かつて求めた最強
その理想形が今
立ちはだかった…

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-3 Black EDEN−最終楽 ―――





























#5 心墜世界の虚像V



































「………」

目の前で笑う祐一の姿をした誰か
その服装は白い制服に蒼いマント
普段の祐一には似つかわしくない服装だ
プルートーはそれを訝しがる
“祐一”を名乗るのであれば、服の趣味だって同じ筈だ
しかし、目の前に笑顔で立つ人物は白と蒼の服装
今の祐一とはかけ離れた物がある

しかし、そんなプルートーの考えとは裏腹に、祐一は目を見開いたまま微動だにしない
その表情は見てはいけない物を見た様な顔
恐怖ではない
ただ、本当に驚いているだけ

「祐一」
「…何だ」

はいっと云って祐一の顔をした者から投げられた物体
愛用の魔道銃リベリオンと、その弾層だ
助けてくれるのか? そう解釈しようとするが―――

「さ、それで僕を殺してくれ」

理解に苦しむ言葉を紡いだ

「はっ?」

いきなり出てきて殺してくれ
狂っているとしか思えない言葉だ

「一回だけチャンスをあげるよ」
「チャンス…だと?」

祐一は目の前の自分の虚像の言葉に眉を顰めた
駄目だ、まだ意図が読みきれない

「別に裏は無いよ。 君にこの世界の法則を教えてあげるだけさ」

そして、祐一が普段見せる様な笑い方で、虚像は笑う
祐一はその言葉に無言でリベリオンを構え、射軸に相手を捉えた
にこにこと避けるそぶりすら見せない
本当にこのまま弾丸を身体で受け止めるらしい
馬鹿か狂ってるとしか思えない行動
しかし、相手はこの世界の“法則”を教えると云った
ならば、死なない何かがあるのかもしれない
それでも、祐一は躊躇う

「無抵抗の奴を殺す事は出来ない?」

目の前の虚像から発せられる言葉に舌打ちし、祐一は眉を顰めた
殺す事は出来る
今までも武力で解決しなければならない時、必要な時は敵を殺して来た
しかし、今は相手の真意を読み取れない
殺すべき相手なのかもハッキリしない
だから、トリガーを引けない

「ふぅ…ヤレヤレ…いつから君は無抵抗の人間は殺せないなんて甘い考えが出る様になったんだい?」

その言葉に祐一の眉がピクリと動く
プルートーには分からない、その言葉の意味
明らかに祐一自身の過去を知っている様な口振り
そして、トリガーを引かせる為の言葉は紡がれる


「罪人は罪人を撃つ事も出来ないのか」


空気が凍る
祐一の纏う雰囲気が一変する
プルートーは毛皮を総毛立たせ、その空気に耐え様とした、瞬間

ダンッ!!ダンッ!!ダンッ!!

三発の銃声が鳴り響いた
よろける虚像
一発は心臓へ入り込み、魔道の力で爆散
二発は頭部へと吸い込まれ、顔の上半分を吹き飛ばした
―――即死だ…
しかし

「なっ―――!!?」

倒れる瞬間、虚像は上半分が無い頭部についている、今となっては唯の飾りでしかない口で笑みを作る
そして、血が伝う片足を後ろに出し持ちこたえると、そのまま頭をこちらに向かってガクンと倒す
その時に空っぽの頭から血と脳漿が飛び出し、地面を汚した後――今度は唇の端をクッと上げて皮肉な笑みを作った

「くっ―――…」

吐き気を催す様な異常な光景
目を逸らしそうになる精神を叱咤して、祐一は何とかソレを直視する
眼球すら残ってない筈のソレは、再び口だけの笑みを作って見せた

「驚いたかい? これがこの世界の法則さ」

そして虚像は、自分の頭部に手を翳し、軽い掛け声と共に―――まるで、祐一が撃ったという事実すら無かったかの様に―――復元した

「――――」

まるで性質の悪い夢を見ている様な気分
―――夢
はっ、とそこでこの世界が何なのか、その糸口に辿り着いた
この世界、現実とは思えない違和感、異質の空
談笑と共に響く絶叫・断末魔の叫び
ここは―――

「夢幻―――」

祐一の応えに満足したのか、虚像は笑顔で残りの破損箇所――心臓部を復元しながら頷く

「うん、半分は正解だね」
「半分?」
「ここは夢幻であるが、完全な夢幻ではない…ここには死が存在するからだ」

その言葉を疑問に思う
虚像はここでは死なない事を教える為に、先程自分から死んで見せたのではないのか?
そう祐一が考えた時、くすっと虚像が笑って再び口を開いた

「不思議そうだね? つまり、ここでは心が折れない限り―――」

スッと抜かれる剣
虚像は、美しく研がれた刃を自分の首に当て―――

ズッ…ビチャッピシャアアァァ…

―――横に引いた

鮮血の噴水が自分の顔をした者から溢れ出る光景に眉を顰めながら、祐一は見守る
もう既に、アレは敵だと認識したからだ
目線を放さず、虚像の視線を捉えていた

「―――ほら、元通りだ」

自ら掻っ切った筈の首――その傷跡が見る見るうちに復元していく
そこで気付いたのは服までもが元に戻っている事だ
一緒に切れた筈の、首までのアンダーが切れた跡も無く復元していた
肉体ではない物まで復元しているのは、多分ここが半“夢幻”の役割を果たしているからだろう
その事実に、祐一は舌打ちする

