偶然の産物
青年は少年だった頃の思い出と再会する

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























#1 絵本を開く前は



































ザンッ―――――

眼前に居た障害物を切り裂き、無理やりどかせる
それと同時に溢れ出てくる、ソレが生物であった証
二本の剣をそれぞれの鞘に納めると、手についた未だ温かい液体を漆黒の外套で拭った
その時になって成る程な、と納得する
昔にここから出て行った親友は、戦場に出る以外では常に黒色の服装をしていた
その訳も、これで納得出来た
自分も随分狂っている物だと思っていたが、あいつも狂っていたというのが良く分かる
黒は夜間行動において目立たない上に―――血の色を目立たなくしてくれる

「くっ―――」

小さな笑い声が漏れた
取り敢えず、どうでも良い
重要なのはそこじゃなかった

ザッ―――…

顔まで深く被っていた外套を少し上げ、今歩いて来た道を振り返って見た
そこに在るのは自分のではない血で濡れた道
それは自分の人生とも重なる嫌な色の道だ
この国を出るだけで何人殺したか
いや――洗脳された様な人種を人であると認めるのか?
大義名分、随分な言葉じゃないか
“人形遊び”しか出来なくなった王様は、このまま胎児まで戻り、母なる記憶の海まで還り死ぬか?
この国は終わるだろう
まともな精神を持った人間はもう――少ない
完全洗脳された兵士――人形…
最後の最後まで、死ぬ事すら国の為だと言い張ってしまったら、もはや意思を持たない人形でしかない

悲しい物だ…

親友達が居た頃はまだ、マシだった
異常者の国とまで云われたこの国にも、笑顔は溢れていたのだから
しかし今は―――…

「もう、駄目だな…約束は守れそうにない…」

親友が去る時、頼まれた言葉があった
家族を、従兄妹を頼む、と
それももう、果たせそうに無い
何故ならもう既に、自分はこの国に叛旗を翻した存在だからだ

「ふん…」

部下は全員殺された
血族も全員殺されるだろう
見ず知らずの血族だったが、心は痛む
自分の管理外で“事故死”と断定された部下達の方が、幾分か心を占める割合は高い
家族は既に全員死んでいる
護るべき者は居ない
あるのは約束だけ
その約束も、もう―――…

ザッ…

振り返り、これから歩き出す道を眺めた
血の無い、澄んだ道だ
そこでふと、親友が最後に述べた言葉を思い出す

「ふっ…」

苦笑―――
自分も同じ言葉を吐くとは思っても見なかった
さて、自分も“あいつ”と同じ道に出るとしよう

「今日、北川潤は死んだ――そして、今日から新しい北川潤だ」

黒い外套を目深に被り直し、道を歩き出した
金髪の男は、シャイグレイスという国を捨てたのだった









約一ヵ月後――――


「げふっ…」

空は晴天、雲一つ無い天気
そんな空の下、平原の整備された道を進む一行があった

「うーむ…」
「………」
「♪」

相沢祐一、プルートー、冬華の一行だ
しかし、冬華がスキップで道を進まんばかりに機嫌が良いのに対して、祐一とプルートーの表情は優れない
何かもう、げんなりという感じである

「黒い悪夢…」
「云うなプルートー…」

黒い悪夢
その言葉の意味は、昼食の場に存在した
今日、祐一達は初めて冬華が料理した昼食を摂った
普段の料理は全て祐一任せである
祐一の腕前は、見た目普通、味はそれなり、何処が悪いという物ではなく、あくまで“普通”だった
しかし、冬華の料理は違う
見た目―――黒ずんだ“何か”
味――――祐一の料理を軽く超える“美味さ”
どうしてこんな物が作れるのか不思議で堪らなかった
この料理を食した時、祐一はかつて食した事がある叔母唯一の失敗料理――通称“オレンジ”を思い出した
料理全般が得意な叔母の料理の中で唯一、異様なオーラを発していた作品
食えない事は無い、味も別に悪い訳でない
何とも云えない独創的な世界が舌を蹂躙しつくすだけだ
それを思い出しながら、祐一は冬華初めての料理に“ブラック”と命名し、記憶の奥底に封印しようと先程から頑張っているのだ
プルートーも料理の中に眠る無限の可能性を垣間見た結果、先程から脳の処理速度が追い着いてない状態が続いている

祐一はゲンナリしながら、前を上機嫌で歩く冬華に目をやる
最近の冬華は何かが変わって来た
何が変わったと、明確に言い表せる物ではない
外見的ではない、言うなれば内面――精神だろうか
そこが少し変わって来た、とそう思う

