辿り着くのは運命
瞳は何を映し―――
―――何を魅せるというのか?

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-6 CARNIVAL《--- ----- & knight of night》- 殺戮舞踏祭 ―――





























#1 裏と表の事情



































広い、しかし無駄なく作りこまれた一室
その部屋に一人の男が存在していた
年の頃は四十に届こうかという頃合
荒々しく髪を後ろに流しているが、汚いという感じはしない。むしろ美しく感じるだろう
それは男が発しているオーラとも言える威厳がそうしているのかもしれない
それ程までに、この一室には男の存在が確立されていた、と―――

コンコンッ…

その部屋の戸を叩く音が響き渡った
それに瞑想でもしていたのか、男が薄く眼を開くと扉に振り返るでもなく唯一言

「入れ」

と低くも通る声が通路と部屋を遮る扉へと届けられた

「失礼します」

その声と共に入って来たのは黒いスーツに身を包んだ男
感情の見えないその表情は、男を異成る存在として世界に立たせており、また、その凛と立つその姿は美しくも思える

「用件は?」
「中央大陸、聖帝都市ツォアルで行う計画についての報告です」

その言葉に、オールバックの男は立ち上がると、傍に掛けてあった上着を着込んだ
仕事とそうでない事の区別をつけているのだろう
それを着込むと同時に男の穏やかだった空気はなりを顰め、冷たい空気が空間を染め上げる
しかし、無表情な男はそれに気圧される事も無く、ただ静かに口を開いた

「九頭龍院第二頭のナズガン様は、ロード候補―― 壱級位一人、弐級位二人、参級位二人、他に戦闘員を十名程従え都市に潜入した、と報告を受けました」
「ナズガン…今回は奴が一人で考え出した計画だったな。 ふん、そこまでは成功か…」

男が吐き出す様に述べた言葉に、初めて無表情な男に表情が生まれた
その表情は“疑問”だ

「お言葉ですが総帥、総帥の言葉はまるで失敗する事を知っていらっしゃる様に感じますが?」
「その通りだカイリ。ナズガンは失敗するだろう」
「それは―――知っていてナズガン様の計画を放置なされた、と?」

カイリと呼ばれた男の言葉に、“総帥”はただふっと一つ笑って見せた
その反応は明らかに知っていたという事を物語っている
それなら何故、見捨てる様な真似をしたというのか?

「カイリ、不思議そうな顔をしているな? まぁ、解らなくもないが、な」
「いえ、理解は出来ました。ナズガン様は常々今与えられている地位に保守的だったお方…その地位を守る為には、内部にすら“毒”を撒くお方でした。つまり総帥は―――」
「ああ、切ったのさ」
「それならば、メリットは何ですか? 私にはそれが解りません」

そうだ、この話にはデメリットしか無い
ナズガンが連れ出した戦士はロード候補に入る戦士だ
その貴重な戦力を捨ててまで、求めるメリットとは何なのか?
それだけがカイリには理解出来なかった

「――何、唯の掃除だ」
「掃除?」
「気付いて無いんだろうが…ナズガンに従った戦士は全てが奴と繋がりを持っている者達だ。つまり―――」
「裏切る可能性がある存在を、全て処分する、と? しかし、聖帝都市に存在する騎士がその結果を出してくれるのですか? 幾ら【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】が存在しているとは云え、流石に候補を五人も相手にしては――」

――負けるのでは
そう、カイリは口に出そうとして押し黙った
カイリの視線には“総帥”と呼ばれる男の顔
その深く、何処までも深い黒の瞳がカイリの瞳と交差していた為だ

「侮るな【 雪原の魔帝(ピュア・ホワイト) 】。貴様は“ロード”というモノが何か、ちゃんと理解していない様だな?」
「っ…!! も、申し訳御座いません…」
「…まぁいい。それに幾ら獅雅冬慈が油断していようと、向こうには候補の壱級位が二人に弐級位が一人、参級位が一人居る」
「“聖都の四翼”――ですか」
「その通りだ、カイリ。こちらが戦力を保有している様に、向こうも戦力を保有している。作戦が成功したとしても、奴の優秀な手駒は処理されるだろう」

まぁ、成功するならするで組織には有益なんだが、と男は笑って見せた
それを見て、カイリは自分が安堵の溜息を吐き出しているのを認識する
いや、―――敬意と畏怖の溜息か
あえて泳がせ、相手に自分の部下を処理させる事で、組織内での重要な信頼を削る事無く終わりをもたらす
その処理が失敗した所で、さらにもう一層奥に在る策は、やはりこれも組織に益を与える物なのだ
自分に従わない駒は徹底して排除するのは、組織の長としては当然の事
それをする『必要が無い』にしても、やはり彼は盤上の駒を動かす事には長けている

「それで、他に報告は無いか? カイリ」
「いえ、今のところはそれだけです。今後の報告は届き次第逐一報告へ参ります」

頭を深く下げ、カイリは扉を開け外へと出る
その時、一時だけ身を止めると、退室の言葉を口にした

「それでは失礼します。 我らが総帥――【 月喰い(ムーン・イクリプス) 】、アルカトラス・フェイディール様」



















がやがやと、人で賑わう都市の中を駆け抜ける一台の鉄の乗り物
魔道研究により明らかになった魔電変換システムを応用し、ここ聖帝都市ツォアルの一般商業区を駆ける『路面魔道運搬車』の中
祐一達は移り変わる景色を見ながら、空いている宿泊施設を探す為に四苦八苦していた

