かつてそこは終末の戦地と呼ばれた場所
過去はミナル、今はミストヴェール
古くも新しい、その大陸に足を踏み入れる

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-2 To the castle floating in the sky−空に浮かぶあの城へ ―――





























#1 船内散策



































ふぅ、と溜息を吐き出しパタンと読んでいた本を閉じる
そして白銀の髪の少女――冬華はベッドにゴロンと転がった

「冬華、それで何冊目だ?」

冬華にかかる男の声
それは冬華の横で椅子に座り、薬莢を弄っていた青年――祐一からの物
冬華はその声に顔を上げると、「二十冊目です」と答えて身体を起こした

「よく船に乗ってて本なんか読めるな…俺なら確実に死ねる」
「暇ですから。 他にやる事もありませんし…」

うーむと冬華は悩む
取りあえず暇だ、その一言に尽きるほどやる事が無い

祐一が先程云った様に、現在は船の中
二週間ほどの航海の途中だ
出逢いからは三ヶ月
道中様々な事があった





遺跡を出て三日。最寄の街に入ると、祐一は冬華の服一式を買い揃える為に走り回った
そして最後の関門―――下着
祐一は服を粗方着せ、靴も履かせた冬華を店員に預けると外で待っていた
しかし、中では店員が「下着の色はどんなのが好みですか?」という質問を冬華に訊くと、冬華はそのまま店の外に出て、祐一の前まで来て「祐一さんはどんな下着の色が好みですか?」と聞く始末
傍から聞いていれば恋人か夫婦がいちゃいちゃ夜の事を話している様にしか聞こえない
当然周りの老若男女、全ての人々の視線が集中する
祐一は世間の目に耐え、血を吐き出す思いで「し、白なんか…どうでしょう」と言ってのけた
まさに漢だった

そして夜
野宿の間は毛布も一枚しか無い為、二人毛布に包まれ眠っていたが宿屋では違う
祐一は、部屋は同じでもシングルベッドが二つある部屋を選んでいた
しかし、それでも冬華は夜になると祐一のベッドに潜り込み、引っ付いて眠る
冬華の記憶には、あの―――死を連想させる黒い海の映像がこびり付き、一人では寝れなくなってしまったのだ
だが、祐一に引っ付いている時だけは眠れる、問答無用で平気に眠れる
それは“朝陽”をくれた祐一の暖かさもあるが、なにより信頼しているからだろう
だが、それで困るのは冬華ではない、祐一だ
最初の頃はまさに理性と本能の戦い
押し付けられる女性の身体に、一晩中悶え苦しんでいた
しかし二日目で一度祐一は理性が負けている
その時に―――

(胸なら、うん、胸ぐらいなら…)

―――という考えで、引っ付いている冬華を離したのだが…
その瞬間――苦しそうに顔を歪める冬華の表情に、祐一の煩悩は吹き飛び、理性が復活した
だから、祐一はそれに一つだけ溜息と苦笑をすると、黙って抱きつかれている
少女の身体は暖かく、それからは祐一も冬華を撫でながら眠る様になった

次に文字だ
これだけは、冬華の時代と著しくかけ離れている
祐一は一から教え始め、基本的な文字を教え終わった所でダウン
辞書やら何やらを放置して気絶――もとい昼寝した
しかし、次に起きてみた時
冬華は基本的な文字は既にマスターし、辞書を読んでいた
天使――いや、神だと思った

そして最後に戦闘技術
冬華は大抵の武器を使いこなせる
ナイフ、剣、槍、銃、etc…
更には剣術の構えもしっかりとしているし、銃等はかなりの高確率で目標に中てる事が出来る
しかし、祐一は組み手をした際に、研究者が云っていた事を理解する事になる
「急ごしらえ」なのだ、ひねりが無い
冬華が放つ剣閃は素直で、急所しか狙って来ない
勿論、祐一は軽く冬華をあしらった
その際に笑ったら、拗ねられて大変だったのはお約束だ

