕はこれでも200年は生きてるからね。祐一や冬ちゃんよりは詳しいと思うよ?」

 だけど、どうしてそんな事を?
 プルートーが器用に首を傾げる。

「いや…さっきスカウトって言っただろう? ギルドの中で、妖狐が人間に対して害を及ぼした、って事でその駆除任務に協力しないかってさ」
「人間に害、ねぇ…」
「プル君?」
「うーん…僕はデルタの知識の継承率が低いから、そこまで詳しい訳じゃ無いけど…確か、人間と一緒に暮らす様になった種族では、エルフに続いて妖狐はかなり早い時期に一緒に暮らし始めた筈だよ? 最近の彼らがどうしている、って言うのは僕、あんまり詳しく無いけどさ。それでも結構友好的な種族である事は確かだったと思う」

 今度は祐一がプルートーの言葉に首を傾げた。
 元々、最近は魔物からの害と言うのは減少傾向にある。それは祐一が“外”に出てから、と言う訳ではなく、ギルドが調べた魔物・魔獣被害の年間統計に於いてだ。それによれば、人間に被害を齎すと言っても殺人の割合も減り、最近では魔獣が人里に迷いこみ、作物を荒らす等のそう言った被害が殆ど。
 ここで一つ考えなければいけないのが、被害を齎すのが“知能の低い魔物”であり、“知能の高い中級以上の魔物”は含まれて居ない事である。ある程度の魔物知識しか持たない祐一でも、人間と早い時期に暮らす様になった種族である妖狐がそれなりの知識を持っている事は推測出来る。
 そんな“物を考える事が出来る生物”が、関係を悪化させる様な安易な真似をするか? と言う事だ。

「解らんな…」
「何? 駆除に参加するの?」
「いや…お前が仲間になる前だったら簡単に参加したかもしれないけど、今だとちょっとなぁ…剣が曇る」

 ふむ、と唸り、顎に手を当てて考える。
 多少、話に裏は感じる物の、別段どうだと言う事は無い。何も自分から好き好んで厄介事に首を突っ込む事は無いのだ。資金を稼ぐのであれば、他の依頼をこなせばいい。

 貯えなら、多少だが余裕がある事だし。

 そうだな。と一応の答えを出し―――ふと、冬華が自分を見ている事に気付く。

「どうし、た…冬、華…?」
「………」

 何があった、と訊く前に一瞬で色々な事を悟ってしまった。
 滅茶苦茶冬華の目が輝いている。
 何かを訴え掛ける様に、祐一を見つめている。
 冬華の精神的な攻撃に対してのみ、かなり防御力が低い祐一は一発で頬が引き攣った。
 何が、と問いかける前に、本当に全てを悟った。
 多分冬華は―――

「あの、冬華さん…?」
「祐一さん」
「はい…」
「狐さん、って可愛いですか?」
「…はぁ、まぁ…可愛いんじゃないでしょうか…」
「ふっ…僕の方がきっとかわ痛っ! 祐一髭を引っ張らな痛いっ!」

 鬱陶しい猫を黙らせながら、祐一は全ての予想が当たっている事を悟る。
 冬華は―――

「…妖狐…見たいのか?」
「はいっ、見てみたいですっ」
「………」

 可愛い物見たさに、妖狐見学をしたいのだろう、と。





*  *  *






 はい、やって来ました物見の丘、その入り口。
 アレだな。俺って冬華には弱いなぁーアハハー。最近それが加速してる様な気がするよー。

「ほら、祐一さん。早く行きましょうよ」
「…祐一弱っ」
「うっさいボケ」

 そんな事は重々承知してるんですよ。
 内心で反論しながら、決して外には漏らさない。

「はぁ…」

 溜息を吐き出し、祐一は視線を前へと向けた。
 そこには嬉々として丘への道を登る冬華の姿。銀の髪を楽しげに揺らしながら、歳相応の少女の様に登る、その姿。
 その姿を見ると、何も言えなくなってしまうのだ、自分は。
 損得勘定を抜きにして、その姿を眺めて居たいと、そう考えてしまうのだ。
 その楽しげな背を視線で追いながら、眉を顰め、しかし不愉快にではなく口元を歪め、苦笑の息を漏らす。

