―――そこは、紅かった―――


















黄昏が終わる、光源が星と月の光しか無くなろうという頃――その場所に辿り着いた
遊撃兵として参加したツォアルの軍
その傭兵部隊に自分は存在していた
その部隊にはロード候補も何名か居て、まさに相手を駆逐する為に存在していたといっても過言ではなかったと云える
しかし、それは甘かった


―――アレ、は、ソコ、に存在していた―――


男か女か、判別がつかない様に長い黒髪
その判別を狂わす様に顔を覆う紅い仮面
そして、右に禍々しい黒い剣を、左に純白の剣を携えた、その騎士
それは―――

初めて部隊に配属された時、話しかけてくれた人
戦闘が開始すると同時に一人で駆け込んで行った人
気が弱そうなのに、頑張って魔法を打ち込んでいた人

それらの――――亡骸の山に立ち――――こちらを見下ろしていた


それに、震えた
心の奥底から震えた
それは恐怖ではなく
それは怒りではなく
それは悪寒からではない

愛する様に焦がれ、待っていた者が現れた歓喜
愛情にも似たソレに、己の身体は打ち震えた

狂い壊れ崩れ捩れ暴虐の
死と惨殺と虐殺と殺戮なる冷徹の使者はそこに居た

仮面から覗く瞳は、ただ背景と成り下がった月があるにも関わらずはっきりと見えた
そこに存在する意志は、ただ一つ曇り無い純粋たる思い


―――死ね―――


黒く暗く昏い瞳は怜悧で、
恐ろしいほどまでに正義
まるでこちらが否定されたかのような錯覚を覚える程に、それは暗く純粋だった

あの瞳だけは忘れない
そう、決して、持ち主が温かい心を持つに至ったとしても―――――




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-6 CARNIVAL《--- ----- & knight of night》- 殺戮舞踏祭 ―――





























#4 死に至る“病”



































「招待状?」

と、そんな声がホテルのロビーに響いた
ここは警察機構の人間がほぼ貸切で泊まっているホテルの中――そのロビー
祐一は一枚の封筒を持って、そこに在るソファーに腰掛けていた
その瞳には不信感
リスティから受け取った封筒ではあるが、祐一にはこれが真っ当ではない物だという事が理解出来ていた
まず、送り主の名前が無い
それに、各地をブラブラと旅している祐一に対して手紙等を送り届けるには、どうしてもギルドの中継が必要だ
しかし、その中継証明であるギルドの印すらソレには押されていない。唯、表には招待状と記されているのみ…
怪しまない方がどうかしているという物だ
そんな封筒の裏を見、表を見、ついでに透かすが何も無い
とりあえずは透かした時に、しっかりと中身が入っているのは確認出来たので、開けて見る事にする

ぺりぺりっと封筒上部を、中に入っている物事切らない様に気を付け、封を開ける
中から取り出したのは―――

「…コンサートの、チケット?」
「へぇ、今夜の物じゃないか。気の利いた贈り物だね?」
「…よしてくれ…益々怪しくなってきた」
「だけど、何で祐一さんにコンサートのチケットが届くんですか?」
「ま、そこが一番の問題点だよな…訳が分からない…」

そんな言葉を小さく呟くと、はぁと一つだけ溜息を吐き出して祐一は頭を抱えた
はっきり言って、祐一にこんな事をされる覚えは無い
親切の押し売りだと思う
今宵開かれるコンサートは、言わば大陸の明日を担うとも言うべき重要な物
一般客の他にも、ツォアルの聖王にクォルナック皇国の大臣が出席している物だ
そんな、最高の舞台に最高の人間達が集まる場のチケットを自分に?
そんな心当たりなんて一つとして持ち合わせては居なかった

