人殺者と殺人鬼
蒼い月が空より地を照らす中
終わりの工程を終えた者達が解放される

それは、虚しき邂逅




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























#5 幕が下りる入院生活



































隔絶された世界に、三人と一匹が存在していた

「手持ちは無し。無手、か…」

その状態に自分自身を哂うのは相沢祐一
しかし、決して不利という状況を嘆いて哂ってしまった訳ではない
窓ガラスが割れる音に気付き、普段は直ぐ近くに置いてある筈の魔道銃リベリオンを引っ掴もうとして掴めなかったのだ
現在は美坂家に居候中の冬華に渡してあり、銃も剣も、ナイフでさえも院内には置いてなかった
せめて果物ナイフでも持ってくれば良かったのだが、相手が幾ら汎用のケイテシィとはいえ、殺害兵装を持っているのに果物ナイフではそれごとぶった斬って下さいと言っている様な物だ
詰まるところ、祐一は自分の準備の悪さを哂っていたのだ

「さて、俺はこれから無手で頑張る訳だが―――」
「何だね?」

笑うジェスチャーを取っていた祐一は、言葉を途中で切ると男を見た
それに男は目を細めると、不快そうに祐一へと視線を合わす

「結局の処、何で一々病院にまで侵入してこの少女を狙う? 他にも獲物は居るだろう」

祐一の言う事は尤もだ
この殺人事件に被害者の共通点は皆無
男は特に相手を絞らず、その場その場で結界を張り、通りすがりを殺し、家屋に押し入り殺していたに過ぎない筈だったのだ
しかし、少女――雫だけは違う
男は目標を定め、直接病院に侵入してまで雫を殺そうとしたのだ

「ふむ、その事か。何、唯単に彼女の家で父親と母親らしき人の“色”を見た時に、母親が意識を失うまで『雫、雫』と連呼していたのでね。それと置いてあった写真から、外見が美しい事、未だ幼く穢れという物を知らないだろう躯の中は――さぞ美しいだろう…と私は予想したのだよ」

その言葉に――雫は口を押さえて何かを耐えるように男を見た
この光景に、殺意が、殺意だけが募る

その――吐き気を催す様な話を喋る男の、何と嬉しそうな事か
うっとりとした表情は幻想の中で雫の体内を開き、一人恍惚としてる場面でも視ているのだろう
しかし、次の瞬間にはその顔が引き締まる
いや、むしろ憎悪していると言ったほうが好いのかもしれない
その視線の先には祐一、そしてプルートー
邪魔に入った人物を睨みつけている

「それに、私は芸術家でね…至高の色を探しているのだよ…」

男はケイテシィを握る手に力を込める

「へぇ、芸術家の変態趣味か。そこまで行くとどうしようもないな」
「私も君も本質は同じだろう? 君からは人殺しの色が滲み出ている」

その言葉に驚いたのは祐一ではなく雫
どうして――という表情で祐一の背を眺め見ている
その視線に気付きながらも、祐一は何でもない様に哂って見せる

「違うな。俺とお前では決定的に違う。俺は戦場で人を殺し回った、お前は街中で“色”とやらを見る為に殺し回った。俺は殺すのが【目的】だが、お前は違う。お前は―――殺すのはあくまで【過程】であり、【目的】は他に存在している。つまり俺の本質は人殺しであり、貴様の本質は殺人鬼さ。世間に言わせれば大して差なんか無いんだろうが…」

「貴様と同じ部類に俺を当て嵌めるな。反吐が出る」

祐一が怒りを眼に灯して男を睨む
祐一が行う殺しという物は、常に“生きる為”という名目が付いて回っている
それに対して、男が行っている殺しは己の欲を満たしている行為でしかない
相手の存在を、生を冒涜しているという意味合いでは、明らかに意味が違っているのだ

「私達は根本的に相容れない存在らしい」
「はっ…趣味に共感は出来ねぇしな。あの世か牢獄でお見合いし直せよ?」

くっ、と口の端を歪めて祐一は邪悪に哂う

「だが、まぁ…俺には正直お前を殺すだけの理由が無い」
「何を今更言っている。今まさに殺し合いを始めようとしているのに」
「ああ、だから俺はお前と戦う理由を作る。殺すかひっ捕まえるかはその時さ。それで―――雫」

振り返りもせずに、祐一は背後に居る少女へ問いかけた
そこに含まれるのはこの場限りの命令権
戦うか逃げるか、殺すか捕まえるか
生憎と殺されるという選択肢は存在していないが…彼は少女に問いかけた

