意外性の塊ってのは、善くも悪くも―――
違う意外性を引き寄せる様に出来ているらしい
だから、まぁ、意外な墓守に感謝しよう

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-2 To the castle floating in the sky−空に浮かぶあの城へ ―――





























#6 貴女には花束を



































「中々どうして…」
「美味しいですね」
「喧嘩売ってのか…」

五人での夕食
下界に折原チームのテントを張り、今日の宿を決定した一団
そこで最初の問題が発生した
夕飯の用意だ
これに対して瑞佳と七瀬が当初用意しようとしていたが、浩平が張り巡らせた罠により、その権限を失ってしまう
そこで登場したのが“シェフ折原浩平”だった
彼は何時出来たのか隊長権限を振りかざし全員に指示を出し、用意を始めさせた
この時点での浩平が担っていた役割は、唯の火付け役である
霧がかかる前に目立つ最高の役割だ
しかし…全員が姿を消した事によって、彼は一つの行動を開始した
それが―――

「あんたの事だから、みんな何か企んでるんじゃないかと思ってたのよ」
「失敬だなナナピー、自分が食う物にまで細工してどうする? 俺は唯の馬鹿じゃないぞ?」

ドキドキ第一回・折原浩平のお料理教室

祐一達が戻って来ると嬉々として料理の準備に励む浩平の姿があったのだ
全員が――いや冬華以外がこの時思った『嵌められた』と
しかし、殴り倒して止め様にも、既に料理は完成しており、渋々と全員が食べ始めたのだった

「ナナピーってねぇ…あんた…」

ガタンッ!
七瀬が勢いよく立ち上がり、浩平はズザッと後ろに下がる

「ま、待て! すぐ怒るのは大人気無い…もとい乙女な行動じゃないぞ!!」
「くっ…仕方ないわね…今回は見逃してあげるわ」

二人のやり取りに冬華は笑う
くすくすと小さな笑みだ
横で笑う冬華に気付いて、祐一は目を細める

「どうした?」
「ふふ…いえ、ただ…こうやって人数が多い食卓も良いなって…そう思って…」

そう云って、冬華は再び小さくクスリと笑う

「………」

皆で囲う食卓、か…
祐一はかつての記憶に思いを馳せる
最後に家族で食卓を囲ったのは何時の事だっただろうか?
もう―――憶えてすらいない
だからだろうか、何故か無性に可笑しくなった
この状況が楽しくなった
だから、祐一も冬華と同じく笑う

「くっくっく…折原…そうやって何時も殴られてるのか?」
「もう、浩平は…ほら、相沢さんも呆れてるよ」
「いや、あれは違うぞ。 あれはバカにしてる笑い方だ」

辺りは既に暗い
エーテル変換のカンテラだけが照らす世界で五人は笑う

ふと、祐一は周りを見渡してみた
霧の奥に所々、明るい光が見える
それは多分他の遺跡発掘チームだろう
そしてあそこの窓型の光が、昼間に紹介された店の灯り

「あ、そういや調味料が切れてたぞ瑞佳」
「え、そうなの? どうしよう…」

霧の奥を見ていると不意にそんな言葉が横から入ってきた
祐一は視線を浩平へと向ける

「それだったら、あそこで売ってるんじゃないか?」

そう云って、祐一は“家”の方向に視線を向ける

「?、そうなのか相沢?」
「あぁ…ここに着いたとき親切な人が教えてくれてな…周りは何かと重宝してるらしい」
「そうなのか…んじゃ、ちょっと行って見るか」
「それじゃあたしもついて行くわ」
「一人で十分だろ」
「あんたは何を仕出かすかヒヤヒヤするのよ」
「くっ…」

立ち上がった浩平の後ろにつき、七瀬は歩き始める
何だかんだで仲がいい二人だ

「長森さんも苦労するな?」
「えっ、あのっ、その…」
「……?」

ニヤッと笑って瑞佳をからかう祐一
冬華は意味が分らずスプーンを咥えたまま首を傾げている
「どういう事ですか?」と訊いて来る冬華に、祐一は笑いながら「もう少し経ったら分るようになるよ」と云ってまた笑った
その光景を、今度は瑞佳が不思議そうに眺めている

