―――そして、凶は訪れた―――

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-6 CARNIVAL《--- ----- & knight of night》- 殺戮舞踏祭 ―――





























#3 その瞳が映す過去



































ガキッ ィ ィ ィッ ン―――――ッ!!

世界の深部、薄暗いスラムの路地に閃光が走った
接触した金属が奏でる不協和音が耳を劈く
重ねられたケイテシィの接触は一瞬で、その持ち主である二つの影は距離を置く
一人はここのスラムには不釣合いな、黒いスーツを着た男―――参級位・ロード候補第ニ十六位【 風の断奏者(ブレイドマーケット) 】
そしてもう一人は―――

ヒッ―――
空気が高速で移動する剣戟によって切断される音が耳に響く
ブレイドマーケットが放った剣閃は空を裂き、その高速によって発生する真空が宙を滑ったのだ
それに対して、もう一人、距離を開けていた男――その男が纏う白い外套の中で、カチャリと小さく鍔鳴りが響いた

「相手としては中々だったが―――威力が今一だ」
「仕留められぬ、というのか。【 戦闘趣向者(ピースメーカー) 】!!」

ピースメーカー、そう呼ばれた白い外套を纏う男の口元が歪に吊り上った、と同時に
バンッ!!!!
大音量の破裂音が響き、それに巻き込まれたであろう真空の波が作り出した歪みにより、視界に風の断層が荒れ狂う
凶悪な大蛇を思い起こさせるソレは、スラムの薄暗い路地を抉り、壁面を破壊し、その石塵をここから見る事が可能な蒼空へと舞い上げる
ブレイドマーケットがその暴風に手を翳し、自らその視界を遮断した瞬間―――ピースメーカーは走り出していた
右手にはケイテシィ――『斬首する処刑者(スライシング・エクス)
左手には新型のフルオートマチックタイプの魔道銃『ウルフズシャウト』を携えて
間合いは五メートル、僅か五メートルだ
その距離をピースメーカーは一足で詰めると、その右手に持つスライシング・エクスを振り被った
後はそれを振り下ろすだけ
その瞬間になって、ブレイドマーケットは翳していた腕をどけ、そこに避け様の無い未来を直視する
その顔を作る表情は絶望
それを見て、ピースメーカーは口元に笑みを貼り付けた

「ピースメーカアアアァァァァァァァァッッ!!!!!」
「死ね!!!!!」

路地に響き渡る大絶叫
そして次の瞬間にはその声は断絶し、変わりに大地を一度だけ揺する様な爆裂音が響き渡った

ン、ン、ン…ッ

路地を駆け抜ける音響が虚しく響き、ここに一つの戦いが終幕を迎えた
ピースメーカーが剣を振りぬいた状態で、その余韻を愉しむかのように眼を瞑っている
その行為に遅れ、上半身が全て吹き飛んだブレイドマーケットの下半身がドサリと崩れ
そして、その後方に上半身を形作っていた人間のパーツがドシャリと水っぽい音を立てて着地
絶対死、だ
その音に戦闘が完全に終結した事を確認し、ピースメーカーは瞳を開けた

「一人目、か。生かしておくつもりだったが…ふん、抵抗する奴が悪い」

ちっ、とひとつだけ舌打ち
その苦痛を感じる様な表情を浮かべた瞬間、また一つの小さな変化を表情に宿す
それを感じると同時に、ピースメーカーは顔を虚空へと向け、静かに口を開いた

「ああ…『死者への詩声(レクイエム)』か。こちらは発見した一人を抹殺した。相手が抵抗した為、やむなく戦闘を開始、その後処理を完了した。……、そうだ。余り詳しくは訊けなかったが、今回のテロに加担している奴らの一人だという事は判った。これから先の判断を求める」

僅か数秒の空白
ピースメーカーが一つ頷くと、待っていたのを止める様に、その瞳を開いた
その瞳に映るのは歓喜、ではなく落胆
ピースメーカーは一つだけ溜息を吐き出し、ボリボリと後頭部を荒々しく掻く

「了解だ。死体処理を保健機関に通達後、そのまま城へ帰還する。―――それで、レクイエム。『朱き魔剣立つ荒野(フランベルジュ)』のおっさんの方は成果が上がったのか? ……。無し、か…いや、悪かったな。では、これより任務終了後、帰還する」

