多量の出血による入院
祐一は病院の不味い飯を食べながらため息を吐いた
「…暇だ…」

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























#1 華麗なる入院生活



































「………」

相沢祐一は現在入院生活を送っている
不朽の花・アンブローディアを採取する際に、派手に負傷した為だ
と言っても、傷自体は冬華の魔法により完全治癒している
入院しているのは、あくまで検査の為と、失血に対する後処理の為なのだった
しかし、宛がわれた部屋のとある一角―――祐一のベッドだけは、現在異様な雰囲気が取り巻いている

「相沢…」
「いいんだな北川…死ぬのは貴様になるぞ…?」
「ふん…吠えてろ。 逆に引導を渡してやる…!!」

六人部屋に響き渡る物騒な声
しかし、止める者は存在しない
何故ならここには祐一と北川の二人のみしか存在しないからだ
この部屋の入院患者は祐一唯一人だけ
だから―――この二人を止める者は存在しない!!

「死ね! 北川!!」
「お前が死ね!!」

そして出される必殺
その手は!

「ストレートフラッシュ!!」
「フルハウ…ぐああああああああああっ!?」

ポーカーの手札は祐一がストレートフラッシュ、北川がフルハウス
その結末に、北川の絶叫が祐一が使用している東棟―305号室に響き渡った









「かーっ…これで負け越しか…。くっそ、最後のフルハウスはキタと思ったんだけどなぁ」
「ふん、甘いんだよ。俺のカード運(今日の)は貴様の存在の軽く上を行く」

ベッドに転がりながら呟く祐一に、北川は盛大に天を仰いでみせた
少々の過剰演出を行うのは、最早この二人にとっては当たり前の事でしかない

「さてさて、今日も暇つぶしの協力ご苦労様。そろそろお前の方は時間だろ、北川」
「うん? あぁ、もう三時か。そろそろバイトの時間だな」

そう云いながら備え付けの椅子から立ち上がる北川
現在北川は、美坂家の厚意により居候生活を送っている
しかし、日々の衣食住を全て任せっきりにしている訳ではないのだ
今日も今日とて、アルバイトに精を出す好青年、もとい紳士なのだった

「んで、今日のバイトは?」
「えーと…最初はウェノ医療学術院の学長が飼っている犬探し――8万WM、次が医療機関アスナの学長さんとこのガキに一般戦闘学の教授二時間――3万WM、だな」
「ふーん、今日はまともだな北川」
「何時もまともだっ」

そんな事を云いながら、数日前に犯罪グループ壊滅なんかを請け負って来た北川
その際には美坂一家に危険が及ばない様に、顔に覆面を被って戦った一級品のバカだ
追記するなら、後日の新聞に載った記事には『謎の覆面戦士、問題を解決!?』等とバカらしくでかく紙面を飾っていた
何故かそれは美坂家の夫人・美坂葉澄に気に入られ、ノートにスクラップされている

「さて、俺はもう行くが。 傷が開く様な真似はするなよ?」
「しないっての」

その祐一の言葉に北川は笑ってみせると、「じゃあな」と一言告げ、病室を後にした
パタンとしまる扉を見届け、完全に個室へと変わる病室
耳を澄ませば、未だ病院内の喧騒が聞こえて来る

「むぅ…暇ー、暇ー…」

怪しげな手つきで病室の扉に念を送る祐一
しかし、そんな物を行った処で、殆ど健康体で入院している祐一の所には医者の類は訪れない。来るのは朝と夜の検温の時や、食事時だけだ
見舞いで来るのは香里と北川、そして冬華にプルートーのみ
冬華は現在、祐一が退院するまでの間は北川と同じく美坂家で居候生活を送っている
悪夢の方は、何とかプルートーとリリスが操作し、抑える事に成功しているのだ
流石に患者でもない冬華が、祐一の部屋で、しかもベッド内で夜を過ごすのは拙いのだ。特に他の患者とかの精神に