「相沢さんと冬華さんって…」
「うん?」
「仲が良いですけど、恋人――とかとは違うんですか?」
「そう、だな…ちょっと違う」

ふふっと祐一は苦笑
この関係は何だろうか? 正直言ってよく分からない
兄妹の様にも思えるし、または親子でもある様な気もする
かと言ったら恋人であるのかもしれない
冬華の認識では、祐一の存在は一括りに“大切な人”という枠組み中に存在している
祐一も同じだ
将来的にはそうなりたいとも祐一は思っているが、それは冬華自身の心境の成長に任せている部分が大きい

(この娘が望む、その時まで…俺は、共に…)

その考えを心中で考えながら、冬華の頭を撫でる
大切であるのは間違い無い
冬華が、そういった感情を理解――体感出来る様になった時にでも、もう一度確認を取ればいい
祐一が頭を撫でるのに目を細めて気持ち良さそうにしている冬華を見ながら、そう思う

「そうなんですか?」
「まぁな…しかし俺は冬華と相思相愛だからいいが、そっちは苦労するだろう?」

またニヤッと祐一は笑う

「わわわ、えっと、その…浩平は、えっとそういうのじゃなくて…」
「祐一さん、相思相愛って?」
「互いに互いを大事に思ってますって事だ」

体は成人だが、生憎と精神が未だ若い
肉体に精神は引っ張られるとはいうが、それでも時間はかかるだろう
最後にポンポンと冬華の頭を優しく撫でるように叩くと、再び食事に手をつける
その時

「きゃっ」

小さな悲鳴
しかし、恐怖やそう言った感じはしない

「今のは…」
「七瀬さん? もしかしてまた何か浩平が…」
「行って見ますか? 祐一さん」
「そうだな、行って見よう」

三人は立ち上がり、先ほどの悲鳴が聞こえた場所――“家”に向かって歩き出す
カンテラは置いて来た、この霧の中だ、目印が無ければ元の場所に戻るのに苦労するだろう
その為、現在は窓型の灯りに向かって歩いている

「やっぱり浩平がまた何か…」

ぶつぶつと瑞佳が呟いている言葉が耳に入る
浩平の認識がとてもよく分かる発言だ

(悪い奴じゃないんだけどなぁ…)

そんな事をを考えていた時、霧の中から一つの影が飛び出した

ドンッ

「きゃぁっ!?」

影は瑞佳にあたって落ちる
いや、着地した

「ニャー…」

「…猫?」

猫だ
何処からどう見ても猫だ
猫以外に考えられないという位に猫だ

「おーい、大丈夫か?」
「折原か…この猫は?」
「ああ、ノックしても誰も出て来ないんでな…ちょっと開けたんだよ。 そしたら中からその黒猫が飛び出して来て七瀬にダイビングしたんだ」

折原の指差す先には黒猫
どうやら先ほどの悲鳴は七瀬が突如出現した黒猫に驚いて上げた物らしい
そんな悲鳴を上げさせた黒猫も、今は瑞佳の腕の中で気持ち良さそうに体を擦り付けている

「………」
「なぁ、折原」
「何だ相沢」
「あの猫の顔…」
「云うな…殺意が湧く」

何と言えばいいのか…
一言で言うなれば『でへへ』だ

「わ、瑞佳さんっ…私も抱かせてもらって良いですか?」
「あ、はい」

瑞佳の手から冬華の手へ渡る黒猫
黒猫は気持ち良さそうに冬華の胸へ顔を埋めている

カチャリ…

無言で祐一が腰から魔道銃リベリオンを引き抜く

「銃を抜くな相沢」
「あのセクハラクソネコめぇ…」

渋々とリベリオンを仕舞い、視線を猫へ向ける
ふむ…少々“可愛がって”やるか…
そう考えて浩平と祐一は頷きあうと、七瀬が合流した女性三人に囲まれた黒猫へ向かって歩を進めた

「冬華、俺も抱かせてもらっていいか?」
「あ、はい、良いですよ?」

はいっと云って差し出される黒猫
それに手を伸ばし―――

バリィッ!

