本当のお姫様と比べてもなんら遜色の無い少女
それは青年の自慢であり
周りからの嫉妬の原因でもあった

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-3 Black EDEN−最終楽 ―――





























#1 庭園の戦乙女



































生きる為には仕方が無い

そんな事はこの世に五万と存在し、世界中の何処かで今もそう思っている者は存在しているだろう
彼、相沢祐一も同じだった
ミストヴェールで得た浮遊石を換金したのは、やはり仕方無くである
あの場所は新たに仲間に加わった黒猫プルートーの住んでいた場所であり
そしてなにより、そのプルートーの相棒が死んだ場所なのだ
だが、今回の旅でかなり資金の使い込みが分かった為、そうも云ってられない現状がある
色々と揃える為に120万Mの金を使用し
そして中央大陸へ帰ってくる為に10万Mを使用
そして今、また使おうとしているんだから仕方が無い

そう、仕方が無いんだ…

「祐一さん、プル君、このドレスはどうですか?」
「可愛いぞ?」
「でも、冬ちゃんは胸もあるしもう少しセクシーさを出しても良いと思うな…」

城には正装でなければ入れないという事に気付いたのだ
浩平から貰った、ザスコール王城で開かれる遺産の特殊展覧会の入城チケット
それだけでは駄目だったのだ
城、そう“城”だ
貴族と王族が集う場所、王城なのだ
その事に気付いた時、祐一は自分と冬華の服の持ち合わせを思い出してみた
思い浮かんだのは、どれもこれも冒険用の軽装服のみ
唯一使えそうなのは祐一の黒コート位だが、それも所々が破れている物だ
そんな物を着込んで入城したら、チケットはあっても祐一と冬華は『平民』――ましてや本来招待される筈だった世界五指(ロード・オブ・ロード)候補である浩平でもないのだ、追い出される可能性の方が高い
だから彼、相沢祐一はプルートーに一言謝り
重さを感じない袋の中から取り出した浮遊石を換金したのだ
勿論、多少は残してある、祐一もそこまで鬼ではない
そんなこんなで、貸衣装屋に来ている二人と一匹
猫が衣装屋に入って来た時は流石に驚かれたが、プルートーは姿だけが猫で、本質は魔物だ
何もせず、現在は祐一に抱かれ黙って冬華の着せ替えショーを(外見的に)見守っている

「じゃぁ…これなんかどうですか?」
「……淡いブルーの色調…銀髪と瞳の色が合っていいんじゃないか?」
「そうだね…大胆さを出しているのに損なわれない清楚さ…僕も良いと思うな」

淡い色調のドレスを体に当てながら尋ねた冬華に、一人と一匹から返答が返って来た
冬華はそれに満足そうな表情を作ると、そのドレスを抱きしめながら祐一の横に並んだ

「んじゃ、これで良いか? 冬華」
「はい。 それじゃ、次は祐一さんですね?」

そこで祐一は一つ息を吐き出し、プルートーを冬華に差し出す
冬華はドレスを近くに居た店員に手渡すと、プルートーを受け取り、祐一が派手に溜息を吐き出した意味が分からず首を傾げる仕草を祐一に見せた

「男はタキシードでいいんだから、寸法に合わせたのを選べば良いんだよ」

それに、と祐一は後ろに親指を差しながら呟く
その指差す先に在るのは

「俺に白いタキシードとかカラフルなのが似合うと思うか?」

いやに金色のタキシードがあったりとか、白いタキシードがあったりと、色的に祐一には合わない
まさに祐一にとっての“墓場”がそこに存在していた

「うーん…いっつも祐一さんて黒いのしか着てないから、今一イメージが…」
「似合わないよ。 むしろここで白や金を選んだら精神を疑うね」

冬華の感想に、祐一達にしか聞こえない様なプルートーの呟き
ある意味ショックな感想だ
しかし、それが真実だと祐一は思う
天啓は祐一に『黒』しか告げていないのかもしれない
そんな事を考えながら祐一は愛用の黒コートを脱ぐ
後ろから微妙な笑顔の冬華と、「男の衣装換えには興味無し」を云わんばかりのプルートーから生暖かい視線と、乾いた視線を頂きながら
祐一は、取りあえず近場にあったタキシードから、袖を通して行くのだった