それから、祐一と冬華はグラストール大陸の港町・ヘクトから船に乗り、中央大陸ノスティードに渡った
初めて乗る船の中で、冬華ははしゃぎ回り、様々な人に迷惑をかけた
なんというか、既に天使の欠片は持ち合わせてない様子で、祐一にこれは何かと聞いては一喜し
海を眺めては夕日の美しさに微笑み、そして―――泣いていた
そのたびに冬華を抱き締め、安息を与える祐一
その姿は何よりも美しく、そして慈愛に溢れていた

そして事の発端
中央大陸ノスティード、東の国・ウィニシーアに着き、ザスコールへと南下している時だった
祐一と冬華は、山越えを行っていた
そこで冬華は山から見える景色に感動し、そして―――





『空が―――近いです』
『そうだな…今日は良く澄んでる』
『祐一さん…こんな、直ぐ見れてしまう物でも、世界は美しいんですね…』
『―――あぁ、俺も…最近になって気付いたよ…』

ザッと、山を駆け巡る風が、二人の漆黒の髪と白銀の髪を流す
冬華は祐一の横で、未だ空を見上げていた

『………』
『―――冬華?』
『祐一さん…』
『ん? 何だ?』
『空を…もっと見てみたいです…』





この言葉が始まりだった
祐一は、普段、何か道を決める時は絶対に口出ししない冬華の初めてのお願いと言う事で、かなり張り切った
その際に浮かんで来たのが、空中都市群――二年程前に見つかり、一番大きな場所以外なら既に攻略され、観光地となり始めている場所だった
祐一は、これから在るだろう冒険の肩慣らし程度には良いのかも知れないと判断し、目的地を決めた
それは丁度、この時南下しているザスコールから出ている船に乗れば行ける場所
こうして二人になってからの初めての冒険地は決まったのだ





きゅっきゅっと、薬莢に火薬を入れる前に空薬莢を磨きながら、祐一は今までの事を振り返る
側で悩む冬華、流石に二度目の航海ともなると少し落ち着いたとも云えよう
その事にくすりと小さく笑い、薬莢に火薬を詰めていく
最後に魔術紋章入りの魔法弾を薬莢にはめ―――

「あっ」
「っと、どうした冬華?」

魔法弾を落としそうになった祐一は、一度それを置くと冬華の方に振り向く
冬華はあからさまに「私、ひらめきました」という顔をしていた

「祐一さん…」
「何だ? ついに本の早積み選手権にでも参加するのか?」
「え?そんなの在るんですか?」
「………」
「………?」
「ごめんなさい…」

ごほん、と一つ咳払い
冬華は未だ首を傾げている

「いや、早積みでも早食いでもいいんだが…それで、どうした?」
「あ、そうでしたね」

てへへと冬華は笑う
凛とした顔もいいがこういうのも…
等と考えている祐一の前で、冬華は話し始める

「祐一さん」
「何だ?」
「探険に行きましょう」
「勝手に行って来なさい」

ふぅ〜と溜息を吐き出し、祐一は机に向き直る
冬華が抱きついて「行きましょうよー」と云ってくるが構わない
祐一は魔法弾をはめる作業に戻っていた
祐一が冬華をこういった風に扱うのにも訳がある
ザスコールから、空中都市群のあるミストヴェールへの船は、その海流の性質上どうしても大型船にしなければ辛い物がある為、かなりの広さを有した構造をしている
中には遊技場やら一級食堂やらが構えており、客に対してかなりのランクの設備が整っていると言っていい
かく云う冬華が読んでいた本も、この船にある図書館からの借り物である
二週間の航海の中、既に到着まで後二日ほどと迫っているが、始めの三日程は冬華の船内探索に祐一は付き合っていたのだ
そう、既に探索作業は終えているのだ
実際のところ一日目で
幾ら少女と歩くのは楽しいとは言え、こう狭い空間の中ではどうしても乗り気になれない
これだったら甲板に出て日向ぼっこをしていた方が有意義だとは祐一の弁だ