「どうする? 決定権はこの場で唯一被害者であるお前に存在している」
「わ、私は…」
「敵を獲るか、それとも捕まえて―――公の場でこいつに“終わり”を与えるか。決定権はお前に有る」

振り返りもせず、祐一は現実だけを告げる
決めるのは雫だ
祐一はそれを代行するだけ
人の命を――相手は悪人、狂人とはいえ――天秤に掛けているのだ
少女の年では、いや、普通に生きてきた人間には酷く残酷で難しい

「わ、私、は…」
「あぁ…」

雫が弱く呟く
それに祐一は身体を半身に構え、少し腰を落とした

「私は、その人を許せません…だけど―――」

祐一が笑う
プルートーも笑う

「死んだのは私の両親だけじゃない。だから―――」









「捕まえて、皆に謝って欲しい」









「よく言った」

その言葉に、祐一は手をダラリと下げて走り出した

「お姫様の命令だ! 次に起きるのは牢獄の中だぜ? 感謝しろよ!!」
「私に手加減して勝てると? 笑わせるな!!」

走り込んで来た祐一に銀閃が走る
高速で放たれる汎用のケイテシィは、それだけで異常な破壊を生み出す兵器となるだろう
だが、放たれた刃が高速なら、祐一の動きは神速

「なっ!?」

ヒュッと音を立てて刃が空を虚しく過ぎて行く
そこに一瞬前まで居た筈の祐一の姿は無い
驚愕に顔を歪める男は、その瞬間に直感だけで身を前に投げ出した

ビッ―――!!

本来首があった場所を空を切る音だけが聞こえた
身を投げ出した男の真後ろに存在していたのは祐一
その姿は手刀を振り切った型で止まっていた

「何時の間に!?」
「貴様が剣を振った間にさ」

ニヤリと口元を歪めると、祐一は呟く

「《詠唱短縮》、嘆き苦しみ、乱立を命ずる、戦場に咲く氷精刀(アイシクル・ウォー・エッジ)

ガキン、と瞬間的に事象構築が行われ、青白き氷柱が敵を貫き囲まんと乱立する
だが、

「ちっ!空想防護(カウンターリアル)か!!」

舌打ちをする祐一の瞳に映るのは、自分に中る氷柱だけを無効化した男の姿
それに忌々しく思いながら祐一は目線を細めた

「随分良い物着てるな…空想防護術式結界を編み込んだ衣服か。高かったんじゃないか?」
「何、芸術には出費が必然だ。それよりも私は君の特異性にこそ畏怖を感じるがね」

会話は数秒
次の瞬間、会話が終了したと同時に祐一が横に飛んだ
その行動と同時に祐一が存在した位置の空間が微かに歪む

「くっ…【捕縛】まで避けるか…つくづく嫌になる!!」

数秒間の会話で意識を逸らし、その間に能力で相手を動けなくするという男の行動
作戦的には成功だったが、祐一という空間の中に存在する異常を常に読み取っている者には都合が悪かった
能力という物は、『 魔法から発生した二次的能力(アドヴァンス・スキル) 』だ
幾ら特殊的な物とは言え、その根本に魔力を使うという基盤が存在している限り、空間に魔力放射を行う事に変わりは無い
それならば、空間把握という三次元空間に存在する位置情報、空間情報、歪曲状態を感知する事が可能な祐一にはさして問題なくコレを回避する事が出来るのだ

「能力…成る程な。それで被害者を動けなくして切り刻んだ訳か…」

下らない、と祐一は男に向けて吐き捨てるように告げた

「何が下らない。動けない絶望を抱えた中、その表情はまさに宝と位置付けるに相応しい。その際に滲む色、そして吹き上げる鮮血の真紅、そして“宝玉”による魂の判別と捕獲は――何よりの芸術だ!!」
「?、宝玉?」

その祐一の疑問の声に男は答えない
これで話は終わりらしい

「答えない、か。それならお前が気絶した後に調べさせてもらうとしよう」
「私を―――ナメルナ!!」

男が咆哮し、氷柱に囲まれながらも事象を編む為の言葉発する
だが、祐一は慌てない
何故なら―――男は忘れている

―――今、誰が作った、現存している、事象の檻の中に座っているのか―――

「《詠唱短縮》、哂え!獄夜の黒焔!地獄に蔓延る断罪(ヘル・ファイア)!!」
「状況は確認しようぜ? 崩壊せよ我が領域、自己事象崩壊(マイン・フェノメノン・ブレイク)

