流れる雲は――女神の吐息
僕達は唯、この蒼と白の世界で生きる
――唯一無二の存在なのだ…

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-2 To the castle floating in the sky−空に浮かぶあの城へ ―――





























#5 天空世界U



































崖を回りこみ、降りられる場所から空に浮かぶ道標に向かって歩き出した二人
流石に、見えている目標に向かって歩くだけ
迷う訳も無く、空中都市群の真下へと辿り着く

「うおー! 下からだと、こう、迫力あるな! 落ちて来そうで…」

ゴツゴツトした岩底が見える訳ではない
逆だ
余りにも滑らかな表面が、ここ、真下からだと良く分かる
あれは、明らかに人工物だ

「それにしても…意外と人が多いですね、祐一さん」
「そうだな…まぁ、発見されたのが二年前なのに、未だ一番奥の城には入れて居ないってのが大きな理由だとは思うがな」

そう云いながら祐一は都市群の中央――島の切れ目から、上層階が潰れた城を仰ぎ見る
ここから見える半壊した城、と云っても完全に“半壊”という訳ではない
本当に上層階だけが潰れているのだ
冒険者はその城に眠る宝を夢見てここに集まって来ているのだ

「あれは、多分――ムグッ!」
「シッ、余り不用意に喋るもんじゃ無い。 船の中での事、忘れたのか?」

重要な事を話し始めようとした所で祐一が冬華の口を押さえる
その動作と言葉で、無言――喋れないので冬華は頷くと、祐一の手の戒めから解放された

「そうでしたね、船の中での事もそうでしたけど、失念してました」

浩平達との会話が思い出される
祐一が半ば発狂にも似た奇声を上げて会話を中断させたアレだ
冬華の言葉に祐一が頷くと、移動を開始する
取りあえず場所を変えなくてはいけない

「ん?」

その時に目がある物を捕らえた
人一人が入れる様な…箱型の骨組み――だろうか?
アレは?

「なぁ、冬華…アレって―――」
「おぅ、お兄さん方、見ない顔だな」
「うおっ!?」

冬華の肩を叩こうとした矢先にぶっとい男の声がかかる
その声は祐一と冬華の間から発生した
二人は驚き、左右に別れ一歩引く

「あぁ、すまん。 驚かせたな」
「あ、ああ…。 それであんたは?」

祐一の言葉に「ん?」と首をかしげた後に「あぁ」と頷き男は一つ咳払いをした

「あぁ、俺は二ヶ月前からここに居る冒険者。 名前をガストという」
「俺は相沢祐一、今日ここに辿り着いたばっかりの冒険者だ」
「私は冬華です」

どうも、と三人は握手を交わす
その際に祐一がボケて冬華に手を差し出すが、普通に笑顔で握手されてしまった…
くっ…難敵だ!

「…それでガストさん、“アレ”について知ってるみたいですけど何なんですか?」

祐一は先ほど見つけた物に目をやる
箱の骨組みみたいな物だ

「あぁ、あれかい。 アレは一種の転移装置みたいな物だよ」
「転移装置…ですか?」

そうだ、と頷きガストが空中都市群を見上げる

「地上にある、転移装置から上の――都市の方へ移動出来る様になっている」
「へぇ…」
「ここら辺は浮遊石の影響か、浮遊魔法は全部キャンセルがかかるからね…あれが無かったら都市の方には入れなかっただろう…」

転移装置…流石に三年間中央大陸ノスティードを歩いて来たが見た事も聞いた事も無い
冬華の反応からすると旧時代の物らしいが…こんなに凄い物まであったとは…

目を細め、その装置を一度見ると、祐一は再びガストに向き直る

「アレには乗っても?」
「あぁ、大体ここら辺にある転移装置は調べ終わってるから大丈夫だ」

ま、観光化が進んだらお金は取るんだろうけど…とガストは云う

「今は昼飯時だし、ここら辺に半分住んでる奴等はここら辺の遺跡調査は終えている…空いているから一度見ておくといい。 あぁ、それと…何か必要な道具とかがあるなら、あそこ―――」

