「この色は美しくない…」

黒装束の男が呟くと同時に、何かがゴトリと床に堕ちた
それはサッカーボール程の大きさ
落下した所に、何か黒い液体が流れ出して行く

「あぁ、もっと―――もっともっともっともっともっと…」

虚空を見上げる男の瞳は狂気
同じ言葉を、まるで壊れたかのように連呼している

「見たい観たい診たいな、綺麗な色を…闇が塗り替えられる程の、美しい、可憐な―――」

男が歩き出した
その際に、床に転がったソレを蹴り飛ばす
ゴロンと転がって虚空を見上げるソレ
生気の無い、もう死んだ、人だった物の首は虚空に向かって告げる
『何で』、と
『死にたく無い』、と
しかし、再び蹴り飛ばされ、ソレは部屋の隅まで転がっていった

「見たい、観たいな…綺麗な、可憐な―――」

その時、男が首から下げている物が光った
光った物は、まるで月の様に蒼く、夜の闇の様に悲しげ…

「美しい、魂の色が…」

その時、男の狂気の瞳に、一枚の写真が眼に映った

そこに映るのは、たった今惨殺した夫妻と――――




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























#3 何か不穏な入院生活



































「おはー相沢青少年! 今日もしけた顔してっかー」

ドパンと盛大な音がして開かれる病室の扉
ここは東棟305号室、相沢祐一が現在入院している部屋なのだ
祐一が盛大に音を立てて入って来た友人――北川潤に、ほんと、マジで鬱陶しそうな顔を向けた

「おはよう北川、今日も無駄にご機嫌麗しそうで良かったなコラ、静かに入って来いヴォケが」

売り言葉に買い言葉
祐一と北川の間で、何時もの無駄な会話が成立する
それを何時もの儀礼として通過すると手持ちの荷物を棚に置き、北川は祐一のベッド横に在るパイプイスに腰掛けた

「ふむ、今日は一段と不景気な面してるな。まるで一時期のお前の顔を見てる様な気分だ」
「一時期?」
「お前が能面みたいに表情が貧相だった頃のだよ」
「…そうか、それ位今の俺は不景気な面してたか」
「…その言い方だと、相当に嫌な事があったと見るが?」

北川の言葉に、祐一がフンと鼻を鳴らした
その表情は、如何にも嫌な事がありましたと物語っている

「お前は昔っから表情が少ないくせに読みやすいな。かなり真面目な部類での嫌な事だろ?」
「当たり、だ。昨日お前が帰った後に女の子から相談を受けてちょっとな…」









『両親が…殺された?』
『はい、そうです…』

緋色の髪の少女は少し俯き加減で話し出した
祐一も撫でる手は止めずに少女の話を聞いている

『私、少し身体弱くて…それで少しの間ですけど入院してるんです…』
『………』
『それで、ここで入院している時に…』
『両親が…』
『…はい』

それは突然だった
朝起きて、今日も母親がお見舞いに来て、色々な話を聞くんだと疑いなくベッドで横になっていた時だった
コンコンとノックの音
ああ、お母さんが来てくれたんだと思って返事をする
しかし入ってきたのは母親ではなく、ここウェノに存在する自警団の人間だった
回りくどく出来るだけ優しく言葉を選んで伝えられた言葉は、そんな気配りを全て無視する威力を含んでいた

『ご両親が、亡くなったんだ』

それだけなら、もう少し頭の回転も追いついただろう、しかし不幸は時間差をつけて襲い掛かった

『殺されていたんだ』

何を云ってるの?
あの、優しい両親が殺される?
そんな馬鹿な話は無い
人が善い母に、お人好しな父親
他人から恨みという物を買い難いあの二人が、殺された?
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な――――――――っ…

身体を支えてもらって、数日振りに見る我が家に帰った
扉は鍵の部分だけが綺麗に斬られ、その意味を無くしていた
どうやら剣系統の汎用儀礼祝器(ケイテシィ)――『斬り刻むジャック(マッドスライサー)』で斬ったらしい
その跡は、余りにも綺麗過ぎて一瞬だけ我を失った
汎用のケイテシィは、ギルド会員にしか販売されない高威力の殺害兵装だ
それがこんな一軒家の鍵に使用され、そして――

中に通されれば、そこは―――紅かった
紅くて紅くて、天井に眼を逸らしても紅くて、横を向いても紅かった
もっと奥に通されて、そこで両親と対面した――首の所に、斬られた痕が存在する両親と
生憎と父親の方は殆ど見せてもらえなかった
余りにも見るに耐えない状態で、簡単に言えば四肢を解体され、身体は“開かれて”いたらしい
その母親の方は、綺麗には綺麗だったが――腹部は滅多刺しにされていたようだった