「………」

黒猫がニヤッと笑った気がした

カチャリ…

次はマジだ
祐一はリベリオンを引き抜く

「おいおい、大人気ないぞ相沢…猫ってのはこうやって―――」

ズシャッ

「………」

無言で剣を引き抜く浩平
目の前には黒猫一匹
そして再び黒猫が哂った様な気がした

タンッと黒猫が冬華の手から逃れて走って行く
最後に一鳴き

「ニャ〜」

「―――殺す」
「猫鍋追加だ…」

自分の中の何かが切れる様な音がして、二人は猫を追って走り始める
猫は―――家の中に入って行く

「不法侵入っ」
「上等だ!」

法律なんて関係ない
今はあの猫を八つ裂くだけ
そして体をドアの中に滑り込ませ、二人は中へ―――

ドンッ!

「うわっ!?」
「なっ!?」

先に侵入した浩平が突如吹っ飛び、後ろから走って来た祐一を巻き込んで外へ吹き飛ぶ
そのまま祐一は浩平をキャッチしたまま地面へ着地
背中が擦れる音と共に静止した

「なっ…結界!?」
「大丈夫ですか祐一さん!」
「あ、ああ…それよりも…」

二人は立ち上がりながら未だ開いているドアの中を見る
三人もそれにつられて中を見た

「何で結界が…」
「おい相沢…何だか少し違和感を感じないか?」
「違和感?」

浩平の言葉に祐一は顔を浩平の方を向ける
それと同時に浩平は「あぁ」と頷いた

「何ていうか…こう、直視出来ないっていうのか…」

そして祐一もドアの先を注視してみる
しかし…

(何だ? 無理やり意識が外される?)

気合を入れて見なければ一瞬で意識が外れて違う所を見てる事に気付く
どうしても中を注視していられない
それにどうやら記憶に霞が掛かるのか、一瞬何を考えていたのか分からなくなる事がある

「この結界…かなり高度な意識外しが掛かってるな…」
「確かに…普通ならこんな物必要にならない筈だ…」

結界には様々な種類が在るが、大きく分けるなら二つに絞られる
それは物理的な対衝撃や対魔障壁――対物理障壁(ミスティック・ガード)の様な物
そして、人除け等の、意識を外させる結界
それが同時に――しかもかなり強いレベルで掛けられており、記憶にも影響が出る様な物になっている

何かある…そう直感した

「冬華…この結界、外せるか?」
「出来ますが…良いんですか?」
「構わん、やってくれ」
「分かりました…それでは…」

普通なら止める筈の瑞佳と七瀬までもが二人を止めなかった
直感しているのだ、この中に何かが在ると
冬華は数歩進み、ドアを潜る
そして手のひらに魔力を集中させると、結界の表面に手をのせた

バチンッ…

「かなり深く編み込まれた結界ですね…」

断続的に続く何かが爆ぜる様な音
それに伴い冬華のスカイブルーの瞳が輝きを増し、燐光が体中から零れ始めた

意識外しの結界だけであるならば、何も相手の編み込んだ結界に意識のバイパスを繋げて干渉する事も無い
ただ、気持ちを強く持って結界に一歩踏み込めば良いのだ
しかし、これには対物理障壁も混じっている
力任せに魔法で吹き飛ばせばいいのだが、それは辺りに被害が出る為、好ましくない

冬華は小さく詠唱を繰り返しながら、結界の効力へ干渉していく
普通の者には真似出来ない、圧倒的速さで

「―――縁絶の理を否定、代理の権限により我は開錠を求める、意識開放(アンチ・ブレイク)

世界から違和感が消えた
それと同時に結界の中へと視線が向くようになる

「―――理を拒絶する物理の壁、我はそれを否定する、拒界の開錠(ワールドウォール・ブレイク)

パンッ!
一つ音がして、対物理結界が崩壊
世界を分けていた柵が取り払われた

「―――解きました」
「よし…んじゃ…」

一歩を踏み出し、二歩を踏み出す
結界は、既に――亡い
家屋の中はいたって普通、おかしな所は無い
ドアから数歩の場所で中を見渡し、祐一は後ろの面子にサインを送る

「相沢、何かあったか?」
「見る限りは…だが、見える所に重要な物は普通置かないだろ」
「全くだ」

そう云ってズカズカと侵入していく二人
遠慮という物が欠けているとしか思えない
根底の部分では二人とも似ているのかもしれない
その事に瑞佳と七瀬が溜息を吐き出すと、続いて中へ入って行く
冬華もそれに続いた