男が詠唱を終え、それに見合った事象が構築される瞬間―――
氷柱が砕け散り、氷の散弾銃として辺りに飛び散った
祐一が行ったのは、言わば発生した魔法のキャンセルだ
それを行ったが故に祐一の魔力で編まれた事象である氷柱は崩壊し、氷の破片が飛び散ったのだ
しかし、普通であれば男にはカウンターリアルが存在している為に、魔法という事象は異常な程の力が掛かっていない限りはダメージが通らない
それこそ冬華が魔法を発動させれば簡単に貫通するだろう
だが、何も祐一はダメージを狙って事象を爆散させた訳ではなかった

「っ!」

男が反射的に眼を瞑る
人間が行う動作の一つを執ったのだ
慌てて再び眼を開くが既に遅い
祐一は発生した黒い炎を避け―――
その足裏を男の顔面10センチ先に迫らせていたのだから

ゴキンッ!!

祐一特製の黒い軍靴が男の鼻っ柱を蹴り飛ばし――いや、蹴り貫いた
足は鼻骨が砕ける音と共に、更に加速を増して男が吹き飛ぶ前に角度を変更
顔面をそのまま踏みつけ、地面を砕く様に男の頭部を押し付ける

ゴギンッ…

後頭部が中庭の石床に接触
意識が飛んだだけの男は、今度こそ意識を失い沈黙した

「俺にとってお前を殺せないのは少々苦痛だが…ま、俺は良い子の味方なんでね。感謝しろよ?」

靴裏を押し付けながら、祐一はニヤリと笑ってみせた









「お兄さん!!」

横から雫が駆け寄ってくるのを確認して祐一は振り向いた
そこに雫が飛び込み抱きついてくる

「悪いな、怖かったか?」

身長が足りなく、祐一の胸元に丁度納まる形で泣く雫
それを引き離すでもなく、祐一は静かに雫の頭を撫でた

「うーん。これで事件は終わった、という訳だね」
「ま、そういう事だな」

男が掛けていた【 捕縛 】の力が気絶により解除され、プルートーにも自由が戻った
四肢の動きを確認して、プルートーはゆっくりと祐一達に寄って来る

「んじゃプルートー、リリスに北川と冬華を起こして連れてくる様に伝えてくれ」
「まぁ、結界も解除されたから出来るけど、何でさ?」
「ん? 殆ど後処理だよ。入院患者が犯人を捕まえるなんて、ゴシップ好きには堪らないネタだぞ? 俺は勘弁したいんだよ」
「あー…確かにね」

うんうん頷くプルートー
それに雫を撫でながら祐一は苦笑を浮かべた

そしてプルートーは意識を“絆”に乗せると、美坂家に居る筈のリリスへと繋げる

「……どうだ?」
「うん、二人とも直ぐに来れるみたい。後十分以内には到着出来るってさ」
「そうか…」

リリスを始めて見る北川はさぞ驚いただろう事を考え祐一は笑う
というかむしろ、リリスが壁抜けを行って北川に斬り殺されなかった事に安堵する割合の方が高いのだが…

「んっ…」
「っと、悪い。少し力入っちまったか」

そんな事を考えていると胸元から声
雫が漏らした声だ

「大丈夫か?」
「はい、大丈夫…です」

今まで幾ら怖かったとはいえ、抱き付いていた事が恥ずかしいのか雫は顔を俯かせている
それに再び祐一は苦笑すると、雫の頭を撫でてから再び男の方へ振り返った

「さて、と。それじゃ持ち物検査でも始めますかね」

その言葉に、雫はおっかなびっくり
プルートーは嬉々として祐一の後をついて来た
祐一は男が倒れている横に座り込むと、先ず放り出されている剣に眼を向けた

「ま、オーソドックスなケイテシィだな。特に改造された様な魔術的処理も無い」
「オーソドックス…ですか?」
「うん? あぁ、一般に知られてはいないけど軍事関係や冒険者には割と常識でな。このタイプは量産された最下級の物なんだ」

一般的に、儀礼祝器―――ケイテシィは兵士や冒険者が持つ武装である
その為か、一般人にとってケイテシィは幻想期の遺産や旧時代の遺物というイメージで、どれもこれもが高級品だと思っている傾向が高い
この場に存在しているケイテシィ――『斬り刻むジャック(マッドスライサー)』もその一本である
他に割と安く手に入るケイテシィの例を挙げるならば――
接触時に小規模な爆発を引き起こす――『輝慌爆戟剣(デスペラード)
氷を局所的に創作する事が可能な―――『凍て付く表情(モーメント)
電撃を打ち出す事が可能な――――――『閃光の射線(レイ・ストライク)
そして切れ味の向上と、鎌鼬を生む―――『斬り刻むジャック(マッドスライサー)
―――この四本が存在しているのだ

