朝陽が今日の到来を告げる
今日も一日を始めよう

それは―――――――




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-3 Black EDEN−最終楽 ―――





























#3 心墜世界の虚像T



































部屋のカーテンの隙間から光が差し込む
その光は丁度ベッドで寝る男の顔へ直射していた

「…………」

しかし、それでも起きない男
普通は顔に日差しが当たっていれば目は覚めるものなのだが
どうにも、男の神経は太い方らしい
しかし、天は男に唯安穏と過ごす朝を与える気は無かった

ドタドタドタッ!

バンッ!!

「お父さーーん!朝だよーーっ!!」

ドンッ!!

「ぐはっ!?」

突如寝室の中に入って来た少女は、“父”を起こしに来たのだろう
だが、少女はそのままダイブ
綺麗に放物線を描き、スピードの乗った一撃はシーツ越しに“父”の鳩尾を貫いた

「ぐ、良いパンチ、だ…」
「違うよ!朝だよ!!」

それでも起きない父
少女はそれを理解しているのか、次に部屋のカーテンを開け放つ
先程射し込んでいたいた一筋の光とは違う、自然の陽光そのままが窓から射し込み、男の体中を照らし出す
男は少し意識が覚醒したのか、ベッドの上で身を捩る

「う…」

一言唸り、直射日光から『眠気』を守る為にシーツの中へ身体を避難させようとするが、そうは問屋が卸さない
父がシーツの中に避難する前にシーツをガッチリとガード
眉を顰める父の顔を覗き込む

「もう、起きて。 朝だよーー!!」
「ま、眩しい…僕は何もやってません…」
「夢みてんじゃない!!」

ボフンッ!

嫌に芝居がかった夢を見ているお父さん
少女はついに臨海突破を果たしのか、父の頭が乗る枕を抜き取り
そのまま、父の顔へ叩き付けた

「……う、うん…か、顔…あれ、何か部屋が暗いな…夜か?」
「あ・さ・だ・よ!」

ばっ、とやっと父が覚醒した事に少女は急いで頭を覆っていた枕を取り払う
急に明るくなった世界に目を瞑り、段々と目を慣らしてゆく
陽光が射し込む窓を背景に立つ女の子が一人
覚醒…確認…結果は…朝だなこれは…

「あー…おはよう」
「おはようお父さん、それじゃ早くしないとお母さんが―――」

こんこんっ
部屋に響くノックの音
その音を聞いて少女は遅かったか、と目を扉の方へ向けた

「深冬、お父さんは――って、今起きたみたいですね」
「そうなんだよ! お父さん全く起きてくれなくて」

ノックをして入って来た銀髪の女性
少女の言葉に女性はフフッと小さく笑みを作ると、“父”に目を向ける

「仕方ないだろ…今期の騎士団明細が終わらなかったんだから…」

疲れてるんだよぅ、と口を尖らす男
女性はそれに笑みを作り、口を開く

「それよりも、おはよう御座います。 お義母様もお義父様も起きて、既に食卓で待ってますよ」
「おはよう、冬華。 それじゃさっさと起きるか」

そう、男―――相沢祐一は、娘―――深冬に起こされ
相沢冬華と朝の挨拶を交わした




祐一はアカデミーを卒業すると同時に、以前から付き合っていた人物―――冬華と結婚
世間では公爵家である相沢が、なんら変哲の無い平民の中から嫁を取った事に当時は驚きの声が溢れた
しかし、相沢両夫妻は冬華の美しさや、その身に詰まる知識や、仕事面での祐一を補佐する姿勢から結婚を快諾
そして、国内の良家が全て集まる盛大な結婚式と、友人一同が集まるだけの慎ましい結婚式を終えて、二人は夫婦となった
そして、その年に娘の深冬が誕生
五年の時が経とうとしていた




「おはよう。 父さん、母さん」
「おはよう」
「おはよう祐一。 余り冬華ちゃんに迷惑かけちゃ駄目よ?」

砕けた感じの母
その横で祐一の挨拶を簡単に済ませ、孫を可愛がる父
二人に挨拶を済ませて祐一は朝の食卓につく

相沢家では、使用人という物を雇っていない
それは祐一の父である相沢夜人がそういった物を嫌っているからでもある
夜人は魔道研究者であり、そういった立場上、書斎等に入られる事を極端に嫌う
最近では、孫の深冬を喜ばす為の、視覚効果が派手なだけの魔法しか研究はしていないが…

