――少女には妹が居ました
病弱な妹です
日に日に弱っていく妹を見て、少女は一つの伝説を思い出しました
「決して枯れない花は、どんな病気をも癒してくれる」
その言葉を思い出した少女は、先ず街に出ます
仲間を探そうと言うのです
しかし、お金の無い少女には人を雇う事が出来ませんでした
だけどその時、世界を旅して回る勇者が現れたのです

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























#3 ギルドの出逢い



































「おーい、冬華」

ギルドに近付きながら手を振る祐一
それに冬華は気付くと、直ぐに祐一達の方へ向かって走って来た

「大丈夫でしたか?」
「ああ。ちゃんと救出したぞ、ほれ」

ひょいと祐一が横にズレて、視覚から隠れていた栞が冬華の目の前に出て来る
それに一番驚いたのは冬華ではなく、意外にも栞だった

「あ、えっと、その…み、美坂栞です…」
「私は冬華といいます。よろしく栞さん」

遠慮がちに手を握る栞
当たり前だろう、突然紹介されたのは“超”が付く美人
それがあの黒尽くめの青年から紹介されたのだ、驚かない筈が無い

「さて、取りあえずは栞もついてきて良いが…ギルドで仕事の斡旋を受けるだけだから特に面白い事も無いぞ?」
「構いません。いい経験です」

えっへんと胸を張る栞
何が威張る事なのか理解に苦しむが、特に邪魔にもならないので祐一は意見を控える事にした

「んじゃ、中に入――――」
「―――――!!!」

中に入ろうとした所で轟く怒声
扉に手を掛けた所で、ふと大空を見上げた

何か、今日はやけに“巻き込まれる”なぁ…

はぁ…と一つ溜息を吐き出し、祐一はギルドの扉を押し開けた

「………」

中に広がるのは、他の街よりは整然とした白い内装の受付ホール
しかし、それと反比例する様に広がる柄の悪い人物達

「医療の街が聞いて呆れるよ…」

ブツブツと文句を垂れながら一歩を踏み出し中に入る
先程怒声を撒き散らした連中は居るだろうが、こういった場所では関わらないのに限る
面倒事にはよく巻き込まれるが、決して面倒事が好きなわけじゃない
首を突っ込むにはそれなりの理由が必要だ

「さてと、ギルドカードの用意を、と…」

ズボンのポケットに突っ込んでいる財布からギルドの登録証を抜きながら受付へと向かう
その際に、他のハンターや遺跡探求者が溜まっているだろう紫煙巻く場所へは視線を向けないのは鉄則だ
やはり面倒な事に巻き込まれるのだったらそれなりの理由が必要なのだ
例えば、報酬が出るとか、それに―――

「ちょ、離しなさいよ!!」
「お、お姉ちゃんっ!?」

知り合いが困っている時とかだ…

はふぅ…
小さく溜息を吐き出して、取り出した登録証を再び仕舞うと、後ろに居る栞へと、祐一は視線を向けた
その視線の先―――
柄の悪い冒険者等の集り場へと視線を向ける

そこには、ウェーブの髪型の美人が居た
服装は動き易いだろう軽装具、冒険者スタイルである
その容貌からは、こんな場所は似つかわしくないのだが、それを言ってしまったら冬華も冒険者という枠からは外れてしまうので却下である

「あそこで手を捕まえられてるのが栞の姉さんか?」
「え、あ、はい…そうですけど…でも何でこんな所に…」

その言葉から推測するに、冒険者ではないのだろう栞の姉
その姉がここに居る理由は知らないが、あと少しで拙い事になるのは見ていて判断できる
祐一はもう一度だけ溜息を吐き出すと、後頭部を掻くと視線を横に佇んでいるだろう北川へ―――

「…あれ? 北川は?」

キョロキョロと見ていた処で、最後に視線を冬華が抱いているプルートーと視線が交差した
プルートーは半眼で前足でピッと方向を指し示す
その方向に視線を移動させると、そこには北川が居た

