拳が舞う、蹴りも舞う
黒髪と金髪が暴れまわる
目を覚ました黒猫は、空を見ながら溜息を吐き出した

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























#2 喧嘩上等



































軽食店『グレイプ』を後にする三人
そして未だ眠ったままの黒猫は、通りに出るとギルドへ向かおうと足を動かした処―――

「や、止めてください!」

その声で足を止めた

「ん?」

祐一が振り返り、それに続いて冬華と北川も振り返った
そこで一番最初に目に付いたのが人だかり
そしてその中心で絡まれている一人の少女だった

「…おお…真昼間から強硬手段…世界保護指定生物みたいだっ」
「俺みたいに紳士には出来ない行動だ…そうは思わないか相沢?」

あえてふざける二人
というか興味無さ気に、むしろだるそうにその光景を見守っている
それでも冬華はあえてこの二人に口出しはしない
知っている
手を出さないのは自分で出来るかも知れない事を他人任せにしない為だ
北川がどうかはしらないが、少なくても祐一は、何となく見守っている少女が危険になったら助けるだろうから
だから冬華もそれに倣い大人しく見守っていた

「―――おいおい、また“チーム”の奴が好き勝手やってるぞ?」
「おい、お前止めてやれよ…」
「な、何言ってんだよっ…そんな事したら病院内でしかこの街で生きていけなくなるだろっ…」

がやがやと、立ち止まっていた祐一達の周りに人が集まり、干渉するつもりも無いのに人だけが寄って来る
祐一は視線を囲まれている少女に向けながら、衆人が会話する物から情報を整理した
簡単な事だ、あの少女の周りに居る少年グループは、このウェノという街に存在する不良グループみたいな物らしい
それで関わると、後々が面倒だから助けるにも、赤の他人のせいでそうなるのは甚だ御免だ、そういう理由らしかった

「はぁ〜…」

どうやら自分は、厄介事に好かれているらしい
祐一は天頂の蒼空を見上げて溜息を吐き出した
どうせここで手を貸さなくても、北川一人に任せればいいのかもしれないが、どうも他人任せは性に合わない

(もうそろそろ助けるか…)

自分達は冒険者だ
目をつけられて一斉攻撃に遭う前にこの街を出ればいい
うん、と心の中で出したプランに頷くと、横で見ている筈の北川へと視線を向けた

「北川、行くぞ」
「…構わんが…相沢一人で十分だろ?」
「俺一人で目立つのが嫌なんだよ。だから舞台にはお前も登場させる」

成る程、とジェスチャーで返す北川を見てから、祐一は冬華に向き直る
それに対して、冬華は既に心得ていたのか一つ頷くと、さっさと人ごみの外へと歩いていってしまった

「むぅ…中々洗練されたアイコンタクトだ…」

北川の感想に対して無言の突っ込み――スルーを行うと、祐一は歩き出した

「く、少し位は俺に対して合いの手を入れろよ!」
「面白くない。出直して来い、深海五千メートル位からな」
「ああ、ヘアスタイルが崩れるから無理」

そっちかよ!
突如集団に歩き出した二人
その二人の会話に周りに立っていた皆々様が心の中で突っ込みを入れた

「…やっぱり毎朝セットしてたのか、その触覚は」

何気ない、祐一と北川の二人にとっては日常的な会話をしながら先に進む
無論その先には絡まれている女の子と、それを囲んでいる少年達が居る
二人は人の壁から出ると更に近付き、その場で立ち止まって会話を続ける
もはや怒りを誘っているとしか思えない行動だ
もしくはバカとも云うが…

「遺伝だ」

その言葉で少女を囲んでいた少年の何人かが気付く
そして一睨み利かせるが、祐一と北川はそれに目線を合わせるも、何事でも無い様に直ぐに二人で会話を続けた
その行動に少年達の熱が上がり、一瞬にして周りで見守っているギャラリー達の空気が凍りつく

「ほう、興味深いな。今度は是非とも北川一族の神秘について暴きたい気分だ」
「ホルマリンは駄目な。部屋はスイートで三食付きで優遇してくれるなら考えてやってもいい」
「よし、手をう――」
「うるせぇぞ!!そこの二人!!」

爆発
その怒鳴り声に、囲まれていた少女がびくっと身体を震えさせる
無論周囲に存在していた衆人は一瞬にして黙り込み、線の細い二人組みが血に塗れて転がる未来を幻視している筈だ
しかし―――

