蒼白する世界
物語には記されなかった戦闘記録
天使は、今、究極の一を発動する

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























#5 DEAD or ALIVE - U



































ただ祐一は、走り出した冬華を止めるだけに駆け出していた――

咄嗟の空間把握で、地中に存在する違和感を捉えられたのは運が良かったとしか言いようが無い
そこからの予測で、冬華が違和感の上に到達した瞬間、何故だか――死ぬと直感した
その瞬間には、祐一は既に走り始めていた

【 瞬歩 】と呼ばれる超高速移動歩法を駆使し、冬華が“ソコ”に到達した瞬間に弾き飛ばす
それ以上の事は何も考えてい無かった

だからだろうか?

相沢祐一という存在は、その瞬間、生きる権利を放棄し――ただ、冬華に微笑んだ

次の瞬間は宙を舞った
視界に蒼が混じった時点で、遅れる様に激痛が駆け抜け、意識が飛ぶ
夢幻で感じた物よりも数倍リアルな死の実感が駆け抜け、背中を極度の寒気が襲った
腹部は貫かれると言うよりも斬られ
内臓も幾つか駄目にした
自分が浮遊している感覚を霞む頭で理解しながら、蒼に混じる自分から噴出した真紅に見とれていた

漠然と感じる深淵に片足を突っ込んだ実感
蒼を見て、次の瞬間には地面に叩き付けられるという筈なのに、そこからはやけにスローだった

頭の何処かで苦笑した――何だ、これが走馬灯なのか、と

存外につまらない物だと、そんな的外れな事を感じながら走馬灯の中の自分の少年期が終わった
次に流れるのは少年だった頃の思い出

師匠と呼んだ、自分に生きる術を教えてくれた人との出逢い
五年間、死に物狂いで耐えた修行
そして、参加する初の実戦
幾つかの功績を称えられ、受け渡される呪いの器
長い付き合いになる北川という少年との会話
戦場に立つ毎に深まる殺す事の意味
それと比例して深まる生きる事への不信
そして始まった崩壊
剣を捨てた理由
国を追われた罪無き罪人
そして始まる青年としての冒険家業
色々な人に出逢った
色々な事に巻き込まれた
そして―――君に出逢った

―――冬、華

白昼夢が混じっていた世界が一気に醒めた
食堂を駆け上る血と共に、声にならない声を出す
「冬華」と、そう、声を出したかったんだと思う
それはごぽっ、と云う、口から溢れる血液に邪魔されて喋る事すら出来なかった

やがて、長い空中での停滞時間が終わり、スロー再生から通常の再生へと移り変わる
瞬間、肩口から氷壁にぶつかり、体が回転して全身が打ち付けられる

ズチャッという生々しい音と共に、生存活動に必要な筈の赤い液体が無駄に青白いキャンパスに塗りたくられた

ああ、勿体無い…

不思議と痛いだとかは感じる事すらなく、ただ壁に打ち付けられた際にぶちまけられた、紅いペンキにもにた自分の血液を傍観し、そうつまらない事を考えた
次にはやけに勢いが良かったのだと思う様に壁で跳ね、一メートルの所に転がった
と、そこになって、靄がかかっていたが眠気すらおきなかった意識に罅が入る
急速に眠くなる思考の中、最後に祐一は、自分に駆け寄ってくる少女の幻を見て――

―――眠りについた









冬華は後ろに敵が居る事にも関わらず、祐一が倒れた方向へと駆け出した
あぁ、何て愚か―――
ただ、突き進むだけの自分のミスに対して、支払われる筈だった罰を自分ではなく、彼が肩代わりしたのだ
祐一が、未だその体をそこに投げ出しているのに、世界は一気に色を亡くし、モノクロとセピアだけの色で埋め尽くされる様に儚い
自分は、そんなにも弱く、愚かで、馬鹿だった
投げ出される肢体が、自分に最悪な結末だけを想像させる

彼は、死んだ

そう、この極寒は、このモノクロの世界は、自分にそうなんだと、終わったんだと、楽しかった夢は終わりを告げたんだと、そう責め立てる様に、ただそれだけの為だけに存在しているのだと錯覚する

