「―――――はぁ…」

夕日が彼方に沈むのを眺めながら、とある部屋に佇む男は溜息を吐き出した
宮殿と呼ばれる豪奢な場所に存在するその部屋――そこに在る窓から男は身を引き、傍に置いてあった椅子へと腰を下ろす

「ふぅ…」

それと同時に再び吐き出される溜息
それが男の疲れを表している様に、今度はぐったりと椅子の背もたれに深く身を預け―――

コンコンッ…

と、その動作と同じくして、部屋の扉からノックの音が響いた
男はそれに半眼で睨みをくれてやると、頭を掻き一言「入れ」と告げる

「失礼します」

その言葉と共に入って来たのは、金色の髪に碧眼の女性
世間一般では美人と呼ばれる部類に入る人物だった

「アリスか…」

男は入って来た女性――アリスという人物が訪れた事に幾ばくか表情に輝きを戻すと、姿勢を正した
アリスの方は呼ばれた事に頷くでもなく
その手に書類を持ったまま部屋へと入ってくる
男の方はアリスが持つ書類に眼が行くと、ウンザリといった表情をつくり何度目かの溜息を吐き出した

「はぁ…今度は何だ? アリス…俺はここに永久就職している訳じゃ無いんだ。何時も云ってる様に、俺はあくまで協力者。正規に国家へと仕える人間じゃない。これだってバイトみたいな物だ。それなのに、これ以上俺に何を頼む気だ、うちの王様は…」

まったく困り物だ、と男はそんな表情を浮かべる
アリスの方は、それに今まで無表情だったのが嘘の様に穏やかな笑みを浮かべて男を見守っていた

「そう云わない物です、冬慈。王は王で大変なんですから」
「だが、な…」
「大丈夫ですよ。今度の聖女アルミオネ聖誕祭が終われば、私達には休暇が出されるそうですから」
「…そうなのか?」

知らなかったんですか?と問いかけるアリスに、男は何も知らないと返す

「何だ…そうなのか…まぁ、確かに聖誕祭が終わっちまえば、収穫祭まで特に何があるという訳でも無いしな」

顔に笑みを浮かべ、男が無邪気に笑う
もう休暇には何をするのか考えている顔だ
それに一度だけアリスも笑うと、再び表情を引き締め、手に持っていた書類を差し出す

「んで、これが休暇前の最後の仕事か…何だ?」
「聖誕祭に関する問題です」
「何が挙がっている?」
「表立った問題はパレードの際の警備人員数、それと都内部で催される親善コンサートの警備です」
「解った。それなら翼将師団からも人員を割ける様にしておこう」

アリスの報告に一つ一つ頷く冬慈
その姿は先程のダレている様子を感じさせない程にしっかりとしている
そして、差し出されている最後の書類に眼を通し、判を押したところで冬慈の顔が上がった

「それで、表立った、が有るんだから“裏”も何かあるんだろう?」
「えぇ。諜報からの報告ではテロの可能性がある、と」

その言葉に、冬慈の顔つきがガラリと変わる
それは―――戦闘を欲する、その道の人間が浮かべる顔だ
皮肉気に笑ったその顔に、先程の穏やかな笑顔は無い
既にそこに存在しているのは戦闘者としての顔だった

「ほう…中々勇気の有る愚行だ。相手の目星は?」
「ルベリア大陸に在る暗黒街【 九龍(クーロン) 】に存在する組織、“龍”だと思われます」
「成る程…それで目的の方は?」
C・S・S(クリステラ・ソング・スクール)の親善コンサート中止による、我が中央大陸大半を支配する帝国ツォアルと、ルベリア全土の約半分を支配に置くクォルナック皇国間での政治的軋轢――未だルベリア内に蔓延る、中央との戦争支持者達が運営するウェポンマーケットの発展…と言った所です」

その言葉に、冬慈は心底下らないといった表情を見せた

「ちっ…似非平和主義者どもめ…」
「………」

その言葉に、アリスは冬慈とは逆の――安心した表情を浮かべた
その顔に浮かぶのは何処までも信頼した表情
この人が動くならば、必ず成功するだろう安心
完全とも言える安心の表情を浮かべている

「まぁいい。俺が居るツォアルでテロを起こす事が如何に馬鹿げた行為か教えてやる。この事に関しては“四翼”を動かす」
「はい」
「『死者への詩声(レクイエム)』、『戦闘趣向者(ピースメーカー)』、『朱き魔剣立つ荒野(フランベルジュ)』、そしてアリス――『堕つる金色の熾天(ストレイ・エンジェル)』には動いて貰う事になるだろう」

その言葉にアリスは表情を引き締め、右拳を胸元へと運んだ
これがツォアルでの“敬礼”だ

「解りました。私、以下“四翼”に通達しておきます」

アリスの言葉に冬慈は頷くと、一つニヤリと笑みを浮かべる

「もし上層部が不十分だと言うならば、俺の権限で【 戦場を染めし者(デッド・レッド・ヴァーミリオン) 】と【 極死(ワールド・エンド) 】も呼んでおく、と王達にも伝えておけ」
「了解しました【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】。上には今の言葉を伝えておきます」

冬慈の言葉に、アリスも薄く笑みを浮かべて敬礼を行った

「宜しく頼む」

くっと笑って、冬慈は会話に終止符を打った
それに今まで何処か緊張していた空気は霧散し、アリスが部屋に入って来た時の物へと戻る
それで再び冬慈は背を椅子に預けると、未だ立っているアリスを見た

「本当に疲れている様ですね、冬慈」
「ん? あぁ、そんな顔に出る程になってたか?」
「いえ、表面上は余り。そこは付き合いの長さですよ」

微笑むアリスに、冬慈は頬を掻いた
何と言うか、恥ずかしいのだ

「確かに、な。お前を拾ってから七年…俺が十七で、アリスは十五だったか」

えぇ、と頷くアリスを見て、今度は冬慈が微笑んだ
と、同時にすっかり暗くなった外へと眼を向ける
その景色に、闇に、冬慈の眼が遠い物を眺める、何処か危うい目つきになった

「空が、暗いな…」

ぽつりと、アリス一人に聞こえる程度の声量

「もうすっかり夜ですね…」
「あぁ…明ける事のある、夜が来たんだ…」

その言葉に、アリスは何処か悲しい表情をして冬慈の横顔を眺める
冬慈の顔に一切の色が無い
ただ、無表情に呟いただけ…

「……久し振り、ですね…その言葉を聞くのは…」

その言葉に返すでもなく、ただ――冬慈は部屋の天井を見上げる
特に、そこに何があるという訳でも無い
ただ、昔を懐かしむ様に遠い眼をして天井を仰ぎ見ていた

「ツォアルに住み始めて五年…最初の戦が未だに忘れられない、か…愚かだな…」
「………」

「あの空に在る闇よりも尚暗く…生存者がまったくいない場所での、その美しい姿…」

そして彼は――友を失った時の様に、空に言葉を投げ掛ける









「今…何処に居る…【 神剣(ゴッド・ブレード) 】よ…」










Prologue - 聖帝都市ツォアル・宮殿の一角での会話 inserted by FC2 system