白と蒼が支配する世界
登りつめた天の頂にて
生きるか死ぬかの世界が動き出した

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























#4 DEAD or ALIVE - T



































【 霊峰アルスムール 】

医療都市であり国境の街であるウェノに近い、この中央大陸では帝国領の象徴として聳える山が在る
標高約2500メートルの山で、中腹にはある程度の観光設備も存在している
つまりそこから先は生き死にが問われない場所だという事
まして未だ春という季節である現在、いくら晴れていたとしても足元には雪が降り積もっている
まさに登山者にとっては地獄とも言える状況だ

そこを彼ら、美坂香里を筆頭として、相沢祐一、冬華、北川潤、プルートーが登っていた




「流石晴れているとは云え…この寒さは大陸北に匹敵するぞ…ぐぅ…寒ッ、痛ッ!」

ゴーゴーと風が吹き、新雪が巻き上げられ頬に刺さる
見上げれば空は高い、その空は空中都市群で見上げた空よりも蒼く、何処までも澄み渡っていた
綺麗である事は認めよう、確かに美しい
だが、こんな雪風が舞い上がるこんな季節には来たくなかった
後ろを見れば北川は自分と同じ様に進んでいる
しかし、冬華は違う
何時もの軽装具の上に新しく買った防寒具を纏っているが、その顔は明るい
ニコニコしながら歩いている
流石に登山する経緯に至った時は冬華を置いて行こうと思っていたが、これなら心配ないかもしれない

そして祐一は視線を前に戻す
その前を歩くのは美坂香里
冒険慣れしていないだろう彼女だが、その足はしっかりと雪の地面を捉えていた

少女は云った「姉を見ていてくれ」と
その姉は云った「せめて妹の為に何かしたい」と

香里が欲しいとギルドに依頼申請を行ったアンブローディアという花
それは太古の昔から、病を患った者なら瞬時に治療し、健康な者なら不死を与える妙薬として世間に知られていた
しかし、それも一昔前の話
現在では、アンブローディアを持ち帰った冒険者がそれを研究
その薄紅色をした花には、そんな効果は無いという事が分かっていた
しかし、それでも―――
未だアンブローディアという花は“不死”や“不朽”という意味から
その一度花を咲かすと五年は枯れないという特性上、高く取引されたり、帝国のエムブレムに描かれていたりもしている

薬としては役に立たない、だが、未だ信じられる民間伝承では必ず幸せや成功を与える花として、広く世間に浸透していた

香里は、別にソレを信じている訳ではない
ただ、妹が苦しんでいるというのに自分が何もしていないというのが嫌なのだ
だから香里は今、ここで挑戦している
アンブローディアを得るという事が、栞の手術成功に繋がるという事だけを信じて

はっきり云えば、報酬は良いとは言えない
当たり前だ、手術には大金が必要だと言うのに払っている様な金は無い
だからこそギルド内では報酬の他に体を求められ絡まれていたのだが
しかし―――

「っふぅ―――」

吐き出される真っ白い吐息を見ながら思う
自分は随分と御人好しなんだと
依頼内容は『アンブローディア採取に赴く依頼者の護衛』である
任せれば良い物の、それについて行こうとする依頼人
馬鹿げているとは言え、こんな素直に生きている人間を捨ててしまえる程に、祐一も北川も、金で判断する人間ではなかった

どうも、色々と厄介事にだけは好かれるらしい

くっと小さく笑い、祐一は防寒のフードと耳当てを直し、前を直視する
頂上付近に、アンブローディアは咲いているという
そこまで後数時間
栞が手術を始めるまでは後十時間
花を持ち帰るには間に合わないが、それでも―――

(こっちは成功させてやる、だからそっちも負けんなよ…)

そう祈って、先程よりも力強い一歩を祐一は踏み出した









頂上に近付くと同時に、不思議な空間が広がって行った
寒さは減少し、積雪量も甘くなる
違和感を感じる
ここは休火山という訳でもなく、火山噴火の予兆という物を否定さぜるをえない
つまりこれは―――

「結界…」

呟き、祐一は気配を張る
殿に移動していた為に目に映る人間は三人
先頭を冬華、そして少し離れて香里を支える様に北川が歩いていた

―――空間把握を展開

三次元空間を心に投影し、物体情報を引き出す
確かに、何か――魔力の移動を感じる事が出来た

(食虫植物みたいな結界という訳ではないな…ただの風除けとかの空調関係か?)