少し子供っぽくなった

結果的に見ればそうだ
しかし、祐一は他の事を考えている
冬華の実年齢だ
冬華の実年齢は13歳
最近見せる様になった無邪気さは年相応の物だ。それと同時に反抗期と言う問題は出題された訳なのだが…

「く、黒い世界…」
「…いい加減黙らんと、その口をピアス穴だらけにするぞ…」

プルートーの虚ろな声を聞いて、祐一は溜息を吐き出す
そして首根っこを掴むと頭に乗せて再び歩き出した
これで当分休ませておけば、ショックから抜け出せる事だろう
祐一は“オレンジ”という実体験からそう推測し、プルートーを当分休ませる事にした

「まだ昼だってのに…何かもう疲れたな…」

少し前まで白かった筈の息は、春の風に乗って流れる
祐一は伏せがちだった瞳を前に向けた
草原の丘を下った先に大きな街が見える
取り敢えずは街に入ったら休もうと決め、祐一は冬華の背を追って歩いたのだった









「着きました〜」
「ああ…取り敢えずどっかで休もう。 宿はそれからでも大丈夫だろ」

中央大陸ノスティードの南部ザスコールと、中央の聖帝都市ツォアルの中間に位置する街【 ウェノ 】
数年前の医学書大量発掘から栄えた医学の街
最近ではウェノで治せない物は他の何処でも治せないとまで言われる様になった

祐一は街の入り口に居る警備兵に、身分証代わりであるギルドの会員証を見せると中に入る
冬華は自分の被保護者として登録してあるので、怪しまれる心配は無い
しかし、これは帝国領内だからこそ通じる手であり、もし帝国領の外――国外に出る場合は、確実な身分証明が必要となる
それを考えると、冬華にもギルド登録を行って貰わなければならないかもしれない

ギルドの身分証明は幅が広く、都市居住の権利は含まれないにしても、確実な身分証明書として役立てる事が出来る
それはギルドのメンバー登録には“名”の登録も含まれている為、他の誰かが“名”を語った場合、本人からそれ相応の報復が与えられる事があるのだ
他人間でのいざこざを起こさない為にも、そこら辺は厳重に管理されているので、かなり役立てる事が出来る
と云っても、この医療都市の様な特殊な街でしか、そういった管理はされていない
ウェノは元国境の街であり、現在でも多少は警備が強い方である
それに、多面積の農地を抱えている訳でもないので、ここに住む人間が街の外に出る事は珍しい
その為に、街への出入りはそれなりの用がある者に限られる訳だ

冬華がキョロキョロするのを祐一は手を引っ張りながら、ギルドに登録しておくかと思案した
まぁ、その前に…

「一服だ…」

後ろで「わぁ…」と感嘆の息を漏らす冬華の手を握って、祐一は歩き出す
まだまだ冬華が多くの人間に慣れるのは先らしい
これも成長か?
そんな事を考えている時――気配

スッ…

祐一は歩を止めると、感覚を広げる
冬華は突然止まった祐一の行動に首を捻るが、その顔を見て状況を理解した
祐一の、表情という色を無くした顔は戦闘の時等にしか見れない顔だ
冬華もそれとなく注意を払いながら、背を祐一の背につけ、死角を補う

祐一は漠然とだが、ぶつけられる指向性を持った気に対して方向を探る
右――いや、右斜め前
視線だけの移動
こんな街中で、殺気とは云えないまでも、気をぶつけてくる人間なんて碌なものじゃ無い
それを確認する為にも、祐一はその方向に視線を向けた

「よぅ…気付いたか」

漆黒の外套
背中に大剣
腰に刀
そして―――金髪

「―――――」
「久しぶりだな、相沢」

ここに居る筈ではない人物
可笑しい、あいつは“あの国”に居る筈だ
しかし、この威圧感
それに―――

「―――北川…?」
「おう、お前の元同僚にしてみんなの天使、北川潤さっ!」

―――この軽さ

あの時代の、あの暗い時の中で、親友としてあり続けてくれた相棒
それを忘れる筈も無い

「久しぶりだな…」
「ああ、もうかれこれ三年と少し経つな」

ははっと人懐っこい笑顔を浮かべて笑う友人に、祐一も不意に笑みがこぼれた
その表情の変化に、冬華も体勢を崩す

「祐一さん、お知り合いですか?」
「ん? あぁ、国に居た頃からの友人だ」

そうなんですか、と冬華は北川の姿を見る
全身黒服に黒の外套
祐一の普段の服装にとてもよく似た装備を行っている

――祐一の居る国では黒服が普通なのだろうか?