遺産展覧会当日

専用の博物館で、様々な遺産を見学した祐一達
その中には長い旅路で見た事のある物や、未だ見た事の無い物が多々存在していた
だが、展示されている遺産の殆どが旧時代の機械遺産であり、幻想遺産は1%あればいい物であった
それに関しては、冬華も残念だと祐一に漏らしている
冬華は旧時代に生きていたのだ、愚痴を漏らすのは当たり前である

その後祐一達はお祭りムードの市街地で幾つか出店を漁り、数日前より宿泊している宿へと帰還
そこで、それぞれの衣装に着替え、ザスコール王城に馬車で向かった、のだが…

(うぜぇ…)

祐一が一度茜色の空を見上げてから盛大に溜息をついた
何がそんなにうざいのかの云えば、それは―――

「貴女様のお名前をお聞きしても?」

ナンパだ、ナンパがうざいのだ
ふぅ、と一つ溜息を吐き出す
ドレスアップした冬華はそこら辺に居る下手な貴族よりもずっと美しく
優しげな瞳と、流れる様な銀髪、そして腕に抱いた黒猫プルートーが気品をかもし出し
さらに、元々こういった場にも出席する事が前提で生まれた冬華だ、礼儀作法もほれぼれするほど美しい
そんな冬華が貴族に目をつけられない筈が無い
それならまだ良い
傍には祐一も居る
だが、偶に祐一の存在を無視してナンパをしてくる貴族のお坊ちゃんがいる
そんな者達には、どうにも祐一は目つきの悪いボディーガードにしか見えないらしく、先程から冬華が丁重にお断りしているのに未だ近付いてくる
だが、ジョーカーは潜んでいた
それがプルートーだ
祐一より先にキレたプルートーは、ナンパして来る男の数が一定数を越えた辺りから相手に威嚇しまくっている
そのお陰で先程よりも数は減ったのだが……

「フシャアッ!」

何だか猫に気に入られるのが重要だと、庭園内に居る貴族には広まったらしい
迷惑極まりない噂だ
そんなこんなで、既に役割を果たしていない祐一の変わりにプルートーが頑張っていたりする

「頑張れプルートー、負けるなプルートー、僕らの天使だプルートー…」
「それだったら、祐一も殺気撒き散らす位やってよ…僕、もう疲れたよ…」
「?、お疲れですかプル君?」

庭園内のベンチに腰掛けながら、二人と一匹は会話していた
ザスコール王城内庭園
祐一達は門の所で携帯していた武器を全て預け、今はここでのんびりしている
城の中にある会場でのパーティーにはまだ時間がある
そこでまだ会場の方に居ても暇なので、開放されている庭園に来ていたのだが、そこでナンパ被害に遭っているという訳だ

「―――――!」
「ん?」

一時ナンパが切れた時に、何かどよめきの様な物が庭園の奥で上がった
自然と祐一達はそちらの方向を向く
そこからこちらの方へ歩いて来たのは

「エスティード様だっ!!」
「エスティード様!」
「―――ふーん、あれが紅葉・エスティード…」

その名を彷彿とさせる、紅葉の様に紅き髪
可愛いといった表現はそこに無く、『凛々しい』や『美人』を絵にした様な人物
瞳は鋭利だが、決して冷たい訳ではない
一見世界五指(ロード・オブ・ロード)という事実を疑いたくなるが、この人物こそが紛れも無い世界の五本指に数えられる人物なのだ