だが、それも事実―――

冬華という存在は、相沢祐一という人物が居て、初めて生まれた存在だ
そのファクターが欠けてしまったのなら、自分に残されている選択肢は“死”しか無い
それが直接的な意味合いにしろ、間接的な意味だとしても関係無い
相沢祐一を失った瞬間に、“冬華”という存在はその生涯を終え、再び兵器へと帰るか、それこそ魂を還すしかない

「う、あ―――」

滲んだ視界、その先に赤い絨緞を広げる祐一を見る
眼を離せない、離してはいけない
それこそ眼を離した瞬間に、消え去ってしまうほど彼に残っている魔力――命の灯火は儚かった

次の瞬間、それを邪魔する様に殺気が近付く
邪魔を、すると、云うのか?

「――――」

詠唱も何も無い、全ての段階を踏み倒し、体内に存在する爆発的な魔力だけを手の平から放出
後ろを見る事も無く、ただ掛けられた手を振り払う様に邪魔な物体を吹き飛ばした

―――爆裂、轟音、崩壊

後ろで何かあったが関係無い
今は些細な事だ
そして全ての情報を無視して、冬華は倒れた祐一の横に座り込む

「祐一さん、祐一さん、祐一さん、祐一さん、祐一さん…」

彼は答えない、応えない
彼は喋らない
話す事が出来ない

仰向けに転がる彼の腹部が眼に映る

「―――――」

それはバッサリというよりもゴッソリ
漆黒すらも染める程に真紅
何か大切な物が大量に流れ落ちていた

それでも、彼は確かに生きていた

哀れなほどに儚くだが、それでも弱々しく胸は上下を繰り返す
だから彼女は戸惑う事も無く、まず――自分の手を焼いた

「ぐっ――――!!」

くぐもった悲鳴が、少女の喉から漏れる
そして、その焼けた手を、戸惑う事も無く彼の腹部に突き刺した

「が、あっ…」

彼が苦痛を訴える悲鳴を上げる
だが、本来絶叫になる筈のその咆哮は余りにも弱々しく、少女に恐怖を抱かせる

「やだやだやだやだっ…」

苦しむはずの人間の代わりに、少女が苦痛の悲鳴を上げる
その唇は噛み締められ、その綺麗な口の端からは鮮血が流れ落ちて行く

少女は涙に滲む視界の中で、崩れた内腑に触れた

―――ズタズタだった
―――ごめんなさいと、ただ謝りたかった

冬華はより一層唇をきつく噛み締めると、その手に魔力を収束させた
そして全ての工程を吹き飛ばし、超短縮で魔法の発動の為の言語を述べる

外的修復(リペア)

それは本来有り得ない筈の回復
相手に任せるしかない自己治癒を全てこちらで肩代わりし、こちら側から干渉する事により修復するのだ
癒し――等という生易しい物ではない
それは文字通り、修復
それは復元に近い

差し込んでいた手を抜き、そして裂かれた腹部へと手を当てる
そしてそこも修復
正に天使の名を冠した者に相応しい業だった

しかし、関係ない

彼が助からないのであれば、それは関係無い
意味すらも無い
こんな力は要らなかった
だけど、救えるというならば、それを使うまで
天使に与えられた禁術――それに今は唯、感謝する

修復が終わり、祐一の腹部には傷跡すら無かった
が、―――――

「拙い…血が足りない…」

決定的に血が抜け落ちている
彼の身体には動かすための燃料が抜け落ちているのだ
このまま輸血をしなければ、生きていようと関係ない
相沢祐一は、死ぬ―――

「させない…」

小さく呟き、冬華はその唇を祐一の顔へ寄せ、触れる
噛み切った唇からは血が流れ、祐一の口へと流れ落ちて行く
何の色香すらない口付けを終え、血で染まった紅色の唇を冬華は拭う

「これで少しは延命出来る筈…」

そう云って立ち上がると、冬華は後ろを振り返った

「―――何か?」
「貴様…人間の分際で…っ!」

先程の魔物
それが半原型の姿で立っていた
その姿は言い表すならば植物
右腕は緑に変色し、その顔も既に人の原型を留めていない
冬華はその光景を見ると、鬱陶しそうに溜息を吐き出した