ガストが祐一と冬華の後ろを指差す
そこに在るのは…

「ふむ…家だな」
「家…ですね」

家があった
位置的にも上には遺跡が無い
簡素なプレハブ小屋みたいな感じだ

「他はテントとかなのに、あそこだけは家なんだな」
「俺も詳しい事は知らないが、一年前には既にあったらしい」
「へぇ…それで、道具関連はあそこで売ってくれると?」
「そうだ」

そんな時、家から一人のローブを被った人物が出てくる
その瞬間――目が合う
合った、と“思った”

「……?」

違和感
極々些細な違和感
自分でも良く分からない様な、そんな物が祐一の心を過ぎる、が

「どうした?」
「ん、あぁ、何でも無い。 それじゃ俺達は“上”に行ってみる事にするよ」

祐一はガストに軽く手を振ると、冬華を連れて歩き出す

「祐一さん、さっき何を考えてたんですか?」
「ん? さっき? それって何時だ?」
「今ですよ。 “家”の方を見て何か考えていた様な感じがしたんですけど…」

その言葉に祐一は少し考えてみる
ふむ…何か考えてたっけか?

「そうか? 俺自身何を考えてたか思い出せないんだけど」
「…? そうですか?」
「ああ、多分気のせいじゃないか?」
「………」

確かに、何かを思案している様な気がしたんですけど…
冬華はそう思いながらも、祐一の表情を伺う
何時もの表情だ
本当に分かっていない、といった感じだ
それならば、先ほどのは――錯覚、だろうか?

「考えても仕方が無いですね…」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか、それじゃ上に行ってみるか?」
「はい」

冬華は祐一の言葉に返事を返すと、祐一の後ろについて歩き出した

ニャー…

猫の鳴き声を聞いた様な気がした
記憶の欠落に二人は気付かない…









「っひゃー…高いなー」

絶え間無く流れる風が霧を押し流し
冒険者の誰かが打ち込んだのか、何時か来る観光地化の為に立てられた手すりに身の安全を任せて祐一と冬華は世界を眺める
空は何処までも―――蒼い
それは美しき海を連想させるように、ただ澄み渡っている

「っしょ、と」

ごろんと仰向けに転がり、祐一は空を見上げた

「冬華」
「はい?」
「来て、良かったか?」

祐一の言葉に冬華は空を見上げ、そして下界を見渡す
何と、壮大な事か―――
魔法による『羽』で世界を見渡すのではない
苦労し、歩き、模索し、そしてその先に、“一握りの世界”を体感しているのだ
勿論感想は―――

「はい! 良かったです!」
「そっか」

よっ、と祐一は勢いをつけて立ち上がると、祐一は冬華に向かって笑う
―――気に入って貰えたなら幸いです、お姫様
そんな感じの照れ笑いだ

「ははっ…。 ふぅ…あぁ、そう云えば…」
「? 何ですか?」
「さっき、俺が口を押さえた時は何を云おうとしてたんだ?」

そうでしたね…と冬華は身体の向きを変える

「あの…少し崩れた場所が見えますね?」
「ああ、さっき見てた場所だな」

祐一は他に人が居ない事を確認して、冬華の言葉に耳を傾けた

「事前映像データでしか見た事はありませんが、多分あそこが魔王城です」
「……あそこが…」
「崩れているのは、姉妹達と魔王が戦い始めたから…多分、そうだと思います」

そう云われて、祐一はこの魔の都の本殿を見る
発見されて二年、まだあそこだけは誰にも入られていない
そして――墓参りをするのであれば、あそこでしかないだろう
漠然と感じ、そして祐一は確信する

あそこに踏み込もう、と

しかし、それにはここに来る時と同じ様に転移装置を潜らなければならない
だが、二年も探されて発見されない転移装置だ
どうやって見つければいい?
見つからなければ見つからないで、冬華だけが行使出来る浮遊魔法で進入すればいいのだが…