「あんた、その手を離してやれ。 嫌がってるだろ」

栞の姉の手を掴む男。その手を掴みながら注意する北川が居た









「あんた、その手を離してやれ。 嫌がってるだろ」

北川の注意を含んだ強い言葉が男へと突き刺さる
北川は、今日余りにも厄介事に巻き込まれて精神的逃避を半分決め込んだ祐一が現世へと帰還する前に、さっさと解決しに来ていたのだ
自称ではあるが、紳士を気取っているのは伊達では無い
大抵はヘラヘラと笑いながら、友人とボケと突っ込みについて語り合う人間ではあるが、それでも自分に関わりがある人間に対しては真面目に対処する
その紳士の対象は女子供ではあるが

「ああ?放せって?」
「そうだ、困ってるだろ。無理矢理は嫌われるぜ? もう少し紳士に対応したらどうだおっさん」
「あぁっ!? そんなのこっちの勝手だろうが! 変な正義感で首突っ込むんじゃねぇよ! ガキがっ!」

その言葉にヤレヤレと首を振った処で北川は掴んでいた男の手を放して、手を漆黒の外套の中へ戻した
と、

「そうか、無理矢理が好きなのか…」

呟いた瞬間
酷くゆっくりと、優しく微笑む口元
その動作とセットで、北川の漆黒の外套の中で、カチリと音が鳴った
瞬間――漆黒の外套が舞い、その中から一振りの刃が振りぬかれる!









北川の外套の中で、聞き逃しそうな程小さな金属音が響いた瞬間、祐一は飛び出していた
音は小さかったが、金属音なのが幸いした
金属音は小さくても、その高い音波域は癇に障る様に頭へと響く事が多い
ソレに感謝すると同時に、祐一は普段使っていない筈の剣に手を掛けた

イ――

漆黒の外套が舞い、そこから更に漆黒の刀身が閃く
それを確認する間も無く、祐一は腰に携えていた剣を抜剣すると、その刃が通るだろう予想軌道上――栞の姉の手を掴んでいる男の二の腕に神速で差し出す
その刹那――

ガキャンッッ!!!

刃と刃が接触した
その音は普通ではありえない金属の接触音
北川が抜いた刀――際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)は、祐一が男の腕に被せる様に出した剣を易とも容易く、その“剣”の銘の通りに、まるで餓狼に食い破られたかのように、切断面すら無く、バラバラに粉砕したのだ
だが、祐一の剣一本を差し出した甲斐はあった

「やめとけ北川…流石にそれは拙い」

男の腕には傷一つ無く、北川の刀はその最凶の効果を発揮する前に止められていたのだ

「手癖の悪い腕の、表皮に触れる程度で止めとこうと思ってたさ…相沢が止めて無くてもな」

それはつまり、ホロコーストの効果は考慮していないという事
表皮だけを傷つけるというつもりであったのなら、最低でも骨までは喰い千切られていたという事だ
そう云えば、昔から「自分の行動には命を賭けて動く」が口癖だったなぁと思いながら、取りあえず惨事にならずに済んだ事に対して安堵の溜息を吐き出す

「それでも、だ…“あそこ”の常識は一切外には無いんだ。少しは学習しろ」
「……おーけーおーけー。解ってるよ。あーそれと悪いな、お前の剣砕いちまって」
「いいさ、所詮はお守り程度の安物だ。お前の刀を止めるならそれこそ同じ物を用意しなければならんからな」

未だ呆けたまま起動できない男達を尻目に、北川は男の腕を引っぺがして救助
栞の姉を紫煙渦巻く中から腕を引っ張って出て行く
それを見送ると同時に、起動

「て、てめっ、待ち―――」
「はいストップ。これ以上ここで騒ぐとお互いギルド登録証が剥奪されて困るぞ? やるんだったらやってもいいが―――」

少女を連れた北川が一定の距離を離れた事を確認して、祐一の気配が切り替わる
指向性を持った殺意
この空間限定の――喉元に刃が押し付けられている様な、凍える様な殺意が放たれる
その空気に、この紫煙渦巻く場の誰もが息を呑んだ