「あぁ、そう云えば…」

紅葉の姿を確認した時に、祐一は一つの事を思い出した

「どうしたんですか祐一さん?」
「いや、折原から預かった(内容は確かめ編集を手伝った)手紙を渡さないといけないと思ってな」

流石に連絡無しの欠席は悪いと浩平も思ったのか、出席辞退の手紙を祐一は預かっていた
それを手渡された祐一は、無論その場で文面をチェック
「どうだ?」と誇らしげに語って来る浩平の目の前で手紙を破って捨てた
内容は「俺には、大事な人達が待ってるから…だがら、帰らなければいけない…」(要約)の演劇口調
そして最終行の「永遠の美男子、【 黄昏の剣(トワイライト・ブレイブ) 】・折原浩平」という文字は、何か狙っているとしか思えなかった
真性のバカだと思った
そんなこんなでネタに走りそうな浩平を叱咤し、真面目に書かせた手紙を受け取ったのである

「それじゃ行って見ますか?」
「そうだな…手渡すだけだし」

そして懐から取り出した手紙を手に、祐一は立ち上がった
冬華もそれに続いて歩き出す
紅葉は視線を彷徨わせている
どうやら出席している筈の浩平を探している様だった
そこで紅葉の視線が固定される
祐一達だ
他の者の様に視線は向けているが避けて歩く者と違い、一直線にこちらへ向かって来る

「―――?、私に何か用か?」

祐一の視線からそう感じ取ったのか、紅葉側から声を掛けた
それに驚くのは祐一である
まさか声を掛けてくるとは思っても見なかったのだ

「―――いえ、私達が用がある…という訳ではありません」

その言葉に紅葉は訝しがるが、すぐに理解した
差し出された手紙、そこに書いてある【 黄昏の剣(トワイライト・ブレイブ) 】の文字に目がいったのだ
それを受け取り、文面に目を走らせる
書かれていたのは出席辞退の申し出と、「何れ個人的にでも手合わせを」、と知らせる為の物だった
その文面に期待と失望半々の溜息を吐き出し、紅葉は顔を上げた

「これは本人から?」
「はい、ミストヴェールから共に帰還した時に渡して欲しいと」
「そうか、すまない…私は紅葉・エスティード。 貴方達は?」
「相沢祐一です」
「冬華といいます」

紅葉より差し出される手
―――握手
祐一は普通に握手を交わす、が

「?、何か?」

祐一の手を握った瞬間に紅葉の顔が顰められた

「―――失礼だが…かなりの剣の使い手だとお見受けする…“名”の方は?」
「【 名無し(ネームレス) 】…ですが…」
「……聞かないな…」

そこで首を傾げる冬華
祐一の戦闘スタイルは銃がメインで、剣を使っている処は殆ど見たことが無い
その筈だが…

「あれ? 祐一さんて殆ど銃しか使ってませんよ?」
「―――…そうか…失礼、どうやら勘違いだったらしい」
「いえ…」

握手を終える祐一
紅葉はそのまま冬華とも握手を交わし、再び視線を祐一に向けた

「これからのパーティーには?」
「えぇ、出席しますが」
「そうか、それなら楽しんで行って欲しい…王もそれを望んでいるだろう」

では、と軽く挨拶を交わし去っていく紅葉
それを二人と一匹は静かに見送った
そして、ふと――祐一は握られた手に視線を向ける

「―――手には歴史が浮かぶ…ね…」

くっ、と自嘲的な笑みを浮かべ、直ぐにその笑顔を閉じ込める
冬華に視線を向けるが、今の顔だけは見られていない様だ
出逢った時に語った、冬華に見せたくない姿の片鱗

「フンッ…」

半目で溜息を吐き出し、空を見上げる
茜色の空は宵の色に支配され、その色を失っていた
自分の心情を表している様だ、と祐一は心の中で笑う
空には夜の帳が下りただけ
そしてまた、自分の心にも一時的な闇が降りただけだ…
染まった空から視線を落とし、冬華の肩を叩いて歩き出す

夜の帳は下りた
夢の氾濫する時間が始まる











to next…

inserted by FC2 system