それは心の奥に在る門
『表』は門にノックし『裏』と成る
慈愛は常に殺戮の裏に存在した…

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-2 To the castle floating in the sky−空に浮かぶあの城へ ―――





























#2 殺害意志



































ぽーん、とホットミルクとチョコレートが舞うのを見ながら冬華は考える
何でこうなったのだろうか?
確か男の人が飛んできた筈だ
その事に気付くと、視線を下げる

「………」

飛んで来たらしい男は倒れたテーブルと仲良く眠っている
どうやら頭でも打って気絶したようだ
そんな時に遠くから“何か”が二つ水面に着水する音が響く

(あー…ホットミルクとチョコレート…)

こんな事で怒るのは馬鹿らしい、冬華は冷静な頭で考える
取りあえず席を立つと、男が飛んで来ただろう方向に目を向けた

「………?」

一人の女の子が男達に囲まれている様だ
あれがナンパという物の“終着点”だろうか?
祐一に教わった事を思い出す

「………あれは正しいナンパの対処法、その3レベルですね…助けましょう」

どんなに道徳について教え込まれた所で、ストレスが溜まる時は溜まるのだ
天使は祐一から買って貰ったナイフを順手と逆手で構えると、一つのステージに踊り出た
悪人を懲らしめる為に、食べ物様の恨みを晴らす為に









その時、少女は仲間から逸れていた

何時もバカな行動を取る幼馴染、けど―――大事な局面では何時も頼りになる人
船に乗ってから、幼馴染と少女と、そして乙女を目指している女の子で何時も行動していた
しかし、今日に限っては運が無かった
何時もの様に幼馴染が女の子をからかう
そして走って逃げ出したのだ
まさに突然の行動だった
二人が前衛を勤める様なタイプなのに対して、少女は後衛を勤める様なタイプだったのが拙かった
少女が慌てて追いかけたが既に遅かった
二人を見失ったのだ

そうして少女は二人を捜す為に船内を歩き回り、そして甲板に到達した
少女は自分では余りよく分かっていない様だが、その容姿は美人の部類に入る
当然、ナンパ目的の男達に声をかけられた
生来お人好しの部類に入る少女は、直ぐに男達の誘いを断れない
それが拙かった、もう拙い事のオンパレードだ
もしかした厄年なのかもしれない、少女は思った

一人の男が強引に少女の腕を掴む
それに対して少女は、誤って魔法を発動してしまった
ドンと音がして吹き飛ぶ男
少し陰になって見えない所でガシャーンと派手な音が響くのを聞き取れた
やってから血の気が引くのが分かった
勿論男達は激昂する

この人数では勝てない…

これでも冒険者の端くれ、瞬時に判断すると、幼馴染との走馬灯が走る
そして男に口を押さえられ、身体を固定され、最後に幼馴染の笑顔が浮かんだ

(浩平…)

その瞬間、眼の前の男が宙に舞った









「その人を離して下さい」

冬華は男の背後から忍び寄り、側頭部をナイフのナックルガードで殴り飛ばすと全員に忠告する
呆けた様な男達が我に帰り冬華を睨む、が―――その美しさに再度行動が止まる

流れるは白銀の髪
その瞳はスカイブルー
透き通る様な白い肌
まさに美の境地

冬華は左手、順手の方のナイフを少女の口を押さえている男に向ける
だが、一人の男が今度こそ我に帰ったのか、卑下た笑みを浮かべて冬華を値踏みする様に流し見た
そして笑う一人の男
それは伝染する様に広がり、最後は全員が笑っていた

「おいおい、まさかそんなナイフ二本で俺達全員を相手にするつもりかよ?」
「こっちは六人、一人で相手できるのか姉ちゃん?」
「ま、攫った後は勿論相手して貰うけどな! ははははははは!!」

そして更に笑う
その言葉に捕まっている少女は、冬華に逃げるよう目で訴えるが冬華には届かない
そして冬華は一度顔を伏せ、溜息を吐くと男達を睨む
それは、まさに祐一の鋭い眼光を思い起こさせるソレ
ピタリと男達の笑い声が止まる
感じるのは恐怖か?

―――否

その身に感じるのは捕食される側の錯覚
絶対的力の差

「―――――ッ…!!」

立っている男の内一人がその眼光に怯み一歩引く
しかし、やはり何処までも頭が悪いのは居るものだ
対照的にがたいのいい男が前に出る

「は、はははは…おい、なにびびってるんだよ…相手は一人だぜ? さっさと済ましちまおうぜ? なぁ」

その言葉に呼応する様に一人二人と腰にある得物を手に取る
二人は剣
四人は魔道銃

冬華はそれを確認するとナイフを構えて腰を落とす
魔法を使えば一撃で全員を消滅させる事が出来るが、それは道徳上、そして祐一に禁止されている為出来ない
何より捕まっている少女が向こうに居るのが状況的に悪い

「は――――ぁ」

深く深く、息を吐き出す

このまま埋め込まれた殺害意志に身を委ねればどれだけ楽だろうか?
しかしそれは自分がこれから先、生きて行くには酷く都合が悪い
そして何より、自分を必要とし、自分の側に居てくれる祐一に迷惑が掛かってしまう

心を持った少女はそれを恐れる
今の時代、何も持たない少女にとっては祐一が全て
あの優しい心を持った青年が全てなのだ

だから、自意識を保ったまま―――全員を戦闘不能に追い込む!!