 惚れてる、ってこう言う事を言うのかなぁ。

 あの楽しげな姿の前には、全てが霞む。そう思ってしまうのは。
 そこで、自然とニヤけそうになる口元を引き締め、考えを振り払う。
 楽しそうにしているなら、楽しませればいい。
 冬華は、まだまだこの時代の知識が足りないのだ。
 だから、彼女が安全に、全てを吸収出来るまでは―――自分がどうにかすれば良いだけ。
 その考えを、振り払った思考に上書きする。

「伝えるのは、まだ先になるなぁ…」
「何? 何か言った?」
「いや、何でも」

 横を歩くプルートーの質問をかわし、再び前に視線を向ける。
 未だ冬華は楽しげに髪を揺らしながら坂を登って―――

「?」

―――違和感。

「冬華」
「はい? 何ですか?」
「ちょっと待て。何か―――」

 冬華に停止を呼びかけ、完全に歩を止める。
 祐一は常時展開している空間把握の範囲を広げ、その違和感を手中に手繰り寄せる試みを行った。
 先行していた冬華までの距離は約5メートル。
 冬華の姿を完全に捉える為に半径5メートルまで縮めていた【 空握 】を、戦闘を行う時と同じ様に十倍にまで広げる。
 そこまで広げ、違和感の正体を祐一は掴んだ。

「冬華、左だ」
「左…?」
「意識外しの結界が掛かってる。多分だが、左には入って欲しくないらしい作りをしているらしい」
「…どうします?」
「祐一、冬ちゃん。これは僕の時と一緒だと思うよ? つまり左に行けば―――」
「成る程…狐達の隠れ里か?」
「そう言う事。どうする? 僕達は別に彼らの領域を侵しに来た訳じゃ無いから、左に行くと敵に間違われる可能性があるよ?」
「確かにな…んで、どうする冬華?」
「え……私ですか?」
「冬華が、狐を見たいんだろう? だったら冬華に従うさ」

 まぁ、いざとなればこちらには交渉役として最適のプルートーが居る。
 それに、危害を加えるならともかく、逃げるならどうにでもなる。
 冬華は祐一の言葉に悩み、しかし一瞬だけでその葛藤を振り払うと苦笑した。

「右に行きましょう」

 ポンッ、と両手を胸の前で合わせながら、彼女は言う。

「私達がいきなりお邪魔しても、ご迷惑だと思いますから」
「……ふふっ」

 彼女の、そんな決断に笑みをこぼす。
 いや、確かに全く以ってその通りだ。

「確かに、な。招待されてもいないのに、家に土足で上がるのは失礼だからな?」
「強盗だね、それ」
「違い無い。何、案外このまま右の観光用の道を辿っても見れるかもしれない。狐の目撃が隠れ里の中だけ、なんて言ったらそれは余りにも人間側のマナーが悲しい事になってるからな」
「人間代表、ですね」
「そうだな。と言う訳で、このまま右を登ろう。んで、丘に登ったら一先ず休憩だ」
「はい、了解です。祐一さん」

 そうして、再び冬華が道を登り始めた。
 祐一はその姿に苦笑すると、一度だけ左を見る。
 右側の道よりも、明らかに“獣道”に近い、草木が多く茂る左の道。
 意識外しが深く掛かっていた事から、只単に『物見の丘に登ろう』としていただけでは気付く事すら無く素通りし、後で左に道があっただろうと問われても、そんな物は無かった筈だと思う事だろう。ここを通れるのは、祐一の様に“特殊な感覚”を使っているか、“妖狐の隠れ里に行くと言う意思と、明確に道を知っている者”だけ。不確かな勘だけは、絶対に入る事は出来ない。この意識外しは、それ程の力を持っている。
 冬華程の魔術に精通した者が気付かなかった事からも、それは伺い知る事が出来る。
 いや、冬華であれば魔力から感知し、そこから結界を発見する事が出来たかもしれないが―――それでも時間は掛かるだろう。