「ちっ暇だ…仕方ない、朝にも見舞いに行ったが栞の所で暇を潰そう」

ポーカーをする為にベッドの上で胡坐をかいて座っていた祐一は、膝元に掛かっていた毛布を退けるとベッドから降りた
着ているのは病院側で支給されるパジャマだ。旅生活で寝間着等持ち合わせてない祐一は、味気ない簡素(白っぽい)なパジャマを着ている

「行って来ます」

一言呟き、祐一は自分の病室の扉を開けた









一歩出れば、そこは静かだった病室内とは違う
廊下内では流石に患者が入院する病棟だけあって混雑している訳ではないが、それでも誰かしらが廊下に存在している
それは看護士だったり、車椅子に乗ったお爺さんだったり、同じ様に暇な入院中の少年だったり
様々な人物達が横を前を後ろを通り過ぎて行く

「相沢さん」
「ん?」

ボケーっと歩いてた祐一に、突然声が掛かった
その方向に振り返れば、初老の男性がカーディガンを羽織って立っている

「ありゃ、ヨキさん。こんにちは」

ペコリと礼儀良く頭を下げる
それにヨキと呼ばれた老人は、祐一の肩をポンと叩くと、力強い意思が宿った瞳を向けて来た

「いやー相沢さん、この間はありがとうございました」
「いえ、それほどの事は…」
「見事でしたよ。最終コーナーでの車椅子方輪走行、あれが無ければ負けてました」

いったい何をしているのだ貴様は、と突っ込みたくなる事を平然と言ってのける老人
それに対して祐一も「そんな事ないっすよー」と笑っている
最後にヨキ老人は、入院中次回があったら期待してますよ、と機嫌よく手を振りながら歩いて行った
それを見送って再び歩き出す祐一
しかし、数歩歩いた所で声が掛かった

「祐兄ちゃん!」

元気そうな子供の声
それに振り向き、後ろを確認する
そこには母親に連れられた、未だ幼い少年が居た

「よう、少年。元気か?」
「うん、元気ー!」

軽く手を上げて、少年に笑顔を向ける

「すみません相沢さん。何時もこの子が…」
「いやいや、こちらも暇ですからね。一向に構いませんよ」

くくっ、と小さく笑う祐一
その光景を幼い少年は見上げる様に見ている

「ねぇねぇ、祐兄ちゃん!」
「うん?何だ?」
「今度また冒険のお話してっ!」
「いいぞ。つーか、そんなに気に入ったのか?」
「うん。僕も冒険者を目指すんだ!」

屈託無く笑う少年の笑顔に、祐一は眩しい物を見る様な目つきで見た
しかしそこに嫌悪は無く、唯見守るだけの温かさが存在している

「むー…それなら俺から云う事は唯一つだ」
「えっ?何々?」
「助ける強さを身に着けろ。倒す力じゃない強さをな」

その言葉に少年は首を傾げた
無理も無い、こんな小さな少年が理解出来るか様な話ではないのだ
それは現状の世界を見た経験としての言葉
その意味を理解するのは、少年にとっては未だ霞んで見えない先に存在している場所での事だろう

「うーん…よく解んない…」
「はっはっは、大いに悩め。そうすりゃマシな冒険者になれるだろう」

その言葉に少年はもう一度首を傾げるが、一度強く頷くと「頑張るよ」と小さく笑った
そのまま頭を下げる母親と少年を見送ると、再び祐一は歩き出した

何だかんだで祐一の知名度は高い
銀髪の美人に運ばれてきた血塗れの黒尽くめ
入院二日目にして、院内車椅子レースの覇者(非公式)
中庭で黒猫と話す異常者
各地を旅した子供に人気の冒険者
お爺さん方と遊びで賭けを行う阿呆
何故か美人がよくお見舞いに訪れる男
等など、様々な理由で祐一の名は知れ渡っていた

何だかんだで五日目の入院日
その日、祐一は一つの存在に出逢った

「ふーん、ふーん、ふー…ん?」

眼を向ければそこに一人…
その少女は、中庭で―――唯蒼空を見上げていた











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