―――ゆらりと冬華が動く
視認しにくいそれは歩法・落葉
遥か昔、退魔戦闘者の一人から教わった物だ
相手には霞んだ様に見える動きは、視認出来る場所に本人は存在していないという物
冬華が動いたのを確認して、囲んでいた男の剣が振り下ろされるが無惨に空を斬り甲板に接触
ガチンと耳に障る音を立てて鋼鉄の剣は跳ねる

「ヒュッ!!」

冬華の右手、逆手に持ったナイフが霞む
それは一人の、銃を弾き飛ばし宙に舞い上げた
何が起こったのかと呆ける男
冬華は甲板に接触した剣を思い切り踏むと同時に、銃を失った男に対してナイフのナックルガードを繰り出す

ガキンッ!
ゴッ!!

顎が殴り上げられ、目が反転―――失神
剣を踏まれた男は、状態がつんのめり前傾姿勢で顔から甲板に着地、鼻から鮮血が零れ落ちる
そして、そのまま剣につけた足を主軸に回転
両手のナイフは冬華を中心に旋回、また一人の銃を跳ね上げ
剣を持つ男の指に逆刃のナイフが接触し、骨を砕く鈍い音を響かせる
それは踊りでも踊っている様に
一つ一つの動きが洗練され、無駄が無い
最短距離で繰り出される刃の閃き
白銀の踊り子は一瞬で四人を戦闘不能に追い込んだ
だが―――

カチャッ…

「―――――」

白銀の髪越しに突きつけられる銃口
油断していた訳ではない
そう―――
冬華の動きは洗練されているが故に鋭いが―――単調で
急所…目的の場所しか狙わないからこそ―――読み易い
少し腕に覚えが有り、気付いてしまえば簡単に対処出来てしまうのだ

「っち…手間取らせやがって…」

ぐりっ、と押し付けられる銃口がこめかみに食い込む
血は流れないが、冬華の表情は苦痛に歪み、甲板に近付く

「仕方ねぇ…かなりの上玉だが―――」

冬華の中で、“何か”が疼く

ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン…

かちりっ…

「―――殺すか」

脈動する意識
扉が開き、瘴気が漏れ出す
植え付けられた殺害意志が覚醒する
世界が反転する
昼は夜に変わる
白は黒に変色する
表は裏に返る
太陽は月に代役を頼む
天使は悪魔と成り果てる
『理性』は『真理』を、ノック、する―――

「――――自己反転接続(アクセス) 【 継屠(ケイト) 】――認し―――」 
「待て」

びくんと冬華の身体が跳ねる
声に反応して扉が閉まった

「誰だ…てめぇ…」
「祐一…さん…?」

黒尽くめの男が一人歩いて来る
夕日が背中にあるせいか、素顔は確認できないが…
分かる―――
これは殺意、殺気、瘴気、怒り

「祐一さん…どうしてここに…」
「ん、やっぱり心配でな…冬華…一人にしておけないから」

ニコリと祐一は微笑む
しかし、静かにだが押し付けられた殺気が漏れ出しているのが分かる
それは触れるだけで爆発する様な危うさ

少女は知っている、青年の強さを
一気に熱が冷めるように、逆再生で“何か”が戻っていく
それは冬華にも気付かない如く
安心した様な冬華の表情に捕まっている少女も何処か安堵する
祐一はそんな二人を確認すると、もう一度微笑み、そして嘲る様な笑みを相手に向け―――

「さて…」
「あ? 何だやるって―――ガヴァッ!?」

男が言葉を話している最中に祐一は神速で剣と魔道銃リベリオンを引き抜く
それは一瞬
剣の腹で口を殴られ倒れる男と、銃を下顎に突きつけられる男
祐一は倒れた男の首筋に剣を突きつけ、下顎に突きつけたリベリオンの撃鉄を起こす
カチリッ…起こされる死神の鎌
その早すぎる業に、その場の全員が息を呑んだ