「なあ北川、こういう時のお約束って何だっけ?」
「『俺の彼女に手を出すな!!』じゃないか?」
「よし、行け」
「俺かよっ!? お前がやればいいだろ?」
「いや、俺には冬華が居るから」
「ち、惚気るなよ…悲しいだろ!」
「仕方ないな、今回だけだぞ?感謝しろよ北川。それでは改めて、んっ、アー…『オレノカノジョニテヲダスナ!』」

沸点通過
リミットブレイク
場が一気に絶対零度へと冷え上がる

「てめぇ…!! なめてんのか!!」

がっ、と祐一の胸倉が乱暴に掴まれ締め上げられる
その力は中々強く、祐一より身長の高い男は祐一が爪先立ちする程度まで持ち上げた
しかし、それでも―――

「イヤー、ヤメテー、コロサレルー…のか北川?」
「無抵抗なら死ぬんじゃないか?」

祐一と北川はまるで意に介さないでいた
それが引き金だ

「ぶっ殺す!!」

祐一を掴んでいた男が、掴んでいるのとは逆の手で祐一へと殴りかかる
だが、それと同時に祐一の体が跳ねた

ごきっ…!!

掴んでいた手の手首部分を左手で下に力を入れて固定し、ショートアッパー気味の突き上げる様な一撃は腕の骨を砕き折る
所詮は素人、死と隣り合わせの実戦を幾百も積んだ戦士には決して敵わない
敵う為には、その差を埋めるだけの奇策――人質や奇行で以って応対しなければならない
しかし、それすらもない相手は、祐一と北川にとっては戦場で斬り伏せる一般兵にすら満たない

彼らは知らない
戦場を知らないが故に知る事が出来ない
この街は唯の通過点
それ故に、城に仕え、戦場に立つ人間がどれ程の物なのかを

「――――っあ゛!!??」

悲鳴、声に成らない絶叫
相手が怯み、突き出した手と胸倉を掴んでいた手を引っ込めて慌てる様を見て祐一は冷静に動く
空間把握――意識を広げて立ち位置を認識確認
先程まで浮かべていた笑みが、今は相手に恐怖すら与える能面の様に色の無い表情をしていた
それも一瞬で終わる
また楽しげに笑みを浮かべ――瞬間

「相沢スペシャルっ!!」
「ジェントルシュート!!」

祐一の目の前に居た男が、北川の目の前に居た男が宙を舞った
祐一の拳は相手の顎を砕き、北川の蹴りは相手の胸骨に罅を刻み込む
宙を舞った男二人は、そのままの体勢で受身をとる事も無く地面に着地、鈍い音と共に意識を失った

祐一は哂う、こんな程度かと
北川は哂う、相手の力量に対して

その二人の笑みを見た瞬間に男達ははっとして二人に向き直った
どうやら未だ“喧嘩”を続けるつもりらしい

「……残り六人か、3・3でいいか?」
「いいぞ相沢、死なない程度に気絶させればいいんだよな?」

先程から祐一と北川は、男達にとって逆鱗に触れる様な会話しかしていない
いざと言うときの正当防衛、何処までも悪知恵の働く二人は、それだけでも軽く男達の上を行っていた

相手がナイフを構える
それに対して二人は徒手空拳
それに構えらしい構えすら取っていない
祐一には却下したプランが一つだけあった
それは遠距離から冬華に、束縛の魔法を使ってもらう物だ
しかしそれでは何れあちら側から何かしらの報復行為があるかもしれない
だから腕力に訴えた解決方法を取ったのだが、そうじゃなくてもここまで怒らせて仕舞えば後はどうせ変わらない
この手の輩は、後で集団による報復を仕掛けてくる事だろう
それだったら最初から平和的解決を望めば良かったのかもしれないが、そうも行かない

「はぁー…」

溜息を一つ吐き出しながら、突き出されたナイフを流すと、相手の横隔膜を叩くように突き上げの一撃をお見舞い
その一撃を貰った男は、それにより呼吸機能を麻痺して崩れ落ちた

「ご苦労さん。 良い夢を」

はき捨てる様に言葉を投げ掛けると同時に第二撃
それすらも易々と祐一は流し、カウンターで肘を人中に叩き込んだ
人体急所を肘で打ち抜かれた男は衝撃と痛みでその場に倒れこみ気絶
分配された三人の内二人をさっさと処理してしまった
そこで――三人目の顔が笑みだという事に気付いた