そんな感想が頭を過ぎった時、目の前で佇んでいた北川が右手を差し出した

「俺は北川潤だ、5・6年前から相沢の友人兼宿敵をやらせてもらっている」
「あ、私は冬華です。 今は祐一さんと一緒に冒険者をやってます」

互いにヨロシクという握手を見届けた処で、祐一は取り敢えず頭の上で気絶したように眠っているプルートーを降ろして腕で抱き、北川に向き直る

「――それで…お前が帝国領のこんな所に居る理由は何だ? 特殊任務か、それとも――」

プルートーを抱きかかえている手とは逆に、祐一は右手を腰に差してあるリベリオンへと伸ばす
その行動だけで冬華は既に数秒先の未来を幻視した
血を流し転がるどちらかの死体の夢を

どうしても祐一が目の前に立っている北川という男を難無く倒すという光景だけは浮かべる事が、冬華には出来なかった
それは直感
だが確実に理解する事が出来た事も存在する
祐一にとって北川という“要因”は、友であると同時に“敵”なんだと

指向性を持った殺気が北川へとぶつかるが、さして北川は気にする事も無く笑って見せた
それだけで祐一の放っていた殺気は霧散し、一瞬にして空気の溶解が始まる
余りに早い展開に、早くもついていけなくなりそうだが――言葉を超えた何かが二人の間には存在しているのだろう

「まぁ、その事についてなんだがな…少し座って話さないか? あぁ、機密とかじゃないから店でもいい」
「分かった。こちらとしても今さっき街に辿り着いたばかりだからな…正直助かる」

北川の言葉に頷くと、祐一は目線を動かし休めそうな店を探す
と、直ぐに一軒の軽食店が見つかった

「―――『 グレイプ 』…あの店で良いか?」
「ああ、構わない」
「私も良いですよ」

何処か投げ遣りな祐一の口調に二人は頷くと、三人は軽食店『 グレイプ 』へと移動した









店に入り、適当な物を注文すると、祐一は改めて北川へと視線を向ける
相変わらずの口調に何処か余裕のありそうな態度
へらへらと笑ってはいるが、常に外敵に備えての注意は忘れていない
物凄く軽い緊張感なので、注意して意識を向けていなければ分からないが、店内をカバー出来る位の警戒は行っている

流石、か…

祐一は素直な感想を呟き、一瞬の間だけの思考を停止した
それと同時に北川がグラスを置くと、視線を祐一へと向けた

「―――それにしても相沢、お前変わったな」
「?、そうか?」
「そうだ。あの頃は薄気味悪い位に無表情だったからな…良い意味でお前は笑える様になってる」
「…そうだな…確かに…」

こくんと頷き、祐一は手をつけていなかったアイスコーヒーを唇を湿らせる程度に口をつけた
すっきりする冷たさと苦味を味わいながら、もう一度口をつける

「―――ま、それはいいとして本題だ…どうして帝国領なんかにお前が居る?」
「ん、確かにそうだったな。んじゃ、先に云っておく事がある―――」

そこで北川は口元に浮かべていた笑みを消すと、真剣な表情で祐一を見据え、ゆっくりと口を開いた

「すまない。俺は…お前との約束を守れなかった」

その言葉にどれだけの意味があるのか理解する事は第三者にとっては酷く難しい
しかし、この場の第三者である冬華はそれを理解する事が出来た
それは祐一の表情だ
北川の言葉によって変わる祐一の表情
最初は驚愕、そして怒り、最後に悲哀と諦観
やり切れない、今にも泣き出しそうな表情を俯かせながら、ただ「そうか…」と呟き、握った拳に力を込めていた
手の平から流れる血、それに気付いた時点でそれを止めると、冬華に心配させない為か、笑顔のなりそこないの様な、そんな笑顔を北川へと向ける

「悪い…」
「何云ってるんだ相沢…約束を守れなかったのは俺だ。お前が謝る事じゃない」
「すまん、ありがとう…」
「いや…気にするな」

北川の言葉に苦笑すると、祐一は再び表情を戻す

「それで、国は?」

知りたい事はそれだ
捨てた筈の自国を心配する事はおかしな事かもしれないが、それでも聞かずにはいられない
その祐一の言葉に北川は頷くと、苦々しい表情を作り祐一を見た

「駄目だな…第一師団と第四師団が消えて、その後に新しく第一師団と第四師団が編成された処から、おかしかった事がより一層おかしくなった…実質あの国を支えていたのは自惚れなく俺とお前、それに第三師団の斎藤に第四師団のお前の親父さんだ。親父さんとお前が消えてからは実質俺と斎藤が軍を引っ張っていたが、それも終わりだ。代替わりした今の王は兵を人形としか思っていない。意を唱えた俺に対して暗殺者を出す位だからな…」

