ゴッと、風が流れる
白と蒼の世界にそびえる無骨な塔
それはかつての戦場

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-2 To the castle floating in the sky−空に浮かぶあの城へ ―――





























#4 天空世界T



































ミストヴェール一日目




「疲れました…」
「確かにな…」

ミストヴェールに降り立った祐一と冬華
二人は港町で数日分の食料を買い揃えると、他の冒険者に混じって森に侵入した
広がる緑、新鮮な空気
しかし、日が傾くと同時に立ち込める霧海
じめじめとした空気は移動を続ける者達の体力を否応無しに奪って行く
しかも、ミストヴェールは南に位置する大陸――湿度と共に気温も高い
まさに天然の地獄だった

「暑いです…」
「んあ、そうだねぇ…」

今日の移動を諦めた祐一は、だらだらと野宿の準備に入る
横で冬華がダレテいるのを見るのは楽しいが、一通り済ませない事には安心して休む事も出来ない
暗くなり始める世界に、祐一はバッグからエーテル変換のカンテラを取り出し火を灯した
そこでやっと一息吐く

「はぁ…あっちぃなぁ…」
「あっついですねぇ…」

こんな湿気の高い状態じゃ焚き木を集めた所で無駄だ
火がつかない
ここになって初めて祐一は納得する

(買える食糧が殆ど調理済みなのはこの為か…)

取り出した缶詰を見ながら思う
他には干し肉や、スモーク系の食料ばかりだ
水もちゃんと人が蒸留したものじゃ無いと危なくて飲めないだろう
この湿度は危険だ

「あ、そうだ祐一さん」
「なんだい冬華君…流石に今日はもう暑くて歩けないよ?」
「違います、ちょっと実験したい事があって」
「は? 実験したい事?」

何だ? と祐一は問い返す
冬華は一つ頷くと立ち上がった

「船の中で読んだ本にあったんですが、ここでは浮遊魔法がキャンセルされるみたいなんです」
「へぇ…そいつは興味深いな…何でだ?」
「詳しい事は分かってませんが…」

祐一は一つ冬華に頷いて見せる

「本に書かれてあった物では、ここにある『浮遊石』がエーテル中の属性要素を吸っているんじゃないかって書かれてありました」
「ふーん。 つまり『石』にエネルギーが持っていかれて人間に回される分が無い…と」
「多分ですけど…」
「それで実験ってのは?」

まぁ大体想像出来るんだけどね、と祐一は心の中で思いながら冬華に目を向ける、半目で

「私でも飛べないか実験してみたいんです」

おう、思った通りだ
祐一は溜息を吐き出す
冬華の浮遊魔法――『 舞踊る詩翼(レビテーション・マジック) 』は一般に使用される物とはランクが違うのだ
魔法に慣れ親しんだ者で、宙を自由に飛び回れる物だが、冬華が使うと全く違う
いや、飛ぶ事には違いないのだが―――

(羽が出るんだよな…)

そう、羽が出るのだ
と、云っても何も鳥の羽が生える訳ではない
一種のエーテル過剰摂取による、体外放出現象が起こるのだ
それが背中から出る
光り輝くそれは、まさに天使の翼
魔法を発動させる為にはエーテルに干渉しなければならない
それが冬華――天使では、魔系資質が強すぎるのか、普通の人が魔法を使うとき何となく摂取するエーテルを莫大な量を摂取するのだ
そして干渉――体内で使われたエーテルの残滓が体外放出を始めるのである
これは他の魔法を使う時も同じで、同じく体外放出が起こるが、直接空気(エーテル)に干渉する浮遊魔法程ではない
はっきり云えば目立つのだ