「それは分かってるんだけどね…ほら、もうそろそろ冬に入るだろ?」

こんな両親だ
普通の爵位ある家と違い、かなり楽な言葉遣いで祐一は母親――相沢夏姫に話しかける

「そう云えば…そんな時期ね…」
「だろ? だから冬季の蓄えと、それに関しての外交…それに内の第一師団の明細が―――」
「忘れてた…あと少しで深冬ちゃんの誕生日じゃない」
「………」

実の両親よりも、祖父母というのはやはり孫を可愛がる傾向にあるらしい
夜人の膝上から移動し、夏姫に抱かれた愛娘
祐一はその光景を見てそう思う

「そう云えば、深冬もそろそろ五歳ですね…」
「冬華…」

奥のキッチンから料理を運んで来た冬華
使用人が居ない相沢公爵家では、現在冬華が料理担当の立場である

「誕生日はどうしましょうか?」
「そうだな……」

結局、仕事の話よりもこっちの話が楽しい
席に着く冬華を横に、祐一は考えた
が、良い案が浮かばない

「むぅ…」
「取りあえず、ご飯を頂きましょう。 ほら深冬、ちゃんと座って」

お義父様もお義母様も、食事の時ぐらいは深冬を放して下さい
そんな言葉を耳に挟みながら、食事は何事も無く進行した









「それじゃ、行ってきます」
「お義母様、深冬の事お願いしますね」
「大丈夫よ。 そっちも秋子と家の春人に宜しくね」
「分かった」

行ってくる、と伝え屋敷を出る祐一と冬華
城での仕事がある為の外出だ
二人は屋敷の前に用意された馬車に乗り、城へと向かう

先程出た、秋子というのは、祐一の母・夏姫の妹に当たる人物で、城では宰相を担っている人物である
次に春人―――相沢春人
祐一の弟である春人は、この国にある第一から第四師団までの中で、第一師団の師団長を務める武人であり、かなりの剣の使い手である
しかし、将軍である――という訳でもないので、帰宅する時間が限られてくるのだ
その為、屋敷に居る時間が極端に少ない

二人が馬車に乗り込むと、ゆっくり馬車は走り始た
やがて、馬車はそれなりの速度に入り、安定した域に入った

「………」

耳に届く馬の蹄の音
そして身体に響く石畳の段差を越える揺れ

祐一は何気なく物思いに耽った
この馬車といった乗り物は、後何年この道を走れるのだろうか?、と
発掘される遺産
この北の地でも、偶に発見される事があるが、遺産は驚くべき物が多い
最近での、国外で見つかった遺産の中には移動用の遺産もあったらしい
便利さでは、馬車とは比較にならない程良いものであろう
それを考えると、こんな物が走る景色が何時かは終わるのだと、漠然と感じる
そう、ランプの灯りがエーテル変換の灯りになった様に
何時か“今”という文化は廃れる物なのだ
そして何れ新しい“今”となる

旅した国でも、そう云った物は、文化でも物でも、多々在った――――

どくんっ

胸が跳ねる
祐一の思考が揺れた

(おかしい…俺は、旅をした事なんて―――)

その時、祐一の視界に一つの影が映った
この速度で移動する馬車の中からは、普通なら見えない様な、暗がり―――
そこから覗く、金色の瞳
闇が背景にある筈なのに、やけにはっきりと見えた、その黒い毛皮
―――黒猫―――

「プル―――」
「祐一さん?」

冬華の声
曇っていた意識が晴れる

―――いや、晴れていた思考が曇ったのかもしてない―――

何を考えている、俺は…
疲れてるのか、と祐一は頭を振ってから冬華に視線を向けた

「あぁ、どうした冬華?」
「いえ…外を眺めているので、何かあるのかと…」
「いや、黒猫が居てな…そうだな、猫…猫なんかどうだ? 深冬へのプレゼントは?」
「あ、良いですね…あの子、動物、好きですから」
「ああ、そうと決まれば、早速プランを―――」