「おい! こっちだ! 来て見ろ!!」

三人が入った所で響く浩平の声
―――何かを発見した?
その考えが脳裏を過ぎり、走り出す

「折原っ!」
「ビンゴだぜ…見てみろよ」
「見るって…え…?」

浩平の声に従い白い――窓すらない部屋の中を見る
最初に目に付いたのは祐一
何かを調べている祐一
その時点で何が重要なのかが分からない
しかし、視野を広げると、言葉通りに凄い物が目に入った

「転移…装置、なの?」
「ああ、まさか室内にあるとはな…意識外しまで掛かってたんじゃ見つからない筈だ…」

そう云って浩平はこちらを見ている祐一へ頷くと、部屋の中へ降り立つ

「それじゃ、俺と相沢が先に行って見てくる」
「危険は無いのかな?」
「さぁな…もしかしたら帰れない所に転移させられるかもしれないが…ま、どうにかなるだろ」
「あんたの自信は何処から来るのよ…」

その言葉に浩平はフッと笑うと、祐一と共に背を向けた

「行って来る」
「行って来るぞ、二人とも」

タン、と中に飛び込む二人
その姿は極彩の光に掻き消えた









「―――――」

空間が歪む様な感覚に続き、風が頬を撫でる感覚に祐一は目を開いた
崩れかけのダンスステージ
ここは紛れも無く、魔王城――本殿だ
空には唯一個の蒼銀に輝く月
崩れかけのアーチに所々光は途切れ、先に見える世界はまばらな色彩を放っている

酷く―――静かだった

隣には浩平も居る
だが、それでもここは―――この場所は“孤独”なのだ
それは浩平も同じだろう
ここに在るのは崩れた天井から覗く月
そして部屋の外から見えるアーチが掛かった通路
そしてデザートには緩やかに流れる風のみ

ここは余りにも寂しかった

「大丈夫…みたいだな…」
「ああ…」
「俺は戻って瑞佳達に伝えて来る」
「分かった」

その言葉に祐一は転移装置からでると、後ろに振り返る
そこで浩平は再び極彩の光を放ち、世界へと溶けた

戻って来るまで時間にして1・2分という所だろう
祐一は顔を空へと向ける

「鑑賞者は月のみ…“終末”が始まった場所にしては色が無いな…」

フッと笑い、目線を通路の先へ向ける
生物の…気配だ
自意識を消し、空間把握を拡大化
それと同時に手はリベリオンへ伸び、標的が居るだろう位置へ的確にポイントする

「ほっほっほ…そう殺気立たなくても大丈夫じゃよ…こちらから手を出す様な真似はせん」

通路に建つ最初のアーチ
その月影からローブを被った人物が浮き出て来る
人間では―――無い

「魔物…?」
「下界ではこれでも物売りの立場だったんじゃがな…やはり分かるか?」
「“家”の店主か…いや、今気付いたばかりだ…」
「それよりも、その危ない物を下げてはくれんか? わしとしては、元よりやる気は無いんじゃが…」

殺気も感じられんじゃろ? と、祐一の目の前に立つローブを被った魔物は笑う
それに対して確かにな…と頷くと、祐一はリベリオンの射軸から多分老人であろう魔物を外す

「殺気も、闘気も、まして何か企んでいる気すら感じない…あんた本当に魔物か?」

祐一のその言葉に一度だけ、魔物は驚き、そして笑うと口を開く

「なぁに…動物に草食と肉食がある様な違いじゃよ」

カラカラと言葉を喋る――上級であろう老人風の魔物は笑う
下級の魔物は物を喋らず、ただ本能のままに他を食すのみ
中級で言葉を理解し、力が増す
そして上級になると完全に人語を解し、その力を抑える為に姿を人型にしている事が多い
目の前の老人は、完全に上級の魔物であった

「それで? 魔都の最奥に来たからには何か目的がある筈じゃ…見た所、宝―――という訳でもあるまい?」
「そうだな…墓参り…になるのか…」
「墓参り…それは―――」

それは―――誰のと続くところで祐一の背後から極彩の光が漏れる
その中から現れたのは四人
浩平達三人と冬華だ
そこで魔物の視線が冬華を捉えた所で目を見開く
表情は一瞬にして驚きに彩られた

「なっ…その白銀の髪…闇に蒼く輝く瞳…まさか―――」

次に冬華の目が見開かれる
―――瞬間、ナイフを抜き放ち低姿勢で走り出した

浩平達三人は展開についていけない
暗殺者のそれと似た冬華の動きは、一直線に魔物の喉元を狙って刃を煌かせる
その瞳に色は無い
ただ純粋に、殺意も無く、破壊するのみ
これは――反転では無い
ただ単に、体が、ある行動に反射的に動く様に、反射的に殺そうとしただけ
そして刃は老人の喉へ―――

ガキンッ!