「どうしても行かないんですか?」
「あぁ、流石に船内は知り尽くしたからな…」

はぁ、と溜息を吐く

「行って来るなら一人で行って来い」
「いいんですか?」
「一人で歩く事も学んだ方がいい、それに帰り道位なら分かるだろ?」
「はい、それ位なら」

それなら大丈夫だ、と祐一は再び机に向き直る
それと同時に行って来ますと行って冬華は船室から出て行く

「あっ、知らない人には付いて―――って居ないか…ま、大丈夫、だよな…?」

幼い娘を持った親の心で祐一は呟いた









「うーみーは、広いーな大きいーなぁー」

てくてくと冬華は船内を歩く
遥か昔に聞いた歌を口ずさみながら視線を右へ左へ動かす
その様はやはり13歳と言った所か、幼い
それでも、時々すれ違う冒険者風の男からナンパされる時は

「彼が待ってるんで」

の一言で切り抜けていく
祐一の、外でナンパされた時の対処法その1を忠実に守った結果だ
ちなみに、その2は「人を呼びますよ」であり、その3は実力行使である
魔法では敵無し、実戦技術では荒削りな物のかなり強い白銀の天使は堂々と船内を歩いていた

やがて船内の売店に辿り着く冬華
そして、馴染みになりつつある冬華は売店の店主、通称「おばちゃん」に声をかけた

「おばさん」
「あら、冬華ちゃんじゃない。 今日は黒い…えっと…」
「祐一さんです」
「あ〜、祐一さんは一緒じゃないのかい?」

おばちゃんは何か作業をしていたのか手を拭きながらこちらに来る
冬華はその言葉に眉毛を八の字にすると、口を開いた

「祐一さん、『もう少しでミストヴェールに着くから』って銃の点検してたから…」
「あら、そうなの…こんな可愛い子ほったらかして銃の点検してるなんてね…」

おばちゃんはヤレヤレと言う
実は子持ちだったりするおばちゃん
娘を見ている心境なのか、よく話し相手になっていてくれたりするのだ
母親が存在しない冬華にとって、まさに母親の様な人物である

「仕方ないですよ…準備は大切ですから」
「いい子だねぇ本当に…冬華ちゃん、一つ抱きついてお願いしてやりなよ、そうすれば大抵の男はグラッと来て頷いちまうからさ」

からかう様に云うおばちゃん
その言葉に冬華は苦笑する

「もう試して来ました」
「あらら…祐一さんも男らしいって云うか、何ていうか…今の時代じゃ貴重な人種だね…」

ふふふとおばちゃんは笑う

「それじゃ、今日はまけてやろう。 どれでも半額だ、どれがいい?」
「え、いいんですか?」
「ああ、好きなのを選ぶといい」
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして…ふふふ」

にっこりと笑うおばちゃんの顔を見て、冬華も笑う
そしてポケットから取り出した“がま口”からお金を取り出すと、ホットミルクとチョコレート受け取る

「はい、毎度ありがとうね」
「はい、それでは」

律儀に挨拶を交わすと、冬華は甲板に向かって歩く
甲板にある大衆用テーブルに座って、日向ぼっこついでにおやつを食べようと言うのだ
日向ぼっこは祐一のおすすめで、冬華も気に入っている
その際にホットミルクとチョコレートは必需品だとは、冬華の持論である

通路を抜け、階段を登り、甲板へ出る
風は多少強い方かもしれないが、穏やかな方だろう
それに揺れも“魔の海流”を抜けるときとは雲泥の差だ
冬華は一度傾きつつある太陽に目を向けると、テーブルに向かい腰を下ろす
そしてホットミルクとチョコレートを置くと、手を合わせた

「頂きます」

そしてチョコレートを一欠けら口に含み、ゆっくり味わいながら、最後にホットミルクを飲む

「幸せです…」

ほう、と溜息がこぼれる
そして二口目に手を伸ばそうとした時

「止めてください!!」
「えっ?」

ガシャーンとホットミルクとチョコレートは飛んできた男によって吹っ飛ばされていった











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