「隠れ里か」
「興味あるの?」
「お前みたいな奴が多く居る、って言うなら興味あるね」

 くっ、口元歪めると、祐一はプルートーを伴って歩き始めた。
 右の道を。





*  *  *






「到着、っと」
「わぁー…いい眺めですねー…」

 観光地仕様に整備されたのだろう物見の丘終着点。
 辿り着いた瞬間に冬華が小走りに走り出すと、丘に備え付けてある柵を掴みながら、そこから見える景色を見渡した。
 その先に広がるのは、二つの背の高い山に挟まれた平原。視界の端には街の姿も見て取れる事から、冬華の後ろで佇む祐一は、確かにこの場所は『物見の丘』である事を感じていた。

 ここは丘を使っての物見櫓。故に物見の丘。

 この物見の丘がある街は、ウィニシーア国の街。現在は帝国領となっている場所だ。
 この街は重要拠点と言うには物資の生産量はそこまで多く無い物の、帝国に繋がる道は二つの山に挟まれたこの平原にある道しか存在はしていない。そして、その道が山と山の間に至るまですっかりと見渡せるこの場所は、帝国との戦争時代に相当重宝されたそうである。
 当然か、敵が軍勢で迫ってくれば、この場所から狼煙を上げて直ぐに準備する事が出来る。
 この街は、言わば防衛拠点だったのだ。
 帝国が、ウィニシーア首都に進軍する為の、最短の道のりを封鎖する防衛拠点。
 この丘から見渡す事で得られる情報があるのなら、さぞ迎え撃つ側は楽だった事だろう。

 しかし、まぁ―――剣聖と名高い、獅雅冬慈が帝国につくまでは、だが。

 帝国がシャイグレイスとの衝突でロード候補を集めた部隊が壊滅された後、帝国の東に位置するウィニシーアは、南のザスコールと共に叛乱を起こしている。しかし、それは呆気無い程簡単に鎮圧されてしまった。
 彼方から、悠々と迫る一人の男と、その男が率いて来ただろう帝国軍に。

 ウィニシーア側は周到に兵士を配置し、街の守りも完璧に行ったが―――所詮は無駄だった。
 この“二国同時制圧”と言う前代未聞の功績で、後に剣聖夜帝――ナイト・オブ・ナイトと呼ばれる男が率いた軍の前には、全てが無意味だったのだ。
 彼が率いた軍は、まるでその守りが無いかのようにそのまま進軍し―――ぶち抜いた。
 防衛に立つ軍勢を、街の壁を、街の中を、
 帝国軍は、彼らを意に介さず、邪魔だからどけと言わんばかりにぶち抜いていったのだ。
 そうして、あっさりと防衛拠点を抜かれたウィニシーアは首都決戦となる訳だが、聡明なウィニシーアを治める【 極死(ワールド・エンド) 】は、被害が出る事を避け、彼らが辿り着いた時点で白旗を振ったのだった。

 そうしてウィニシーアの叛乱は終結し、この物見の丘は放棄され、今に至っている。

「そうらしいぞ?」
「へー、詳しいね祐一」
「いや、そこの立て札に書かれてた」
「………」

 だったら、まるで自分が知ってる様に言うなよ。
 プルートーは突っ込むが、祐一は全然意に介した様子は無い。
 迷惑な性質である。
 プルートーが猫らしく無い溜息を吐き出し―――丁度その時だった。祐一がニヤニヤしていた顔を引き締め、今さっき登ってきた道の横にある草むらに視線を投げかけたのは。

「祐一?」
「何か小さいのが来るな…数は5…魔力もそれなりにある」
「はぁ…? 小さいの? もしかしてそれって、」

 と、そこまで言って突如草むらから五つの影が飛び出してきた。
 しかし、祐一はそれを避けるでも無く、キャッチ。
 一匹もプルートーにキャッチ…と言うよりは衝突して止まっていた。

「ぐぁ…痛っ…な、何?」
「よく見ろ」
「うぇー…? …あぁ、やっぱりそうか」
「だな。ま、ここは冬華の運がいい、って処かね?」

 ハッ、と笑う祐一の胸元には元気良く飛び出してきた子狐が一匹。
 その周囲には四匹の子狐がちょこんと座っていた。

「おーい、冬華。お目当てが現われたぞー?」
「えっ、あっ! 妖狐さん達ですかっ!!」

 わー、可愛いですねー。
 冬華が機嫌良さそうに近寄ってきたのを見ながら、祐一は今まで抱いていた子狐を地面へと降ろしてやる。しかし子狐達は逃げるでも無く、未だ祐一達を見上げていた。

