世界が、一変した





















「づ、あっ!?」

敗北から数日、身体にも調子が戻り始めた時にソレは訪れた

「祐一さん!?」
「祐一!」

電気が流れる様な激痛
それが額に走り、祐一はベッドの上で苦悶に喘ぐ
特に何をした訳でもない
引っ掻いた訳でもない
それでも、その額からは鮮血が流れ落ちていた

「祐一、さん…?」

額から流れた血は鼻梁を伝い、口の端を流れ落ちる
既に痛みは無い
しかし、今の痛みは―――

「墓の血界が、破られた?」

祐一にしか解らない疑問を口にして、忌々しく歯を鳴らす
額から伝う血液と噛み切られた口の端から血が流れていた

「冬華…プルートー…」

今の激痛の意味を理解出来るだけに、祐一にはソレが許せなかった

墓を――師が眠る墓を暴かれた、その痛みだけは

「シャイグレイスに向かおうと思う…準備してくれ…」

決断の時は、早くも訪れた



















「何を啼く…際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)

ウェノの街・美坂家の一室にて、北川は月を見上げながら呟いた
彼が抱きかかえるのは一振りの魔剣―――ホロコースト
北川は、その所有者にしか解らない様な“意識”を感じ取り、探るように呟く

「お前には嬉しい筈の朗報だ。勿論俺にとっても、だが」

返答の無い、唯の兵器に北川は語り掛ける
それが、長年死線を共に越えてきた相棒に対する相談の様に

「因果、か。俺の分の決着は付いた筈なんだが―――
まだお前が残っていた…ホロコースト。
そんなにも兄弟刀が心配か?」

オォォン…と静かに、されど痛みを伝える様に、その呪いの器は鳴り響く

「やれやれ…厄介だな…最近はやっとこういう暮らしにも慣れ始めたっていうのに…」

一つだけ、何時もの様な表情で溜息を吐き出すと、北川は宛がわれた一室を出た
全身を覆う黒い外套に、背中には機工魔剣アズラエル
そして、その外套の中には呪いの器を差して

「―――何処に行くの?」

と、玄関に向かおうとして、その声が耳に響いた
声の方に振り返れば、そこには全員が立っていた

「美坂…栞ちゃん、雫…それに葉澄に伊織さんも…何で」
「貴方が何か悩んでる様だったからみんなで話してたのよ…それで? 何処に行くの?」
「それは―――…」

喉を通ろうとする言葉を殺し、北川は口を紡ぐ
これは自分だけの傷痕
呪いを受け取った者が果たす役目
話す訳にはいかない

「話せない?」
「悪いけど、な…」
「そう…」

それじゃ、と香里は言う

「帰って来なさいよ?」
「それは…」
「それで、私だけ苗字で呼ぶの止めなさい」
「―――――」
「貴方はもう、家族の一員なんだから」

そして彼女は笑った
栞も笑った、雫も笑った
後ろで見ていた美坂夫妻も微笑む様に笑った

「――――は」

そして彼も笑い

「それじゃ、行ってきます」

帰って来る約束の言葉を呟き、
そして、帰るべき家を後にした









世界は巡る
運命を押し付けて









「水瀬宰相…」
「―――ここまで、来てしまいましたか…」

雪に閉ざされた国
その国にある屋敷の一つで、男の呟く様な声に、女性は眼を瞑りながら応えた

「皮肉、ですね…ツォアルとの戦争が無くなっても、まだ、国の中は不穏に包まれている…いえ…」

青い髪を揺らし、女性は天を仰ぐ
雪を静かに降らす雲の向こう
その合間に、月を見ながら

「あの頃の方が幸せだったのかもしれません…皆が居た…あの頃の方が…」

そしてまた、瞼を瞑る
しかし、それで憂いは消えた
そこに在るのは、唯、指導者としての顔のみ

「斎藤団長」
「はっ…」
「我ら開国派は、国王軍を討ちに出ます」

その言葉に、頭を垂れていた男の顔が跳ね上がる

「引き抜いた刀匠達に武装急造の伝達を、そして―――」
「はい…」
「第一魔道兵団団長・水瀬名雪の補佐をお願いします」
「了解、しました」









世界は変わる
この時を以って









「兄さん…」

シャイグレイス、その王城にある庭園で、一人の男は呟いた

「俺は、どうすればいい?」

弱々しく、迷う様に―――いや、迷いながら問いかける
眼前にあるのは、ただ白い雪世界

「俺は、こちら側には居たくないのに…」

降り積もる雪を眺め、光無い瞳で呟いた、と
雪を踏みしめる足音が響く

「【 空の軍勢の君主(メリリム) 】様」
「ノイエ…」

現れたのは一人の女性
長い黒髪に白い制服を纏った人物だった

「またここに居られたのですか?」
「あぁ…」

無言
そして、少しの間の後、男は口を開いた

「俺は…戦争をしなくてはならないんだな…」
「はい」
「俺は、叔母の首を獲らなくてはならないんだよな…」
「それが、第一師団団長の務めですから」
「ノイエ…」
「はい」

「抱き締めてくれ…」
「―――はい、…春人様」









世界に、死が満たされる

―――中央大陸北・シャイグレイス国―――

ここに、後の世に歴史を刻む―――



















大陸北内乱が勃発した









Prologue - “死”が、大陸北に集う inserted by FC2 system