だが、北川が所有している儀礼祝器――怨血呪器・ブラッドケイテシィ『際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)』等は別格である
これこそが一般人がイメージする通りの最高級品だ
その性質は限りなく邪悪であるが…

「ふん、粗方裏で取引されてるケイテシィでも買ったんだろうな…武器を持たない人間にとっちゃ、幾ら最下級とはいえ十分脅威に成り得るし」
「………」

雫のやり切れない様な表情を見て、祐一は溜息を吐き出す
祐一達冒険者に『異常者』が多い様に思われるが、その実、一般人の方が異常者の割合は多い
一度冒険者になってしまえば、力無き物は死ぬか、それとも再び日常に戻り平和が一番という感性を持つに至る
幾ら冒険者の中には世界最強に挑む馬鹿な人間が存在しているとはいえ、そんな存在は本当に一握りだ
それよりも普通に生活をしている人間の方が、異常者は確実に多い
それは非日常という物に酷く憧れるからだ
だれでも一度は強くなりたいと思うし
男なら聖帝都市ツォアルの【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】――獅雅冬慈
女なら必ずと言っていいほどザスコールの戦乙女【 戦場を染めし者(デッド・レッド・ヴァーミリオン) 】――紅葉・エスティードに憧れを抱くのだ
獅雅冬慈はロードの中で最強を冠している存在であり、殆どツォアルの守護神的存在でもある
紅葉・エスティードはその強さもさる事ながら、戦場を切り裂くには相応しく無い程に美人だ
一般人が憧れを持つのは必然と言えるだろう

そこから狂気が始まるのだ

最初の段階で、突発的に力を手に入れてしまった者は、必ず何かで力を試したくなる
一番は魔物と戦うのがいいのだが、街から程近い森の中になんか今の時代魔物は生息すらしていない
それこそ冬華が眠っていた研究施設が在る、森に覆われた大陸・グラストールや、今の今まで人が入って来なかったプルートーとデルタ老が住んでいたミストヴェール大陸、本来人が入らない大森林地帯の奥、霊峰アルスムール等――人が入らない地帯にしか存在していないのだ
そんな近隣の森に存在しているとしたら、よっぽどの下級か、はたまた動物に近い愛くるしい人に危害を加えない魔物、またはよっぽどの強さを持つ最上級の魔物だろう
詰まる処、一般人が力を試せる様な都合の良い獲物なんて近場には存在しないのだ
なら、その突発的に力を手に入れた人間は何で力を試すのか?
それは簡単―――人、だ
人という生物は群れの中で力を誇示し、その頂点たろうとする思考が存在している
それで驕らなければ別にいい
しかし、それで自分は“偉い”等と勘違いすると、後は事有る毎に力を振るって自分が優れている事を示したがるのだ
これは今ここで転がっている殺人鬼には当て嵌まらない事だが、日常に潜む異常者はこうして増えて行く
一般的に殺人鬼というのは、目的が他に存在している
祐一なら人を殺すのは【生き抜く】という目的が有るし
戦場で戦う兵士も似たような目的を所有している
しかし、殺人鬼というのは目的を他に持ち、それの為に行動する者の事を指すのだ
一般的には、人は斬られればどんな反応を見せてくれるか?という物から始まり
死への疑問や死に瀕した際の観察、果ては芸術の為に人を殺す
よくある例は強い者と戦いたい、死の実感を感じる事で自分は生きているのだと証明したいという物もある(折原浩平は戦闘狂の部類に属してはいるが、決して人の命を快楽の為に奪うまでは堕ちていない)
そうなると、最初に挙げた力を誇示したがる者が普通に感じる事が可能になる

確かに冒険者にもそういった輩が存在しているのは確かだ
しかし、冒険者ならそれはそれで判別が付く
それなら、“登録”という物も無く、静かにひっそりと動ける一般人はどうか?
そう考えれば、日常に潜む危険の方が明らかに高い事だろう

お山に登った半端な異常者は、来店した『本当』の異常者に“力”を売ってしまうのだ

祐一はもう一度溜息を吐き出すと、北川にこの街の裏を綺麗に掃除させようと考えて、再び指を動かし始めた

「んで、こいつが言ってた“宝玉”って、の、は、と…これか?」

パパッとポケットやらに手を突っ込んで探っていき、最後に首から下げられている宝珠に気が付いた
それに手を触れ、胸元から引きずり出す

「―――まさか…幻想期の遺産、か?」

その直径三センチ程の蒼い宝珠は、この夜の闇でも輝きを失う事無く輝いている
確かに――これなら目を奪われるのも理解出来る
この輝きの色はそれ自体が芸術だ
蒼く輝くこの色は、表す事すら不可能な空の色
そして輝き自体は空に浮かぶあの―――月の色だ