先程の事を忘れて語り始める祐一
そこには既に違和感が無い
欠片も残っていない

失敗した、か…

そんな声も耳に入らず、祐一は目の前の冬華と、楽しく話し合っていた









「それでは、冬期の予算から外交へ回しますので」
「ああ、頼む」
「失礼します」

会議室から出て行く部下を見送って、祐一は溜まっていた苦しさと共に息を吐き出す
こう云った堅苦しい事は合わないな、と深呼吸すると、祐一は顔を上げた

「お疲れ様です」
「ん、ありがと」

コトンと会議室のテーブルに置かれるカップ
コーヒーの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる
その差し出されたカップに口をつけ、コーヒーを飲み込むと、祐一は先程の疲れた溜息とは違う、感嘆の息を吐き出した

「はぁ…会議の後のこれが堪らないよ…」
「しかし、コーヒーの豆はこちらで取れる物ではありませんからね…冬期は量が少なくなりますよ」
「そこら辺は城の運営資産から―――と云いたい所だけどね、と」

腰掛けていた椅子から立ち上がって祐一は背を伸ばした
ごきごきと小気味良い音が腰辺りから鳴る
デスクワークは疲れるのだ
軍とは違った意味合いで

「さて、冬華はこれから秋子さんのところだっけか?」
「はい、渡しておく書類もありますから」
「そうか、んじゃ家で、だな」
「はい、それでは行って来ますね祐一さん」
「行ってらっしゃい」

パタンとドアが閉まり、微笑みながら冬華が出て行った
それを見送ると、祐一はコートを羽織る
そして最後にカップに残されていたコーヒーを飲み込むと、祐一は会議室を出た
向かうのは相沢春人――弟が居る第一師団・団長室
冬期での資金分配と、家での所用を伝える為だ

「祐一っ」
「―――ん?」

弟が愛娘に「枯れてるね」と云われてたのを思い出した時に、丁度祐一へ声が掛かった
礼服――と云っても城内では割とラフな服装をした女性が近付いて来るのが分かる

「名雪か。 こんな所で会うなんて珍しいな…どうした?」
「ちょっとね。 春人く――第一師団・団長に渡す書類があったから」

近付いて来た女性――水瀬名雪
宰相・水瀬秋子の一人娘で、宰相補佐、兼、その勉強に励んでいる人物
これでも従兄妹な訳だから色々と係わり合いが多い
祐一は、名雪が言葉を云い直した事について苦笑する

「『春人君』で良いさ。 あいつも、お前に役職で云われるのは好いてないみたいだからな」

以前、その事で春人は祐一に語った事があるのを思い出した
内容は、「何か屈辱的だ」という物だった筈
それには二人で笑い、今現在祐一の横を歩く女性を何故か尊敬する深冬に説教を貰った

「そう?」
「ああ。 それと、今度深冬の誕生日があるんだが」
「あ、深冬ちゃん、五歳になるんだっけ?」
「ん、それでそん時に、旦那と息子を連れて来て騒がないか?」
「お母さんは?」
「秋子さんは、今冬華が向かったから、その事を伝えてると思う」
「そう。 分かったよ」

うん、と笑顔で頷く名雪
祐一はそれに笑顔で返すと、城の階段を下って行く

「あ、そういえば斎藤は?」
「祐一…いい加減覚えたら?」
「あー…どうも昔からあいつは斎藤であって斎藤でしかないんだよ」
「霧人、この前一緒にお酒飲んだ時泣いてたよ? 『相沢が下の名前で呼んでくれない』って」
「下の名前で呼ばないのは北川も同じだろう…」

分かってる、解り過ぎるほど解ってる
祐一の友人、斎藤霧人は、数年前―――
と、云っても祐一と冬華よりは遅いが結婚
そして、『水瀬』霧人になったのだ
そう、婿養子である
それでも、未だ祐一は水瀬霧人の事を『斎藤』と呼び続けていた