と、そこまで解った所で、地形に一つの欠陥を感知した

「!?」

意識を引き戻し、視線を冬華が歩く先――――

「ちっ!!」

薄くなった雪を吹き飛ばし、スピードは出せないにしても、それをカバーするだけの気合をだして走り出す
冬華は気付いていない
いや、普通なら気付ける筈は無いのだ
空間を把握出来る特技を持つからこそ、それに気付けたといってもいい
北川と香里を追い越す
そこで何かに気付いたのか、北川は香里の体を固定すると、一速で後ろに跳躍
瞬間―――

「冬華!!」
「えっ―――?」

呆然とした声が耳朶に届いた瞬間
白い世界が音を立てて崩れ去った

「くっ!!」

――かなり薄くなっているとはいえ、気候状から万年雪が存在する事を判断する事は出来た筈だ
崩れる世界で、祐一は冬華を捕まえると共に舌打ちする

クレバスに吸い込まれる祐一達を驚いた表情をして見ている香里
そして、その横に特に何をするでもなく、顔で「死ぬなよ?」と云っている北川を祐一は見た

クレバスはそこまで深い訳でもなく、ただ規模的には広いと感じる物だった
下を見て落下する距離は、約6・7メートルだと祐一は判断
未だ呆けている冬華をしっかりと抱き、口を開く

高速詠唱―――「与えよ! 翼を纏う権利! 身体に纏う風の衣(レビテーション)!!」

幾つかの言語を省き、必要な言語だけを詠唱する

術式展開―――発動

それにより祐一と、抱きかかえられる冬華の落下速度が減速された
冬華の頭部を抱きしめ、自分達が速度を落とした事により、上から襲い来る雪と氷の塊に備える
ゴッ、と背中に異物が当たるが、声すらも出さずに祐一は堪えた
大丈夫、刺さった訳ではない、ダメージもそう大きい訳ではない
そう、自分に言い聞かせて(・・・・・・)、背中を駆け巡る痛みに、祐一は唯耐えた
滴る血液が腰を伝い、黒色のズボンへと染み込んで行くのを感じ、衣服が濡れるという不快感を抱きながらクレバスの底に着地
それと同時に抱えていた冬華を降ろした

「―――っく…」

祐一の口から苦痛を訴える声が漏れる
血の色は漆黒の衣服が隠してくれるが、濡れてしまったままでは凍結しかねない

「あ…祐一さん…」

降ろした冬華が寄って来る
それと同時に今まで冬華の胸元に居たプルートーが降りて駆け寄って来た
冬華が気付いていない様だが、プルートーは鼻をひくつかせると視線を細めて祐一の腰の辺りを睨んだ
プルートーが口を開く、祐一もそれを制止させる為に口を開く
しかし、それよりも速く―――

「ほう、人間か―――」

第三者の声が響いた

「!!」

それと同時に冬華の意識が切り替わる
対魔殲滅時の表情へと変化し、足でブレーキを掛けると同時に回転、相手と祐一を阻む様にその場で腰を落とす
祐一も痛む傷を無視して、腰に差してある魔道銃リベリオンを引き抜いた

「?、そこの猫は我らの同族の様だが―――」

人語を解する事が出来る事で、敵は中級以上だと判断する事が出来る
そして、その魔物の容貌――人間のそれと変わりない顔
明らかに、今現在目の前に存在している者は、上級と呼ばれる魔物だった

「そう、僕は魔物さ。 そうだね、そちらのテリトリーに踏み込んだ事は謝るよ。 出来れば穏便に済ませたいんだけど…」
「ふん、人間と行動を共にする者の戯言を聞くつもりは無い、が…」