ツォアルは現在、聖女アルミオネ聖誕祭の前日の盛り上がりを見せている
現在使用されている暦は“聖暦”
今は1282年
それは当時、中央大陸ノスティードの初代ロードとも言える聖女アルミオネと、ルベリア大陸最強と謳われた聖騎士ファーウェルが交わした約束の年から行われている行事だ
なので、約1300年前に生まれた聖女アルミオネの誕生を祝う祭りなのだ
約束の内容は『聖女はノスティードを、聖騎士はルベリアを護り続ける』という、よくある話になっている
そこはまた、当時恋人同士だった二人の護り続ける事を誓った事から来る悲恋の話を伝えるミュージカルやら
聖女の可憐さを詠った詩等も存在しているので、この世界に生きている人間ではまず知らない者は居ない事実なのだ
まぁ、その約束があった年も眠っていた冬華は知らないのも訳は無いのだが…

詰まる処、本日五月一日は観光客がここ聖帝都市ツォアルを埋めつくし、取れる宿が無いという事だ
おう、何てこったい

「それにしても、ツォアルに来るのは初めてだが、聖誕祭がここまで混むものだとはなー…」
「聖女アルミオネ。冬ちゃんとかと同じぐらい魔物にもよく語られてる存在だからねぇ…有名なのも祭りが賑わうのも頷けるよ」

くぁっ…とシートに腰掛ける祐一の膝上で背を伸ばすプルートーが、周りの客に聞こえない程度で言葉を発した
それに頷くと、祐一は車両の窓から外を珍しそうに眺めている冬華に眼を向けた
その横顔は本当に嬉しそうで、それだけで人ごみに流されそうになるのも、少しは頑張ってみようか、とも思えてくる

だが、祐一が頑張る程、本来の聖誕祭はここまで混み合っている訳ではない
いや、それでも混みはするのだが、今年の聖誕祭は異常な程に混んでいるのだ
それは今回の聖誕祭に、ルベリアで名を馳せるクリステラ・ソング・スクールの面々が招かれたからに他ならない
一年程前に開かれたコンサートで、学長である人物の娘が舞台に立ちその歌声を披露
それは多くの観客の心を掴み、涙させる程の歌だった
その人物が、仲間の一座と共に訪れる。その一座にしたって、それぞれがルベリアで名を馳せる程の歌唱力を持った人物達だ
観光客が増える事があったとしても、決して減る事は無いだろう
それに加え、親善という名目でルベリア大陸・クォルナック皇国の大臣が訪れると言う
ツォアルとしては、是非とも現在微妙な関係が続いているルベリア大陸とのパイプを太くしたいので、勿論気を入れて盛り上げようと頑張っている
ここに様々な理由から、例年よりも約1.5倍程の人が集っていた

「とりあえず…宿を取らない事にはまともに祭りを見る事すら出来んし」
「流石に街中で野宿なんて嫌だよねー」
「けっ…お前は露天にでもニャーと鳴きながら寄ってけば大丈夫だろうがな」
「悪いけど、僕のプライドは祐一の青銅の物より黄金色に輝いているから困難窮まっちゃうよ」
「はっ…金メッキか! そいつぁ安上がりでお得だ。是非とも、このダイヤモンド並のプライドを持つ俺が宿を見つけてしんぜよう」

互いに互いがニヤリと口元を歪めて笑って見せた
何時もの軽口の言い合いだが、何時にもまして毒が多量に含まれている
致死量まで後一歩
もしこの会話が一人と一匹の間だけで聞こえる会話でなければ、聞いていた者は皆ハラハラするような会話内容だ
それもこれも宿が空いてないのがいけない
祐一の脳内では、先程訪れた宿での主が登場し、ボコボコに殴られている映像がエンドレスで
プルートーの脳内では、先程目があった貴婦人に抱かれていた白い毛皮の猫を、爆裂系の魔法で吹き飛ばしている―――といった過激極まりない映像が流れていた

十件回って、全て門前払いってどういうことよ?

多分、冬華一人を泊めさせる事なら案外あっさりと成功するだろう
その場合、店のオーナーは全て男で勿論冬華狙いだ
きっと『私の部屋にでしたら…』などという言葉に『え、いいんですか? ありがとう御座います』と、冬華は言って―――

ぶち殺す…

「くっくっく…」
「うわっ…祐一祐一、少し滲み出てるよっ」
「うん? あ、あぁ、すまん。ちょっとばかし宿での対応をシミュレーションしてたら哂っちまった」

ふいーと額に滲んだ汗を拭いながら祐一
それに半笑いを見せるプルートー
冬華は窓から見える景色に見入っていた

「…ま、頑張って宿を見つけよう…」

そうして彼らは、祭典が行われる場所へと集った
祭りは―――近い











to next…

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