「わぁー、わぁーっ、わぁーっ、可愛いですねー…」
「しっかし、何だ? プルートー、通訳」
「動物の姿してるからって通訳出来る訳無いだろう? カテゴリーが違うよ。それに、僕は元々中位から存在が始まってるんだ。人語から始まってるんだよ」
「チッ…猫っぽいだけだったな、そう言えば」
「そう言う事。ま、大体は視線で分かるんじゃない? 興味がある、って顔して見て…って、コラッ! 舐めるなっ! 僕はこれでもお前らの上の存在なんだぞ!?」
「…子狐に馬鹿にされてら…プッ」
「そこ笑うなっ! うわ、ちょっ、舐めるなっ!!」

 ヒィー! と声を漏らしながら、プルートーは近場に居る祐一を駆け上がり頭にしがみ付く。
 身体の大きさが近いから、確かに子狐がじゃれてくるのでもかなり身体に衝撃が加わるのだろうが…これで、この猫様は魔の三将を従えているのだから世界と言うのは不思議な物だ。
 横を見れば、冬華は子狐の首を撫で回している。
 他にも何匹か冬華に擦り寄っていた。

「うーむ、大人気だな」
「流石冬ちゃんだね」
「お前は逃げたがな」
「くっ…」

 僕だってなぁ、と呟き、ふと―――そこでプルートーが気付いた様に、

「そう言えば祐一には寄って来ないね?」
「さて? コートに血の臭いが染み付いてるからじゃないか? 多分、潜在意識的に臭いから危険だと判断してるんだろ」
「損な奴」
「知能の低い奴の、明確な判断だと思うがな、俺は。最近は、お前も含めて俺のコートの臭いが何か分かってて近付いてくるから始末に終えん。下手に知能が高い奴とばっか出会ってたからな、俺にとっては新鮮だよ」
「負け惜しみー」
「黙れ、放り込むぞ」

 全く…と溜息を吐き出す。
 そこで祐一は冬華達から一歩退くと、その光景を観察する。
 今になって改めて思うが、冬華にじゃれついているのは“魔物”だ。
 しかし、冬華に襲い掛かる事無く普通にじゃれついている。
 人懐っこいにも程がある。
 普通の狐ですら、ここまで寄って来る事は無いだろう。
 と、そこで子狐に“紅い何か”が付着している事に気付く。一瞬だけ泥か、とも思ったが、祐一は“何となくの勘”で、それが血である事に気付く。

 冬華に治療させるか…

 そう考え付いて、祐一は冬華に伝える為に口を開いた。

「ん…冬華」
「あ、はい…何ですか祐一さん?」
「いや、そこのそいつ―――何か血みたいなのが付いてないか?」
「え?」

 そいつだ、と祐一が指差した先。
 少し離れていた子狐を、冬華はひょいと抱え上げる。
 その子狐は不思議そうに首を傾げるが、その足には確かに切った様な傷が存在していた。

「あ…怪我してますね。治してあげましょうか」
「良いんじゃないか? 子狐も喜ぶだろ」
「えへへ、そうですねー。さて、それじゃ…」

 冬華が片膝立ちとなり、寝かせている足の方へ子狐を置く。
 そして手を翳し―――

「っ! 冬華っ!」
「っ!?」

 子狐を抱えて後ろへと飛びずさった。
 瞬間、ナイフが冬華が居た地点とは離れた場所に突き立つ。
 子狐達は今の一撃で驚いたのか、散り散りに去って行ってしまった。無論、冬華が抱えていた子狐も、である。

「………」

 祐一達が視線を向ける先――森の中から一つの足音が近付いてくる。
 まだはっきりとは見えないが、白い影。

「さて? 俺達目当てか、それとも狐目当てか?」
「いえ―――貴方達が悲しまない為に」
「………?」

 答えが返ってくるとは思っていなかったが、それよりももっと驚いたのは森の中から現われた者の姿だった。

「―――巫女…」
「えぇ、その通り。私は天野美汐。この物見の丘、その管理を任されている一族の者です」
















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