「っく!」
「―――あ」

寸前で伸びた祐一の銃身
リベリオンで冬華のナイフを弾き飛ばし、そのまま祐一は冬華を抱きしめる

「ゆ、祐一さん?」
「大丈夫だ…確かに俺の後ろに存在するのは魔物だ、だけど―――敵じゃない」

魔物、その言葉に今度は浩平達が反応する
しかし、それでも祐一の後ろで佇む老人風の魔物は動かず、ただ祐一に抱かれている冬華を見ていた

「―――相沢…本当に?」
「ああ、だけど敵じゃない…さっきまで和やかに会話してた位だからな…」

祐一は冬華を離すと、その場で老人に向き直った

「じいさん、こいつは―――」
「分かっておるよ…まさか二千年の時を越えて、こんな所で天使を再び見る事になるとは…」
「天使? 相沢…どういう事だ?」
「……後で説明する…少し待ってくれ」
「分かった…」

言い訳出来ないラインに立ってしまった
それは仕方ない事だ
今は、天使と魔物の会話に神経を澄ますだけ

「お前さんは、あの目に色の無い天使達とは違うな…名は何と言う?」
「私は冬華…あなた達が戦った天使の生き残り―――今まで地下で眠っていました…」

その言葉に老人は笑う
その行動に不思議がるのは冬華だ
自分達を滅ぼした者の血族が今、目の前に居る
しかし、この魔物は怒りすらせず、むしろ楽しんでいる様に見える

「不思議そうじゃな」
「それは…」
「憎くないのか? そう問いたいのじゃろ」
「―――はい」

コクリと冬華は頷く

「ついて来なさい…話は歩きながらでも出来る」

そして老人はこちらに背を向け、月の光差す通路へと歩き出した
その背中には警戒が無い
何時また殺し合いが始まってもおかしくない、未だ互いを信じられないこの状況で普通に背を向けて歩いている

そんな背中に一度だけ祐一は目を細めると、静かに一歩踏み出し歩き出した
それに続き皆がついて歩く

「それで…何故憎くないか…じゃったな?」
「はい…」

カツカツと、月の光しか届かない世界に足音だけがこだまする中
白銀の天使と魔物の老人は話し合う

「あれは、言うなれば戦争だったんじゃ…結果はこちらの負け…いや…殆ど痛み分けだったか…」

かつてあった終末戦争
それは人類と魔物の数を、極限にまで削る物だった
人類は総人口の約70%を失い
魔都で戦いに参加した魔物の多くには死が舞い降りた

「二千年…二千年じゃ…最初の頃は確かに恨んでいたかもしれん。 しかし、もう、忘れてしまったよ…」

くくっと、悲しそうに五人の前を歩く老人は笑う
気の遠くなるような時間だ
冬華が過ごした二千年とは違う、もう一つの二千年がここにある
それは余りにも長い歴史だった

「それにな…ワシみたいな一番最初の魔物は、もう殆どが存在しない…」
「存在、しない?」

祐一の言葉に老人は静かに頷く

「あの、最後の戦場に居た者の殆どは…このミナル大陸を出て行き…人に混じり生活するか、それとも亡きグラウシアス様の悲願、我々が安心して暮らせる世界を築く為に出て行ってしまった…」

月を見上げる、その年老いた瞳に映るは哀愁

「そんな中でも、人に混じり生活する者は生き残った…心ある魔物だけは、偶にじゃが理解され、受け入れられる事もあった。 しかし、低級なる同属を率いて戦った者は、ことごとく潰されてしまった」
「………」