(俺も行って見たいな…最後の戦地見学)

しかも冬華が魔法を使用するのははっきり云って目立つ
出来ればなんとかして転移装置を見つけたいが…
そこまで考えてふと思う

「そう云えば冬華、転移装置まで旧時代にはあったんだな。 どういう原理で転移させてるんだ?」

何となく興味を持った事を訊いてみる
しかし、冬華は首を振った

「祐一さん…ここは魔物達が十数年を暮らした都です…転移装置は魔物側の技術ですよ」
「…魔物が?」

普通に驚く
今まで、そんな事は見た事も聞いた事も無い
当時、旧時代でも再現されない転移装置
魔物とはいったい?

「浮遊石もそうですが、転移装置というのは基本的に文化のベクトル方向が違います」
「…そうなのか?」
「そうです…祐一さん達が旧時代と呼ぶ時代の科学力は基本的に電気動作であり、魔力やエーテルといった物を必要としません。 しかし、魔物が持つ技術は――私達の時代ではオーパーツ扱いですが、これは電気を必要とせず、使用者の魔力や空間エーテルのみで稼動する事が可能です。 この時代では幻想遺産とも云いますね…。 私が生まれたあの時代でも、かなり新しい時期に魔電システムが発明され、生活に浸透されたと聞きます。 元々世界でも“裏側”であった極々少数の人間達しか知らなかったエネルギー…エーテルや魔力を新しいエネルギー確保原理として推奨した人物達は、物凄い時間をかけて幻想期のオーパーツを解析して世界に解き放ったのです。 これがもし今まで使用した原理に基づく物であれば、かなり時間を短縮できたのでしょうけど…」
「そうか…」

転移装置についての仮説ならありますが? と冬華は祐一に問う
それに対して祐一は一つ静かに頷いた

「アレは魔電変換システムと同じでエーテルを取り込み半永久的に稼動しているのは同じです、多分ですが…そして転移についてですが、転移装置には元々何処に飛ぶかの空間座標入力がされてあり、それにしたがって空気中のエーテルを伝い、物体をジャンプさせるんだと思います」
「エーテルを伝ってか…それなら空間的に遮蔽…そうだな…完全な密室に物体を移動させたりするのは?」
「私達の時代では科学がメインだったのでよくは分かりませんが、多分エーテルが完全に途切れてしまっていては無理でしょう」

成る程と祐一は頷く
それならば、魔王城に繋がる転移装置は少なくても地下にある事はないだろう
わざわざ崩れでもして繋がるか分からない場所に作るというのはおかしい
それならば必然的に地上――もしくは他の空中遺跡に在る筈なんだが…

「むぅ…」

分からない
それならば今まで見つかっていない方がおかしい
何処にあるというのか?

「どうしました? 祐一さん」
「あぁ…魔王城への転移装置の場所を考えてたんだ…冬華の話からすると地下には無い…と、思うんだが…」
「もしかしたら無い、という事も考えられますよ?」
「確かにな…『羽』持ちの魔物ならそこら辺は必要としないだろうけど」
「何も『羽』持ちが全てではありませんからね…」

そういう事、と祐一は頷き一度深呼吸
その時にここから見える陸の端、そしてその先水平線を眺める

「ん?」
「どうしました?」
「いや、あれは何だ?」

遥か彼方
蒼い世界に浸透しそうな中に、雲の上まで伸びる“線”を発見した
いや――ここからではよく分からないが…あれは、塔だろうか?

