さて、幕を引くとしようか?

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― Stage-6.5 after night-後夜祭―――





























#EX 閉幕後の打ち上げは



































たん、たん、たん、たんっ…

硬い革靴の音が、薄暗いスラムの路地に反響し音を響かせる
聖帝都市の外れ、その奥に、だ

「はぁ、はぁ、はぁ! っく…っはぁっ!」

息を切らせ、疲れきった足で以って、“彼”は走り続けた
その彼の顔に浮かぶ表情は怒り
そこら中に怒りをぶちまけそうなほどに、その顔は醜く歪んでいる
しかし、何故―――彼はそんなにも急いでいるのか?

「余り手間を取らせないで下さい」
「っ!?」

薄暗い闇に凛と響く美しい男性の声が響き渡った
それと同時にして、彼の足は一気に減速し、乾ききれてない路地に溜まる水を弾き上げる
水溜りの中で歩を止めるが、彼に構った様子は無い
それよりも何よりも、その視線は前方の暗がりを注視していた
そう、恐怖に染まった、怯えた瞳で

「そうでしょう? ナズガン様」

そして闇より滲み出てきたのは黒いスーツを身に纏った男だった
顔は色白で、美しい顔立ちをしている
しかし、瞳だけは違う
凍て付かせる様な、相手に深淵を魅せる程に漆黒色の瞳を以ってして眼光を光らせていた

「――ピュ、【 雪原の魔帝(ピュア・ホワイト) 】!? き、貴様がどうしてここに…?」

彼――ナズガンは驚愕に顔を歪めた
しかし、そこに先程まで浮かべていた恐怖は何処にも無い
それは、安堵の表情だった

「“龍”にはたった一人だけ【 転移 】能力の持ち主が居るのをお忘れですか?」
「ア、アルカトラス様の子飼い―――【 奇術師(ワープ・トリック) 】か!?」
「ええ、そうです。流石に通常交通機関を利用しては、ここまで来るのに一月以上は掛かってしまう」
「そ、そうか。なら早く私を―――」
「ええ、解っています。ナズガン様。ちゃんと総帥より任は受けています」
「それなら、さっさと早く!!」

聖帝都市ツォアルでのテロ活動は失敗した
連れて来た指折りの戦士は全て“四翼”と“剣聖夜帝”に抹殺されてしまった
つまり、次は自分の番
殺される前に自分の事を口走った奴が居るかもしれない
命と引き換えに等と脅されて
もしくは拷問、薬物、精神的苦痛、金、地位、他にも様々な要因で
だったら敵本拠地になんか長居はしてられない
一刻も早く、この街を脱出しなければ
次は自分が殺される

「ピュア・ホワイト!! 何をしている。私を連れて早く逃げぬか!!」
「いえ、貴方はここでお終いですよ、ナズガン様?」

何を冗談を、と言おうとした
しかし、そんな言葉の羅列は、次の瞬間には口に出す事も無く瓦解した
ズン、と身体に何かが突き刺さったのが理解出来たのだ
見れば、腹部には青白い剣が刺さっている
だが、頭の処理は未だ追いつかないのか、全く痛みは無い

―――怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ)・【 冷徹なる処刑代行(ブルーアイス・エクスキューショナー) 】

遠くなる意識で、その剣の銘を思い出した
その噂に聞く効果ならば、“解錠”しなくても後少しで自分は―――

「ああ、安心して下さい『ナズガン』。院の第二頭目には、総帥が既に後任を用意しています。そうですね…さしずめ貴方は我ら龍の為に行った行動で名誉の戦死といった処ですか。ふふ、最後には花束を受け取れて良かったですね?」

現在進行形で貫かれている場所が氷結を始めた
そのピュア・ホワイトが握る魔剣の力による物だ
通常の状態で、絶対温度にて約70[k]にもなるその青色の魔剣は体内を侵し、白色の地獄を体内に巡らしている
そんな超低温物質が衝き込まれれば、人体なんぞひとたまりも無い
自分は、あと少しで完全に…

「何、証拠は“解りません”よ。粉々になった肉片が下水を流れていくだけですから」

心が心底恐怖で怯えた
だが、命乞いをしようとも、口はガチガチと歯を噛み合わせるだけで声は出ない
やり場の無い恐怖に発狂しそうになる
それでも、神経を舐める様に這い上がってくる冷たい激痛に意識が巻き戻される
発狂する事すら許されない
誰か助け、お願いだから許し、て、死にたくなんか。誰でもいいから、この冷たい地獄から解き放ってくれそうしないと死んでしまういや死んでしまえばこんな激痛を感じる事も無く楽になれるのか?だが、まだ死にたくなんか無いのに俺はこんなところでしぬのか解らない冷たい痛い息が出来ない肺も凍った血液が止まる心臓も凍った自分は死ぬ死にたくないこんな薄暗い場所でなんか死にたく痛い苦しい痛い痛い痛い痛いイタ

「―――凍えろ」

ばき、と凍結が頭頂部まで達した
それを確認してピュア・ホワイト―――カイリは剣を引き抜く
彼は完全凍結した人間の彫像を眺め、一つ溜息を吐き出した
たった今まで、眼前で生きていた生物に向かって

「醜い。砕けろ」

そう言い放つと、とん、と“彼”の頭部を背後に向かって押し倒した

ガシャンッ!

