白い蒼、黒い蒼
そこに在るのは昼夜の空に広がる蒼空と夜空
世界には、未だ変わらず空が存在している

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























#2 儚き少女の入院生活



































ただ何となく、空を見上げていた
太陽は未だ、病院という建築物に囲われた中庭にも顔を覗かせている
そんな世界に、年のころ十二・三歳程の少女は佇んでいた
その少女が見上げるのは空
別に、そこに何が有るという訳でも無い
魔物が飛んでいる訳でも無いし、ましてや人が飛んでいる訳でも無い
ただあるとするならば空
真っ青な空がそこにあり、それをただ眺めていた
雲が流れるのを見ていた
太陽が傾くのを眺めていた
小鳥が植えられた木々の中から囀るのを聞きながら、ただ空を眺めていた

例えるならばそれは完成された一つの絵画

儚げな月の光を纏っている訳でもないのに――
――太陽の光を浴びながらも、その少女は何処か儚げだった

少女の顔のつくりは幼いながらも美しく、将来は視線を集める様な人間になるだろう
しかし、“絵画”たらしめているのはそれだけじゃない
院内の子供は、大体それなりのグループを組んでいるというのに、少女の世界はそれを否定するかのように独り
孤独を是とする世界
だからそこには一切邪魔な物が存在しないし、存在する物は全てが少女の存在を確立していた
見る者が居るならば、その者の視線は釘付けとなるだろう
しかし、余りにも静かに、ただ“在る”少女の姿は誰の眼にも映っては居なかった

そう、一人を除いて

「今日の空は綺麗か?」









見かけたのは偶然
その少女は中庭に居た

別段それがどうしたという感じではあるが、その時は無視出来る物でもなかった
祐一の目を引いたのはその儚さ
今にも消えてしまいそうな、少女が纏っている空気
それを感じ取ると、祐一は頭を掻き、一つ溜息を吐き出した

あー…何だか最近は子供に囲まれてるからか…

そんな理由を思い浮かべて、祐一は病院の二階窓から中庭へと飛び降りた
スタンという軽快な音を立てて着地する祐一
誰にも見られず、特に看護士の皆様に見られなかったのは運が良かった
日頃の自分の行いに感謝、と心の中で祈り、祐一はその少女が佇む場所へ歩き出した

少女は何をするでもなく、ただ空を見上げているらしかった
その意味は知る事は出来ないが、理解は出来た
多分少女は、本当に空をみているだけなのだろう
そんな時が、偶にだが自分にも存在しているので祐一には理解出来た
孤独と出遭った時、どうしようもない事態が訪れた時、又は何か大切なモノに出逢えた時、嬉しかった時
何かに出会った時、人は空を見上げるのだ
蒼き空に思いを馳せるのだ
この空気の質を読み取るのならば、悲しい事に出遭ってしまった時だろうか?
深読みは出来ないが、ある程度の予想をつけて祐一は少女の横に近付いた
そして―――

「今日の空は綺麗か?」

と、軽く声を掛けた









「え?」
「ほれ、空は綺麗か?」
「え、えっと、…はい」

祐一の突然掛けた言葉に、少女は状況も解らないままに返事を返した
その顔には、知らない男に声を掛けられた戸惑いが浮かんでいた

「何だ? 俺は少女誘拐犯にでも見えるか?」
「いえ…」
「そうか、なら小さい少女を愛する特殊な人か?」
「え?えっと…」
「む? 解った。通りすがりの殺人鬼だ!」
「え、え、え???」

祐一の言葉に、更に戸惑う少女
その戸惑い方に、遂に祐一は笑い出した

「あっはっはっはっは! いやいやすまんな、不景気な顔してるんでついついからかいたくなってしまった」

くくっと意地の悪い笑みを浮かべて、祐一は少女を見やった
それに少女は怒るでもなく、背の高い祐一を見上げている

「えっと、それで貴方は…」
「俺か?俺は通りすがりの紳士――いや、紳士は北川の持ちネタか…そうだな、この場はお兄さんとでも呼んでくれ」
「は、はぁ…」

呆れているのか、それとも状況についていけないだけか…多分両方だろう
そんな感じの表情を浮かべて、少女は頷いてみせた

「名前は訊かん。だから気兼ねなく俺に悩みを話してみなさい」
「悩み…」
「知っているだれかより、知らない人間に話す事が出来る時だってあるさ。それに…空を見上げている時の表情、あれは何か悲しい事があった時のもんだからな」

穏やかな笑顔を向けながら話す祐一に、少女ははっとなって、その見開かれた視線を向けた
祐一はそれに一瞬だけ視線を交えると、未だ蒼いそらを見上げた

「空はな、どんなに高い所へ登っても、絶対に届かないんだ。塔に登ろうが山に登ろうが、絶対に届かないんだ。俺の連れが言ってた事だけどな、空ってのは絶対に届かない物らしい。登って登って、空に近付いて、そしたら人は気付かない内に空を追い越してしまうらしい。空は絶対に届かないんだ。人では触れる事が出来ないんだ。だから人は空を見上げ、そこに夢を馳せるし絶望を投げ掛ける…」

静かに眼を瞑り、時折流れる風に身を任せる

風が、心地いい

少し傾きだした太陽に、ある程度意識を保たせてくれる冷たさを持った風
決して非情ではない温かさが、そこには含まれている
瞳を開けて、再び少女を見た

「まぁ、出来の悪い相談役ではあるが、な」

ニっと無邪気そうな笑みを浮かべて笑う祐一
それに安心したのか、少女は表情を綻ばせた
太陽に映える、緋色の髪が風に乗って揺れる
その笑顔だけは、決して少女が出す事が出来ない美しさを含んでいた

「うん、いい顔だ」

その表情に安心したのは祐一も同じだった
この少女から滲み出ていた儚さが、今の笑顔で少しでも減らせる事が出来たのなら本来の目的を遂げられたと言える
祐一は安堵の溜息を心の中でだけ吐き出すと、少女の緋色の髪をそっと撫でた

「…………」

多少驚いた様だが、少女はそのままされるがままにしている、と
その頬を涙が伝った

「っと、すまん…泣くほど嫌だったか?」
「違うんです…お兄さんの手が温かかったから―――」

少女は、撫でていた祐一の手を掴むと、その小さな手で精一杯に掴んだ
だが、その精一杯のなんと弱々しい事か
その仕草と比例するように、少女の顔は今までで一番悲痛な顔をしていた

「聞いてくれますか…私の話…」

少女の小さな、囁く様な声に祐一は「うん」と頷くと、もう一方の手で少女の頭を撫で続けた

「先日の事でした…」









「お父さんとお母さんが殺されたのは…」









少女は語りだした、悲劇を











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