刃は既に失った
心も一度折れた
持っているのは、継ぎ接ぎだらけのこの命

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-6 CARNIVAL《--- ----- & knight of night》- 殺戮舞踏祭 ―――





























#5 牙を無くした狼



































「その名で、俺を呼ぶな…夜帝…」

ギリ、と歯を噛み閉めながら、祐一は絞る様に声を出した
その声色は怒りとも悲哀とも取る事が出来る
そんな祐一の殺意が混じる視線に晒されながら、それでも冬慈は楽しそうに笑っていた

「く、どんなに否定しても、覆らない事と覆る事があるさ? 貴様が得た称号は“覆らない”事実の先端だ。 今でこそ俺が世界から見る最強らしいが、それでも一昔前は俺とお前、そして【 金色紅衣(ゴールド・オア・クリムゾン) 】で三竦みが出来上がっていた。それが何時の間にやら、貴様という存在は死に、そして―――最近になって金色紅衣までもが死んだ、と俺は諜報部から報告を受けた。しかし、真偽の程はどうだ? 貴様は未だ存在し、俺の眼前にその姿を晒している…。 これでは貴様の国、シャイグレイスが作り上げた話も何処までが真実か分からない。もしかすれば、金色紅衣が死んだという訃報も虚偽かもしれないからな…。貴様は何処までイってもゴッド・ブレードさ。今は俺がそれを証明しているし、世間は必ず何時かその真実を知り、ゴッド・ブレードが未だ存命だという事を世に知らしめるだろうさ」
「勝手な事を…!」

先程よりも一層強く歯を噛み締める
刻み付けられた名は亡くなってはいないのだ
一度与えられたその称号は、未来永劫、この歴史がなくならない限り残り続ける
そんな事は知っている
今はそんな下らない歴史講釈を受けに来たのではない

「そんな事は、もうどうでもいいんだ。それよりも―――」
「ああ、そうだ。俺も既に貴様が理解しているだろう事を一々穿り返す気なんて無い。用件は他にある」
「だったら、さっさと言え。俺はお前に呼び出されてここまで来た。いや、そもそも、俺がどうしてゴッド・ブレードだという事に気がついた?」
「―――その瞳だ…」
「何?」

冬慈の言葉に祐一は目を細める

「ゴッド・ブレード、俺はお前の瞳に宿る闇を一晩中覗き続けた人間だ。その瞳が何を意味しているか、自分で理解しているか? いや、お前は理解なんかしていない。そう、もっと高次元的な意味で、お前は精神に闇が住み着いている。一生かかっても祓えない程の濃密な闇だ。しかし、それと相反するように人間的な意識がお前は強い。そんな混沌に近い光を宿す瞳を忘れられる思うか?」
「―――――」
「俺は今まで多くの戦場を駆けた。だが、未だお前の様な静かに、穏やかに、混沌を内包する精神を覗いた事が無い。いや――――ある意味、それが理解出来る俺が、貴様に一番近い人間なのかもしれないか…」
「同じ意識が相手を引き寄せる、か。下らない…」
「ああ、そうだ。貴様を発見出来ただけで俺は運が良い。だが、それだけだ。そこにこれ以上の意味は無い。これ以上の意味は――――既に理解しているだろう?」

そして剣聖夜帝たる冬慈は、その腰に差さる鞘から夜斬りを抜刀した
薄暗く、かび臭い空間に、その独特な乳白色の刀身が冴え渡る
柄尻に飾られた鈴は美しく冷たい音色を闇に響かせ、その存在を確固たる物にしていた
それを遠い視線で見遣りながら、祐一は魔道銃リベリオンに手を伸ばす

「それが今の貴様の武器か…せっかく貴様の武装だけは警備にノータッチするように頼んだんだが…それで対等の死合いが出来るとでも?」
「やってみなければ、分からないだろう?」

全身に力を巡らす
精神は刃の切っ先の如く、ただ一点を先鋭化

「逢えた事には感謝する。しかし―――」
「………」
「其処まで堕ちたか、神剣!!」

ダンッ!!