「駄目ですか?」
「んーー、霧も濃いし…周りに人は…」

自意識を消し、景色を精神に投影させる
気配読み以上の把握能力――空間把握…

「―――多分大丈夫だな…いいぞ、やっても」
「はい。 それでは…」

ザッと風が舞い上がる
冬華の纏う雰囲気が変わった
輝く体、煌々と輝くスカイブルーの瞳
魔力放出が始まった

「―――鳥の模造、我願う、翼無き住人に羽を、空を舞う権利を、安息を―――」

「 舞踊る詩翼(レビテーション・マジック) 」

ふわりと冬華の身体が宙に浮く
その背中からは光り輝くエーテルのシャワー、純白の羽が生えている
だが…

「何か、前見たときより羽が小さいな」
「やはり――ここら辺に存在している『浮遊石』がそうさせているんでしょうか?」

ストンと綺麗に着地し、後ろ髪をかき上げると同時に羽が消失
再び霧海にカンテラの灯だけが広がる

「冬華で調子悪いんじゃ、俺だと絶対的に無理だな」
「そうですね。 普通の魔系資質では、かなり高度な集中力が必要になるでしょう」

ぺたんと地面に腰を下ろす

「ま、実験も終わったし…さっさと飯食って明日に備えよう」
「はーい」

その返事に苦笑して祐一は冬華に缶詰と干し肉を渡した
簡単な食事ではあるが、二人で食べる食事は美味しかった




追記:抱きつかれて寝るのは流石に寝苦しいので、祐一は冬華に膝枕をしてあげた









ミストヴェール二日目




「今日は比較的涼しい感じがするな」
「そうですね」

コンパスを片手に祐一と冬華は南へ下る
未だ世界は森ばかり
話している分には気が紛れるが、やはりこの景色だけはつまらないと思う

「あっ!」
「どうした冬華?」

そんなおり、冬華が何かを発見し声を上げる
祐一は慌てる事も無く振り向く
声の質で危険じゃ無いと判断した結果だ

「あっち、あそこ見て下さい祐一さん」
「ん? んーー…、あっ、湖が在るな」

よくこんな霧の中で発見出来るな、と思わずにはいられない程薄く水面が煌めいているのが見える

「寄って行きましょう、少し水浴びもしたいですし」
「確かに…昨日から汗を流してたからな…それにもう少しで昼になる、湖の水を蒸留して保存しておこう」

割と朝になり、昼になると完全に消える霧の海
火を使うにはこの時間帯しか無い
祐一と冬華は寄って行く事を決めると、足早に湖へと近付く
広さは五十・五十四方といった所だろうか? 湖よりも澄んだ沼といった感じを受ける

「んじゃ、俺は向こうで蒸留の作業してるから、上がったら云ってくれ」
「分かりました」

祐一の言葉に返事を返す冬華
その顔は嬉しそうである
どんなに世間と離れた生活をしていても女の子なんだなぁ、と思わずには居られない
汲み終わった水を簡単な蒸留装置を作ってろ過する
買っておいた乾いた木に火をつけ水が沸騰するのを確認
熱した水が湯気となり上皿に張り付いては、横から垂れ、下に置いてある容器へと落ちて行くのを眺める
しとしとしと…
しとしとしと…
しとしとしと…
しとしと「きゃっ!?」

―――悲鳴

半ば催眠状態で落ちて行く水滴を眺めていた祐一の意識が覚醒
まさか魔物!? 油断した―――!
昨日からこれといった“恐怖”を感じていなかったのが災いした
祐一はそう考えながら腰に差している魔道銃リベリオンを引き抜き物陰から飛び出す!

「冬――ぐはっ!」
「あっ、祐一さんどうしたんですか?」

口を押さえて蹲る祐一
もろに裸を見てしまった

「つーか、今悲鳴上げなかった? 冬華さん?」

目を下げ、地面を見ながら祐一は冬華に問う

「あ、そうなんですよ。 魚が居たんですよ祐一さん!」
「さ、魚っすか…」

魔物じゃ無かったのね…

「あ、それと祐一さん、かえの下着と服を取ってもらえませんか?」

うあっ、まぢっすか!?
つーか、少しは恥らって下さい
私の精神が持ちませんでふよ!?

そんな事を考えながらも律儀に冬華のバッグから下着と服のかえを取り出す祐一
既に慣れたものだ
男としては慣れたくないが

そんなこんなで暮れる二日目
その場で焼いた魚は美味かったと記しておこう









ミストヴェール三日目




目覚めた所で冬華が祐一に告げた
どうやら今日の昼頃には空中都市群を見る事が出来るらしい
コンパスがイカレテなければ、の話だが

「ま、そん時は仕方ない。 冬華に空を飛んでもらって方角を調べよう」

意外と楽な思考で三日目が始まる
当初懸念された冬華の森林行軍
しかし冬華は慣れている筈の祐一に難なくついて行く事が出来ている
この事から祐一は、冬華が昔行っていた訓練の中にはこういった事態を想定した物もあったのかなと何となく予想していたりする
あの地下施設は広い、もしかしたらそんな場所が在ってもおかしくは無い
だが事実は冬華の胸の奥
無論、祐一はそんな事を訊くつもりは無い
訊いたとしても祐一は冬華を見捨てる気も無いし、どうこうするつもりも無い、既に関係無い事として割り切っている

