夜が静まる頃
世界に断絶が出来た

それは、ある病室での物語り




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























#4 百鬼夜行な入院生活



































シャリ、という音を立てて――いや、殆ど音を立てずにそれは切断された
ソレは鍵、だ
斬壊された鍵はその意味を無くし、ただ侵入者の来訪を許す

「ここか…今度こそ、間違いない…」

鍵を破壊した黒装束の男が呟く
男は、鍵を斬り壊した剣を持つ手とは逆の手で、そっと静かに扉を押した

キィッ―――

極僅かな、ガラスが擦れる様な音を立てて扉は開いた
それを確認すると男は口元に薄い笑みを浮かべ、身体を“至高”が待つ“体内”へと滑り込ませた

彼の存在は殺人鬼
殺しはあくまで【過程】であり、【目的】は他に持つ存在だった









少女――『 篠宮 雫 』は空を眺めていた
病室のカーテンを開け、そこから空を眺めていた
見えるのは夜の闇に染まった黒い空
そして星々に囲まれた―――唯一個の蒼き月

あの空に浮かぶ月はあんなにも綺麗なのに、生物の存在を許さない星らしい

発見された遺産からの情報で知りえた事だ
最初は本当なんだろうか、と疑った
本当は嘘で、あの月には私達と同じ様に何か――誰かが住んでいるんじゃないか、と

しかし、ふと気付いた

それなら、何であんなに青白く月は輝いているんだろうか?、と
地表はこんなにも緑や青や人の色に染まっているというのに、何で空に浮かぶ月は―――あんなに青白いのか、と
それはきっと何も無いから
あそこは無色だから
生物という色が無いからこそ、あそこはあんなにも白いのだ
だからきっとあそここそが天国という世界
生物の存在を許さない、命を失った者達が辿り着くその最果て―――

「私も、月に逝けるのかな…」

そっと、シーツの上に居座っているプルートーを撫でながら雫は呟いた
それにプルートーは身じろぎすると、耳をピクピクと動かした
気持ち良くて目を細めているのだろう、しかし―――それにも関わらず、プルートーは目を見開いた

「?、どうしたの? プルートー」

プルートーを撫でていた雫の手が止まる
それまでされるがままにしていたプルートーは四肢を立ち上げると、ベッドから降り立ち扉を睨み付けた

「ほんとにどうしたのプルートー…」

心配そうに雫が問う、と
その時に一つの音が聞こえた

カツン、

本当に小さな物音
普段であれば、気にも留めない様な――気温による建物の軋みの音だとでも思っただろう
しかし、この時だけは、酷く心を怯えさせた

「―――――」

それで息を殺す
怖い物が出現する前の心境みたいに、ただ息を潜めて静観するしか出来ない
ドクン、ドクンと、波打つ鼓動がやけに大きく聞こえる中
雫は、今は聞こえなくなった、硬質な物が同じく硬質な物に当たる様な音を聴こうと必死になっていた
見つめるのは、この個室である病室の扉
プルートーと同じ様に、すりガラスの向こうにある世界を注視していた

そして、ゆらり、と―――
ガラスの向こうが黒く染まった

それと同時に部屋の中を異質感が支配する
雫はただ身を震わせるだけだったが、プルートーにはそれが理解出来た
この部屋を襲ったのは結界による世界の隔離化である
効果の解析を行った訳ではないが、状況から推測する事は出来る
使用されたのは無音空間(サイレンス)拒絶世界(ワールドウォール)
どちらも暗殺に好まれる魔法の類だ
つまり、この部屋の中でこれから(・・・・)ある事は―――無い―――事となるのだ

(十中八九、というか十中十の確率で例の殺人鬼が来たな…)

雫の見えない位置でプルートーは毒づいた
リリスは冬華の所に出払っているから、実質上現在殺人鬼から雫を護れるのはプルートーしか居ないのだ
それならば、契約という本質を利用して呼び戻せばいいのだが生憎と結界により絆が断絶してしまっている
この結界の中では、流石に祐一も異常を察知する事は出来ないだろう
それならば、第一に必要なのは戦う事ではなく、護って逃げて部屋の外に出る事だ
そうすれば後は祐一がなんとかしてくれるだろう