「厄介だな…どうも完膚なき無きまでに完全勝利するしか方法は無いらしい」
「その通り…」

祐一はリベリオンを盾の様に構え、身体を半身にする
それと同時に虚像――ユウイチもまた、剣を構えた

「――でも祐一、君は僕に勝てない。その理由は――解ってるよね?」
「嫌でも、な」

けど…、と祐一は続けた

「勝たなければいけないなら、意地でも勝ってやる」

頼もしい限りだ
ユウイチは楽しそうに笑い、そして―――

その姿を消した









―――破砕音

気付いた瞬間に届いた音は、真横の民家から響いた物だった
プルートーは瞬間的に首を捻り、真横の民家を凝視していた

まず、見ていた筈の虚像の祐一が消えた
そして、コンマ秒遅れて祐一も消えたと思った瞬間―――真横からの破砕音

意味が分からない事が多い物だと、プルートーは場違いな事を考えながら煙立つその場を見守っていた
晴れて行く景色の中で、初めに確認できたのは虚像のユウイチ
そして順を追って見えてきたのは、窓枠とその周辺の壁を抉り取った様な傷痕
そして、民家の中でヨロヨロと立ち上がろうとしている祐一の姿だった

「ちっ……“瞬歩”に“鋭殺”か…嫌になる程そっくりだな…」

皮肉気な笑み
祐一は頭部から血が溢れる箇所を復元しながら、リベリオンを再び構えた
『理』は既に理解しているらしい
直ぐに止血を終えると、リベリオンのトリガーを無造作に絞った

銃声

ユウイチはそれが何とも無い事の様に身を捻って避ける
リベリオンを構えていた祐一は、そのまま笑った
絶望や諦めとも取れるやり切れない笑みだ

「“空握”まで使えるとは―――やりにくいなぁ―――ッ!!」

ズドンッ!!

響く破砕音
ユウイチが消えたと同時に民家の奥が吹き飛んだ
しかし、そこに祐一は居ない
何故なら祐一は、プルートーの前に立っていたからだ

「プルートー」
「え、な、何?」

祐一は再びリベリオンを構える
全二十発の弾層から、四発の弾丸を撃ち込み、現在の残り弾数は十六発
慎重に自分の状態を確認しながら、祐一は後ろに存在するプルートーに話しかけた

「俺は少し時間がかかりそうだ。 この先、お前に任せてもいいか?」
「ちょ、僕には破壊出来るか解んないんだよ!?」
「なに、出来るさ…お前ならな…」

理由は訊くな、そんなもんだろ?
祐一はそうやって笑う
しかし、その笑みには何時もの余裕が無い
既に追い込まれた物が見せる笑みだ

「――――…」

無言
何時もは決して余裕を崩さない男が、それを崩し
頼み事をせず、自分で解決しようとしている男が、頼んでいる
自分は、何時の間にか、こんなにも信頼されているのだと―――そう、実感した

ガッ…

煙の中から出て来る人影
瓦礫と共に音が反響し、その存在を祐一とプルートーに知らしめる
祐一は腰を落とし、何時でも動ける体勢を作り、言葉を紡いだ

「頼む…後は任せた!!」

祐一が自分から飛び出す
それと同時にプルートーも駆け出した
祐一とは違う方向―――王城へと向かって

「仲間の…頼み事は聞く物だよねっ…デルタ!!」

流れる景色の中に響く後方からの金属音、破砕音
祐一は自分を信頼してくれた
ならば、友達として、仲間としてその信頼に応えなくてどうする
プルートーは王城へと向かって疾駆した









ガキンッ!!

振るわれる超高速の刃の応酬を、祐一は何とかリベリオンで弾きながら隙を伺っていた

タンッ!

フェイント!?
振り下ろされる剣戟は、突如掻き消え真横へと現れた

「ぐうっ!!」

ギンッ!!

空間把握を常に全力で広げている状態でしか感じられない違和感
真横へと何時の間にか移動する術
その全てを知っているからこそ、祐一は振り下ろされる刃を咄嗟に翳したリベリオンで受けると、そのまま吹き飛ばされ距離を取った

バックステップ中にリベリオンを構え、ユウイチをその射軸に収めた

ダンッ!ダンッ!ダンッ!