先制は祐一
距離が開いている現在、シングルアクションで相手を殺す事が可能な魔道銃が先行を取るのは当たり前
その発射音と同時に飛び出した冬慈の眉間を狙い、その弾丸は飛び出した

「―――」

しかし、高速で放たれる弾丸は、姿勢を地面すれすれで疾る冬慈の頭上を簡単に通過
その意味を虚無へと変える

ヒュッ―――

空を斬る音が響き、乳白色の刀身が祐一の眼前に迫る
祐一は冬慈がここに自分を呼び出した意味を理解していた
訊き返す必要なんて無かった
ただ確認を取ろうと思っただけ
それは―――

嘗て、つける事の出来なかった勝負に白黒をつける、唯、その為だけに

「っ!!」

ガキュイッ!!

盾に差し出したリベリオンに刃が中り、そこを中心に火花が咲き乱れ宙に舞う
逸らした剣線を見捨て、祐一はリベリオンを再び眼前の冬慈へと撃ち放つ

ガガンッ!!

鋭き死の弾丸は、たった一メートル弱ほどまで肉薄していた冬慈の姿を貫き―――

「死ね」
「――ちっ!?」

鈍い音を立て、地面を抉り跳ばしその役目を終えた
眼前に存在していた姿は既に無く、その存在が放つ圧倒的な殺意だけが祐一の背後に在る
振りかぶられ、放たれようとしてる横薙ぎの一閃を、祐一は体勢を思いっきり目の前に投げ出す事により、首を跳ね飛ばされる事を回避
宙に浮いた状態で、前方宙返りの体勢から、背部に立つだろう冬慈に向かってリベリオンが吼えた

ガガンッ!!

絶命を狙う二発の弾丸はされど一発も命中する事無く空気だけを貫いて行く
そこになって祐一は相手の力を思い出す、いや、今一度認識した

タンッと前方宙返りの状態から足をつけ、距離を開け体勢を立て直す
祐一が視線を向ける先には、ただ静かに冬慈が佇んでいた

「―――初代・獅雅が完成させた戦闘技術―――水面舞葉…」
「そして、俺が持つ流れる様な物とは逆の、超神速の技術―――天栄元狼斎が生涯を賭して編み出した戦伎・死天の御業」

交わす言葉は唯の確認
それを経て、今度は祐一の姿がその場所から消失した

「っ――! 後ろ、いや――上!!」

ガキュッ イ イ イ゛イ゛ ッン!!

消失した瞬間から約二秒
転移したかの如く冬慈の頭上に現れた祐一が放った一撃
飛び出した魔法弾は完全に見切られ、その刀身によって弾かれる
それと同時に祐一は相手が刃を返し、こちらに斬りかかるのをギリギリで確認
体勢を思い切り捻ると、その冬慈が刀を握る腕を蹴ってもう一度宙に舞う
流れる灰色の世界を視覚して、祐一は天井を蹴ると更に距離を開けた
掲げるのはリベリオンを持たない逆の腕
そこに祐一が内包する魔力が収束
詠唱というステップを踏む一歩手前まで持ち込んだ

「収束する、宙空の敵意、纏い、刃を握り、其れが一個の意識を放つ――――」

その言葉に呼応する様に、祐一の腕に不可視にして空間が歪むほどの空気が収束する
放たれるのは詠唱短縮無しの上位風系魔法だ
しかし、その動作と同時に冬慈の腕も上がっていた

「―――経路解析、構築式解明、事象変異、――――」

そして、同時に世界を歪める―――

「切り刻め、狂え奔る螺旋の突風(ルナティック・エア)!!」
事象構築式解析終了(ルーツ・アナライズ――エンド)解除(ブレイク)

迸る風は相手を切り刻み宙にその肉塊を巻き上げる
そのシナリオ通りだった筈の事象は、祐一の手から離れると同時に消失―――その効果を失った
祐一が口の中だけで舌打ちする
刃を放つと同時に、相手は既に走り込んでいたからだ
咄嗟にリベリオンを跳ね上げ、銃口から閃光が奔る
しかし、それすらも無意味

「無音の断罪を下せ―――我が夜斬り―――」

乳白色の刀身が、より一層美しい色合いを深めた
その次の瞬間、祐一が放った魔道弾は、冬慈の眼前で、完全に、余韻すらなく、何も残らず、消え去った

「――――あっ」
「鈍いぞ、神剣」

斬ッ!!