くっ、とそこで黒髪に紅眼の魔物は哂い、

「そこの男と女を供物として寄越すなら、貴様だけは見逃してやろう」

ガチンッ―――

スイッチが入る
眼前に存在する者を敵と判断
その言葉に冬華が機工魔剣サクリファイス・ドライヴを引き抜き駆け出した
この言葉にプルートーも止め様とは思わなかったのだろう、何も云わない
しかし、その言葉を聞いて、冬華が走り出した瞬間――祐一は走り出した

空間把握が教えてくれた

敵は上級の魔物なのだ
ただ、何もせずにそこに突っ立っている筈が無いのだ
敵が上級であるなら、必ず注意しなければいけない事柄が存在する
それは――その魔物本来の姿だ
冬華が経験する筈だった、絶対的魔力質量による魔法殲滅には無い戦い方では、その情報が必要となる
その正体によっては、酷く神経を削る戦闘を強いられる事すらあるし、または予想外の攻撃が襲い来る事も在る

そう、例えば――こんな風に

ボコンッ!!

「!?」

突如白い地面が吹き飛び、緑色の触手が噴出した
それは一斉に冬華を突き刺そうと、その肉が一番美味いだろう位置を串刺しにしようと高速で伸び出した
地面からの一撃、踏み出しから二歩目へと移り変わり、そして駆け出した瞬間の宙へと浮いている瞬間
一番最悪な瞬間に、それは訪れた
回避は不能
魔法による防御も間に合わない
防御をしても、身体の違いが人間と魔物では、ガードを貫き身体へとその鋭い触手は到達するだろう

「あ――――」

口から後悔の声が漏れた瞬間
冬華の身体はブレた

ドンッ…

祐一だ
そのコンマ数秒の世界で、祐一は冬華をそこから退ける様に身体を当て、吹き飛ばした
その瞬間に、冬華は祐一の顔を見て、笑っているのを見る

そこに在るのは、諦め?

瞬きをした瞬間、次に眼を開けた時には既に祐一の姿はそこに無く
唯、緑色の触手が伸びるのが見えた

あれ? 何処に行ったんだろう?

そんな単純な思考をして、顔に何かが降りかかったのが理解できた
―――それは、温かかった
何だろう?と、冬華は拭うよりも先に、それが飛んできた方向を確認――

「え?」

自分でも馬鹿だと思える様な、呆気に取られた様な声をだして、ただそれを呆然と見た

祐一が飛んで行く
しかし、ただ宙を舞っている訳ではない
その腹部は破け、真っ赤な、紅い液体を撒き散らしながら飛んでいた

ズチャッ

いやに水っぽい音を立ててクレバスの氷壁に衝突
その音と共に、紅い液体が氷壁にぶちまけられ、まるで花火の様に液体が飛び散ったのが理解出来た

ズシャッ…

そして着地、いや――衝突
空に舞い上げられ、氷壁に衝突した祐一は、再びクレバスの底へと叩きつけられた
それと同時に紅い、紅い、紅い液体が、血が、白い白い雪を侵して行く

「あれ?」

何で自分ではなく、祐一があそこに転がっているのだろうか?
酷く厄介な難問だ
理解出来ない
だけど、それは事実
自分がここで助かっているのが事実
そして、あそこで自分の大切な人が、

死に瀕しているのも

―――事実

「あ―――」

それを理解した瞬間、視界が滲んだ
世界が真っ赤に染まるよりも先に、白へと染まる

「祐一さんっ!!!!」









「ちょっ…! 北川君! 相沢君と冬華さん、落ちちゃったわよ!?」

ただ大きな口を開けたクレバスの前で、何もしない北川に怒声が飛ぶ
しかし、それでも北川は動じる事無く笑ってみせる
流石にそれには香里も眉を顰めるが、再び怒声を飛ばす前に北川が口を開いた