だから、訊いても、意味は、無い

「ふぅ…」

溜息はその瞬間に流れた風に乗り、世界に消える

風が出て来た、もうそろそろ正午か…

祐一は立ち止まり、船の中で時差分を弄った銀の懐中時計を取り出して時間を確認する
午前十一時、四十分―――
カチャリと蓋を閉め、再び懐に時計を仕舞うと後ろに振り向く

「あと少しだぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、工程は順調だったし…コンパスがイカレテなければ着くはずだ」

その言葉に、二人は同時に祐一が持つコンパスへ視線を落とす
大丈夫、グルグル回っている訳でもない

「……ま、大丈夫だと信じよう」
「そうですね」

二人同時に顔を見合わせ笑い合う
今は、この“時”で十分
先ほどの考えを振り払い、再び祐一は歩き出す

そして、世界は途切れた―――




「うおっ」
「崖…ですか?」

崩れる岩が、下界に向かって落ち逝く
カツン、カツンと跳ねる岩は、雲海に落ち、やがて見えなくなった

「道を探すにも、これじゃ危ないな…あと少しで霧も晴れるだろうから、待つか?」

その言葉に「はい」と冬華は頷き、その場に腰を下ろす
見つめるは、この霧に閉ざされた世界の果て
そして段々と世界に亀裂――光が差し込む
霧が流れる
ビュッと、一際強い風
冬華はその白銀の髪を押さえ、祐一は少し長めの前髪を掻きあげた
目を細める
白雲が流れ、世界は蒼と、そして白が支配する
その世界の果てに、ソレは見えた

「すげ…本当に浮いてる」

そこに在るは空中都市群
旧時代の遺産都市

「凄いな、冬華はどう思う?…ん、冬華?」

返事が無い
祐一はそれを訝しがり顔を横に向けた

「えっ?」

泣いている
冬華が、ただ静かに泣いていた

「お、おい! 冬華、どうした!?」
「辿り、着いたんです…」
「辿り着いた?」

その言葉に目に溜まった涙を拭いながら冬華は頷く

「ここは多分――ギーリ…」
「ギーリって…確か」

確かソレは、約二千年前のラグナロク――全てが始まり、そして終わった場所
それならば、この大陸は―――ミストヴェールは―――ミナル大陸
魔王が存在した場所、全ての終わりがここから始まり――世界に終焉をもたらした終末の戦地

ここまで祐一は思い出して唾を飲み込む
どうやら自分は、知らず知らずの内に旧時代の真意に触れていた様だ
祐一は自分の“運”に驚きつつも平静を保ちながら冬華に向き直る
未だ都市群を眺めている冬華、祐一はその悲しげな姿に目を細めながらも口を開く

「冬華…」
「………」
「冬華…」

肩に手を置き、優しく語り掛ける
返事は無かったが、冬華はその顔をゆっくりと祐一に向けた

「挨拶、しに行こう」
「挨、拶…?」

そうだ、と云って祐一は冬華の頭を撫でる

「云わば、墓参りだ…」

そこで一息、祐一は息を吐き出す

「冬華の姉妹に、逢いに行こう」

なっ、と最後に微笑みながら優しく冬華に語りかける

「嫌か……?」

祐一の問いかけに、冬華はブンブンと首を左右に振り、目を擦った後、ゆっくりと立ち上がった
立ち止まりは、しない
その顔には、既に迷いも無い
祐一は軽く微笑むと、都市群を流し見る

「………」

そして、何も云わずに冬華に背を向け歩き出す
冬華もそれにならって歩き出した
ただ、最後に一言だけ――言葉は流れる風に乗って霧散する

「遅刻、しました…けど、ちゃんと…辿り着きましたよ」

―――おかえり

崖の上の彼らを煽る風は、どこと無く、そんな優しげな雰囲気をみせていた…











to next…

inserted by FC2 system