強制睡眠から五時間
早い者ならデッドリミッドが迫って来る
だから、小箱を破壊する

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-3 Black EDEN−最終楽 ―――





























#4 心墜世界の虚像U



































「――――っ」

覚醒する意識
ぼんやりとだが、祐一は徐々に目を開けると周りを確認する

「おはよう祐一」
「プルートーか…」

殆どうつ伏せの様な体勢で眠っていたらしい
肘をつけ状態を起こすと、頭を振ってから祐一は起き上がる
一・二歩離れた所で冬華が眠り
そして周囲を眺めると、まるで集団で酔い潰れたかのようにフロアに居た全員が眠っていた
祐一は視線を下げ、足元のプルートーへと目を向ける

「起きれたのは俺だけか?」
「うーん、もう一人起きれそうな人が居るけど―――…」

プルートーが瞳を向けた先に居るのは

「紅葉・エスティードか…」

眠りにつくまでかなり頑張ったのだろう
神槍ブリューナクを床に立て、それに縋り付く様に眠っている

「冬華はどうだ?」
「駄目だね…救いは幸せを見せられているから悪夢を見ていないだろうって事だけど…」
「そうか」

祐一はプルートーの言葉に頷くと、冬華の隣にそっと腰を下ろす
冬華の表情は穏やかな物だ
祐一に抱きついて眠っている時となんら変わらない表情をしている
祐一は一度だけ冬華の頬を撫で、顔に掛かっている髪を上げる
笑顔、だ
見ていると、段々切なくなって来る
現実の冬華、虚像の冬華
先ずは――自分の幸せの為にも、この娘を幸せにしなければならない
祐一は、もう一度愛しそうに撫でると、瞳を横で見守っているプルートーへと向けた

「この状況を打破するには?」
「元凶――あれを壊すしかないね…」

『幸せの小箱』―――
眠る寸前に聞こえた声の中に、これが暴走だと語っている物があった
ならば、あれを破壊すればこの状況は終了する筈だ
しかし―――

「プルートー、お前で破壊出来なかったのか?」

そうだ、魔物であるプルートーはこの状況でのイレギュラー
眠りにつく事も無く、行動を起こす事が出来た筈だ
しかし、そのイレギュラーである黒猫は行動を起こす事をしなかった

「自己防衛機能ってヤツ? 魔法撃っても掻き消されるんだよ」
「はぁ? 物理攻撃は?」
「猫パンチが過去の叡智に効くと思ってるのかい?」
「あぁー…」

全くもってその通りだ
魔物といったって全てが化け物じみた力を保持している訳ではない
人に体力を売りにした人間と、デスクワークを主にしている人間が居る違いだ
プルートーは人間で言うデスクワーク派――ソーサラーなのだ

「ま、それなら話は早い…さっさと小箱を壊しちまおう」

祐一がそう判断し、立ち上がった時だった

「―――待て…」

突然声が掛かった

「エスティード…さん」

神槍ブリューナクを杖代わりに、よろよろと立ち上がる紅葉
しかし、その視線は強く、眼光は射抜く様に祐一を見ている
凄い精神力だ…流石は【 世界五指(ロード・オブ・ロード) 】と云った処か…
祐一は、その眼光に怯む事無く――逆に目を細め、睨む様に相手を見据える
幸せは麻薬だ
抜け出せた事は称賛に値する
だが、全員が全員、彼女の様に強い訳ではない
抜け出す方法を模索していたのでは死者が出る事になるだろう
それを邪魔するのならば―――
そう思い、祐一は睨んでいた、が

「君は、ここで犯罪者になるつもりか?」
「犯罪者?」

その口から紡がれた言葉は、予想外の物だった

「そうだ。この『幸せの小箱』はザスコール王家が所有する遺産…状況はこれを見れば分かるが、無断で破壊したとなれば―――」
「重罪…数年は牢にぶち込まれるでしょうね」

ふぅ、と溜息を吐き出す
犯罪者に成るが、この状況を打破するにはもうアレを破壊するしかない

「それじゃ、どうしろって―――」
「私が破壊する」
「―――…」
「私は【 世界五指(ロード・オブ・ロード) 】だ…、それにこの国の王家にとっては居なくてはならない存在だと思っている…罪は君が被る場合の物と比較すれば格段に低くなるだろう」