「大丈夫だ。相沢はひょろっとしてるけど、アレで案外しぶとい、死ぬ事はないさ。 それに―――」

がくんっと北川が言葉を言い終わる前に、香里の視界が揺れて全くの違う物となる
北川が香里の腰を抱き寄せて、クレバスから引いた時の様に、もう一度飛んだのだ

「ちょっ…一体な…」

そこまで香里が声を発した所で、それは確認する事が出来た
それは人間だった
いや――人の顔をした別物

「まさか…何でこんな所に上級の魔物が…」

力無く呟くと同時に、北川が香里を背後へと寄せる

「人間、か…随分久し振りに見る」

金髪に紅眼の魔物はそう云って哂った
それに北川は反応する事無く、冷静に状況を把握する
敵は――気配からは多分一人
クレバスの中の事は情報が無い為現在は確認不可能
敵意の確認を取るまでも無く、あの視線には見覚えが在る
あれは、自分の獲物を見つけた時の眼だ

「久し振りの人間、ね…」

思考内の全てで、眼前に佇む男を模した魔物が敵だと判断して、初めて北川は口を開いた
そこに恐怖は無く、むしろ相手を小馬鹿にしている様な口調で話し始める
それに男は、細かった目線をより一層細め、北川に威圧を放つ

「ふん…人間風情が…貴様は臓物を引きずり出し、手厚く料理してやろう。後ろの女もそうだ。精々輪廻した後の楽しみを考えるのだな」

その言葉に香里は表情をより一層青くし、一歩下がる
しかし、それにすら北川は哂ってみせた

「はっ―――」
「人間…余りの恐怖におかしくなったか?」

その言葉に、今度こそ北川は噴出した

「アッハハハハハハハハッ!あ〜…おかし…くくくくく…!!」
「貴様…何が可笑しい…」
「あー…いやすまん。ただちょっとバカだなぁって思ってな」
「なっ―――」
「えっ―――?」

後ろに隠れている香里と、魔物の声が重なった
それはどちらも呆気に取られての事
しかし、その意味合いはどちらも違う
一方は怒りから
もう一方は恐れから
呆然としている香里を尻目に、展開は進む
魔物は北川の表情を見たままギリッと歯軋りを鳴らし、瞳に怒りの炎を灯す

「貴様、人間!」

そして――香里には見えない位置で、北川はその表情を歪めた
その顔は“笑顔”
ただ、それは酷薄では無く、死を感じさせる物ではなかった
そこにあるのは唯――慈愛

「バカだなぁ…死ぬのはお前だけだし――なにより―――」

そう云いながら、北川は大剣を下ろし、腰の刀を抜く

「てめぇはここで喰い殺されるんだ、未来の事なんぞ考えるな」

それが合図だった

ドンッ!!

連続された噴出音が響き渡り、一斉にそこから現れた触手が二人を狙い討つ
だが、北川はそれを避ける事すらせずに、右に際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)を、左に機工魔剣アズラエルを構えた

「死ね!!」
「及第点以下だ!! 還りな!!」

瞬間、アズラエルの刀身にならざる刀身に緑の光が灯り、旧時代の言語を浮かび上がらせる

魔力吸収――事象処理――システム起動――発動

そこからは正に夢幻
アズラエルの周りに、何か視認しにくい金属繊維が暴れ狂い乱れ舞う
振り抜かれるアズラエルは、それだけで迫っていた何本もの触手を細切れにして切り伏せた
しかし、未だ残る数本
今度はそれに対して、ホロコーストの刃が舞う
その黒い刀身が接触した瞬間に触手はバラバラに千切れ飛び、斬れるというよりも粉砕されて吹き飛んだ

「なっ――“遺物”か!?」
「まぁ、な…」

フンッと北川は鼻で哂うと、後ろに居る香里の前にアズラエルを突き刺した
その、自分の武器を捨てる様な行為に文句を述べるよりも速く、北川は告げる

「起動はしてある。危なくなった振り回せばいい。少し重いが“コレ(ホロコースト)”よりは使い易いだろう」

そう断定の言葉を述べて、北川はホロコースト一振りで歩き出した

「貴様、馬鹿か? その武器にどんな魔術効果が敷かれいるかわ解らぬが、“遺物”を明け渡す等―――」
「可笑しいってか? そうかもな、普通ならそうだ。でも、普通じゃ無かったらどうなる?」
「―――何?」