何処までも熱く加熱する思考と、何処までも冷えていく思考が存在して、その温度差が相殺し合う毎に混乱が増していった
この狂気の沙汰は一体何なのか、それも考えられず
両親が死んでいるのに、泣く事も出来なかった
ただ、現実を直視している筈なのに性質の悪い夢を見せられている様な錯覚
意識が朦朧としながら、気付いたら病院のベッドの上で眠っていた

一瞬間だけ、夢だったのか、と安堵する自分
しかし、手に握っている物がソレを否定させた
それは、血がこびり付いた――家族写真が入った写真立てだった

そこで初めて泣いた
声を殺して、シーツを頭まで被って、枕に顔を押し付けて、泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて―――

次の日の朝が来るまで泣き続けた




少女は、全てを失った









「後は、孤児院に入れられるだとかいう胸糞悪い話だ」
「成る程な…」

この話に、北川は神妙な顔をして頷いた
それと同時に北川は、棚に投げていた新聞を手に取る

「関係あるかは所詮憶測でしかないけど、ここ数日で何件か同じ様な事件が起こってるみたいだな」

その言葉と同時に、北川が開いた新聞の一ページに眼を走らせた
そこには、

「『猟奇連続殺人5件目、自警団は遂にギルドへと依頼』…か」

そこには連続殺人事件を告げる見出しの文章が記されていた
内容の中には、少女の話の中であった汎用のケイテシィ使用から、街に滞在中のギルドメンバーの中に犯人が居るのではないかという文章も見る事が出来る。他には如何にもな目撃情報に、チグハグな被害者を無理矢理関連付けた様な推測の記事だ

「戦場から追放された殺人狂(ブラッドジャンキー)か、単なる異常者(ロウ・ブレイカー)か…」
「どちらにしても面白くない事だけどな」

ハッと自嘲気味に哂って祐一は新聞を棚へと投げた
それは今一歩及ばず、棚の角に当たるとそのまま落下して、常駐させてあるゴミ箱へとホールインワンを果たす

「んで? 相沢は結局この話に首を突っ込むのか?」
「多分、ていうか既に突っ込んでる」
「はぁ? 何やったんだお前」
「ああ…黒猫…プルートーを置いてきた」
「お前、病院は一般的に動物の持ち込みは禁止されているんですが?」
「大丈夫。ばれない様に俺の不思議パワーが発揮されたし、個室だから簡単にばれる様な事は無い」

祐一が胸を張ってそう言う
北川はヤレヤレと溜息を吐き出した
実際のところプルートーが魔物だと北川には知られていない
ただえらく賢い猫だという風に認識されている

「それなら冬華さんはどうしたんだ? どうせ配置してるんだろ?」
「ああ、冬華にはギルドに情報を聞き出しに行ってもらってる」

冬華の役割は現在情報収集だ
プルートーが離れている今、夜間は夢の事で心許無い物があるが、その時はリリスが召喚されて安眠を得る事になっている

「成る程ね。つまり俺は出遅れた訳か」
「そう云う事になるな」
「んじゃ、俺も一枚噛ませて貰おうかな、その話」
「……良いのか?」

祐一が向ける視線に、北川はヘラヘラ笑いながら頷く
だが、最後にただし、と言って口を開いた

「報酬は均等に分けろよ。勿論“俺とお前ら一組”で二等分だからな」

そう祐一に云うと、北川は病室を出て行った
これから冬華に遅れながらも情報の収集に乗り出すのだろう
祐一は一先ず溜息を吐き出すと、天井を見上げた

「さてと、それじゃ俺は俺でやらせてもらおうかね…なぁ殺人鬼さん」

くっと哂ったその顔は余りにも皮肉
そこには自嘲的な笑みも混じっていた











to next…











おまけ

「私の病室って個室だけど…いいのかな…」
「にゃーにゃーにゃにゃ、なー」(心配しなくてもオールオッケイ!僕が見つかる筈ないさ!)
「ねぇプルートー。お兄さんはどうするんだろうね?」
「にゃーにゃあ? なー…」(祐一? あれの考えてる事なんて簡単には解らないよ、考えるだけ無駄無駄)









「へっきし! 何だろうな、この理不尽な怒りは…突然プルートーが殴りたくなってきた…」

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