粉々に飛び散る嘗て人間を構成していた物
四肢が、頭部が、胴体が、砕けては跳ね、更に小さな物質へと崩れていく
血液すらそこには流れない
完全に凍結してしまった物体は崩れ、それが何であったのかすら既に判らない
ましてや人間だとは思わないだろう
こんな人間の原型を止めていない物体は

「…フッ…」

カイリは一つ破片に向かって嘲ると、剣を振り上げ―――

ガキンッ!!

砕く、砕く、砕く、砕く、砕く、砕く、砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く――――
もう、人間の判別はつかない
少し残っていた生物的な原型も失った
所々氷の礫が撒き散らされ、暗いスラムの街路に親指代の氷の塊達が出来上がった
後はコレを横にある排水溝に捨てればいいだけ
全くもって、ここ聖帝都市の水路等の配備状況には頭が下がる思いだ
この場では、感謝の意味だが…
そして、薄汚い物を扱う様に剣で欠片を退かそうとし、

「そこのお前!!」

声が路地に響き渡った

「………」

それに目線を上げると、カイリは目線を細める
薄暗い路地の先に立っているのはツォアル兵士風の男だ
どうやら巡回中に自分を発見してしまったらしい
―――どうする…こいつも消すか?
カイリが思案している間も、男はこちらに寄ってきている
どうするべきか…ここでツォアルの軍事関係者を手にかけるのは“上”に知られてしまう為得策では無いだろう
だからと言って、ここでこちらが逃げれば、自分の姿を見たこいつは報告を“上”にするだろう
つまり、“四翼”及び“剣聖夜帝”が動く可能性が有る
それは頂けない
それが余りに低い可能性であったとしてもだ
それならば、やはり―――
そこまで考えが至った時、カイリは剣を静かに戻し、脇にダラリと下げた
相手には無抵抗を示していると思われるだろうが、所詮格下
一般兵と自分では、油断した処で一瞬で相手を殺せる
その自身の表れだ
が、

「ええっ!? …もしかして、クォルナック皇国特務の――?」

その言葉に、動かしかけた腕が止まった
こいつはどうやら自分を知っているらしい
…当たり前か…自分は…

「巡回ご苦労様ですね?」
「あ、いえ。それにしても本当に?」
「ええ、本当、ですよ」
「しかし…今回はクォルナック代表の護衛には就かなかったと獅雅様にはお聞きしましたが…」
「ふふ…流石に面と向かって親睦を深めるだけの席に『特務』を派遣する事は出来ないでしょう? あ、勿論この話は秘密ですよ? ここでばれちゃうと、私も減俸物ですし、もしかしたら国家間での軋轢に繋がるかもしれませんから」

そして、ニコリとカイリは優雅に微笑した
それにツォアル兵は「はい」と一つ頷く

「それにしても、何をしていらっしゃったんですか?」
「ええ、ツォアルで『テロが行われそうになった』との事でしたので、私も極秘裏に捜査をね。大臣はこれを期に確りとした平和条約の締結の架け橋には出来ぬか?とお考えの様なので、それに協力を、という訳なんです。勿論『特務』が動いているのは秘密ですけどね?」
「はぁ、そうっだったんですか…」

納得する兵士に、カイリは頷く

「それでしたら、捜査のお邪魔になる様な事をしてしまい申し訳御座いません」
「いえ、貴方も頑張ってくださいね? それと、」
「解っています。この事は見なかった事にし、ツォアルとクォルナックの平和の為に」

では、と最後に言って走って行く男の背を眺めて、カイリは小さく手を振った
そこで、口元が歪む

「やれやれ…彼は運がいい…もしも余計な質問をしてしまったら、即殺そうと思ってたのに…」

くくっと小さく笑い、カイリは今度こそ欠片を吹き飛ばした
残ったのは僅かな欠片と少し溶け出した紅い残滓

そして彼――カイリ・ソルウェイ、クォルナック皇国特務第一席【 雪原の魔帝(ピュア・ホワイト) 】は、初めからそこに居なかった様に、忽然と姿を消した



















「うわっ!? それどうしたのさ祐一!?」

ホテルに戻った祐一に、任務を終えて来たリスティの声が届く
当たり前だ。血で濡れたタキシードを纏っているのでかなり目立つ
お陰で支えている冬華のドレスにまで紅い染みが出来てしまっている位だ
驚きの声が上がるのも無理は無いと言えるだろう