そして、幕は上がる

キィッ、と音を鳴らして病室の扉が開いた

「今晩は、雫ちゃん…」

入って来たのは黒装束に身を包んだ中肉中背の男
余りにも普通である体格だが、その瞳は余りにも禍々しかった

「―――ひっ…」

雫から引き攣った様な声が漏れる
当たり前だ、慣れている筈のプルートーでさえ男の昏い瞳に意識を奪われそうになるというのに、普通である筈の雫が耐えられる道理は無い
そこでふと、男の視線が下に向いた

「おや、猫…ですか…いけませんね、病室に動物を連れ込んじゃ」

無造作に、本当になんてことは無いように、男は手に持っていた物でプルートーを薙いだ
それは情報として得ていた汎用の儀礼祝器(ケイテシィ)――『斬り刻むジャック(マッドスライサー)
ヒュっと音を立てて銀閃が流れる
それは刹那
プルートーの身体が真っ二つに―――成らなかった

「なっ―――」

それは男の声だった
プルートーは振るわれた刃を飛び上がり回避すると、それと同時に口を開く

「啼り光る! 燈色の奔流! 視狂の爆裂(アイズ・バースト)!!」

それはまごう事なき人語
そして、本来猫なんかが使える筈の無い魔法という技術
完全に指向性を持った爆裂は油断した男の視覚を侵し、燈色の炎はその身を包んだ

ゴウンッ!!

激しい音を立てたが、結界が敷かれている今はこんな音を立てた所で誰も気付かない
プルートーは着地すると、直ぐに真後ろに控えている筈の雫に振り返る

「雫! 逃げるよっ!!」
「プル――っ!? 後ろ!!」
「っ!?」

ヒュン!、とプルートーが身を屈めると同時にその存在が在った位置を刃が通り過ぎた
刃を振るったのは黒装束の男
魔法の直撃を貰った筈の男は、怯むでもなくその場に立っていた

「くっ…その服、空想防護(カウンターリアル)が掛かってたか!」
「まさか猫がナイトとはね、流石に驚いたよ」

くくっと暗い笑みを浮かべて男はプルートーを見つめる
それはプルートーも獲物として認識した証拠
その狂った眼光は油断無くプルートーの四肢の動きを観察している

「ふむ、魔物だったか。神霊や精霊で無いのは残念だったな」
「何が残念なんだよ…」
「いやいや、私は魔物には興味が薄くてね。神霊や精霊の類であれば―――――」









「―――その体内の“色”に興味を持ったのだがね」









その言葉に、ざわりと危機感ではなく生物が持つ嫌悪感が警鐘を鳴らした
薄く歪められた口元から舌が唇を撫でるのを見届けるのと同時に、再びプルートーは飛び上がった
通り過ぎたのは刃、しかしその線は二本
高速で動いた刃は、一瞬で進退を行ったのだ
刃の襲撃を避けれた事にに安堵を漏らすプルートー
だが、この男が殺人鬼として何故簡単に人を殺せていたのかを考慮していなかった

「―――【 絡みつく空気の蛇(エア・キャプチャー) 】」

男が翳した手から、何か不可視の力が流れた
それは空中に舞ったプルートーの身体に絡みつくと、まるで獲物を絞め殺す蛇の様に纏わり付く

「なっ!?」

空中でプルートーは四肢の自由を奪われ、成す術無くそのまま落下
男が嘲笑う中、どかりと音を立てて不恰好に着地した
痛みに顔を引き攣らせながら、それでもプルートーは唯一動く首を動かし男を仰ぎ見る