その言葉に酷く驚いた様な顔で祐一は北川を見る

おかしい。王という立場ならば、絶対に軽い気持ちで干渉してはいけない筈のルールが存在している筈だ
それは眼前に座っている男が―――だから

「お前に私兵を? 馬鹿か、そいつは?」
「ああ、勿論それは囮さ。その間に俺の部下全員が『任務中に土砂崩れにあって全滅』という事態への対応を遅らせる為のな」

―――理解
つまりただの捨て駒、時間稼ぎの為の要員
事件へ手を加えるまでに相手は証拠を消しさりたかった、という思惑

「やってくれやがったよあの野郎。しかも証拠が無いからどうする事も出来ない。そういう話を耳に挟んだ程度だからな…。それにこれ以上は流石に俺でも殺される可能性が出て来る、毒何かが紛れてたらあっけなく終わるだろう。一生もんの人形として生きるのは流石に勘弁して欲しいからな…」
「そうか…」

それなら仕方が無い、と祐一は思う
“約束”で北川に家族と従兄妹家族を頼むと頼んではいたが、流石に命を賭けてまで護れとは云えない

「差し当たっては、斎藤とお前の弟に注意はしておいたが…それもどうか分からない、危険には変わりないだろう」
「………」

思う、考える
何が間違っていたのだろうか?
何処から間違っていたのだろうか?
父親が死んだ時からか
城へと入った時からか
または、師匠に弟子入りした時からか
それとも弟が生まれて来た時だったか
もしくは、もしく、は――――

―――俺が生まれた事だったか

「祐一さん」
「っ…、あぁ、何だ冬華?」

「―――自分が悪かったと、思いますか?」

「!」

その言葉は、胸を抉る
冬華が表情から読み取って、考えを看破された事ではない
自分が悪いと、そう考えるのは冬華にとっては深い闇の中で長々と考えていた事だ
理由は解る
胸を抉った事は違う、そうじゃない

冬華を照らしている、現在進行形で救っている自分が、そんな表情をしてしまった事だ

他の何かに対しては、自分は他人にそれなりだが誇れる事を幾つか出来ただろう
しかし、相沢祐一という人間は『アイザワユウイチ』であった頃――過去の自分を固める基盤では、普通の人間に対して酷く、残酷に、冷徹に、低俗に、何もかもが劣っている

いや、劣っている…などと言う物ではない

持ってすらいないのだ

記憶の有る無しではない
その記憶が霞むほどに、祐一は理由も無く、感情も無く、ただ機械的に、他人の命を搾取していた過去が、自分と言う存在を作り上げる時点で邪魔しているのだ
今から作り上げる冬華とは違う
祐一自身が持つ、いや―――あの国で人形として存在していた誰もが持つハンデ
それに苛まれているのだ

冬華が云った「自分が悪いと思うな」という言葉
解っている、理解している
自分は悪くないという事は、とうに知っているのだ
だが、それでも立ち止まらずにはいられない
それが、罪
過ちを犯してしまった者への当然の報いなのだから

「―――すまん、大丈夫だ…」

精一杯の笑顔を作り、考え直したと思わせる

――駄目だな、俺は

自嘲的になりそうな心を叱咤して奮いあがらせ、無理矢理にでも思考を切り替える
この中では祐一と北川しか知らない過去
そこから思考を現在へとシフトさせて、姿勢を正した

「―――ま、いいけどな」

そういって、肩を竦め、流すように顔を切り替える北川
その表情は『助けてやるよ』と、そして『何時か話してやれよ』という物を含んではいたが、祐一はそれに心の中で感謝すると、再びだが視線を直した

「んで、相沢はどうするんだ?」
「国か? …分からんな。今はどうとも云えない。それよりも国を捨ててしまった俺やお前が云う事でもないからな」
「…。そうだな、その時になって考えればいいか…」

北川がした返答に一つ頷くと、祐一は残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し席を立った
それにつられる様にして、冬華は祐一を見上げて首を傾げる

「どうしたんですか祐一さん?」
「ん、そろそろ宿の手配でもしに行こうかと思ってな…それにギルドで簡単な依頼でも受けておかないと財政が困難だから」
「ああ、それなら俺も行こう。生憎と俺も新しい住居が確定するまでは冒険者家業でね…ちょっくら『先輩』に教えて欲しい事もあるし」
「そうか、それじゃ出るか?」
「はい」
「ああ」

返事を確認して、祐一は未だ眠っている黒猫の首を引っ掴むと腕に抱く
そして飲み物だけの代金を払うと、祐一達は店をあとにした

そしてその直後、絵本の扉は開いたのだ











to next…

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