「これが…これの為にお父さんとお母さんは…っ」
「………」

雫の声に、祐一は本来の目的を思い出した
少し、意識を奪われていた事に罪悪感を抱く
やはり自分の根底には冒険者が根付いてしまっているらしい
どうしても不思議に出逢ってしまうと思考してしまう癖が付いてしまっている
祐一自身にしか聞こえない程度に小さく毒づくと、祐一はその宝珠の実質的な検分に入る

「特に外面には刻まれた紋章も無い…という事は起動等は全てオート展開で動くのか? そもそも、これって止まってるのか動いてるのか…」

やはり吐かせてから眠らせるべきだったか、と思いながら、祐一はプルートーに目配せを行う
それに気付いたのか、プルートーは一つ頷くと祐一から距離を取った

「雫もプルートーみたく離れてろ。ちょっとばかし、この宝珠に魔力を流し込んでみるから」
「だ、大丈夫なんですか? そんな事して…」
「んー…まぁ…この男が普通に持ってた事から考えると大丈夫だと…思う」

もしかしたら持ち主を選ぶタイプで、起動と同時に何かしらのセキュリティが働くかもしれないし、もしかしたら爆発して祐一が吹っ飛ぶかもしれない
だが、そんな事を正直に喋る筈も無く、祐一は簡潔に、やや戸惑った物の頷いてみせる
それに雫は眉を多少顰めたものの、一つ頷くとプルートーが居る位置にまで下がって行った

「さて、蛇が出るか…はたまた――――」

宝珠を持つ手に意識を集中させる
身体に巡る魔力を手の平に集中して、それと宝珠が同化する様なイメージを作成
簡単な、魔法を覚える者ならば誰もが出来る工程を踏まえて、その蒼き宝珠に魔力を流し込んだ、瞬間―――

「くっ―――――――!?」

閃光が祐一の目を直撃
余りの眩しさに、祐一は使っていた腕を目元に持って行き、何とかそれを見ようと努力する
漏れる光は極光
オーロラの様に変色し、眩いばかりにその光を発している
夜の闇を消し飛ばす程の光に、所々病院内から人の顔が見え隠れし始めた

誰かが叫んでいる―――それは怒り

誰かが泣いている―――それは悲しみ

誰かが哂っている―――それは壊れた嘲笑

誰かが、誰かが、誰かが、誰かが―――――――

聞こえるのは魂の叫び
身体という枠から外れた、剥き出しの精神――その叫び声
それを真正面から受けながらも、それでも祐一はただ耳を澄ませていた

―――大丈夫、コレ位の怨嗟なんて、呪いを受け取った時に比べれば涼しい物だ

その考えに至ると、祐一は宝珠の状態を安定させる為に魔力の調節を行う
それと共に溢れ出ていた極光は収まり、蛍を思い浮かばせる光がそこらに舞い上がった
優しい――光だ

「………」

光の粒子は纏まり、人型を取り始める
誰かの息を飲む音が聞こえた気がする、しかし、そこに恐怖は無い
祐一は立ち上がると、何人もの本来は“不可視”達に眼を向けた
形作る人型は、皆笑顔だった、安堵だった、安息だった

「そう、か…」

これは囚われていた魂達だ
つまり本物の霊魂という存在
召される前の、魔に憑かれる前の純粋な魂
解放された魂達は祐一に一礼すると、弱い球状の光達と共に月が輝く空へと登って行く

「お父さん!お母さん!」

雫が叫ぶ
その別れを確かな物とする光景を見ながら、祐一は舞い上がってゆく魂達を仰ぎ見た

「――――」
「大丈夫、大丈夫だからっ…私、頑張るから。だから……」

魂達が作る列の一番後続、そこに存在している魂が何かを話す
祐一には届かない、しかし雫にだけは届く声で話しかける
あの人達が雫の両親…
その光景を見ながら、ただ祐一は立っていた

「ねぇ、祐一」
「何だ…?」
「魂有る存在は…皆昇って逝けるのかな?」

肩に登ったプルートーが問いかける
それに祐一は曖昧に笑うと、静かに呟いた

「さぁな…だけど、俺が逝けるのは天国じゃ無く、地獄だろうな…それか―――――」

舞い上がる蛍達を見上げながら、夢は終わりを告げる
祐一は流れて来る風を感じながら、そっと眼を閉じた











to next…

inserted by FC2 system