それで会話は終わりだ、とピースメーカーは表す様に頭を一回横に振る
その後抜き身のままだったケイテシィを鞘に納め、魔道銃を白い外套の中に仕舞うと、一人、薄暗い世界を歩き始めた

「おっさんはまだ処理してない、か。なら、何れ強い奴にもぶち当たるだろ…」

くっ、と口の端を吊り上げピースメーカーは哂った
戦いを求める様に、その“名”に相応しい様に
ただ、戦闘の事を考えて彼は楽しそうに笑った



















「へぇ、リスティは仕事でこっちに来たのか」

薄暗いスラムとは違い、春の陽射し差す大通りを歩く人影
相沢祐一とその横を歩く冬華
そして今祐一に“リスティ”と呼ばれた女性だ

「まぁ、ね。ルベリアのC・S・Sが聖誕祭に呼ばれたのは知ってる?」
「そりゃね、街中では何処でもその話題で持ち切りだからな」
「凄いですよね。確かツォアルの歌姫『癒しを与える天使の声(エンジェル・ボイス)』――フィナ・アールステイと共演、でしたっけ? それでこんなに人が集まっちゃうんですから」
「そ。それにC・S・Sには個人的に知り合いも混ざってるしね。だから今回は護衛として付いて来たんだよ」

リスティの言葉に祐一と冬華は頷いた
確かに、ルベリアを代表する人物達が集まる今回の祭り、警察機構が動かない筈が無いのだ
幾らコンサート開催が他の大陸でも、ルベリアから信頼出来る人間を送った方が好ましい
そこでC・S・Sにも個人的知り合いが居るというリスティが送られて来たのだろう

「他にも何人か来る予定だったんだけどね…。 やっぱり警察機構に勤めてるって事で他に知り合いは来て無いんだ」

知らない人達なら沢山居るんだけどね、とリスティは苦笑しながら話す

「そうか。まぁ、そこら辺は国内での信頼の問題だからなしょうがないだろうな」
「そうなんだけどね…。話し相手になる知り合いは、今頃舞台でのリハーサルだからね、正直仕事する以外は暇でしょうがなかったんだ」
「むむ、職務怠慢ですよ?」
「大丈夫大丈夫、さっきも窃盗を働いた奴らは捕まえたから。今日のノルマは達成だよ。それにコンサート本番は明日だし、なにより会場はツォアル側の警備が張ってるから殆ど何も出来ないしね」

ふふっとリスティが笑うのを見て、冬華は苦笑する

「そう言えば、祐一と冬華は観光? 魔道銃、使ってたみたいだから冒険者みたいだけど」
「ま、一応ね。今日の午前にツォアルに着いたから宿探しの途中なんだ」
「しかも、未だに見つかって無いんです…」

はぁ、と祐一が溜息を吐き出し、冬華がガクリと肩を落とす
それを見てリスティは表情を顰めた

「何? もしかして、予約もせずにツォアルまで来たの?」
「ご名答。ちょっとウェノっていう街で一騒動あってな…一週間遅れて到着したんだよ…」

あー…今頃北川はバイトかなぁ、なんて頭で考えて祐一は溜息を吐き出す
ウェノでの入院中は本当に色んな事があった
始まりは重症で、殺人鬼騒動に至り、雫との別れに終結した
かなり濃密な一週間だったと言えるだろう
まぁ、だからと言って、ツォアルまで来て宿探しに納得が出来る訳でも無いのだが

「ふぅん、成る程ね。――んー、少し心当たりはあるけど…」
「えっ…マジか?」
「いや、少し窮屈な思いしてもいいなら構わないけど?」
「大丈夫だ、むしろどんとこいだ」

ベッドは一つで足りるから、とは決して言わない
というか、今の現状でそんな事を話したら目の前の警察関係者に何と言われるか解らない
リスティという人間の本質を知っている人物から言わせれば、とことんまで絞りつくされるのが落ちだ、と語るだろう
この場合、どちらにしても暴露トークに発展しないだけ幸運だったのだろうが

「オーケイ、それじゃ着いてきて。ボクとしても暇潰せそうでラッキーだからね」

そしてニヤリとリスティは笑って、祐一達の先頭に立ち歩き出した



















「いやいやいや、まさかルベリア警察機構の皆様方が宿泊してる場所に連れてかれるとは思いもしなかったね?」
「だから言ったじゃん、窮屈だ、って」
「お酒って初めてのみましたけど、美味しいですね〜」