死ぬ、と

そう感じずにはいられない、それ程怜悧な視線と殺意
殴る蹴るという生易しい物ではない、そこに――その先にあるのは常に絶対死
生者の存在は許されていない、死者が大地を埋める荒野
その夢想を誰もが見ただろう処で、祐一は全員を一瞥するとそこを離れた
誰もが喋らなくなった空間を後にして―――









「はー…さて、それで栞のお姉さん。君は何で絡まれてた?」

一足先に戻ってきた北川と栞の姉
そこに少し遅れて戻ってきた祐一が加わった処で、その質疑は始まった

「それに答える前に、私の名前は美坂香里よ。取りあえず御礼は言っておくわ」
「あー…俺は北川潤だ」
「俺は相沢祐一」
「冬華です」

そして―――

「お姉ちゃん…」
「そうね…出来れば先に何で貴方達が家の妹を連れてるのか教えて貰えるとありがたいんだけど?」

言葉はそれなりに綺麗ではあるが、そこに含まれている意味は「さっさと吐け」である
人に物を訊く態度では無いが、ここでボケて「誘拐した」とでも云ってしまっては、それこそ後々大変な事になるのでここは静観を決め込もうと、当たり障り無い言葉を祐一は口を開け―――

「あぁ、それなら相沢が担いで連れて来たんだ」
「うおいっ!!?」

高速度のボケ突っ込みが入った

「ち、違う! 決してやましい事ではなくてだな! え、えーと、そうだ北川! 取りあえず謝れ!!」
「いや、え? 何で俺が!!?」
「多分お前が悪いからだ!」
「そうか――って違う! 貴様だろう!」
「違う俺じゃない! 俺は――――」

「黙りなさい!!」

キーン、と
祐一と北川の耳元で爆音が轟いた
もとい、香里の大音声の制止が鳴り響いたのだ
それによろりと二人同時に横へよろめくと、姿勢を正し

「すみません」

と謝罪を述べた
取りあえず北川のボケに乾杯、それと滅殺
それを心に誓うと、祐一は顔を上げて香里を見た

「それで? どういう事なの?」

やや苛立ちを含んだ言葉
それに対して、今度は栞が口を開く

「私が街中で絡まれてる処を助けてもらったんです。 その後は、戻るのもなんだから…」

しゅん…と目に見えて肩を落とす栞
香里はそれに溜息を吐き出す

「栞…貴女、もう少しで手術なのよ? ちゃんと理解してる?」
「それは―――そうですけど…」

待て、今かなり重要な事を云わなかったか?

「ちょっと待て。手術ってどういう事だ?」
「…唯、栞が今度手術するだけの話よ…」

何か、真実――というか重要な事を何割か省いた様な違和感
その香里の言葉に祐一は目を細める
これ以上は邪推になるが、その事とギルドの事は関係あるのかもしれない
少なくてもゼロだとは云えないだろう、そう思う

「まぁ…その手術云々は家の問題だ。これ以上は首を突っ込む気は無いからな…。それで、香里嬢はどうして絡まれてたりしたんだ?」
「それは―――」

と、そこで香里は少し顔を伏せている栞へと視線を向けた
何か聞かれては拙い事――だろうか

(首を突っ込まないって云って…もう既に十分突っ込んでるなぁ…)

自分の滑稽さに、くっと口の端を吊り上げ笑う

「ほれ栞、俺が送って行くから出るぞ?」

祐一が栞の肩を叩いて、ギルドから出て行こうとする
その際に栞は何か云おうしたのだろう、顔を上げた後に口を動かすも結局は何も云わずに祐一の後へと続いた

「それじゃ冬華、俺は少し行って来る。それと―――」

そこで視線だけを北川へ向け――
唇だけを動かし、祐一は“何か”を伝えると、そのまま外へと出て行った

「?、最後、聞き取れませんでした…」
「大丈夫、あいつが云った事は分かったから」
「え?今のが聞き取れたんですか?」
「まぁ、ね…」

そこで酷く祐一が偶に浮かべる様な、皮肉気な笑みを浮かべて北川はやれやれと笑って見せた
その笑みに対して冬華は眉を顰める
何故――だろうか。“祐一”という存在の方が薄く感じられてしまったのは
違う、と自分で感じた物を否定し、もう一度北川を見る
大丈夫、先程の様な事は思い浮かばない
冬華は一つ頷くと、ゆっくりと口を開いた