三発の銃声
虚像は剣を振りぬいた状態でありながら、祐一のリベリオンの射軸に捉えられた瞬間に、既に身体を捻ると身を飛ばして通り過ぎる弾丸を難無く避ける

「チッ…」

全く持って嫌になる
空間把握――それは自意識を消す事によって自分を景色の一部として捉える物だ。しかし、何もそれだけという訳ではない…自意識を消す事によって、身体という枠から抜け出た“感覚”はその範囲を広め、周囲の空間を体内の様に感じる事が出来るのである。だから祐一の前に存在する虚像は、こちらに目を向ける事も無く、射軸の方向を“認識”し、外れたのだ

ヒュオッ!!

風を切る音
相手は自分だからこそ解る、攻撃の手段
放たれた四本のナイフが宙を滑り肉薄
それは相手が避けられない瞬間に出される必殺の投擲

「――――っ!!」

避ける事が出来ないなら叩き落せばいい
ただそれだけだ!
トリガーを絞る
放たれる魔法弾
高速で迫るナイフを超高速の弾丸が難無く撃ち落す
バックステップ二歩目
再び違和感
場所は―――真横!

「くっ!!」
「―――遅い」

イイィンンッ!!

振り上げられる刃を止めるにはリベリオンでは間に合わない
祐一は身体を捻れるだけ捻り、その威力を軽減しようとする、が

斬!!

刃は肩口を切り裂き、そのまま頬とこめかみを斬り裂いた

ビチャッピチャッ!!

地面に血の花を咲かせながら転がる祐一
その一瞬で動揺も無く復元を開始して傷痕を消し去り止血
目の中に血が入り込まない様にする
戦闘時間は未だ一分も経っていない
祐一は目まぐるしく移り変わる景色を冷静に捉えると、身を捻って地面に着地
足裏を滑らせながらも、祐一は体勢を保ち、リベリオンを構えた

「今ならまだ、6:4位で俺が劣勢か?」
「そうだね、今ならね」

くすりと笑ってみせる自分の虚像
そう、“今”ならパワーバランスがそう離れている訳ではないのだ
アレの存在が、祐一の考えている通りだとすると、確実にバランスを悪くする要因が在る事になる
それは――能力だ

「さっさと【 灼陽 】を出したらどうだ?」
「そうだね、そうしようか…」

ガクンッ…
世界が揺れる
そんな違和感を受けて祐一は一歩引いた
過去に一度だけ感じた事がある違和感
【 灼陽帝(サン・シャイン) 】――相沢夜人
世界が認めた、今は亡き、元【 世界五指(ロード・オブ・ロード) 】の一人
尊敬すべき自分の父と同じ、“最強”が放つ威圧感

相手は想像通り、いやそれ以上だ
祐一は見誤っていた事に舌打ちする

【 灼陽 】と云う能力を、祐一は未だ完全に使いこなせていない
元々能力というのは魔法の副産物的な物だった
魔力を常とした今の時代
得意分野という物が存在する様に、人は何かしら能力を持って生まれて来る事がある
『事がある』のだ
祐一は持って生まれて来ない人間だった
しかし、父という存在が後天的に能力を受け継ぐファクターとなった
だがそれは、長年慣れ親しんできた物に比べると稚拙な、能力とは云えない物だ
たった今生まれた赤ん坊が自分の両親を殺せない様に
そこまで能力を昇華させるには時間が掛かる
祐一が【 灼陽 】を受け継いで約四年
光を操る事が出来始め
やっと剣という媒介がある事によって殺傷性をつけられた程なのだ

「君は理解しているみたいだけど―――」

ユウイチは何気なく言葉を発しながら、剣を持たない手を振る
それと同時に生まれる、破壊の威力を秘めた光球
それは美しく、破壊の美を秘めた女神

チャキッ…

再びユウイチは剣を構えた

「僕は君の理想――斬戟を極めた先、能力を極めた先、身体能力を極めた先――そこに存在している…」

しっかりと、自分の予想が当たっていた事を再確認
知っている…あの服を着ている時点で気付いていた
祐一は眉を顰めると、リベリオンを再び盾の様に構えた

「剣を人に振るえない枷を背負った君…自ら捨てた理想…」

天は越えろというのか? 目の前に立ちはだかる壁を?
無茶を云ってくれる
自分が抱く最強の理想形
それに勝つなんて、有り得ない隙を突くしかない
そこまで一体何回死ねばいいのか?
気が遠くなりそうだ…

では――――始めようか?

祐一が、ユウイチが腰を落とす
構えあう互いの得物
祐一は魔道銃リベリオンを
ユウイチは剣と辺りに浮遊する幾つもの光球を
祐一を殺し、本体を護る為の行為
それは何時しか、神聖なる騎士と騎士の戦いとなった

死なない様に頑張るさ…頼むぜプルートー

口の中で小さく呟き、祐一は眼前の虚像を見据えた

「冒険者・相沢祐一!」
「シャイグレイス国・【 殲滅殺戮軍(ジェノサイドフォース) 】第一師団団長・アイザワユウイチ!」

『参る!!』











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