「いいんじゃない? 行って来れば」
「簡単に言うなよリスティ…何だったらお前にくれてやるぞ?」
「え〜!? あげちゃうんですかっ!?」

そんな冬華の声を聞きながら、リスティは苦笑する

「悪いけど、ボクはそのコンサートの警備を含めてこっちに来てるからね。辞退させてもらうよ」
「あぁ、そういえばそうだったな…忘れてたよ」

祐一のそんな言葉にくすりと小さく笑う
祐一はそれを横目に見ながら、視線を宙に向けた
別に悩む必要なんて無いんだろう
冬華だって横で行こう行こうと祐一に言っている
それに反対する気なんて元より存在しない
結局は訝しがっていたとしても、最後は結局行く事になるのだろう
しかし、しかしだ―――

誰かの“善意”で送られてきたコンサートのチケット
きっと何処かで、名前すらも聞かないで助けた人がくれたのかもしれない
もしくは、目の前のリスティが実は主犯で、友人が出るというコンサートを見せたいが為に演技しているのかもしれない
それならこれはあくまでも“善意”―――意に介する必要は無い
存分に楽しめばいい

それなら―――“悪意”ならばどうすればいい?

祐一の胸を、一種の予感が走る
それは最終快楽を目の当たりにした時の感覚に似ていた
あの箱の中に潜んでいた、少女の他に存在していた悪意の塊
それを直感的に悟った時のような感覚
この、今手に持つチケットからは、そんな不安―――いや、焦燥にも似た何かが伝わってきている様な気がした

だが、それも所詮は感だ
取るに足らない、夢想の感覚だ
それなら別に、心配する必要なんて無い筈だ

だが、それでも、しかし、なんで―――

俺は、こんなにも、危機感を――――いや…

―――怯えて、いるんだ?

「祐一さん」
「―――――あ?」

そんな虚空を見つめる先に、白銀がちらつく
冬華の顔が、上からソファーに腰掛ける祐一の顔を覗いていた
その顔は何処か心配そうでいて、何故か悲しげだった

「…何だ? どうした冬華」
「祐一さん、何か怖い顔してましたよ…?」
「あ、いや、それは…」
「ごめんなさい…私、少し我儘言っちゃいましたよね…祐一さんの事、考えてなくて…」

俯く冬華。その白銀の髪に隠れる蒼色の瞳は、泣きだしそうに不安に揺れていた
冬華の基準は、全てが祐一の存在から来る物だ
白銀の少女は、祐一を失う事、そして祐一に捨てられる事を極端に恐れる
白銀の髪に隠れる瞳は語っていた。嫌われたくない、と。捨てないで、と
祐一はその顔に、全ての感情が停止し、世界が止まる感覚を覚えた
胸を締め付ける程の切ない感情を抑え、「それは違う」と叫びたくなる感情を殺し、唯静かに手を伸ばす
その手は銀の髪を撫で、冬華の頬を優しく撫でた

「あ…」

冬華が声を上げる
その、何処か頬を赤らめる表情は妖艶で、潤んだ瞳はより一層祐一の心を冒す
性的な興奮を感じながらも、それを静かに冷静に押し止め、ゆったりとした優しい口調で祐一は言う