どちらも生き残りを賭けて戦い、そして散る
それは、何て儚い物語なのか

「ワシは戦いに参加した者だったが…面白い人間とやりあってな、結局殺す事も殺される事も無く、今はこうしてここに存在しておる」

そしてまた老人は笑う
本当に可笑しそうに笑う

「戦いを捨てた者だけが、生き残れた世界、か…」
「皮肉じゃがそれが現実じゃ、あの時代…何も戦いだけでなく、話し合えばよかった…ここで生きる様になって、そう思わずにはいられんよ」
「―――寂しかったですか?」
「寂しかった、と?」
「はい…」

その冬華の言葉に、前を歩く老人は一度振り返り、首を傾げる

「本当に変な娘じゃな…ワシの心配をしてくれるのか?」
「私は、祐一さんに発見されるまで、孤独でした…」
「………」
「感情を持ち、失敗作として最終決戦には投入されず…世界を知らぬまま…ずっと眠り続けていた。 その夢さえ見ない暗黒の時は…地獄であり、闇であり、切なくもあり、そしてなにより―――孤独でした…」

「―――貴方は、どうでしたか?」

「寂しい、か…」

ふと―――老人は空を見上げる
その視線の先には不変の月
二千年を見守った、見守ってくれた物

「何かを求め、心が震え、何かに怯えるというのが、そうならば…それが寂しいという事だったんじゃろうな…」

何かを悟っているかの様に、老人は居もしない誰か――虚空へ向かって投げかける
孤独―――それは真の自由、されどそれは死と同義
虚無―――何も無い事、他を持たず自分の存在を確立出来ない事
静寂―――それは唯…個が唯一の存在であるかの様に
この老人は体感して来たのだろう

「なぁに、そんな悲しそうな空気を出さなくても大丈夫じゃよ…ここ二百年は、相棒もおった」

湿った空気を換える様に、老人は楽しげに話す
その楽しげな雰囲気に幾分か皆の表情が和らぐ

「相棒―――もしかして…あの黒猫、か?」

一つだけ思い浮かんだ存在
部屋の中に消えた筈なのに、未だ見る事がなかったモノ

「そうじゃ…プルートーと言ってな…面白い奴じゃよ」

カラカラと楽しげに老人は笑う
そして、突然笑顔を引き締めると、祐一達五人に振り返った
その空気に、自然と祐一達の纏う雰囲気が険しさを増す
それに老人は一度だけ頷くと、ゆっくりと口を開く

「―――さて、ここが魔都最奥の一番奥…王の座じゃ…門を、開くぞ…」

コクリと全員が緊張気味に頷き、老人は手を――ゆっくりと扉に当てた

ぼうっ…

そこから微かな光が漏れ、ゆっくりと扉は開き行く

漏れていたのは月光―――…

霧の海に浮く都市達を見守る、唯一つの月の明かり
それは、かつてあっただろう戦いで崩れた天井から、優しく降り注いでいた

「ここが…」
「そう、ここが…二千年前に、天使とグラウシアス様が、最後の戦いを始めた場所じゃ…」

大聖堂にも似た神々しさ
ここに邪気は感じられない
あるのは、残留した意識
―――悲哀…

「なぁ、相沢…もうそろそろ教えてくれないか? ここが何なのか、そして―――」
「…冬華の事か?」
「…あぁ…」

コクリと、浩平は頷く
祐一はそれを見ると、こちらに視線を向けている冬華、そして老人へ頷いた

「分かった…少し長くなるけど、いいか?」
「構わない」
「それと、この事は他には話さないでくれ…もし、話してしまったその時は…」

「お前が何であれ、関係ない…俺は、お前を―――殺す…」

チリチリと、世界を侵すような殺気が祐一から放たれる
七瀬と瑞佳は祐一の変化に一歩引くが、浩平は違う
その場を支配する殺気を感じると同時に、面白そうに口元を吊り上げていた