確かにその通りだ
こちらは『唯の平民』、向こうは『爵位持ちの最強』なのだ
罪は比較的軽い物になるだろう
力尽くで黙らせる事も可能だ、多分彼女はそういった事をしない人間だろうが

「それじゃ、任せても?」
「構わない。 それに私が護る城での事件だ…他人に任す事も出来まい…」

そういって紅葉は笑った
祐一も顰めていた顔を元に戻し、笑みを作る
それを見ると、紅葉は神槍ブリューナクを構えた

「幸せ、か…私にとっての幸せを再確認出来ただけでも、感謝しておこう…」

手に力が回る
それと同時に振り下ろされる槍刃
そしてそれは叩きつけられ―――

ガキンッ!!

弾かれた

「なっ!?」

そして再び来る浮遊感
しかし、強制睡眠させられた時の物とは違う
これは世界への違和感
ここは自分の存在するべきではないと、そう訴えられるような気持ち
そう―――去れと、世界を飛べと、命令された気分

「まさか、転移―――――」

景色が歪む
祐一は咄嗟にプルートーを引っ掴むと抱きかかえ
紅葉はブリューナクを構えて、その衝撃に耐える!

そして来る浮遊感
反転
分離
暗転
世界に―――嫌われた









「っく、くそ…今日二度目だな…こんな不愉快な目覚めは…」
「今度の波動は僕まで巻き込める物だなんてね…魔道生物って名称も返上かな?」

くらくらとする頭を、一人と一匹は同時に振り、頭を上げた
場所は

「…ザスコール、だな…」
「違うよ祐一…ここはザスコールじゃない」
「何?」

プルートーが見る、見上げる先
祐一はその視線を追って天を仰ぎ見る

「―――――」

青空ではない
曇り空でもない
暗雲、夜空―――そう云った物でもない
マーブリングされた異色
一言では言い表せない、そんな空がそこに広がっている
太陽は無いのに世界は明るく
人影が無いのに笑い声が響き
そして、様々な匂いが充満する

冷静になれば色々な事が分かってくる
この匂いの正体―――それに正直吐き気がする思い出祐一は呟く

「血と―――」
「これは精の匂いだね…」

生々しい匂いだ
それに眉を顰めると、祐一は再び辺りを確認した

「そう云えば、エスティードさんが居ないな…」

逸れた…別の場所に転移させられたと言う事だろうか?
祐一は、出ぬ答えに取りあえず納得すると、再び前を見据える

「どうすれば出られると思う?」
「多分、あそこに行けばどうにかなるんじゃないかな?」

そのプルートーが見上げる先にはザスコール王城

「この世界の『小箱』――その本体を壊すって事か…」

ヤレヤレ、と額を押さえて祐一は首を振る
ここが現実の世界じゃないのは空を見れば理解する事が出来る
そして、この世界―――祐一達の背後、景色が存在しない
つまりは、この祐一達が立っているラインまでが現実での小箱、その効力範囲だと推測する事が出来る
そして、その範囲は今も尚じりじりと範囲を広げていた

「迷ってる暇は無い、か…取りあえず行こう」
「そうだね…僕もこんな所で死ぬのはゴメンだし」

スッと、祐一が一歩前進
右足が前に出た、その瞬間

「―――待ちなよ…そう急ぐ事もないから」

パリン、祐一達の目の前の景色の一部に罅が入った
歩を進めるのを止め、それを見据える
出向く手間が省けたか、そう祐一は考えた
しかし、その思考は次の瞬間吹き飛んだ

「――――やっ」

ゴプッ、ドプッと不快な音を立て闇から滲み出て来た液体は人の手を形作り
景色の段差に手を掛けると今度は足を出す
そして発現する頭部
見えて来た顔
その顔は

「―――俺、の顔…」
「祐一…」

一人と一匹の表情に満足したのか
祐一の顔をした者は、悪戯が成功した子供の様に笑顔を作ると、笑って見せた
そしてお辞儀を一つ

「こんにちは。 僕は相沢祐一…君だ」











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