「動くな!!」

男は懐から出しただろう魔道銃を、未だ逃げ出さずに居た少女へと突きつけた
その行為に、瞬時に身体を巡っていた熱が冷め、冷え込んで行く
油断した、という事ではない
怒りを通りこした思考は、ただ冷静に静かに―――相手の生命活動をどうすれば止める事が出来るのかと、脳を冷たく冷やすのだ

「まあ、止まる位はいいんだけどな」

くっ、と小さく哂って、北川が三人の相手を律儀にただ眠らせていた事に気がついた
これでいきなり後ろからブスリなんて事は無い

「―――――」

魔道銃を突きつけられた少女を見る
血の気が失せた顔をして、押し付けられた魔道銃に恐怖しているのがよく分かる
だが、その表情の何処かで、死という概念に対して達観した何かを感じる事が出来た
その事に訝しく思いながらも、祐一は一切表情には出さずに男を無表情な顔で見続ける

「それで? 早く行動に移したらどうだ。生憎と俺とそこの女の子は他人だ。別に人質としての価値は無いぞ?」
「同感だ。正義感を語るつもりはさらさら無いが、貴様までの距離三メートル…俺達の間合いだという事を覚えておけよ? 他人様を巻き込んだ喧嘩…リスクはでかいぜ?」

そして二人は、意に介さない様に歩を一歩進めた
瞬間―――

「動くな!!」

ダンッ!!

銃声
向けられた銃口から、北川に対して高速度の魔法弾が打ち出される
その刹那的な世界で北川は笑みを浮かべると、腰に差していた刀を引き抜き眼前に掲げた

ギンッ――――!!

斜めにした刀身に銃弾は弾かれ、殺されなかったベクトルと共に、斜め上に向かって人の居ない方向へ向かって飛んで行く
その一刹那の世界で、行動を起こしたのは北川だけではない
北川が刀を抜刀すると同時に祐一の姿が霞み消えた
その瞬間の世界では、未だ男の表情は驚きに変わる以前の表情だ
そして反射音と共に掻き消えた祐一が男の真後ろに現れる

ヒュッ―――ゴッ!!

手刀一閃
振りぬく刃を模した一撃は首に衝撃を与え、一撃の元に相手の意識を刈り取った

「うむ、完遂」

片付け終わった事に一言呟いて、意識を失った男を少女からひっぺがす
少女が未だ何が起こったのか解らない様子でただ後ろに現れた祐一を仰ぎ見ている
とりあえずは、ざっと流し見て怪我を負っていないので良しとすると、北川に合図を出す

「!?」

少女の腰に手を回して抱き上げる
その時に小さく悲鳴が聞こえたが無視
後日の新聞には『謎の二人組み少女を誘拐?』などという見出しがあるだろうが一切無視だ
変な噂を立てられる前に、少女を抱き上げた祐一は裏路地へと走り込み、北川もそれに続いた

「救出作戦成功だな相沢!」
「あぁ…誘拐犯にならない事を俺は切に願うよ北川助手」

そうして二人は衆人達が意識を取り戻す前に、裏路地へと消えて行ったのだった









「え、えーと…助けて貰ってありがとうございます?」
「何故に疑問系?」

裏路地から迂回して再び表通りに戻った祐一と北川、それに少女は、冬華が待っているだろうギルド前へと向けて歩いていた
抱き上げていた時は降ろせ降ろせと殴られていた祐一だが、そこは寛大な心を見せ付けて「こっちの金髪が本当に誘拐するぞ」という言葉で少女を許したのだ
そして何故か未だ着いてくる少女と自己紹介みたいな事を行っていた

「まあいい、構わんよ。それにふざけながら助けたのは俺達だからな」
「確かに。もう少し迅速に叩きのめせばよかったな」

あははと二人は他人事の様に笑って見せた
それに少女は小さな笑みを作ってみせる
とりあえずは安心した様だ
朗らかに笑う二人の黒尽くめに

「それにしても、別に帰っても良いんだぞ? 何で着いてくるんだお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃありません。 私には美坂栞という名前がちゃんとあります」
「あー…じゃ、栞。何で着いてくる」