「相沢お前…」
「………」
「いや、何でもない…分かった、約束は守ろう」

その言葉と同時に殺気は治まり、夜の静けさを取り戻した

「―――その言葉が聞ければ十分だ、お前は約束を破らない様な気がするからな」
「どう言う理屈で、そう思えるのは不思議だが、まぁ、ほめ言葉だと思っておこう」

そこで張り詰めた空気が嘘だったかのように二人はくくっと小さく笑う

「それじゃ話そうか冬華…昔話を…」
「そうですね…ここまで関わってしまったんです、ただで帰るのは納得出来ないでしょう」

それに、と冬華は小さく顔を綻ばせる

「私も、信じてますから」

そして、今一度昔語りは行われる…









全てを話し終え、祐一と浩平は積まれた瓦礫に腰掛け、フロア中心で祈りを捧げる冬華、そして同じく祈りを捧げる七瀬と瑞佳を見守っていた
これで、途中からの目標になっていた墓参りは済ませたわけだ…
ふぅ、と一息吐き出し祐一は再び冬華に魅入る
その横では、少し哀しそうに浩平が冬華の事を見つめていた

「旧時代の少女、か…」
「………」

夜の世界だけの顔―――月
その光が、祈りを捧げる冬華の、その白銀の髪に反射して、淡い光を放っている
祐一はそれに目を細めると、浩平の言葉に耳を傾ける

「まさか、ラグナロクの理由があんなのだったとはな…」
「天使と魔王のダンスパーティーで世界が滅んだ…笑い話にもならない」
「しかし、今の時代の誰もがそれを非難する事は出来ない」
「俺達が生きてるのは、結局―――そのお陰なんだからな…」

皮肉ですよね…―――
浩平達に話す彼女はそう云って悲しそうに笑った
滑稽だ
そして何より、話の終わりには有るまじき悲惨さだ
物語はバットエンドから始まっている
今、ここで、この世界で生きる者達は、その物語の延長線上に存在しているのだ

「ま、何であれ、俺は冬華さんを責める様な真似はしないさ…ラグナロクの事もあるが…彼女が居た施設の話が、一番ムカついたからな…」
「………」

その言葉を聞きながら、祐一は空を眺めた
そらに浮かぶ月と星
あの月だけは永久不変なんだろうか、と少しだけ詩人ぽく考え―――止める
不変なんてない
冬華が生まれた時代から、今の時代が出来上がった様に――…
存在しうる限り、必ずそれには死が訪れ、そのモノが持つ“実体”と“物語”は腐敗し、やがて新たな世界を廻るのだ
しかし、変わらない物も存在する
それは本質だ
祐一は考える
浩平が祐一と同じ様に、ラグナロクの事実を知った上で隠し通してくれるのはある種異常な事である
正しい姿は、『広める』という行為であり、これはおかしいのだ
だから、浩平とそれを取り巻く環境は普通じゃ無いと、そう―――祐一は考える
何となく波長が合うのはそのせいだろう
つまり、異常なのだ、ここに居る者達全てが

人は本来、優しくない
他を切り捨て、自分の生存と利益を優先する
それは生物としての本能がそう出来ているからだ
故に、ここに居るのは、生物としてある種、異常をきたした者

絶対普遍である異常者
絶対不変である世界の真理
不変なんか無い、存在者

この、矛盾だらけの世界で―――
自分と同じ異常者に出逢えた事に、感謝しよう

「………」

無言で祐一は手を差し出す
それを何となく浩平は握る
そして握手
やっぱり何処か、二人は似ているのかもしれない

「あらら、もしかして薔薇の趣味が?」

そして突然後ろから声が掛かる
二人は驚かない、気配なら先程から察知していた為だ

「よう、セクハラクソネコ」
「どうしたエロネコ?」
「……僕にはプルートーって言うちゃんとした名前があるんですけどね…っと」

ぴょんと黒猫――プルートーは瓦礫の階段を跳ねて、祐一の隣に座り込む
そして毛繕い、ペロペロと自分の体を舐める

「それで?」
「面白そうだったから来ただけだよ。 綺麗なお姉さんだけに構うのもどうかと思ってね」

その言葉に二人はあっけに取られた
唯のエロネコではなかった様だ

「それで、祐一だっけか、あんたに聞きたいんだけどさ…何であの銀髪のお姉さんと旅なんかしてんの?」
「は?」
「だから、何で旅なんかしてるのかって訊いたの」
「何でかって…それはあいつに世界を見せてやりたいからさ」