「まあ、気をつけてみよう…」
「うん、そうして欲しいな」

そして、他愛無い会話が続き、やがて団長の部屋に着く
何気ないやり取り
何気ない会話
そのどれもが―――



















ぶつんっ…



















放送が突然終了する様な断絶音
それと同時に世界が反転する

―――知ってる―――

闇に落ちる体
それと同時に浮上して行く意識

―――知ってる、助けを借りるまでも無い―――

何時しか浮遊していた身体は、完全に上下の感覚を取り戻す
低速度で垂直に落下
ストン、と音を立てて、闇の底に辿り着いた

―――祐一、聞こえる?―――
「ああ、聞こえてるぞプルートー」

闇の底を歩く祐一の思考に、突然声が掛かった
魔物――それの夢魔種であるプルートーの声だ
祐一は突然脳内へ響いた声に驚く事も無く、歩を進める

―――祐一、君…かなり前から『世界』のカラクリに気付いていただろ?―――
「―――…まぁ、な…」

フッと祐一は笑う
歩を進める先は闇
しかし、それでも――その先にあるだろう何かに向かって祐一は歩いて行く

―――何で…とは、云わない―――
「何だ? 察してくれるのか?」
―――そういう事を云う時は、大抵が悲しい事があった時だって知ってる?―――

あぁ、全く持ってその通りだプルートー
俺はこの“有り得なかった”幸せを味わいたかっただけなんだ

父さんが生きてる
「馬鹿云うな、父さんは死んでる」

暖かい団欒
「少しぐらい恵め、あの家で俺だけが殆ど経験した事が無いんだぞ」

アカデミーを卒業して―――
「学業よりも戦争が重要だったんだよ」

名雪が結婚
「そうであってくれれば嬉しい、あいつは良い奴だからな」

どれもこれもが悲しい夢
有り得ない程の―――幸福
幸せの小箱、とはよく言ったものだと、そう思う

下らない夢を見せてくれて感謝を
これは、あの日渇望した、取り戻せない日常の先に在ったかもしれない未来
冬華が出て来るのは―――それが今の自分にとっての幸せを表しているから

「夢ってのは…何でこう―――」

頬を涙が伝う
それは夢幻世界の闇に吸い込まれ、世界に一つの波紋を作り出す

―――うわー、祐一眠りながら泣いてるー―――
「少し、センチなんだ…邪魔すんな…」

あと少し、その『世界』に居ても良かったと思う
せめて、存在しない自分の娘の誕生日を祝って
家族で笑い合い
夜は親子で眠り
そして何事も無い、平和な日常を―――
過ごしても良かったと

そう―――思う

しかし、あれ以上あそこに居ても、駄目になるだけ
あれ以上あそこに居たら、泣き出してしまいそうだった

自分の幸福に涙
自分の不幸に涙
あの時の後悔に涙

だから、醒めた
浸る時間は終わった
ディスプレイの電源を切るように、途中で止めたのだ

「――――はぁ…」

幸福を知るには不幸を知る事が大前提だ
しかし、この場所で見た、得られなかった幸福は残酷でしかない
だから、俺は、何時か本当の――――

「ここだな…」

思考を中断させ、祐一は何も無い闇に手を翳す
そして、少しだけ力を込めると―――

ピシッ…

罅が世界に走った

「プルートー、現実時間でどの位経った?」
―――五時間、赤ん坊や病人なんかは危険かもね―――
「分かった、今から戻る」

ふぅ、と溜息を吐き出し、祐一は首だけを後ろに向けた

「行くんですか? 祐一さん」
「まぁな…」

そこには虚像の冬華が立っていた
祐一はその冬華に苦笑して見せると、首を戻し、完全に背を向ける

「最後に一つだけ…」
「はい、何ですか?」

力を込める
亀裂は世界中を走りぬけ、やがて虚像の冬華にも到達する

「何時か俺は、手に入れるから…皆で過ごす幸せを」
「はい…」
「だから、その時までさようなら…俺の幸せ…」

キィンッ―――

世界は崩れ落ちた
刺し込むのは温かき陽光
闇は光に支配され、満たされて行く

「はいっ…お元気で、私の全て…」

そして意識は覚醒した













to next…

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