「それで…祐一さんは何て云ってたんですか?」
「あぁ、そうだな…『首を突っ込んだなら最後まで』って云ってた。つまり―――」

そして北川は視線を香里へと向ける

「理由…話してもらって良いか?」

そして北川は安心出来る様な、そんな笑みを浮かべた









街の雑踏を歩みながら、祐一は隣を歩く栞を見ていた

先程言っていた言葉――手術
この魔法という治療手段がある世界で、手術に頼る事態は一つしかない
魔法で治す事の出来ない内的要因――病だ
いや、切断等に関しては頼る事もあるがこの場合は除外する
栞は明らかに、そういった事柄ではなく、内側に何かを抱え込んでいる様に見えるからだ
そういった病は、薬や休養で治癒しない場合は手術となる
最近では冒険者の数が増え、過去栄えた頃の医療データ等が発掘される事が多くなった為に病の治療も比較的楽に行う事が出来るようになった
過去、様々な天災とされ神の怒りだと騒がれた疫病にも、最近では論理的な感染経路や原因を突き止める事が出来るようになった
だが、手術というのは病の中でも、もう一段上だ
体内の内的要因、または遺伝的要因により悪い部分をそれ以上広げない為に切除。または直接的に中で治療を行う事だ
つまり、横を歩く少女はその類であると考えた方がいい
どの部位に関して病を患っているのか知りはしないが

「―――あの」
「うん?」

小さくだが、十分聞き取れる声量でそれは耳に届いた
祐一はそれに応えて栞の方へと再度視線を移す

「あの…今度、明後日になるんですけど…心臓の手術なんです…」
「…心臓?」

純粋に、ただ驚いた
まさか脳外科よりはマシだとは言え、まさか心臓だとは思わなかった
そんな精神内の驚愕を表に表す事無く、祐一は「そうか」と返す
今、少女は話し手であり、青年は聞き手の立場
それを、少女の生涯に関わりそうな事で騒ぎ立てる様な愚かな真似は決してしない
ただ純粋に、祐一は聞き手へと回る

「それで…治療を受ける為にここへ来て…手術を受けるんですけど…結構成功率が低いんです…30%位でしょうか?」
「………」
「それで結構うちのお姉ちゃんってプライド高いんですよ…普段は何でも出来て…だけど、そんなだから私の事で自分が何も出来ないのが情けないって…そう思っちゃったみたいで…」
「………」
「私は気にしてないんですよ? だけど、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんなんです。一昨日位から何か用意をし始めて―――えっと、その、何が言いたいかというとですね」
「あぁ、慌てなくていい…ゆっくりと言いたい事を整理してから云ってみるといい」

そう言葉を投げ掛け、栞が言葉を纏め終わるのを待つ
そして―――

「祐一さん」
「何だ?」
「私には払う代価を持ち合わせてません。けど―――」

それでもいいなら…

「少し、家の危なっかしいお姉ちゃんの事。見ててもらえませんか?」









「さて、折角相沢が話し易い様に場を整えてくれたんだ。話してくれるだろう?」

ギルドの一角
祐一が抜けた場で、北川は香里に理由の説明を求めた
その言葉に一度だけ香里は顔を伏せると、ゆっくりと口を開く

「そう、ね。貴方達は冒険者みたいだから…話して損の有る事は無いわね」

その言葉に北川と冬華は成る程と頷く
つまり話の内容は――依頼だ

「ちょっとね。ある花が欲しいのよ」
「ハナ? あの花屋で売ってる花の事だよな? 何でそんな物を?」
「ギルドに依頼なんかしに来るのよ? 普通に手に入れられる物じゃないに決まってるでしょう?」
「確かに…」
「私が欲しいのは――」

そこで一呼吸を置き、香里はゆっくりと言葉を紡いだ

「不朽の花――アンブローディアよ」











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