それが? と祐一は訊き返す

「じゃあ、質問を変えるけど…君にそんな義務があるの?」
「ねぇよ」
「あはは、確かにねぇな」

祐一が即答し、後ろで浩平が笑う
一瞬で返答された事に今度はプルートーが目を丸くした

「じゃぁ、何で一緒に居るの?」
「はぁ? そんなの好きでやってるに決まってるだろ?」

断言する
俺は、好きで冬華を連れて回っている
それ以外に理由があるとしたら、惚れた―――か、そこら辺の単純な理由
そして何より、彼女と一緒に居るのが、幸せで、楽しくて、嬉しいからだ
そこに義務は無い

「ふーん、好きなんだ」
「ああ…」
「……いや、そこは慌てる所だろう相沢」

そしてまた、二人は笑い、一匹の猫も今度は笑う

世界は、優しくは無い
排他の真理は変わらない
しかし、その枠組みで生きる者達は確実に変わってきている
二千年前では在り得なかった、人と魔の邂逅
世界の真理に背く異常者は、少しずつだが、確実に増えて来ているのもしれない

「あ、そういや今思い出したが、あの老人は何処に行ったんだ?」
「うん? あぁ、デルタなら銀髪のお姉さんに渡す物があるって出て行ったよ」
「冬華に? 何だろ?」

うーむと首を捻る
そんな時、瓦礫の月影から気配
老人―――デルタの気配だ

「噂をすれば影…ってか」
「デルタっ」

ぴょんっと、闇から滲み出てくる老人に向かってプルートーがジャンプする
それは綺麗に弧を描き、その肩へ着地した

「……? 爺さん、それは?」

ローブの老人が持つのは剣
一振りの、装飾が成された剣だ

「何…ワシには不必要で、お嬢ちゃんが持つべき物さ…」
「…冬華が?」

その言葉に祐一と浩平は瓦礫を降りると、デルタの横に立つ

「お嬢ちゃん方もこっちに…」

その声で全員が集まる
しかし、デルタ以外は皆不思議そうな顔をしていた

「お嬢ちゃん、これが何か分かるかい?」
「これは―――――」
「何だ、知ってるのか冬華?」

不思議そうに祐一は冬華に疑問を投げ掛ける

「これは天使用に開発された機工魔剣です、だけど…何故ここに、こんな物が…?」
「ここで命を落とした天使が使っていた物じゃよ…この剣の特性上、我々“魔”という概念上に成り立つ生き物は、この剣を握ると命が枯渇するからな…」

ほれ、と手渡される一振りの剣
冬華は、優しく静かにそれを受け取り、剣の柄に手をかけた

チャキッ…

引き抜かれる刃
それと同時に、剣の表面に雷光が走る

「―――おいおい、遺産武器かよ…」

浩平の呟きが吐き出されると同時に、冬華はその剣を抜き放つ
ジジッ…と燻ぶる様に、雷光は帯電し、その猛威を解き放たれるのを心待ちにしている様に見えた

「機工魔剣サクリファイス・ドライヴ…持ち主の魔力を無理やり吸い上げ、魔電変換システムによって魔力を電撃に変える兵器です」
「さっき天使用って云ってたよな…何でだ?」
「“天使用”なんです。 普通の人間の魔力キャパシティでは、一瞬にして魔力を吸い出されて昏倒します」

ブンッと一振りして、冬華は魔剣を鞘に納める
それと同時に雷光は消え、剣から発せられていた波動は姿を消した

「天使が残した、唯一の遺品じゃ…受け取るといい…」
「―――いいんですか?」

その言葉にフッと、デルタは笑う

「云ったじゃろう、我々は“魔”を根底に肉体を持つ生き物じゃ…並みの魔力持ちじゃ、一瞬にして昏睡に追い込まれる。 ワシみたいな全盛期を過ぎ去った者にはちときつい…それに―――」

そして今度は、哀しそうに、笑った

「それに…それは嬢ちゃんの姉妹が使っていた物じゃろう…大事にするといい」

その言葉に、冬華は剣を胸に抱くと
「はいっ」と云って笑顔で頷いた
本当に、ここへ来て良かったと、祐一は思う
冬華の笑顔が見れた
三人のおかしな奴らに出逢えた
そして、昔を知る、おかしな老人に出逢えた
良かった、と―――そう思う

「ありがとうございます」

冬華が頭を下げてお礼を述べる

そう、本当に良かった

しかし―――
世界は優しくなんて、無い
面白い異常者が居れば

ダンッ!!

吐き気がする様な異常者だって、この世界には居るのだ

「じいさんっ!!」











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