「何でも無い。少しだけ、チケットの事で悩んでただけだから…そんなに不安そうな顔をしなくてもいいんだ」

その言葉は、恋人に向ける物とは違った
どちらかといえば、自分の子供に語る親の様に穏やかな口調

「…本当?」
「ああ、本当だ。少なくても、俺は冬華が落ち込んでいる時に嘘はつかない」

にっと笑って、祐一は頬を撫でていた手を冬華の頭に置いた
そしてゆっくりと、優しく撫で続ける

「コンサートは行くよ」
「え…でも…」

行きたくなかったんじゃ無いですか?、そんな言葉は祐一が出した逆の手でやんわりと止められる

「何にしろ最初から行く気だったさ。貰った物は使わなければ損だし、コンサート自体は俺も行きたかったし、な」

―――それに、送り主だって居る可能性が有る

「だから心配しなくてもいい、俺は―――大丈夫だ」

そして最後に、くしゃくしゃっと冬華の頭を撫でると祐一はソファーから立ち上がった
「わわっ」と小さく慌てて髪を元に戻す冬華を見やり、笑顔を形作る

「あふ…祐一さん、少し乱暴です…」

少し拗ねた口調
しかし、そこには既に先程の沈んだ空気は無かった
と、そこになって祐一は後ろから視線を感じて振り向いた

「……何だリスティ、不思議そうな顔して」

その言葉に、いや…と小さくリスティは言う

「今のを見てると不思議でね…。 最初は恋人だと思ってたけど、今のは―――少し違かったから」

そのリスティの言葉に祐一は笑う
困った様な、そんな笑い方だ

「前も言われたな、そんな事」

そう、それは確か長森瑞佳にも言われた事
祐一と冬華の関係は不思議な物だ
歪んでいるのではない、不思議、なのだ
それに、祐一は唯笑って受け流す
答えられる様な問題でも無いし、答える様な事でも無い

「さて…それじゃ行く準備をしようか。流石にボロボロのコートのままじゃいただけない」

そう言って、祐一は正装する為に歩き始めた



















―――コンサートホール

聖帝都市ツォアルが保有する最大の施設
周りには人が溢れ返り、コンサートの開演を今か今かと心待ちにしている人達で満たされていた
その施設の外には、中に入れない人達の為に設置されたであろう遺産―――大型のモニタが所々に点在し、人々の欲求を叶える為に惜し気も無く“遺産”という機密に入る部類の存在を使用している
それだけで、やはりツォアルという都市が、この大陸の中心に位置しているのだろうという事が伺えるだろう
他の都市では、流石にここまでは発展していない
所有している遺産の数もさることながら、それを解析する研究者の数も相当なモノなのだろう
それならば、ここまでの発展も頷く事が出来るというものだ

その中を、祐一と冬華は本会場を目指して歩いていた
黒のスーツを纏った男と、その対極の様に白いドレスを纏った女性
その異彩を放つ組み合わせは、されど祭りの熱気に隠れ、以前の様な視線を引く事は無かった
それに祐一は安堵していた
流石にこんなところで盛り上がられるのは迷惑だし、めんどくさい
ただ静かに、コンサートの内容を楽しみたいのに、絡まれて居たんでは気分も萎える
それからすれば、各地を沸かせている歌姫の存在もありがたいと感じる事だって出来る

「ツォアルの歌姫、フィナ・アールステイと――ルベリア大陸一の歌姫、フィアッセ・クリステラ夢の共演、か」

呟いて―――意識が揺れた

先程から視線が張り付いて離れない
それは冬華に寄せられる羨望の視線とは異なる異質の感覚
言うなれば、義務感、だろうか?
それが先程から、祐一に対してのみ放たれている
だが、祐一の空間把握を以ってしても、その視線の主は掴めない

(人が多すぎる…それに、まだ確固としての強い意識じゃない)

それが理由か、接触する時を計っている時のような、今はまだ監視に止めている様な弱い視線だった
しかし、それももうすぐ明白になるだろう
既にコンサートホールは眼前
ここからはチケットの保有者しか入る事が出来ない空間
それなら、相手を発見する事も出来る

「はっ…」

笑って、思う
ここまで来たんだ。誰かは知らないが誘いには乗ってやる
そして、運命の門を、祐一と冬華は潜った



















「すみません。貴方が相沢祐一さん…ですか?」

コンサートホールに入って直ぐ、その声は祐一の耳に届いた
チケットにあった席に座り、開演を待ち始める時に、視線の主だろう人物が接触を図ってきた
敵意は、無い
それを何故か訝しく思いながら、祐一は返事をした

「そうですが―――何か?」
「あ、いえ…コレを渡して欲しいと頼まれまして…」

そして渡されたのは一枚の手紙
祐一は開封すると、その中を確認した
そこに書かれている内容は――――――

「―――――」
「あ、確かに渡しましたよ? それじゃ僕はこれで…」
「―――あ、まっ…」

祐一が声を掛けるよりも早く、男は足早に去っていった
どうやら本当に手紙の譲渡だけを頼まれた様だ。男は用事でもあるのだろう、さっさと扉を潜りホールから退出して行く
所在無さ下に出された祐一の腕の先で、コンサートホールの扉は閉まり、外界からの陽光が遮断される
それにより人工の灯が支配する世界が完成した
薄明るい状態になってから、祐一は宙を掴んでいる手を握ると、元の位置に腕をもどした、と同時―――