ピッと、祐一は歩きながら疑問点をぶつける
それに一瞬だけ曖昧な表情を作ると、栞は「何となくです」と答えて、祐一と北川の一歩前に出てしまった
その表情が見えなくなった位置で、祐一と北川は今見せた表情に何かを感じたのか、声を掛ける事無く歩み続けた

「それにしても―――」

その、何処か沈んだ空気を払拭する様な栞の声が響き、二人同時に「何だ?」という表情を作った

「それにしても、お二人共強いんですね。さっきはビックリしちゃいました」

前を歩いていた栞がくるりとターンしながら二人に話しかける
その顔に浮かんでいるのは笑顔
先程一瞬だけ浮かんだ暗い表情はそこには無い
それに何処か祐一は安堵すると、口を開いた

「流石に街の中で騒いでいるだけの奴には負けないさ。 これでも死地は幾らか潜り抜けてるからな」
「そうだな…。戦場に立つ兵士にすら覚悟が足りない奴に負ける気はしない」

死地と兵という言葉に反応したのか、栞は首を傾げた

「お二人共、帝国の兵士さんだったんですか?」
「あー…まぁ、そんな処かな?」
「んー…今じゃしがない冒険者だけどな」

そう云って北川は腰に差してある刀を軽く叩いて見せた
それに祐一の眉が顰められる

「―――ちょっと待て北川…その刀、さっきは咄嗟の事で気付かなかったけど、もしかして―――」
「ん?あぁ。お前の思っている物で間違いない筈だぞ?」
「マジか…持ってきたのかよ…」
「?、その刀がどうしたんですか?」
「あ、いや…」

そこで祐一は押し黙る

北川が腰に差しているのはそれ程の物なのだ
儀礼祝器(ケイテシィ)と呼ばれる、現代の魔剣・聖剣の類が、北川の腰に差してある刀なのだ
しかし、シャイグレイスという国で作られるケイテシィは一線を画す―――いや、あってはならない物なのだ

シャイグレイスのケイテシィは唯一過去栄えた幻想遺産武器に匹敵する様な特殊な能力を抱えている兵器だ

しかし、その特殊すぎる製造法は秘匿とされ、そしてその製造法から、それを受け取った者はこう呼ぶ

【 怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ) 】、と

北川が持つ刀の銘は――贖罪刀・際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)
その纏っている特殊な魔術効果により、斬りつけられた傷はまるで魔獣に喰い散らかされたかの様に縫合不可能な程のぐちゃぐちゃな傷痕を残す。喰らえば即死か瀕死、掠って重傷を負うという物凄い威力を誇る魔剣…それが北川の携えている刀なのだ

そしてもう一本―――背中に背負っている大剣
“刃が無い”この大剣も、勿論の事ながらまともな代物ではない
この大剣は冬華の持つ機工魔剣サクリファイスドライヴと同じ旧時代の遺産武器
北川が発掘した物で、その銘は千塵線剣アズラエル
魔力を通す事でその効果を発動
特殊極細金属繊維が、刃を振るう度に何百と乱れ狂い、相手を細切れに変える
この二振りの、既に武器ではなく兵器を、北川は背負って普通に歩いているのだ
まともな神経をしているとは思えない

そんな考えを浮かべながら祐一は北川に目を向ける
そこでは、栞と北川が楽しそうに会話していた

「………はっ」

のん気だという一言では語れない、語ってはいけない
“それは俺もお前も一緒さ”
そんな、昔何処かで聞いた科白を思い出した
知っている、識っているさ、とっくの昔に
狂っているのはお互い様、何かを忘れてきたのは祐一自身も北川も同じなのだ

「そうだったな…“今”が在るお陰で忘れていたが…所詮は俺もお前も――死を内包する狂った人間…」

数歩遅れた位置で小さく祐一は呟くと、少し先に見えるギルドを見た

黒猫を抱えた冬華が見える
そして心の中で再確認を行う
堕ちるわけには行かない、と

「どうしたんだ相沢? 急ににやけて…怖いぞ」
「あー…いや…気にするな」

心を支えている心象風景の中に“彼女”の存在を確かに認め、それにニヤけていた口元を引き締める
それと同時に今度は祐一が二人の前に出た
そして笑ってみせる

「ほれ、冬華があそこで待ってる。さっさと行こうぜ?」

それに栞と北川は怪訝そうな表情を浮かべるが、直ぐに笑みを零し祐一に続いた











to next…

inserted by FC2 system