「あれですか? ここがギーリであるならば多分地理的に、あれは《 星詠 》でしょうね」
「ホシヨミ?」

はい、と冬華は頷き、目を細めて遥か先に見える塔を眺める

「正式名称は【 惑星観測塔・星詠 】…地上501階からなり、当時の技術全てを回して作られた地上・天体の観測等に使われた塔です」

知識はディスプレイ越しですけどね、という言葉を聞いて、祐一は冬華の頭を撫でる
役立っているのは本当だ、相棒としても申し分ない
だから彼女に感謝を

「ありがとな、良く分った」
「はいっ」

冬華の笑みに微笑みで返し、祐一は再び遥か彼方にそびえる《 星詠 》に目を移す

「それにしても…凄いな。 今度行ってみるか?」
「――それはやめといた方がいい」

その言葉に冬華が振り向く
そこには船の中で出会った人物――折原浩平が立っていた

気殺か…世界五指候補は伊達じゃ無いらしい

そんな考えを頭の中に思い浮かべた後、一度クッと笑って祐一はゆっくりと振り返る

「四日振りか。 何時からここに?」
「今の今だよ…七瀬と瑞佳はあっちだな…二人で見学してるっぽい」
「そうか…というか、気配を絶って近付くなよ、俺はまだしも冬華が驚く」
「いや、悪いな…背後から近付く時は…こう、何だ? そう、相手を驚かせたくならないか?」
「お前の考え方は世間一般とはズレている事だけはよく解ったよ…」

ふぅと溜息を吐き出す
これで“癖”なんだと云った場合だったら、かなり戦闘を繰り返して来た人間だと判断できるんだがな…
背後から近付くのに気配を消すのは暗殺か奇襲、一撃必殺を狙う時が多い
だが、日常でそれがにじみ出てしまっている場合は、かなりの場を潜って来た事が伺える
だが…目の前の男は

「はぁ…」
「何だ? どうした相沢? 筋肉痛か?」
「どうして溜息を吐き出して筋肉痛に繋がるか解らんが、めんどくさいから置いておく。 それで? アレに行くのをやめた方がいいって云うのは何でだ?」

その言葉に、今度が浩平がハテナ顔を作った

「相沢、お前ってギルド加入してるって云ってたよな? 知らないのか?」
「何がだ?」
「本当に知らないみたいだな…まぁいい、んで――あれが旧時代の物だって言うのは見て分るよな?」
「あぁ」
「今まであからさまな旧時代遺跡って少なかったからな…帝国が腰を上げて調査に乗り出すそうだ」

何となく理解した
旧時代の物であそこまで完璧に残っている物は余り無い
しかも魔王城があるこの大陸に近く、しかも天使と魔王の戦いで崩壊せずに残った建物だ、希少価値が高い
帝国が重い腰をあげて独自に調査したのも分る
つまり―――

「今行けば公務執行妨害で捕まる、と?」

その言葉に満足したのか、浩平は「そゆこと」と云って頷く

「ま、何時か一般開放される時が来るだろ。 その時は観光名所だろうけどな」

くくくと笑う浩平
祐一もフッと笑うともう一度《 星詠 》を眺める
今の会話から、本当に浩平はついさっき――旧時代の話が切れたところから居たらしい
運がよかったのか、何も訊かれてはいない
もし訊かれていた場合は―――まぁ、またシラを切るんだが…

「それで、折原達はここでの行動はどうするんだ?」
「俺達か?」
「ああ。 俺と冬華は、中央のアレに入るのを探ってみる気でいるが」
「そうだな…発見されて二年も侵入が許されていない遺跡…乙女―――」

びくっ

「い、いや、冒険者としての心をくすぐる場所ではあるよな…」

途中で浩平がどもった事に関しては突っ込みを入れない
入れた時は、浩平か、それとも祐一自身が宙に舞う事を理解しているから

「そうだな…俺達も行動を共にしていいか? その方が何か手段も見つけやすいだろうし」
「ああ、俺は別に良いぞ。 冬華は?」
「私も構いませんよ」

祐一は冬華の確認を取って頷くと、顔を再び浩平へと向けた
祐一自身は構わないが、冬華には相手の得意不得意がある
冬華と瑞佳は仲が良かったが、もしかしてという事もある為、確認は取らないといけない

「そうか、んじゃ移動するとしよう。 とりあえず二人にも知らせないといけないからな」

そうして三人は七瀬と瑞佳の元へ歩き出した











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