「プル君、祐一さんの所に」
「え? あ、うん」

今までの冬華が行った処置を呆けっと見ていたプルートーは返事を詰まらすが、反論するでもなく、祐一の横に控えた
それと同時に、冬華は祐一とプルートーを見るでもなく手を向け、小さく呟く

魔術的遮断領域(ミスティック・フィールド)

全ての工程を飛ばして、またもや魔法を展開させる冬華
その言語が呟かれると同時に祐一とプルートーを護るかの様に半透明の結界が敷かれた
本来、どんな高速詠唱でも幾つかは必要な言語が出て来る
それを告げる事こそが魔法発動の為の鍵なのだが、冬華はそれすらも省いているのだ
その光景には魔法生物であるプルートーと植物の魔物が眼を見開くしかない
それでもプルートーは冬華本来の正体をしっているので、そこまで驚く事は無いが

「貴様―――――」
「一分…」
「何?」

魔物が疑問の声を上げるが、それは冬華の声に遮られる
聞こえなかったのか、と冬華はもう一度口を開く

「一分で貴様を殺すと云ったのだ。貴様と遊んでいる暇は無いからな」

冬華の、何時もと違う口調の言葉
その言葉に敵が逆上する前に、既に冬華は動いていた

機工魔剣サクリファイス・ドライヴを構え、しかし発動させずに横へ飛ぶ

ドゴンッ!!

幾つ物触手が、冬華がどいた瞬間に襲い狂い大地を抉り尽くす




「十のセフィラーを描き、二十二のパスを通す―――」






魔法の発動言語、その初句を述べて冬華のその蒼い瞳がより一層輝く
魔物はその光景を見ながら、伸ばしきった腕を横へとそのままフルスイング
轟、と凶悪な暴風となって冬華へと襲い来るが、それをサクリファイス・ドライヴで捌き切ると、常に発動状態である魔剣を振り雷を飛ばす




「それは一の意にタウミエル、神の分身」――王冠(ケテル)・展開待機






振るわれた魔剣から雷が飛び、眼前に迫っていた触手を焼き尽くす
冬華はそれを見届ける事無く、氷壁へと飛びとっかかりへと足を伸ばし二段ジャンプ
雷と触手の衝突によって生じた煙、その奥から飛び出てきた触手は冬華を捉えきれずに空振りする
冬華はそれを空中で見届け、魔剣を薙ぐ様に振るった




「二の意にガイギディエル、邪魔をする者を超え」――智恵(コクマー)・展開待機
「三の意にサタリアル、神の隠匿を導き」――理解(ビナー)・展開待機
「四の意にガムキコット、疑惑を育み」――慈悲(ケセド)・展開待機
「五の意にゴラブ、業火を宿す」――神の力(ゲブラー)・展開待機






その直後に変化は現れた
空中を舞う冬華の背に光り輝く翼が展開され、本来放物線を描く筈だった落下予想は屈折する
その光景に魔物は目を見開くが、それはあくまで一刹那
次の瞬間にはそれを射殺さんと、その魔手を空を舞う鳥へと伸ばす

しかし――遅い

それは掠る事すらなく冬華の移動した後、残像のみを打ち抜いて行く




「六の意にトリガニ、口を携え」――(ティフェレト)・展開待機
「七の意にハラブ・セラップ、剥奪を終え」――勝利(ネツァク)・展開待機
「八の意にサマエル、厄災に騒ぎ」――栄光(ホド)・展開待機
「九の意にガマリエル、純然たる欲動を感じる」――基盤(イエソド)・展開待機






敵の魔弾が打ち止めになった処で、冬華は大上段に魔剣を構え振り下ろす
それは天雷を誘い、五つの雷が連続して大地を穿ち殺す
爆裂する蒼銀は、されど敵を射抜く事だけは無く
そこら中に蔓延っていた触手だけを侵し、破壊し、消して行った
その煙と熱量による蒸気、そして触手の焦げる煙の向こうに、鉄壁を失った敵の姿が現れた