北川は雪を踏みしめながら眼前の敵へと向かって歩く
そして、右手に持っているホロコーストを構えた

「俺がアズラエルを渡した意味は、『そちらの方が生存確率を上げられる』という物じゃない。俺は『コレしか美坂には使えないだろう』という物からアズラエルを渡したんだ。この黒い刃が真っ当な物じゃないというのは、魔物の貴様であればよく視れば解る筈だぞ? 魔術効果ではない、全く別の物をな」

そして北川はホロコーストを突き出す




「―――祭壇に捧げられし供物の宴―――」






「真っ当な物じゃ無いだと? そんな事―――」
「よく視ろよ? 今から、コレが貴様の命を散らすんだ」




「―――魔獣は悦び喰い平らげる―――」






その句を北川が述べた瞬間、世界に罅が走った
それは瘴気
人間には耐えられない程の、濃密な呪いの渦

「バ、馬鹿なっ!! 何だその異常な程の呪いは!? 人間が扱うには常軌を逸している量だぞ!!?」
「ま、そうかもなぁ…最初にこれを持った時はよく発狂しかけたもんだ」
「なっ―――」




「―――そして其れは、眼前の獲物すらも求める―――」






句が、終わった―――

―――第一封印解除(【ファースト】・ロックオープン)―――

カチャリと、何かが繋がる音を心で聴く
そして同時に鍔元にはめ込まれている二つの内の一つの宝珠に火が灯り、まるで生き物の瞳の様に存在している黒い濁点は“瞳孔”を広げた
同時に、今まで句を述べる途中で漏れ出していただけの黒い霧は変質し、透き通った紅い靄へと変わって行く
それはやがて渦を巻き、刀身に纏われる様に、それを中心とした紅い竜巻の剣が完成した

そこには最早先程の、ただ妖艶なだけの刀身は亡く
漆黒から透き通った紅へ変質したとしても、その変化を眼に留める事すらなく濃密な瘴気が放たれ続けている
そこに存在するのは唯の呪いの剣
斬るのではなく、侵し
殺すのでなく、蝕む
他人の生を羨み、嫉妬し、恨み、狂い、奪い、陵辱し、殺し尽くす為の“器”

北川は構える、呪いの器――【 怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ) 】を

一部の者しか持つ事を許されない兵器
それは同時に、一部の者しか持つ事が出来ない兵器でもあるのだ

それを北川は手懐けた
“異常”の、その最先端を手懐けたのだ

「さて、恨むんなら自分の運の無さを恨めよ? じゃあな」

その距離は約十メートル
祐一の様な歩法を持たない北川には一足では埋められない筈の距離
しかし―――

呼詠干渉魔術剣――
魔法と同じ発動原理に則った発動方法
北川は発動の為の言語を叫ぶ

斬喰《裏》月下(ザンクウ・ウラ・ゲッカ)!!」

ごう、と――風が吹いた

「あぁ―――」

その咆哮と同時に振り抜かれた刃からは、紅い乱流が乱れ狂い放たれた
そこに指向性は無く、振り抜かれた方向全てに放たれた
約十メートルの距離、北川の前方約180度に展開された死の壁
それは通る道全てに等しく死を与え、地面に存在する雪を、氷を、完膚無きまでに粉砕し、引き千切り、撒き散らした
そこにはやはり救い等無く――否、死こそが救いの真理ならばそこには救いしかなく、唯ひたすら平等に――死は、分け与えられた

グチャッ…

雪と氷が飛び散り巻き散る中で、そんな音が瞬間、視界に朱色が混じった
地面には無残に転がった紅い物体
そこには、既に原型は無く、唯の肉塊だけが転がり逝く

「はっ…油断大敵ってな。 上級にしては頭悪かったな、脳味噌無かったんじゃねぇ?」

再びホロコーストに封印処理を施すと、北川は未だ引き抜かれていないアズラエルを背負い歩き出した
その際に未だ呆けた香里にチョップを入れて、良いのを頬に叩き込まれながら

「何すんのっ!!」
「おぶしっ!?」











to next…

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