ツォアルの都市部にある酒場の一つで祐一達は夕食を楽しんでいた
あの後、リスティに着いて行くと、とあるホテルに案内された祐一一行
最初は高級ホテルなら空いてるだろうという考えか、と思った祐一だったが、『金が無い』と言おうとした所で世界が一気に反転した
ホテルからぞろぞろと出て来る警察機構の制服を着込んだ皆さん
その行列が去っていくのを見送って、そこでやっと理由が理解出来た
“肉体的”窮屈ではないのだ、部屋の外を警察の皆様に囲まれるという“精神的”窮屈だったのだ

「いや、リスティの知り合いという事で、宿代を優遇してもらったのは良いんだけどさ」
「結果オーライ、って奴だよ祐一。その浮いたお金でこうしてお酒が飲めるんだから」
「だからって俺に驕らせるなっ。ウェノで貰った金は全部預けたから、財布の中は孤独と雨に打ち震える子犬みたいな感じなんだぞ」
「大丈夫ですよー祐一さん。いざとなったら『ブルームーン』を売ればいいんですからー」
「…酔ってるだろ冬華。つーかウェノで手に入れたあの宝玉だって、俺は北川に預けてるっての」
「えー何々祐一ー。遺産って本当に持ってんの?」
「寄るな、いやむしろ服の下に手を突っ込もうとしないで下さい」
「あはははー、楽しそうですね。私も参加していいですかっ?」
「ひぃっ!? や、返事してないから、了承してないからっ! 皆見てるって、いや、ちょっと、冬華やめっ…おいこらリスティ、張本人! そこで笑ってるな! な、なんとかしろっ、つーか何とかしてぇぇぇっ!?」









「ふぅ、ふぅ、ふぅ…あ、危なかった…」

何とか危機を逃れて荒い息を吐く
危なかった、手がズボンに伸びた時はどうしようかと思った…
身体の構成上、祐一の方が筋力が強そうでは在るが、実のところ冬華の方が筋力が強い
あの細腕は、かつて魔王と戦う為に用意された腕だ
そんな根本的な身体能力の差を覆す事が出来る程、祐一の腕力は強くない

公衆の面前で公開処刑されなくて済んだ事に安堵の溜息を吐き出している祐一
冬華は未だ楽しそうに笑っている
笑い上戸で悪乗りするとは思わなんだ…次回から気を付けよう。うん

と、そこまで考えた処で、一部始終を見守っていたリスティが、『あ』という一声を発した
それに幾分か疲れた表情の祐一だけが振り向いた

「…何だ?」
「うん、今日は聖誕祭前夜でしょ? 確かパレードがあったなって思ってさ」
「え? ああ…そういやそうだったな。確か、聖帝アルフェイオが市街を周るんだっけか?」
「そういう事。という訳でボクはそろそろ行くね? ツォアルにも面子が掛かってる様に、ルベリアにも面子が掛かってるから流石にさぼれない」
「おいおい…それだったら酒何か飲んでるなよ…」

祐一が呆れた様に溜息を吐き出す
このメンバーの中で一番量を飲んでるのは冬華だろうが、その次ではリスティが飲んでいる
幾らアルコールに強いかもしれないとはいえ、どんな人間だって飲めば多少の影響は出る物だ
そんな考えの祐一に対して、リスティは苦笑しながら最後の一口を飲み干した

「大丈夫さ。これでもルベリアではかなり飲んでた方でね、耐性はあるんだ」
「何だ? 酒の師でも居るのか?」
「ま…そんなとこかな。それじゃ、またホテルで会おうね祐一、冬華」
「ああ、精々ヘマすんなよ」
「いってらっしゃーい、リスティさん」

にこにこと手を振る冬華に手を振り返し、リスティは颯爽と酒場の扉を潜って行った
どうやら本当に驕らせる気満々だったようだ。一銭も置いていかずに出て行った
祐一はもう一度だけ溜息を吐き出すと、懐にある財布の中身をチェックする。念入りに
ひーふーみー…なんとか足りる…これ以上頼まなければ―――

「あ、すみませーん。 これ御代わりお願―――」
「うおああああああああああ!!? きゃ、キャンセルでお願いします!!」
「えー、何でですかー?」

冬華が不満の声を上げた
頬を膨らませ、不満を示している

「いや、もうお金無いから…」
「ギルド預金にまだあったと思いますから大丈夫ですよ」
「預金には手を出さないでくれ…というか酔い方が壊滅的だな。素面に戻ったら禁酒させねば…」