「そして十の意にナヘモト、不浄へと至る」――王国(マクルト)・展開待機






終焉―――…

十番目を意味する句を詠み終わった処で、それは発動した
一から十までの意味を表す魔法陣が、動けない敵を取り囲み、それに危機を感じて魔物が脱出するよりも速く拘束する
三次元展開された魔法陣は空中で停滞し、その中心に魔物を据えた

そして、冬華はソレに向かって右手を翳す




「ここに神秘―――裏・知識(ダート)への門は開いた」






「なっ!?」

プルートーの声か、それとも魔物の声だったか
その悲鳴にも似た声が響くと同時に、最後の魔法陣が展開され、魔物の身体に吸い込まれていった
それを確認すると、冬華は酷薄は笑みを浮かべて、クスリと魔物に向かって哂って見せる
その表情は正に死を連想させるに十分な物
魔物は表情が本来浮かぶだろう場所を歪め、ただその光景を絶望して見上げた

宙に浮く、彼の人は天使
魔の王を滅し、死を振りまいた堕天
其れは平和を与え
其れは栄光を与え
其れは――死を与えた

魔物の脳裏に浮かぶ、古い詩
それが、その象徴が、今こうしてここに存在しているのだ

「これが、使われる事の無かった筈の死の極致。貴様程度には過ぎた代物だが―――」



















「 ――――死して誇るがいい」


そして天使は、翳していた手を握った





















全十一意一斉展開・多重層連鎖術式発動

葬意・三次元魔術展開次元隔離牢(プリズナースペース)消滅へ至る原初の一滴(ネーム・カオス)





















まず最初に音が死んだ

それに続く様にして、光子が取り込まれ世界が昼から夜へと移り変わる
時間にして僅か数秒だっただろう、しかしその瞬間、世界に一瞬の闇の帳が下ろされた
それは例えるなら真空、生物が居ない事を前提とした死界
故に、その場に存在しているだけで生物は死に至る

「―――――――――――――」

悲鳴、絶叫、怨嗟

魔物の口から漏れた声は、それすらも三次元立体魔方陣の中に吸い込まれ、出る事は無く
一切の音を吸い込み、一切の光を吸収し、一切の希望を取り込み、一切の生物に必要な元素を呼び込み、一切の世界に蔓延る闇と言う名の死を纏い、一切の空間干渉を遮断して――――




弾けた




音は亡い
立体型魔方陣の中で、光にもならない光が炸裂
本来なら超新星爆発を思い起こさせる程の光が漏れる筈のそれは、やはりほぼ全ての光を遮断し崩壊現象を起こした
五行全ての要素を取り込み、陰と陽の要素すらも取り込んだ爆裂は、全てが還る場所――原初にして混沌(カオス)へと門を開く
つまり、物質であるならば死ぬという事
そこに門が開くと同時に、物質はその存在を否定され、噛み砕かれ、この宇宙を成す最初の構成物質まで崩壊させられる
それは終わりにして始まり
完全なる意味の崩壊
絶対死だけが舞い降りる

そして魔方陣は収束し、徐々に規模を抑え―――消滅

世界に静寂という名の音が戻り
未だ昼の世界を照らす、陽光が舞い戻った

既にそこには生物の痕跡は亡く、焼けた跡も灰も全てが残っていなかった
ただ静けさだけが残り、消滅の余韻だけが吹き抜けて行く

「―――、っふぅ…」

冬華はそれを見届けると、上げていた右手を下げ、その眼を瞑る
そして次の瞬間には瞳に宿っていた蒼き光は収まり、元の蒼いだけの瞳へと戻っていた
最後にもう一度だけ深呼吸すると、その背中の羽で羽ばたき、祐一の傍へと舞い降りる
そこまでの時間は丁度一分
予告通りの終焉を迎える
冬華は結界を解除し、プルートーを抱き寄せコートの中へ入れ
祐一を抱き上げると、そのまま空へと飛び上がった

「全力で飛びます。プル君、祐一さん、少し苦しいかもしれませんが我慢してくださいね?」

そう云って冬華は微笑むと、蒼き空を目指してクレバスから飛び出した
そこには先程見せた残酷な表情は欠片すら無く、ただ仲間に向ける慈愛だけが存在していた











to next…

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