「お、おぅ…大きな声で喋るなよぅ…血が足りなくて頭がクラクラするんだ…」
「あ、ごめん…じゃなくって! 一体コンサートに行って何があったのさ? 不審人物何かはツォアル側が全員捕まえたって聞いたから安心してたのに…」
「いや、ねぇ…?」

まさか言える筈も無い
ちょっと“剣聖夜帝”と戦って死に掛けました〜てへっ、とは…

「ぬ、ぬぅ…実は…」
「実は?」
「会場を出た所で白熊に…」
「………」
「ひいっ!? 物騒だぞ! 確実に今そんな物受けたら死んでしまう!!」

青白い雷が青筋をこめかみに浮かべたリスティの掌で発光する
無茶苦茶だ。流石に死ぬ
だが、そんな心配とは裏腹に段々と発光は収まっていった

「はぁ…もういいよ。まぁ、警察機構の人間としては駄目なんだろうけど―――話す気無いでしょ祐一?」
「悪いけど…至極個人的な事だからな…」
「だったらいいよ。それに誰も殺してないし、誰も死んで無いだろう?」
「ああ、死に掛けたのは俺だけだ」

苦笑して祐一は話す
これで冬華が傷ついていたのなら正直に話すし、
もし、そんな場合になっていた時は回復したばかりの命で獅雅冬慈を殺しに行っていただろう
だが、その結末は訪れなかった
だったら、今回は別にいい
もう関係ない事だ

「それなら早く部屋で休みなよ? 血が足りないんだろ?」
「分かってる。―――それじゃ行こうか、冬華」
「はい。ありがとう御座いますね? リスティさん」
「気にしなくていいさ。聞いていい事と悪い事位の区別はつくつもりだから」

ふっと小さく笑い、リスティは踵を返しギャラリーに戻っていく
それと同時に声を張り上げ、周囲で野次馬していた者達を追い返していた
それを見届け、祐一と冬華は二人で苦笑すると、部屋へと続く通路を歩き始めたのだった



















「♪〜」
「…機嫌が宜しい様ですね…冬慈様は…」

ツォアル宮殿のとある一室
そこで冬慈は机に向かって祭りの事後処理を行っている
その眼前の接待用テーブルで優雅に紅茶を啜っているのは金髪の女性とアッシュブロンドの女性
アリス・R・獅雅とフィナ・アールステイだ

「ええ、そうですね。どうやら旧友と出会えた様でしたから」
「旧友と、ですか?」
「♪〜♪〜〜」

調子の外れた鼻歌が響く中、フィナは冬慈の方を伺う
ニコニコと楽しそうに書類へとサインを書き続けている姿だけがそこにはある
フィナは盲目ではあるが、それを補う様に聴覚が異常に良い
別にそれでなくても、冬慈がとても嬉しそうだというのは理解出来るだろう

「本当に楽しそうですね…」
「私としては複雑何ですが…」
「ふふ、その旧友の方に妬いてるのですか?」

優雅に微笑むフィナに目線を細めるアリス
空気の変化に敏感なフィナは、アリスの纏う空気が変わった事に気付いただろうが、それでも依然ニコニコと楽しげな笑みを浮かべている
その表情にアリスは一つだけ溜息を吐き出すと、視線だけを冬慈に向けた

「私も普通の旧友でしたら口は挟みません」
「普通では無いんですか?」
「冬慈が初めて殺し合いで楽しいと思った相手、ですから…」

その言葉にフィナが息を呑む
出遭ったら死を覚悟しろ、と言われる程の実力者――獅雅冬慈
それと殺し合いを行い、未だ生きている人間が存在している
それは冬慈の元で働いている者にとっては衝撃的な事実だ

「…その方は?」
「生きていますよ。私としては、死なせる寸前まで行って悲しい表情をするなら殺そうとしなければいいのに、と思うんですけどね…まぁ、でも…」
「何ですか?」

含み有る言葉を口に出したアリス
それにフィナは首を傾げた

「次は冬慈の頭を叩いて止めさせますよ。そんな大事なら剣を向けるなんて事、許せませんから」

そう云ってアリスは苦笑
どうやら、祐一と冬慈の間の結末はは長きに渡りそうだった…











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