「能力、だって?」
「その通りだ猫君。私の【 捕縛 】という能力だよ」

再び哂う男を尻目に、プルートーは必死になってその身体を動かす、が

「ああ、無駄だよ猫君。その空気の縄は中型の魔獣まで楽に捕縛する力を持っている。君が人語を解する中級の魔物であろうと、その身体に詰まっている力は酷く非力だ。君に破る事は不可能だよ」

酷薄な笑みを浮かべる男は手に持つ刃を振り上げた

「さて、さようなら猫君。手厚くその身体を解体してあげられないのは残念だが、私にも趣味という物があってね。君は残念にも私の趣味に合わなかったんだ。是非とも来世では人間に生まれ変わって、私に君の体内と魂の色を晒してくれれば嬉しい」

男の手に力が篭る
振り下ろす前兆だ
それを感覚だけで直感した時、今まで動かなかった気配が動いた

「だ、駄目っ!!」

ベッドの上で動かなかった雫が動く
雫は刃が振り下ろされる前にプルートーに覆いかぶさると、眼を瞑りながら動けないプルートーを抱きしめた
その行動に振り下ろそうとしていた手をピタリと止め、男は息を吐き出す

「やれやれ。雫ちゃん、出来れば猫君を放して欲しいのだけど?」

本当に困った様に男は云う
それに雫は首を横に振って応える
その反応に男は溜息を吐き出すと、目を細めた

「仕方が無い。雫ちゃんの血に猫君の血が混ざってしまうが…体内の造形と魂の色で我慢しよう。まぁ、それでも十分に私を愉しませてくれるほどに君の<胎/体>内は美しいのだろうけどね」

それは侵すという、冒すという、犯すという告知
しかし、その行動の前には死という壁が立ちはだかっている
男はこれからこの病室で行われる凄惨な幻想を夢想し、再び刃を持つ手に力を込めた
しかし、それは抱きしめられた黒猫によって壊された

「雫、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」
「えっ?」

そして刃が動――――――

「―――集まれ、空間の血肉、【 そして弾けろ 】、【崩壊する】空気の血塊(エア・【ブレイク】)

ドンッ!!

音がしてプルートーを抱えていた雫の身体がぶれた
それと同時に振り下ろされた刃が床へと突き刺さる
男が何故だ、という視線を横に巡らせた時、雫とプルートーの身体は病室の窓を突き破った

ガシャンと派手な音を立てて宙に舞う一人と一匹
その身体は再びプルートーが魔法を発動させたのか、ゆっくりと地面に降り立ってゆく
それを雫の病室から確認する男は一つ舌打ちすると、今度は中庭へと世界を隔離する結界を敷いた

余りにも迅い結界の処置だ。相当の者でなければ今ので気付く人間は居ないだろう
男は再び顔に笑みを浮かべると、その破壊された窓枠から中庭へと降り立つ
ストンと軽快な音を立てて着地
視線は脱出する時に背を窓に打った反動か咳き込む雫と、抱き締められたプルートーへと向けられる

「悪あがきもここまでくればいっそ清々しいよ」
「悪あがき、ね」
「結界の外に出た判断は素晴らしい。しかし、ここも私が迅速に結界を張った。あの5・6秒の間に気付き、尚且つこの遮られた世界を発見出来る程の実力者がそうそう居る訳じゃない。結局は私の勝ちだよ、猫君」

くっと男の顔に笑みが浮かぶ
しかし、それにプルートーは絶望するでもなく笑みで返した









「――――へぇ。なら、その実力者が居たらどうする? 偏愛主義者」









その声は―――何処から聞こえたのか
その声に男は視線を闇の中に向け
雫は瞑っていた瞳を開け驚き
プルートーはより一層笑みを深めた

「これはこれは。何だか大変な事になってる? プルートー」
「遅いんだよ。こんな危険人物が病院に入り込んだ時点で気づけ馬鹿祐一」

病院から配給されている寝間着に身を包んで現れた人
それは中庭に存在する闇から滲み出る様に現れた
相沢祐一は、何時も通りの皮肉気な笑みを浮かべて姿を現した

「さて、変態さん。俺が相手になろう」











to next…

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