――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――





























epilogue- また何時か、逢おう



































「それじゃあ、お世話になりました」

祐一は病院玄関に佇む主治医に言葉を告げた

「ああ、出来れば二度とお世話にならんようにしなさい」
「解ってますよ」

初老の医師が云う言葉に、祐一は笑顔で返す

「さて、行くか、冬華」
「あれ? 北川さん達に会わなくていいんですか?」

振り返った先に居る冬華
歩き出そうとした所で、冬華は疑問を述べた
あー北川か…

「あいつ昨日に『退院祝いだ』とか言って、病室内で一人で盛り上がってたからな、十分に別れは言ったさ」
「そうなんですか?」
「あぁ。それに香里と栞にはさっき病室に行って来た時に言っただろ?」

祐一の言葉に、「あ、そうでしたね」と冬華は笑う
それに微笑むと、少しだけ病院を振り返った
ほんの一週間だが、この場所で色んな事があった
最後はグランドフィナーレを飾るかのごとく医師の方々に説教を受けたのだが…
まぁ、殺人鬼が院内に侵入していたんだから一応は無罪放免だ

「お兄さん!」
「っと、ん?」

少し飛んでいた思考に、まだ幼い声が届いた
それにより意識が現実へと舞い戻る
走り寄って来るのは、この病院内で知り合った少女――雫だ

「よ、雫」
「こんにちは、雫さん」
「にゃっ」

それぞれが雫へと挨拶をする
プルートーは既に一目がつく場所に来ているので猫語だ

「はぁ、はぁ、はぁ…」

急いでやってきたのか、雫は息を切らせている
随分急いで来たんだな、と祐一は微笑みながら息が整うのを待った
しかし、祐一の微笑みが次の瞬間吹っ飛んだ

「お兄さん!!」

がばっと飛びついてくる雫に、祐一は驚きそのまま地面へと倒れこんだ
祐一は一旦雫を離そうとするが、その場で手が止まる

「――――――」

雫は泣いていた
当たり前だろう、雫には未だ別れを告げていなかった
忘れていた、という訳ではない
ただ、少女に目の前で別れを告げるのが憚れただけだ
しかし、その判断に今は後悔している
こんなに悲しまれるのなら、もっと早くに、ちゃんとした形で別れを告げるべきだったのだ

「悪い、雫。ちゃんとさよなら云えなくて」

尻餅をついた状態で、抱きつく雫の頭を祐一は撫でる
今告げた言葉は純粋な別れの言葉だ、再開を誓う物でも何でもない
だから、

「だけど、また逢えるさ」

大丈夫、また逢える
だって雫の引き取り先は美坂の家だから
その場所には北川だっている、だから逢いに来ればまた逢えるのだ

事件の翌日、北川が下手な嘘を使って雫を美坂夫妻に紹介したのだ
遠縁の親戚で…という嘘だ
その際に今回の事件と境遇の話をして、出来れば自分と一緒に家に置いてくれないか、と北川は話をした

その下手な嘘に、美坂夫妻――葉澄さんと伊織さんは頷いてくれた
数日後には、正式に美坂家の住人となるだろう
篠宮雫、ではなく、美坂雫へと変わるのだ
だから、決して一生涯の別れではない

「本当…?」
「ああ。だから泣くな…そういうのは苦手だからさ…」

苦笑し、祐一は手を離した
それと共に雫も立ち上がり、祐一の前にしっかりと立つ
もう―――迷いの無い瞳をしている

「いい瞳だ」

そして再び苦笑
雫も、冬華も、祐一も笑っている

「それじゃ、約束」
「約束?」
「お兄さん、目を瞑ってて」
「ん? 構わないけど…指きりなら手を出せば別に事足りると思うんだけど…」

何をしたいのか分からないまま、祐一は地面に座りながら眼を閉じた
閉ざされた視界の中で、何か渡されるのだろうか? と思考、そして
首に腕が回された、これはペンダント…だろうか?
そう思った、瞬間―――唇に柔らかい感触――――って!?

「ふおわぁぁっ!??!!」

舗装された地面の上を、まるで蜘蛛が這うかのようにザザッと後ろへ下がる祐一
その祐一が向ける視線の先で、雫がうっとりした表情で微笑んでいた

何か、俺はあれか、つまり自分より八歳ほど下の少女にキス
もとい接吻をされたわけですか、ございますかっ!?
いや、確かにちょっとばかし気持ちよかったかな、とか思いはしたですよ?
しかし、これは節度有る二十一歳の成人男性としてはどうなのかっ!
いや、成人しているのなら良いのか…?
って、相手が成人して無いじゃんっ
つーか、冬華はっ!?

いい具合に機能停止に持ち込まれた祐一を傍目に、雫は冬華に歩み寄った
それに何をするでもなく、冬華は穏やかな視線を向けている

「冬華さんっ」
「何ですか?」
「私、負けませんからっ!」
「?」

そして雫は走って行く
それをただ呆然と、冬華は眺めていた
プルートーはやれやれ、と祐一に歩み寄ると、その悶絶思考に呟いた

「祐一、君、この短期間で二人にキスされるなんて、やるねぇ」
「は、へ? ふ、二人?」
「うん、実は君が瀕死してる時にね…冬ちゃん、君にキスしてるんだよね」
「――――――――!」

そしてボンっと音を立てて祐一は故障した
どうやら旅立ちはもう少し後になるらしい

やれやれ、とプルートーは頭を振り、雫が走り去っていった病院の方を見た



















「また何時か、逢えればいいね。雫」

そこには唯、釈然としない物を抱えた女性と、達観した黒猫と、壊れた黒尽くめが存在していた










――― Stage-5 BLUE moon light sonata−蒼き月が奏でる夢 ―――

―END―













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