祐一の視界に朱が混じる
呆然として溢れ出す血液を眺め、今の現象に思いを馳せた
既にカラクリは理解している
以前の邂逅で、獅雅冬慈の特性と、その武器が司る力は嫌という程知っている
それに考えが至った瞬間に、祐一の瞳に追撃する第二の白刃が映った

―――意識が白熱する

鼓動が一つだけ強く脈打ち、それに応える様に、胸に走った刀傷が酷く痛む
その痛みで意識を引き止め、崩れる身体に力を込めて身を捩った
絶命必死の剣閃は、その身体を穿とうとして外れ、その的を失う
中れば並大抵の金属壁でも穿つだろうソレは、しかし中らず空気だけを螺旋させ祐一の横を駆け抜ける
そして引き戻される一瞬に刃が止まった刹那、祐一は捻った勢いで出した左手を刀の腹に当て弾き
更に回転で身体を流し、リベリオンを持つ手を再び眼前に戻した

「腐っても―――――」

流石は神剣か、と冬慈は続けようとしたのだろう
しかし、それは連続的な発砲音に掻き消えた

ガンッ!!

まず最初に、ほぼ密着状態、零距離で弾丸が撃ちだされる
続いて、祐一は後退しながらニ発、三発、四発と滅茶苦茶に撃ち込んで行く
そう、後退しながら、だ
滅茶苦茶に撃ち込んでいるのは、どうせ冬慈という存在には中らないから
中らないなら、中てる必要は無い
時間だけ稼ぎ、体勢を立て直せればそれでいい

チャリッリンッ―――

全弾丸を撃ち尽くし、最後の空薬莢が軽い金属音を立てて石の床に落ちた
銃口から上がる白煙の向こうを、唯祐一は凝視している

「思い出した。お前が持っていた元の“名”を」
「ああ、そうだろう。お前が俺に弾丸を中て様としてない事でそれは分かる」
「“魔”の存在を覗く為に創られた特殊魔法系列“解析”を究極にまで至った魔術師にして、対魔術において最強最高絶対の解除能力を有する魔剣――【 夜斬り(ファンタズムイレイザー) 】を握りし、世界最高の対魔術師――【 魔術師殺し(ソーサラーブレイカー) 】」

言葉が薄暗い空間を駆け抜けた
その瞬間、冬慈は嬉しそうに眼を細め、祐一を直視する

―――面白い

そう物語っている瞳だ
祐一の眼光は未だ鋭い。そして、それに相乗するかのように殺気が宙を灼き切らんばかりに放たれている
その瞳を覗き、冬慈は歓喜している様だった
待っていた、と、そう物語っている様だった
しかし、その表情も直ぐに変わる
次に浮かんだ表情は――― 失望だ

「だが、それが思い出せたとしても、差ほど状況は変わらないぞ? 貴様はあの頃の様に剣――確か、『剣と盾を与えし堕天(フォーリング・アザゼル)』を携えている訳でもない。俺とお前の体術が同じ領域に存在しているとしても、破壊力では雲泥の差が存在している。遠距離からでも解除出来る魔術と違い、アレは俺の魔術での解呪は不可能、更に夜斬りでも直接“解析解除(ブレイク)”を叩き込まなければ薄れる事も無くこちらへと喰らいついて来る。そんな得物を持たずに、まだ闘おうと思うのか?」

確かに、その通りだ
しかし―――

「それでも…それでも、だ。俺は―――」

俺は、証明しなければならない
剣を持たずとも、冬華を護れる程に強い事を―――
見限られない程に、自分の意志が砕けていない事を…!!

そして、空になったリベリオンの弾層を排出し、空っぽの銃身を構えた
その空っぽの銃身は、まるで己を映す鏡の様
空っぽの自分、既に何かを失っている空虚(からっぽ)な自分
共に歩んでくれる少女の隣では決して見せる事の無い、唯暗い瞳で世界を直視する
相手を殺す為の意識で、その敵を直視するのだ

「行く――――」
「はっ…来い、剣神」

やがて二人の姿は霞んだ
片方は霞む様に
片方は転移する様に

―――剣戟が、唯、啼く











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