――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-4 A miracle is offered you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――





























epilogue- そこには奇跡の花束



































腹部に、慣れ親しんだ重みを感じて起床――
いや、帰還した

「……ここは…」

目を開ければ真っ白な天井、横を向けば真っ白な壁
何処を見ても白しかない、清潔感溢れる部屋
そこが病室だと、祐一は気付いた

醒め切らない頭で、一つの音を祐一は感知した
すぅー…すぅー…と、規則正しい寝息
ここ数ヶ月で、すっかり馴染み深いものとなったこの重み
目を向けなくても、腹部に乗る重みは何なのかを祐一は知っていた

だが、それでも…
今だけは、それを見ていたかった

祐一は上半身を少し傾け、そこに在る者を確認する。それは――

「あぁ…」

窓から入る明かりに反射して、美しく輝く白銀の髪
その白銀の髪の隙間から見える、美しい、自分が求めていた存在

すっ…と掛けられたシーツから手を出して、祐一は白銀の少女の髪を梳く
優しく愛おしく
その行為に、少女――冬華は気持ち良さそうに顔を綻ばせる
それを見て、ああ帰って来たんだな、と実感する

「………」

所々に穴が見られるが、それでも記憶には懐かしい人の顔
何を話したのか、何を語られたのかなんて正直良く覚えてなんかいない

―――それでも―――

それでも、伝えたかった事は伝えられたし、欲しい言葉は受け取ったと…
そう思う事が出来る

「う、ん…」

そこまで思いを馳せていた時に、手に伝わる振動
どうやら冬華が目覚める様だ

「はは…」

その仕草を見て、祐一は微笑む
今が何日か、何時かなんて分からない
数時間かもしれないし、もしかしたら数日経っているのかもしれない
それでも変わらない事が一つ
冬華を心配させてしまっただろうという事

「そうだな…最初に何て云えばいいかな…」

自分は謝ればいいだろうか?
多分謝る彼女に、気にしなくていいと云えばいいのか?

「う、ん、あれ…?」

少女がもたれていた身体を起こし、祐一に視線を合わせる
その瞳は、未だ眠いのかとろんとしている

そうだな…悩む必要なんてない
云う事は一つだけ

だから、祐一は優しい笑顔で冬華に告げた

「おはよう、冬華。それと…ただいま…」



















目を開ければ、一番最初に違和感
今まで胸に抱えていた物が、取り祓われた感触
確かに感じる事が出来るのは、強く脈打つ確かな心臓の鼓動だ

「………」

身体に異常は感じられない
何せ今まで抱えていた爆弾が今は無いのだ、そんな物は感じる筈が無い
しかしそれでも、非常に身体がだるく動かし辛い
確かに心臓を手術する為に開けられた傷は、魔法によって治療されている
しかしそれでも、治療には十時間に及ぶ程の手術時間が掛かっている筈だなのだ
それなら、この身体に感じるだるさは、その術後の疲労によるものか

そこまで栞が自分の身体に対して思考した時、ノックの音が響いた
それに対して、栞はベッドから声を出そうとするが、未だ覚めやらない思考は声を出す事を拒否した
そんな事をしている内に、ノックをした人物は扉を開けて入って来た

そこに立つのは此岸に立つ自分の理想―――

「お、ねえ…ちゃん…」

栞の弱々しい呟き
しかし、それでも…
例え病院に喧騒が溢れていようとも
それは姉の耳に届く

「し、おり?」

香里が抱えていた薄紅色の花の束を落とす
その動作と同時に、香里は栞のベッドへと駆け寄った

「栞!大丈夫なの栞!?」
「お姉ちゃん…痛い、よ…」

弱々しく痛みを訴える栞
それに慌てて掴んでいた手を放す香里、だが二人ともその顔には笑顔があった

「ごめんなさい、栞」
「うん、大丈夫だから…」
「ばか…大丈夫だなんて云わなくていいのよ…」

その言葉―――
大丈夫なんて云わなくていいという言葉
それに、自然と栞の目から涙が流れた

『泣くんなら、家族の胸で泣きなさい、栞』

フラッシュバックする狭間の記憶
それを思い出すと同時に、栞の目からは涙が流れていたのだ
その光景にうろたえる事無く、香里は栞の頭を抱き締めていた

「あった、かい、よう…」

感じる暖かな鼓動
姉の胸から伝わる確かな心臓の音
それが、現世に未だ生きているのだと、自分に再認識させてくれる

「怖かった…本当に怖かった」
「うん…」
「もう会えないんじゃないかと思うと、本当に怖かった…」
「うんっ…」
「お姉ちゃん…」
「…なあに? 栞…」

「おはよう」









笑顔でおはようと述べる、青年と少女
二人は似ているようで似ていない
しかし、確かに似ている箇所は存在した

それは大切な誰かか傍に居た事
それと―――




その病室には薄紅色の花―――アンブローディアが存在していた事

























「―――と、そんな処ね…」

そろそろ十二時に迫った処で、女性―――美坂香里の昔語りは終わった
それでも、未だ二人の人物は現れない

「そんな事があったんですか…」

ただ純粋に感動している隣の人物を見ながら、香里は過去に区別をつけて現実を見た

「十一時五十分…後十分しか無いわね…」

微笑を浮かべていた口元を引き締め、香里は懐中時計に目をやると溜息を吐き出した
中では香里の夫となった人物が宴会部長として場を盛り上げている事だろう。彼はそういう人物だ
しかしそれも後十分
それで栞の見せ場―― 一番の見所が始まってしまうのだ
もう、時間が無い

そんな時―――

「ん?…あれは…」
「どうしたの?」
「いえ…こちらに向かってくる様な方が向こうに…」

自分の部下に教えられ、視線をその方向へと向ける
ここは大通りの突き当たりに在る式場だから、自然と前方だけに向けた視線は遠い物を見る様な目つきとなる
その視線の先―――と言っても、米粒程度の大きさしか見えない人影が見えた

「…やっと来た…」

偶に前を横切る人影があったとしても、それに流れる事無く突き進んでくる人影
片方は黒尽くめに黒髪の青年
片方は白銀の髪にスカイブルーの瞳の女性

そこで気付く
黒尽くめが持っている物を

見間違える筈が無い
それは妹との再会をくれた花
薄紅色の希望

口元に自然と笑みが浮かぶ

やってくれるわ…あの二人…

盛大に笑い出したい気分を抑え、香里は二人に向かって手を振った
それは力強く、嬉しさを届ける様に

「こらー!! のんびり歩いてるんじゃない!! 遅れるでしょうがーー!!」












――― Stage-4 A miracle is offered to you−奇跡の花束を君に捧ぐ ―――

―END―













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