「なぁ…」
「ひっ…」
「いや、そう怖がられても困るんだが…まぁいいか…それで、ここは物々交換と行かないか?」

祐一がニヤリと笑う
何時もの悪戯っぽい笑顔ではない
云う事聞かなければ問答無用で殺すという笑顔だ

「物々交換…?」
「そうだ、そちらの人質は二人、こちらの人質も二人。 どうだ? 中々ナイスな考えだろう?」

くっと祐一は剣を持つ手に力を込めると、ちくりと転がっている男の首筋を薄く刺す

「いっ―――う、うあ、た、助け…っ!!?」

神経が何時も以上に敏感になっている男は、それだけで悲鳴を上げる

そして祐一はもう一度だけニヤッと哂った









「あ゛〜…しんど…」

二人を無事解放する事に成功した祐一
逃げ帰るごろつきを手を振って見送ると、今では椅子に座り、「慣れない事はする物じゃ無いね」と唸っている

「でも祐一さん、なんだか似合ってましたね」

爆弾投下

「ふむ、冬華君…君は暗に私が悪人面だとおっしゃりたい訳かてめぇ…」

ゆらっと立ち上がり、拳を握る
そして冬華の頭を拳で固定
スイッチオンだ!

「い、痛い痛いっ。梅干は反則ですよ!!」

ぐりぐりと冬華のこめかみに拳を当てる祐一
冬華は涙目でやめて〜と訴えている

「ふふっ…」

そこで助けた少女が笑った
その笑顔に祐一と冬華は笑い合うと、少女に向き直る

「ん、中々いい顔だ。 もう大丈夫か?」
「はい…ありがとうございました」

ニッと、今度こそ何時もの悪戯っぽい笑顔を向ける祐一
少女はそれに少しだけ頬を染めると返事を返す

「それと、すみません…迷惑をかけてしまって…」
「あー…気にしなくていいよ。 俺は冬華を助けるついでにやったみたいなもんだからさ」

俺よりも冬華に、ね
そう祐一は少女に云う
それに笑顔で頷くと、少女は冬華に向き直った

「あ、あの…」
「はい、なんですか?」
「わ、私は長森瑞佳っていいます…その、助けて貰ってありがとうございました!」

その言葉に冬華はキョトンとした後、わたわたと慌て出す

「え、えっと…その…」
「そういう時は、『どういたしまして』だ」

備え付けのテーブルに肘をつき、頬を乗せながら楽しそうに笑っている祐一
冬華は祐一の助言に頷くと、深く息を吸って、そして吐く
よし、と気合を入れなおす冬華に再び祐一は苦笑する

(ホント…楽しいよ…)

冬華は顔を下げている瑞佳に「ど、どういたしまして」とぎこちなく云う
瑞佳はそれにありがとう、と云うと二人で笑い合っていた

(平和だな…)

祐一は二人を眺めてそう思う
しかし、祐一の脳裏にこびり付いている物が一つ
それは白い布に墨汁を垂らした様に気になる事象

(あれが冬華の云う『殺害意志』…)

先ほどの、追い込まれた時の冬華
そして白銀の髪の間から見えた…楽しそうな笑顔
もう少し助けに入るのが遅かったらと思うと背筋が凍る思いだ

(天使と魔王のダンスで世界は滅んだ…か)

今は無邪気に笑う冬華を見て思う
自分は『殺害意志』に呑まれた冬華を“助ける”事が出来るのか、と

(―――…。 ま、そん時はそん時…俺の命を賭けてでも…)

決めた筈だ
この娘の笑顔を守る、と
だから、その時は―――

「祐一さん」
「あん? どうした冬華?」

そこで我に返る祐一
思考の海から半端に抜け出たせいか、少しぼうっとしているかもしれない
一度だけ頭を振ると、祐一は冬華と瑞佳に向き直る

「これから瑞佳さんとご飯を食べようって事になったんですけど…」
「それで?」
「あ、あの…助けて貰ったお礼に、ご飯、どうかなって…」

ああ、成る程
少女は飯に誘っている訳だ
奢りで

カシャカシャカシャーンと祐一の頭はシリアス脳から金銭脳に移り変わる

旅の資金…グラストール大陸にて持ち金二百万(マネー)から冬華の旅道具一式と新調した剣、それに使った魔道弾の経費でマイナス四十万
グラストールから中央大陸ノスティードに渡る際の船の経費、二人で十万
そして冬華に買ってあげたナイフ上物二本で二十万
そして何だかんだで食料と宿代、ミストヴェールに渡る為の経費で…

カシャカシャ、チーン
残高、八十万を切りました〜! わー!!

「ぐはっ!」
「わっ、大丈夫ですか祐一さん?」

肘をついていた祐一の身体が倒れ、普通に額をテーブルに強打する
響いた音はいやに生々しかった

「ふ…大丈夫だ…世の中ってのは良く出来てる物だと感心しただけだから…」
「そうですか? 勉強になったって事ですか?」
「ああ、だから飯を食いに行こう」

どう云う理屈で「だから」に繋がるのか分からないが祐一と冬華は気にしない
ここら辺は既に慣れた物だ
三ヶ月という月日は偉大だった

「?、それじゃ行きましょう、多分私の仲間も居ると思うんで…」

多少瑞佳が眉を顰めたが、特に何も無く
祐一と冬華は後ろについて歩き出しのだった

今だけは、問題を胸にしまって











to next…

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