冬華の新しい側面を知ってしまった
あまり知りたくは無い側面であるが

「は〜…もう出るぞ? あ、お勘定お願いします」
「えー、まだ飲み足りませんよー」
「くっ…この酒乱め…次にしてくれ、今回は本当に金が残って無いんだ」
「むー、仕方ないですねー…今回だけですよ?」

腕を組んでうんうんと頷く冬華
状況が切迫してなければかなり可愛い仕草なのだろうが、流石に今の状況ではヤバメのお兄さん達に、『今回は見逃してやる』と言われるのと差ほど変わりはしない
この先、冬華と酒を飲むにしてもこれだけは注意しなければ毎回こんなに疲れる事になる
か、考えただけで恐ろしい…

「ほら、これからパレード見に行くからそろそろ出よう」
「パレード、ってなんですか?」
「あー…派手に着飾った人達が楽しく街を行進するんだ。その際に音楽やなんやらが鳴り響き、観客はそれを見て聞いて楽しむという物だ」
「うーん…よく分かりません」
「取りあえず見れば解る。ほれ、出るぞ?」

かたん、と掛けていた椅子から立ち上がり祐一は伝票を持って歩く
冬華はその光景を微妙に細まった瞳で捉えながら、後に続いた



















街を煌びやかに飾る魔力灯の群れ
星空の光を掻き消す人工の灯は、街を中心に光輝いている
この光の中では、夜空に見て取れる光源は月光のみ
しかし、その光源もこの明りが充満する世界にはさして必要な物ではなかった
今夜の主役は彼女――月ではない

「アルフェイオ様!!アルフェイオ様!!」
「我らが地を護る剣聖、万歳!!」

月の存在を掻き消す光源、その中心に彼らは存在していた
飾られた魔力駆動の台に乗る人物は全員で六人
聖帝都市ツォアルの帝――ガルドラン・アルミオネ・アルフェイオ
ここツォアルの守護者にして、現ロードの最頂点・【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】獅雅 冬慈
つまらなそうに声援を送る観衆を見る男、ロード候補壱級位・第四位――【 戦闘趣向者(ピースメーカー) 】新庄 静耶
その横に立つ一振りの紅い大剣を持つ大柄な男、ロード候補壱級位・第八位【 朱き魔剣立つ荒野(フランベルジュ) 】エス・フィート・バルバトス
その後ろで、律儀に笑顔で観衆に応える金髪碧眼の女性、ロード候補弐級位・第十六位【 堕つる金色の熾天(ストレイ・エンジェル) 】アリス・R・獅雅
そして最後に、その瞳を瞑り、世界に歌声を届けているアッシュブロンドの女性、歌姫【 癒しを与える天使の声(エンジェル・ボイス) 】にして、ロード候補参級位・第二十二位【 死者への詩声(レクイエム) 】フィナ・アールステイ

今宵最高のカードが、この場に存在していた

帝を囲む様にして軍事最高司令官である冬慈を筆頭に、“聖都の四翼”である計五人が固め―――
更に、その動く台座の周りを数百単位でツォアルの兵士達が行列を作り、歌姫フィナに合わせる様にして音楽を鳴らす
その大行進を前にして、観衆は年に一度だけの聖誕祭に盛り上がっていた




―――――そう、カードは揃った




祐一と冬華は、その光景を眺める
冬華は驚きと純粋に喜びから、このパレードを見つめ
祐一は祭りの光景を見守りながら、偶に冬華の笑顔を見て
祐一の肩でプルートーは流れる歌声を楽しんでいた




「冬慈、もう少し手を振ったらどうですか?」
「あ、いや…毎年やるけど、慣れなくて――――」
「ほら、ちゃんとあちらの方にも」
「わ、分かったから。こんな場所ではやめてくれアリス」




「あ、祐一さん。近付いてきますよ!」
「おう、どれどれ。…はぁ、すっげぇな。魔力灯が眼に痛い位だ」
「綺麗ですよね…」
「そう、だな…」









台に立つ彼は、そこから手を振った
観衆に手を振ったのだ
街路に立つ男は見た
愛する女性に促され、その煌びやかな世界を直視した

―――視線が、交わった

交差は僅か一瞬
しかし、そこに込める意味は永遠
輪は、ただ廻る―――――











to next…

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