ビー、という開演を知らせるブザーの音

今度こそ世界が闇に閉ざされた

「………」

握った手に、汗をかく
血が滲む程に強く、しかし、傷付けない程度に
そして歯を噛み締める
それは、何故、今更になって、と無念を訴えかける様に

やがて息を吐き、祐一は冬華に向き直る

「冬華…」
「あ、はい、何ですか?」
「少し用事があって出て来る…一人で待っていてくれないか?」
「え? でも、もう始まっちゃいますよ? いいんですか?」
「ああ…少々外せ無くてな…まぁ、公演中に戻ってくるさ…」

祐一の言葉
それに冬華は何かを感じ取ったのか、少し表情を曇らせる
が、直ぐに表情を崩すと、優しく微笑んだ

「―――…、そうですか…解りました…でも、」
「―――うん?」
「無理はしないで下さいね?」

冬華の言葉に内心で悪い、と謝り
それと違うところで、同じ人とこんなにも長い時間居るのは師以外では冬華だけなんだと再認した
冬華はもう、祐一の表情から状況を読み取る事が出来るほどに、深い処に立っている
例え祐一が、何時ものポーカーフェイスだったとしても

「―――あぁ…」

そして、冬華は綺麗に微笑むと、ホールの中心に眼を遣り、
祐一はホールに一条の光を走らせ、その扉から出て行った




ホールを後にして、祐一は通路を歩き、とある場所を目指す

―――高鳴る鼓動は今は止み、ただ静かに脈打つ

そこは地下資材保管倉庫、このホールで使用される資材を保管する為に存在する一番大きな倉庫だ

―――されど、身体は熱を持ち、力を全身に巡らせる

階段を降り、そこに辿り着いた
ソコの門に佇む人影を確認して、祐一は一歩を踏み出す
そして、相手もこちらを確認してか、門の扉を開け、こちらを誘った

―――呼吸は唯静かに、自身が生きている事を知らせる

そして、門は閉じられた




唯広い、そんな空間がそこには在った
隅の方には資材が置かれ、ここが倉庫だという事を物語っているが、それを差し引いたとしても十分にここは広い
更には天井も高く、家屋の3階程度の高さは有しているだろう
地下特有の澱んだ空気が鼻につく
祐一は眼光を鋭くすると、ただ一点を凝視した
こことは対極の場所に存在している門
ただそこに視線を向けている
その光景は、まるでコロシアムを思い起こさせる物だった
だが、観客は居ない
そこに在るのは、物言わぬガラクタと祐一、そして―――

ちりんっ…

鈴の音が鳴り響く
弱く、されど確かにそれは鳴った
音源は対極の入り口の向こう、闇の先

ちりんっ…ちりんっ…

やがて闇に変化が訪れた
最初に確認出来たのは白
頭髪の半分が綺麗に白髪である青年の顔
そして、腰には一振りの刀―――

それに、見覚えがあった

「魔刀【 夜斬り(ファンタズムイレイザー) 】…やはり、貴様だったか…」

半白髪に整った顔立ちの青年、その存在はツォアルが存在する為の支柱

「―――【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】獅雅 冬慈…」

その祐一の言葉に、獅雅冬慈は口元を歪めた
楽しそうに、嬉しそうに、愛しそうに、冬慈は笑った

「久しいな【 鮮血姫(ブラッディプリンセス) 】…いや、事実男だったのだから【 鮮血皇子(ブラッディプリンス) 】か? いや、違うな…」

くっ、と冬慈は笑みを深め、再び口を開く

「そうだ、もっと相応しい呼び名が貴様には有るだろう? 今は【 名無し 】――ネームレスだと? 違う、違うだろう? 貴様に相応しい名はちゃんと存在している。なぁ、そうだろう―――――」



















「―――――【 神剣(ゴッド・ブレード) 】!!」











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